1章39話『赤いシダの樹』(挿絵有)
7月28日(土) 深夜頃 南の港近くの茂みにて あずさ
歩きは無謀だということで、クルカロス南西部に出ている漁船に潜入することになったが・・・。
あずさ「便がないわ。」
というわけで港の近くの茂みで野営することにした。
将器「どうやって移動する?」
神那「クルカロス南西部だよね。船が出せるかも。」
あずさ「それ、どこの船?」
神那「アミテロス魔法学校。だけど、大丈夫だから。」
ラルタロス魔法学校とアミテロス魔法学校の関係は密接。普通に考えて、ダメに決まっている。
将器「いや、まずいだろ。」
神那「色々あって・・・。その・・・大丈夫だから。」
神那は口をつぐんだ。将器は納得いかない様子だ。
あずさ「他に方法がないし、時間もないわよ。」
将器「・・・わかった。神那頼む。」
蔭蔓は3人の動作を無言のまま見守っていた。
神那は頷いて、伝達帳を取り出した。
あずさ「伝達帳で連絡して、夜明け前にはここを出られるの?」
神那「ええ、この伝達帳は性能がいいの・・・。」
神那が用件を送信したのを確認したので、本題に入ることにした。
あずさ「そろそろ話してくれてもいいんじゃない。蔭蔓の怪我、神那が負わせたんでしょ?」
神那が蔭蔓に怪我を負わせたことなど気づいる。どう見ても魔獣による怪我には見えないし、お互いにそれとなく避けている二人の様子を見れば一目瞭然。
蔭蔓「じゃあ、俺はいったん寝る。」
あずさ「蔭蔓、あんたってやつは。」
蔭蔓「いや、怪我人だからさ。」
蔭蔓はわずかに嫌味な笑いを浮かべ寝袋にこもった。夜遅く疲れていたのでそれ以上相手はしないことにした。真実は神那に聞けばいい。
一方、神那は拍子抜けなほどあっさりと真実を話した。そして、将器と二人で彼女の告白を聞いた。何から何まで。
7月29日(日) 夜中 夢の中にて 蔭蔓
蔭蔓は夢をみた。
蔭蔓は森にいた。針葉樹の茂る森に。
しばらく、森を歩いた。
やがて、目の前に一本の赤い羊歯の木が現れた。
僕はこの木を知っている。
大切なものだった。
大切なものだった。
なのに、思い出せない。
でも、これは僕の大切なものだったんだ。
僕は何をしているのだろう!?
こんなところにいる場合ではないのに!!
とっても悲しいよ。
気付けば泣いていた。
涙が止まらないよ。
でも、何で僕は悲しいのかな。
思い出せないよ。
僕は・・・。僕は・・・。
僕は・・・・・・。
7月29日(日) 日の出前 南の港近くの茂みにて 蔭蔓
目が覚めると、将器の顔が目の前にあった。 寝ているふりが、眠ってしまっていたようだ。
蔭蔓「夢から覚めると、いつも将器がいるな。」
神那は船の到着を待っており、あずさは茂みの奥で早い朝食の準備をしているらしい。
将器「全部聞いた。」
蔭蔓「悪かった。」
将器「俺ぐらいには言えよ。」
そういうと、将器は軽く微笑んだ。
蔭蔓「怒れよ!」
将器「え?なんで?」
蔭蔓「俺が隠していたのは、青寮の仇のことなんだぞ?」
そういうと将器は吹き出した。
将器「何言ってる。怒ったって、誰も蘇らないさ。それに、悪いのはカズじゃないだろ。」
筋が通っている。でも、慰めてもらいたいわけではない。
蔭蔓「これ以上、巻き込みたくない。」
将器「手遅れだな。」
蔭蔓「いや、まだ引き返せる。」
将器「俺はカズを助けるって決めている。だから、手遅れなんだ。あきらめろ。」
あきらめろ。
将器が引き返さないことなど知っていた。昔から、友達のためなら、自分の犠牲もいとわない。いつも、先頭に立って危険な役目も買って出る。そういうやつだ。人が良すぎると思っていた時期もあったが、実際は、ムカつくほど器が大きいのだ。
蔭蔓「なんで俺なんか助ける?」
将器「似合わない質問だな。」
その質問をする意味のないことなんてわかっていたし、その答えも知っていた。それでも、不安そうな蔭蔓をみて将器は温かい表情で、
将器「友達だからだ。カズらしく言えば、腐れ縁だからだ。」
と言った。
あずさ「そのつもりだから。安心しなさい。」
いつの間にか、あずさが近づいていた。
蔭蔓「賢くない判断だね。」
怒らせるつもりが、あずさはやれやれとため息をついただけだった。
蔭蔓「今、二人が思っている以上に、俺、嬉しいよ。」
しばらく三人、空を眺めた。
世界に見捨てられ、社会が自分の敵になっても、そんな自分を見捨てないでいてくれる友がいる。助けてくれる友がいる。
もう少し、努力しよう。
だが俺は、助けられるに値する人間だろうか。将器やあずさにそこまでできる人間だろうか。あるいは、今までそういう人間だっただろうか・・・。
今、悩むのはやめよう。できなくても、できないなりに何かすることはできる。
蔭蔓は決断した。
次にすべきは、神那の始末を考えることだ。
蔭蔓「神那のことは・・・?」
あずさ「あれは、許せないわね。」
あずさは顔をしかめた。
将器「俺は・・・。」
蔭蔓「信じてるのか?」
将器は苦笑いした。
将器「わかんないんだよなあ。」
あずさ「嘘をついているかどうかなら、ついていないと思うけど。」
あずさはさらりと答えた。それは、蔭蔓と正反対の見解だった。
蔭蔓「な、何を根拠に?」
あずさ「勘よ。勘。でも、今までずっと騙していたなんて。」
あずさの勘など当てにしてたまるものかと思った。
分からなかった。神那が何を考えているのか。彼女を全く信じないというのも難しい。彼女が白銀寮の回し者で、自分の抹殺を命じられているのも信じないことになってしまう。
ただ、俺を助けようとしているだって?それは、屋敷で俺が何も言わなかったとしてもだろうか?俺が黒ローブの仲間だったとしてもだろうか?
そうは思えない。
やはり信じられない。信じられるわけがない。
けれど、神那が必要なことも理解している。何を隠そう、今のアミ魔は神那なしには成り立たない。3人だけで長期探検なんてものに出れば、多分1週間ともたずに蛇どもにまとめて丸呑みにされるだけだろう。
居心地は良くないが、彼女も含めて行動するほかない。
噂をすれば、神那が港の方から戻ってきた。
神那「もうすぐ到着するわ。」
彼女はうつむいていた。
将器「まずは、飯にしようぜ。」
将器は朝飯のある方へ向かった。