1章45話『草封じの峠』
8月8日(水) 午前5時頃 繋木氏の館にて 神那
一週間が過ぎ、蔭蔓の怪我もあずさの治療で癒えた。今日は、繋木氏が『草封じの峠』と呼んでいる遺跡に出発する。霞に案内されて、戦闘の準備を終えた四人は遺跡の入口へとつながるヘリアンフォラのある、裏庭に向かった。
霞「さぁ。とっととくぐって。」
霞の次に神那は入った。
神那「これは。」
出た先に待ち構えていたのは、ヘリアンフォラの林だった。ただ、人工的に制御されたものだ。格子点のように一定の間隔を保ちながら、数多のヘリアンフォラが野原一面を覆いつくしている。
霞「こっち。」
袖から、地図を取り出すと霞は他の3人を待たずに歩き出した。
神那「この一つ一つが別の場所に?」
霞「そう。それと・・・。」
神那「??」
霞「私を戦闘に参加させるなら案内を続ける。しないなら、自分たちで探しな。」
あずさ「は?あなた急に何言っているの?そもそもあなた・・・。」
霞「魔法は使える。あんたよりは才能あるから。」
あずさ「失礼の才能の間違いでしょっ!!?」
神那「でも、戦うというのなら、流石に、魔法ぐらい見せてもらわないと。」
霞はそっぽを向き、神那を無視して黙ってしまった。あぁ、めんどくさーとでもいいたげだ。
将器「どうする。みんな。」
蔭蔓「まぁ、虱潰しにヘリアンフォラに潜るのは御免だね。」
将器「時間的にも、気温が上がらないうちに仕掛けたいからなぁ。」
神那「なら、あなたには、あずさの護衛をお願いするわ。」
これなら、実力がわからない霞を前線に出さずに済む。
霞「あら、物分かりがいいじゃない!」
誰とも目を合わせずに答えると、霞は右に曲がった。何事もなかったかのように案内を続けた。
あずさ「気に入らないけれど、よろしく頼むわ。」
あずさ、神那は霞の後を追った。一行は暫らく進み、霞はやがて、一つの大きなヘリアンフォラの前で立ち止まった。
霞「この先が、遺跡の入口よ。」
蔭蔓「全く、入り口かと思えば、さっきのは、入口へとつながる入口へとつながる入口か。」
霞はあきれたのかため息をつき、ヘリアンフォラの中に入った。遺跡の中に入らなければ、魔獣は襲ってこないということで、皆後に続いた。
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8月8日(水) 午前5時半頃? 草封じの峠にて 神那
霧の深い場所だった。ここがどこなのかは知らない。ただ、きっとここは世界の深淵につながっているのだろう。世界の深淵の入り口なのだろう。そう感じないではいられなかった。
空には、一切の隙間なく青紫がかった灰色の雲が敷き詰められている。そして、決して晴れはしないと言わんばかりに大空を覆い隠している。
嫌いじゃないわ。
植生はラルタロスに似ているが、草本が多い。空気が薄いからだろうか。とするとここは高い所なのだろうか。気になることは山積みだが、今は作戦の最中。神那はなんとか集中を取り戻すようにした。
あずさ「毒がない100mぐらいの白い大蛇。遺跡の中央にあるはずの黒い金属の直方体を持って帰ればよいのね。」
あずさは自分の手帳を確認した。
霞「ええ。でも、命優先で。死なれると面倒だから。」
将器「前にここを訪れた魔獣狩りに入っていたのなら教えてくれればいいのに。霞。」
霞「だから、馴れ馴れしいんだよ。オマエは!!」
蔭蔓「やれやれ。最終確認するぞ。」
蔭蔓とあずさは、作戦をおさらいした。簡単に言えば、蔭蔓、神那の二人で魔獣を攪乱し、その間に、隠れ烏帽子を被った将器が、水に乗って遺跡の中心に向かう。あずさと霞は後方に下がってサポートに回り、いざとなればあずさが怪我人を治療するというもの。未知数なのは、白芦原 霞の魔法と能力。
あずさ「あなたが現役の魔獣狩りとはね。」
霞「まぁ、お医者さんは後ろに下がってなよ。」
あずさ「頼りにしているけれど、私も守られるだけのつもりではないわ。」
霞「せいぜい頑張りな。」
蔭蔓は、将器に烏帽子を被せた。
将器「そういえば、蛇の魔獣は蛇同様、普通、熱を感知するのに、これを付ける必要あるのか。」
蔭蔓「だとすると、俺たちが気を引いても、将器が追いかけられる可能性がある。肝心なことなのに気づかなかった・・・。」
あずさ「・・・言い忘れていたけれど、被っている者の熱も感知されないわよ。」
神那は、あずさが言うのを一瞬ためらったことを見逃さなかった。
重要な情報なのになぜ。
蔭蔓は暫らく考え込んだ後口を開いた。
蔭蔓「それどうやって調べたの!?」
あずさはしばらく黙ると
あずさ「後で言う・・・かも・・・。」
言いたくないのだろう。そう察した。何か事情があるようにみえたがそれを問うことはしなかった。
将器「いずれにせよ、支えに使う水は隠し切れないだろうから、気を引いてもらうのは頼んだぜ。」
蔭蔓「水が見える時点で、烏帽子を被る意味ないのかもしれないけどね。」
将器は被り、そして、消えた。一同は入り口の門をくぐり、武器を抜いた。門の造りは明らかに神那が見たことのない文化圏のものだった。
その高さは4メートルをゆうに超え、藍色みのある黒鉄色と、ところどころ規則的に配置された群青色の二種類の金属により構成されている。二種類の金属の細かな柱がブロックのように重なり合って、独特の黒い色相を呈しながら、悠然と、そして力強く、門はそびえ立っている。
私は、どこか後戻りできないところに来てしまったのかもしれない。けれど、どちらにせよ、今の私に帰る場所はない。ならば、進むだけよ。
神那「私が行く。皆ついてきて。」
あずさや将器が気を使ってくれたので、一週間経って、作戦の指揮できる程度には、神那も話すようになっていた。
蔭蔓とはほとんど話さないままだったが、作戦の遂行に支障はないだろう。彼はそこまで不合理な性格ではないし、彼も立案に主立って関わっている。
遺跡の中に入ってからは、魔法を数発撃ちながら進んだ。
目新しいものが多く、集中するのに苦労させられたが、幸いにも、数分のうちに集中せざる負えない状況に陥ってしまった。というのも遺跡の奥の方から、大きなものがこちらへ向かってきたのだ。
神那「来たわっ!!!」
一同は構えた。
それは巨大な蛇だった。想像を絶するほどに巨大な。その鱗は空を反射してやや青みを帯びて輝いている。その頭部は角のように進化した鱗で龍のもののようでもある。その眼は全てを見ているぞと言わんばかりに獲物たちを見つめている。
見た瞬間、神那は確信した。
あぁっ・・・この子は、私と同じ。強大な魔力を持った災い。忌むべき存在。
———あるまじ木忌———。