1章40話『カイエンの助け舟』
7月29日(日) 早朝 港近くの茂みにて 将器
飯を済ませて、神那の合図を一行は待っていた。やがて、一隻の船がどこからともなく現れていることに気づいた。中から降りてきたのは、カイエン和尚だった。将器は動揺を隠せなかった。
神那「カイエン様。直々においでくださり光栄です。」
神那はいった。
7月29日(日) 早朝 カイエンの船にて 神那
将器は、なぜカイエンが来たのか問いたげだ。答えは明白。カイエンは関係者だから。蔭蔓の監視を神那に命じた張本人だからだ。
カイエン「うむ。まずは4人とも船に乗り給え。」
神那は率先して荷車を引いた。続いて3人が船に乗り込んだ。乗り込むとぼろ寮程度の大きさの船は動き出した。どうやら無人運転の船のよう。船の中心部の一室は茶室のようになっていて、そこに4人は案内された。座ってからもしばらくは睨み合いのようになっていたが、やがて、蔭蔓が口を開けた。
蔭蔓「まさか、貴方がからんでいたとは、もっと想像力を働かせるべきでしたね。」
カイエン「それは誤解じゃ。」
神那「カイエン様。私から説明させてください。」
神那は申し出た。カイエンは無言で頷いた。
神那「信じないだろうけど・・・。」
3月24日(土) 昼過ぎ 白銀寮近くの遺跡発掘跡地洞窟にて 神那
事の発端は春分の襲撃の後のことだった。
神那はよく密会に使われる洞窟に呼び出された。彼女の上司に。
神那「隊長。両星 神那ただいま参上いたしました。」
隊長「今回は、魔法学校の前部のネイチャーを一人拘束してほしい。尋問し何ら情報が得られないのなら、始末せよ。詳細はこれだ。」
そういうと隊長は書類一式を彼女に手渡した。
神那「・・・。」
また私は人を・・・。
隊長「よいな!?」
神那「か、畏まりました。」
受け取った。
カイエン「またれよ。」
神那と隊長は後ろを振り返った。そこにはカイエン和尚の姿があった。
隊長「こっ、これはカイエン和尚。」
隊長はどうしてここにお前がいるという表情で和尚を睨んだ。その答えは簡単で、神那が密告したからだ。
カイエンが神那を保護した関係で二人の間には個人的なつながりがあった。神那は、白銀寮の実態をカイエンだけには密告しており、彼に助けを求めていた。
カイエン「蔭蔓は今回の襲撃に無関係ではないじゃろう。」
隊長「であるからこそ私は。」
カイエン「学校のために手段にこだわるべきではないというお主の考えは理解しておる。じゃがどうじゃろう、ここはしばらく彼女に蔭蔓を監視させ様子を伺わせるというのは。襲撃を行った組織の尻尾がつかめるかもしれん。そうなれば、お主の功績は。」
隊長「ふむ。」
カイエンは白銀寮の経営には直接関与していないがアミテロス魔法学校創設者の一人として、魔法学校内で高い地位を持っていた。白銀寮を実質支配する隊長に少しなりとも意見できるのは、いまや、カイエンを含めた数名のみだ。
カイエン「次期、白銀会長に私が君を推薦することもできる。」
白銀会会長となれば、完全に白銀寮全体の指揮は名実ともに隊長のものだ。そうなれば、白銀寮の黒い実績に経済的に依存しているアミテロス魔法学校の経営権も実質彼のものとなる。今は、白銀会の会長は別の人物であると聞いているが、その眼はもう黒くないご老公で隊長の操り人形であると噂されていた。
隊長「あなたがそこまでおっしゃるのは。」
カイエン「わしは、子供たちが傷つけあうのをみたくないだけじゃよ。」
隊長「なるほど。承諾した。」
カイエン「よかろう。ではわしはゆく。」
隊長はにやりとした。
神那は隊長を尊敬していなかった。彼は権力欲を満たすために、殺しすぎる。
