1章43話『投資家、繋木《ツナギ》 創《ハジメ》』
8月1日(水) 朝 浮遊島の上の黒いヘリアンフォラの前にて 蔭蔓
あずさ「少しふざけすぎたわ。」
まず、隠れ烏帽子を被った。そう。笠とは言ったものの、烏帽子 に似ているから隠れ烏帽子と呼ぶことにしてやったのだ。
次に、怪我が治っていないので、あずさと神那に肩を貸してもらい最初に袋の中に入った。
まさか、クルカロスで過ごす最初の数時間の内に、全身びしょ濡れになったり、植物の消化液にもぐったりすることになるとは思わなかった。息を止め、ロープを下にたどった。消化液は空気のように圧力、そして温度も感じない。不思議な感覚だ。加えて、下を見れば、将器が立っている。
更に下ると、消化液は無くなって、蔭蔓は洞窟に出た。見上げると、洞窟の天井からも同じ大きさのヘリアンフォラが生えており、出口の役割を果たしている。その上で、消化液は重力に反して植物の中に納まっている。
服は自然と乾き、消化液の痕跡はない。やはりあれはただのヘリアンフォラではないが、有害でないかぎりは構わない。
殿の神那が到着し、4人は合流した。
あずさ「心配かけておいて、何も言わないのね。」
将器「入口だったから許してくれよ。」
蔭蔓は将器の袖をグイッっとつかみ、位置を伝えた。その後、一同は洞窟の一端から漏れ出ている光へと進んだ。
神那「あら、素敵なところ。」
洞窟を出た先には、庭園が広がっていた。いくつかの橋が架かった小川と池を囲んで、松や紅葉、藤が一面に広がっている。最低限の手入れがされており、木々は自由な形に成長している。奥には、大きな屋敷が構えてある。
人手が足りないのだろうか。
しばらく様子を伺っていると、庭園の中から紫色の浴衣姿の少女が一人こちらへ歩いてきた。少女はあずさより少し背が高く、瑞々《みずみず》しい銀髪に藤のような紫色の目を持っている。近づいてくると、少女といっても蔭蔓らと同年代か一つ二つ下ぐらいと思われた。
あずさ「ラルタロス魔法学校より来ました。魔獣狩りです。」
少女「ん。依頼書。」
え?
思わず声がもれそうになった。少女は、見かけの上品さに似合わず、ぶっきら棒に言った。面倒増やさないでよ。早く帰ってよ。とでも言いたげだ。
あずさ「・・・はい。」
あずさは一時絶句し、整理された鞄からすみやかに依頼書を取り出すと、少女に手渡した。
少女は手慣れた様子で目を通すと、一息ついて、
少女「ようこそいらっしゃいました。案内致します。」
と演劇会の脚本を読み上げるように言った。
彼女は不愛想だったが、礼儀作法のほうはきちんとしており、4人を庭から屋敷の玄関内に案内した。
少女「お待ちください。」
そういうと、少女は、茶を入れて戻ってきたが、無言でまた廊下の奥の方へ向かった。
あずさ「お名前伺っていいかしら。」
霞「・・・白芦原 霞。」
そう言い捨てると、霞は奥へ向かった。彼女のため息が廊下の奥から聞こえてきた。しばらくして、彼女が戻ってくると4人は奥の客間に案内された。
畳の敷かれた客間には、飛行機の模型や幾何形体が配置され、フラスコやビーカーといったガラス実験器具等々に草花が生けられ、そして、一人の男性が座っている。20代後半ぐらいで、長髪の美男子だ。
なるほど。依頼を出したのはあの人か。エキセントリックの権化のような装飾センスだな。
蔭蔓は最初に部屋に入って隅に避難し、残りの三人は机を挟んで座布団に正座した。
繋木「こんにちは。私は、繋木 創。よく来てくれた。これを見てくれ。」
繋木氏は持っていた巻物を広げた。
繋木 「実は、年中行事で奉納物をクルカロスの各要所に奉納するんだが、人手が足りない。だから、君たちにこのリストを届けてもらおうというわけだ。」
