1章41話『暗闇草物語集《くらぐさものがたりしゅう》』
7月28日(土) 夜 ラルタロス魔法学校魔物部内にて 闇の使者
使者が今日こなすべきことは計2つ。使者が1つ目の仕事を終えると、間もなく四人組は現れた。案の定、四人の行動は使者の目論見通りである。
さて、四人が去るのを見届けて、使者は2つ目の仕事に入った。アレクシアの報告で偽物だったのは使者が個人的に探していた代物だとわかっている。そしてそれは、チャーリーという司書が彼の臨時司書室で肌身離さず保管していることも。
彼女の3年間にわたる潜入の成果で、有事の際の司書の居場所及び、そこの警備が手薄であろうことも特定できている。
植物魔法研究会の部室で隠しておいた魔獣狩り用全身ローブに着替えを済ませ、手袋を付け、短剣を取り出し目的地に向かった。
7月28日(土) 夜 チャーリー司書の臨時司書室において 闇の使者
チャーリー司書「誰かね。」
チャーリー司書が振り返ったときには既に使者は、彼の背後へ回っていた。
使者「動くな。」
使者はチャーリー司書の首に短剣を突きつけた。
チャーリー司書「穏やかでないね。」
使者「『暗闇草物語集を渡してもらおう。」
使者は耳元で司書にささやいた。
チャーリー司書「君が犯人か。」
使者「殺すぞ。」
刃はチャーリー司書の喉に触れた。
チャーリー司書は、座っていた机の右下の引き出しから一冊の本を取り出すと、手に持って挙げた。使者は素早く奪い取って、短剣を突きつけたまま彼の机に広げた。どうやら本物らしい。
使者「いいだろう。」
本を持ち、後ろに飛びのいた。
チャーリー司書「そんな昔話など集めてどうするつもりかね?」
使者はただ立ち去った。
答えは決まっている。全ては計画のためだ。
蔭蔓
蔭蔓は1日目の夕方頃起きた。
左腕が痛い。しかも、全く動かない。
まず夕食は、1人で自家製ワラビの塩漬けで済ませた。その代わり、深夜になってから皆で隠れ笠をテストした。寝床は一部屋で4人用なので、ここが会場だ。
さて、隠れ笠は黒く軽いが金属のような繊維で編まれており、神社の住職や公家の被る烏帽子を思わせる形をしている。さっそく被った。
将器「すげぇ、見えない!!」
将器は驚き、あずさ、神那も頷いた。
蔭蔓「へぇー。これなら、投資家には俺を除いて会いに行くのがいい。」
将器「騙す気か。」
蔭蔓「本当のこと言ったら受け入れてくれないでしょ。」
あずさ「諸刃の剣ね。」
将器「依頼主を騙すなんて、それこそ本当の悪人じゃないか!」
蔭蔓「密入国する時点で、法は犯ことになるけど。」
将器は腕を組んだ。
不幸中の幸いなのは、魔獣を売るだけなら普通は仮面をつけたままでも取引ができるということだ。
魔法使いの魔法は固有なものが多いから、それ目当ての魔法使い狩りと呼ばれる集団もある。よって、使う魔法と顔を一致させないため、魔獣狩りは匿名での魔獣の取引が認められているのが慣行なのだ。
あずさ「依頼内容は現地で説明とあったわね。」
あずさは依頼内容を取り出した。
あずさ「依頼の種類によっては難しいわよ。」
神那「あっ、現地説明の依頼は秘密裏に遂行されなければならないものが多いわ。」
神那の瞳孔が少し大きくなった。確かに、魔法使いの存在自体を隠さねばならないような秘密裏の仕事なら、密入国者でも関係ない。
将器「わかった。わかった。隠れ笠は被っていけ。ただ承けられない内容だったら、カズのことを話すから。」
蔭蔓「いやぁ、案外柔軟でいてくれてほっとしたよ。」
けど、途中から正体ばらして許してくれるかねぇ~。
将器
船で過ごす二日目の早朝、将器は眠れず、同じく眠れなかったあずさとともに、船の甲板にでていた。二人で明るくなっていく空と海を眺めていた。
将器「俺、カイエン和尚も神那も大方信じていいと思う。」
昨日の隠れ笠の披露宴の後、神那はカイエン和尚に相談があるといって彼の部屋にいった。すかさずあずさと、蔭蔓からも神那と何があったのかを聞いたが、二人の話に食い違いはなかった。
あずさ「私もそう思うけど、皆を元通りにするには、私たちが動くべきよ。」
将器「そうだよな。カズなんか元からすごく慎重なのに。」
育ったアミテロス魔法学校からも、名門ラルタロス魔法学校からも裏切られたカズのショックは大きいだろう。
あずさ「神那も秘密をしゃべってしまって、狼狽えているし。でもね・・・。」
あずさはしばらく沈黙したがやがて話し出した。
あずさ「私、神那と話してみる。暫くは許せないだろうけど、このままだと、魔獣狩りどころじゃないし。」
将器「気持ちは嬉しいが、怖くないのか?」
あずさ「ないといえば嘘。けど、将器が私を受け入れてくれたように、私もあの子を信じてみようかなって。」
将器「そうか。優しいね。あずさは。よしっ、俺も決めた。」
あずさは根がとても優しい。そういうところが好きだった。
あずさ「えっ!?ちょっと恥ずかしいから、あんたはとっとと蔭蔓のとこ行ってあげなさい。」
将器「はい、はい。」
将器は戻る前に少しあずさを見つめた。そして、二人でかわしたあの約束を思い返していた。