7月29日(日) 早朝 カイエンの船にて 蔭蔓
蔭蔓「僕は彼女を逃すための方便。ですか。」
神那「カイエン様は、私のためにも、あなたのためにも暗躍してくださった。」
蔭蔓「黙れよ。」
カイエン「すまなかった。蔭蔓。」
蔭蔓「僕はあなたも彼女も信じていません。当然その話もね。彼女を連れているのは仕方ないからです。」
神那はうつむき、カイエンは遠くを見るような表情となった。居心地悪い雰囲気であることは間違いない。
蔭蔓「まだ、たくさん隠しているようですが、他に話せることは。」
カイエン「これですべてじゃ。」
蔭蔓「わかりました。なら悪いけど、3人は外してもらえる!?」
将器「どうした急に。かまわないが・・・。」
少しおいてから頷くと、将器はあずさと神那をつれて外へ出た。
蔭蔓「カイエン和尚。あなたに聞きたいことがあります。」
カイエン「ゆうてみよ。」
蔭蔓「あなたが、春分の襲撃で盗まれた魔術書。それは何ですか。」
カイエン「・・・。」
蔭蔓「なぜ、今更隠すのです。」
カイエン「チャーリーか。なぜ知りたい。」
蔭蔓「闇魔法関連ですか。」
カイエン「・・・蔭蔓っ!それは・・・。」
カイエンは動揺した。つまり、当たりだろう。
蔭蔓「ええそうです。“闇”魔法に関することですかと、お聞きしています。」
カイエン「蔭蔓。それは、わしの口からいうことはできん。じゃが、お主に縁があるのなら、いずれ知ることになるはずじゃ。」
カイエンが盗まれたのは闇魔法に関する書物だとして問題ないだろう。つまり、黒ローブは闇魔法に関する書物を盗んで回っているのだろう。
蔭蔓「なるほど。十分な回答です。では失礼。」
カイエン「待ちなさい。」
そういうとカイエンは茶室の机の下にあった包みを取り出した。
蔭蔓「これは?」
カイエン「隠れ傘じゃ。使うには被ればよい。試してみよ。」
隠れ傘。ああ、姿を消すことができるというあれか。
蔭蔓「受け取っておきます。」
蟲が入っていないか確認しなければ。
蔭蔓は部屋をあとにした。カイエンの話が真実だとしても、“神那”という厄介を押し付けられたにすぎない。すべてはいつも仕方ないで済まされる。
だけれど、収穫はあった。次は何のために、その闇魔法の魔術書を集めているのかだ。
7月29日(日) 早朝 カイエンの船にて カイエン
カイエンは海を見渡した。日は既に後方の水平線に現れている。4人は暫らく外で話したうち、下の階の部屋へ休息を取りに移動していった。
長い夜だったのじゃろう。
カイエンは、蔭蔓に尋ねられたことを回想した。
やはり、わしの目に狂いはなかったようじゃ。蔭蔓。これも因果か。
ああ、将器、あずさ、蔭蔓。神那を頼む。じゃが、君たち3人には大きすぎる荷を背負わせてしまった。無力な老いぼれを許しておくれ。
7月29日(日) 早朝 カイエンの船にて 将器
あずさ「何を話していたの。」
蔭蔓「いや、今後如何すればいいかって話をね。」
あずさ「信じてない人にそんなこと聞いたの?蔭蔓が?もう少し嘘らしい嘘ついてよ。」
将器「俺は、カイエン和尚の言っていることは事実だと思うし、和尚は俺たちを弄ぶようなことはしない。わかっているだろカズ。」
蔭蔓「どうだかね。」
とにかく四人は下の部屋に行って休息を取った。
船旅中、神那は自分からしゃべることはほとんどなかった。蔭蔓も考え事にふけっていて、船酔いするからなどと言いはり、食事も中途半端にしかとらなかった。こちらは、あずさと二人で蔭蔓と神那の世話係のような状態になっていた。
一緒に旅をする以上、早く皆の仲が戻ればよいのだが。