近寄ってのぞき見すると、届け先は、クルカロス国立魔術院、クルカロス魔法学校、リプロス州立・・・。
将器「これは、無理じゃないか!!」
将器が真っ先に反応した。
繋木 「はい!?」
あずさ「無理ね。」
神那「えぇ、そうね。」
繋木 「えぇーー!!!断るのはやぁーーくない!!?食わず嫌いは良くナイヨって、習わなかった!!?」
やれやれ。
蔭蔓は隠れ笠を外してあずさの隣の端っこに座った。
蔭蔓「隠れていてすみません。実は僕、ラルタロス魔法学校のとある放火事件で濡れ衣をかけられ、逃れるために、皆でクルカロスに密入国している次第です。」
あずさ「御無礼をお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。」
あずさは、蔭蔓の頭を押さえつけて土下座させた。
痛い。俺は怪我人だぞ。やぶ医者め。
すると、繋木は声を上げて笑った。
繋木 「随分すごいことになっているようだが、それはさておき、その被り物どこで手に入れたのかい。」
そこは大いに突っ込むべきだと蔭蔓は思った。そして、あっという間に被り物に話題がそれた。
蔭蔓「失礼ですが、驚かないのですか。」
繋木 「そりゃ、この歳まで生きていればね。で、どこ!?」
どうみても20代の貴族は、執拗に迫った。
蔭蔓「これは、その・・・。」
繋木 「なるほど。それで、君たちは匿ってもらいたいわけだ。」
また話題が飛んだ。隠れ烏帽子についての情報は得られないと判断したからだろうか。
蔭蔓「ええ。全くです。是非とも前向きにご検討ください!」
頭を上げ、真顔で言った。すると今度は逆に、繋木 氏は蔭蔓を睨んで黙り込んだ。
繋木 「それはできない。」
将器「どんな依頼でも引き受けます。」
蔭蔓「どんなとか簡単に言うなよ。」
蔭蔓は将器に追撃しようとしたが、再び冷たい視線を感じたのでやめた。それは、あずさではなく霞という少女のものだ。
あずさ「いかがでしょうか。」
繋木「どんなねぇ・・・、どんな。どんなか。なるほどなるほど、どんな。」
沈黙の数十秒ののち、繋木氏は口を開いた。
繋木 「結論から言おう。君たちができる仕事はある。が、難しい依頼だ。だから、テストということで小依頼を先に出させてもらう。」
将器「なかなか簡単に承諾してくださるのですね。」
繋木 「おいおい、どんな依頼でも引き受けると言ったのは君だぞ。」
将器「いえ、あまりにあっさりしているので・・・。」
繋木 「それなら、僕の基準を明確にしよう。君たちは魔獣狩りで、僕は、若者を開拓する投資家だ。君たちが信用ならず、追われているとしても、君たちに適した仕事があるなら、僕に君たちが無害な限りにおいて、それを紹介するのは自然なことというわけだ。あっそうだ。ついでに、小依頼が終わったら、その帽子どこでもらったのか教えることも条件に入れちゃおう!」
繋木は依頼を出すことに今のところ害はないと判断した。
あずさ「どのような内容ですか。」
繋木 「とある大きな古い遺跡がある。そこから回収してきてほしい品があるのだが、どうやら遺跡の中に凶悪な魔獣が住み着いているのか、前に頼んだときは回収できなかったんだ。その時の魔獣狩りがどうなったかは想像に任せるが、君たちがその品を回収してきてくれるのならば、君たちに報酬70万wを渡し、期間は半年の報酬300万wの依頼を一つ出す。人は訪れないし遺跡だし、その存在を知っているものもほぼいない。つまり、前提は満たしているだろう!?難易度も折り紙付きだが(笑)」
こうして、開始10分と経たずに、凶悪な魔獣と対峙することになったとさ。