間奏~神那《カンナ》の過去編~2話『川に泳ぐ魚』
3歳になる頃には既に、魔獣狩りのお父さんに、狩りで留守の時は、お母さんや螺久兄さんに魔法の教わっていた。
両星家の魔法とは、一ッ葉というシダ植物を自在に操るものだ。
胞子の発芽のさせ方、生やし方、細胞死のさせ方、脇芽の出し方、胞子崩壊といった戦術的な使い方、何から何までを教えてくれた。シダを鳥の形に育て、さらに魔法を加えたり、野生動物を威嚇したりなんてこともできるようになった。
5歳になるころには、神那は一通りの魔法を使いこなし、山野を自在に移動できるようになった。
5歳のある日、皆の役に立ちたいと思い、一人で野草を摘みに森へ出かけたことがある。海から入り込んだのだろうか、10mほどの大蛇が神那の前に現れた。
蛇は黒と白の斑模様で、見たことはない。
神那「キャーッ!」
残念ながら、このときは身体がうまく動かなかった。神那は思わず悲鳴を上げてしまい、神那はその場に座り込んだ。当然ながら、蛇は驚いて攻撃を仕掛けてきた。条件反射的に神那は右手をかざし、一ッ葉をそれいっぱいに生やし蛇にかざした。するとそれは、蛇にたちまち絡みつくやいなや、神那の意志に関係なく成長した。まるで蛇の肉を喰らうかのように・・・。
神那「えっ、なんで?」
神那はただただ驚くことしかできなかったが、他のことをする必要はなかった。あっという間に一ッ葉は蛇を覆いつくし、蛇は白骨化してしまったのだ。
神那「私の一ッ葉はいったい・・・。」
神那は安堵して地面に倒れたが、このとき自分の並々ならない力に気づいた。自分の力の恐ろしいと思い始めたのは、この時だ。
5歳の誕生日から3カ月ほどたったある日の夕方、魔獣狩りから帰ったお父さんは、やけに焦っていた。普段は無口でやさしいお父さんに、お土産の豆大福を催促すると、「神那はそこで遊んでいなさい。」とやや高圧的に言うと、母と螺久に短く小声で話をした。母は短い悲鳴を上げると、何かを悟ったように頷いて家の中に入った。
すると今度は、神那の元にお父さんは駆け寄った。
お父さん「悪かったね。神那。よく聞きなさい。今から大切な話をするから。」
そういうとお父さんは、口を開いた。
お父さん「まず、一ッ葉の魔法を、外の人たちの前では使ってはいけない。」
外の人!?島に住んでいる私に外の人に会う機会なんてあるのかあしら?
神那「どうして、いけないの!?」
お父さん「両星家の一ッ葉はただの植物じゃない。」
思い当たる節があった。この間、大蛇を白骨化させたあの日の出来事だ。
お父さん「これは、魔力を吸う。」
神那「魔力を吸うことはいけないの!?」
お父さん「普通、そんな植物なんてないんだ。もし神那がそんなありえないものを生み出せると他人に知れたら大変なことになるのはわかるね!?」
神那「私たち普通じゃないの!?」
お父さん「お父さんのご先祖様はね、お母さんのご先祖様とは全く異なる起源を持っているんだ。だから、お父さんの子供の神那も螺久兄さんも普通とは違うんだ。」
螺久兄さんに、聞いたことはある。人間は猿の仲間から進化したという。しかし、魔法を使うものの中には、魔獣のようにどうやって誕生したのかわからないものもいるというお話だ。
神那「じゃあ何なの?」
お父さん「両星家は、あるまじ木忌と呼ばれる存在のひとつだ。人間ではなく魔獣だ。」
神那「え?でも、お父さんは魔獣狩りでしょ?」
お父さん「そうだ。だが、魔獣狩りが魔獣を狩れないという勝手はないだろう?」
神那「でも嘘よ。絵本の魔獣さんは動物の形をしたものばかりだわ。」
お父さん「人間もまた、動物だ。そして、私たちは人間の形をして生まれた、ただそれだけの違いさ。」
神那「魔獣さんのきげんはわからないのよ。私は、お母さんのお腹の中から生まれたのでしょ!?それなのに、きげんはわからないの!?」
お父さん「ああ。どうやらそうらしい。」
神那「お父さんは知ってるの!?」
お父さん「詳しくはお父さんも知らない。だが、あるまじ木忌は、ある日、煙の中から突然生まれることがあるらしい。」
自分が、自分たちが、絵本に出てくる人間と同じじゃないと思ったとたん、急に涙が出てきた。
神那「なんで。何でそんな悲しい話をするのお父さん。神那そんなこと知りたくなかったよ。神那ずっとここにいるよ。そうすれば、魔法を言わないのも、魔獣なのかも関係ないよ。」
お父さん「ああそうとも。そのつもりだった。だが・・・。そうだな、神那が食べた魚はどうだろう。ある日、神那に捕まって、焼き魚にされてしまっただろう。生きていれば、自分の意志に関係なく大変なことが起こることもある。」
お母さん「あなた。神那は泣いているのよ!!」
お母さんは、お父さんの肩を叩いた。お父さんは、「そうだな。」というと口を閉じた。
神那「大丈夫よ・・・。島にいては、私は焼かれてしまうの?」
螺久兄さんは、かわいそうにと言いたげに、神那を見つめている。神那は悲しいことを聞くのは嫌いだったが、子ども扱いされるのはもっと嫌だった。
父さん「ありていに言えば、そうだ。それも、今にもそれが起きようとしている。」
神那「そんなぁ。どうしてなのよ、お父さん。」
お父さん「避けられないことだ。神那が魚だとすれば、そういうときはどうする?」
神那「に・・・、逃げるわ!」