1章38話『国外逃亡』
7月28日(土) 夜 ぼろ寮にて 将器
将器とあずさは、まず夕食を片付け、続いて長期の魔獣狩りに必要な荷物を急いで用意した。
もちろん蔭蔓が大量生産していた干しワラビも詰め込んである。小型の台車に荷物を置いて、2人は行きつけの魔獣専門店『マイケルおじさんの魔獣専門店』に向かった。
7月28日(土) 夜 曇空の回廊にて 闇の使者
少したってからもう一度、ラルタロスへ回廊を出た。見込み通り、屋敷には誰もいない。
7月28日(土) 夜 通学路の羊歯樹林にて 将器
ラルタロスの街へ進むと、藪の中から蔭蔓と神那が現れた。蔭蔓は杖をついており、左腕を負傷している。
将器「おい、カズ。」
蔭蔓「いやぁ、折っちまったぁ。」
二人とも目を合わせなかったが、瞼が赤い。
何があった?
将器「わかった。今、マイケル爺さんのところに向かってる。とりあえず、飯だ。」
将器はおにぎりの入った袋を二人に手渡した。
蔭蔓「にしても、その荷物は?ついに家出とか?あっ。」
気付いたようだ。
将器「カズ、明日の朝にはもうラルタロスを発つぞ。」
蔭蔓「皆で仲良く国際氏名手配犯に?」
将器「覚悟しているさ。」
7月28日(土) 夜 通学路の羊歯樹林の中ほどにて 蔭蔓
蔭蔓「友情に厚いのはいいけど、友情で身を滅ぼされてもねぇ。」
あずさ「附属図書館だって、事件はもみ消して、火災の責任を学生に押し付けたいだけのはずよ。だから、図書館側も国外では大胆に動けない。だって、国家間の問題になっちゃうじゃない!?」
蔭蔓「逃げられたとしても、その後は?」
あずさ「店が閉まっちゃうから後にしてくれる?」
あずさは無視して颯爽と歩き出した。他の二人も後に続いた。暫らく動かないでいたが、あきらめて3人の後を追った。
一行はマイケル爺さんの店に到着した。あずさはマイケル爺さんに案内を頼んだ。
あずさ「ひとまず、必需品を。」
マイケル「いいだろう。」
マイケルはそういうと、結界石等いつもの武器に加え、高度な解毒薬、長期魔獣狩り用の着物一式を案内した。
マイケル「この街以外の地域では、紫色蛇の色合いも異なるし、種としても異なる。様々な蛇どもに対応できる解毒薬が必要じゃ。じゃが、この解毒薬が効かない場合も多々ある。過信は禁物じゃ。」
将器「この袴は、例の特殊な繊維でできた・・・。」
マイケル「そうじゃ。この着物は生きた魔法細菌の繊維でできておる。これなら、大抵の魔獣に噛まれても破れん。破れても水をかけ日光に当てさえすれば元通りじゃ。」
俺もそういう特殊な生物が使えればなぁ。
あずさ「一着おいくらですか?」
マイケル「草鞋まで含め、20万wじゃ。」
途端にあずさは値下げ交渉に入った。
マイケル「うーむ、100歩譲って17万wじゃ。じゃが・・・四着購入なら、60万wにしてもかまわん。どうするかね。」
結局のところ、購入しなかった。貯金20万wの大半で結界石、武器、解毒薬等々最低限のものを購入した。
マイケル「しかし・・・、この着物なしに、長期の魔獣狩りは不可能に近いのう・・・。」
7月28日(土) 夜 ラルタロス魔法学校魔物部内にて 黒ローブ
使者はラルタロス魔法学校に到着した。
7月28日(土) 夜 サークル棟前にて あずさ
街の路地裏で、4人は全身ローブを上からはおり面をつけ、サークル棟へ向かった。
あずさ「私のところには、依頼書は届かないから、私が蔭蔓をつれていく。」
3人には持てる限りの依頼書を持ち寄るように指示した。当然、学校側は依頼書の子細なんて知らない。だから、良い案件を見つけたら、どれに決めたのかわからないように周りの依頼書もまとめて持って行く算段だ。
7月28日(土) 夜 サークル棟内にて 蔭蔓
蔭蔓「そういえば、先に寄るところがある。」
あずさとともに実験室に寄り道し、育てていた自分産の日陰蔓を袋詰めにした。
蔭蔓「はい。感謝を込めて、プレゼント。」
あずさ「・・・仕方ないわねぇ~。」
あずさにしてはかなり快く荷物持ちを引き受けてくれた。
あずさ「この手のもの、寮にはないはよね!?」
蔭蔓「ああ、無いよ?」
あずさ「安心したわ。」
蔭蔓「今日は、やさしいじゃん。」
あずさ「怪我人にはね。」
あっそ。
その後、二人は地下三階の地下植物園に到達した。置いてあった依頼書を持っていた鞄に急いですべて入れた。後から、神那、将器も合流した。
将器「ここ、監視されてないよな。」
蔭蔓「あぁ、監視システムは切った。」
早速、持ち寄った依頼書をさばいた。
まず、ラルタロス国内の仕事は却下。
4人のレベルに合わない仕事も却下。
魔法学校の関与が見え隠れする依頼も却下。
・・・
すぐさま依頼書は残り5枚に絞られた。
そのうち三つはラルタロスの東にある島国センからの、残り二つは陸続きの西国クルカロスからの依頼だった。
あずさ「センは閉鎖的だから、小さな船の検査も厳しいと思う。」
将器「飛行手段はもってのほか。」
あずさ「とすると、残るはクルカロスだけか。」
蔭蔓「行くなら、これでしょ。」
持っていた一枚の依頼書を提示した。それは植物魔法研究会のものだ。依頼主はクルカロスの南西の湿地の高原に住んでいるらしい。クルカロスの森林をめぐるといった内容だが、詳しくは機密なので現地で説明するとのこと。報酬は100万w。ここまでは普通だが、特記すべきは、終着地点がリプロスというクルカロス北部の小さな街だということ。
将器「なるほど。」
将器は悟ったように頷いた。
神那「待って。もう一つの依頼の方が、遠い所に行けそうだけど・・・。」
彼女は納得いっていないようだったので将器は簡単に説明した。
将器「カズと俺は、リプロス近くの草原で知り合ったんだ。」
ラルタロスに向かって旅をしている幼い将器は川の上流から流れてくる蔭蔓を拾った。蔭蔓は気絶していたが、やがて目を覚ました。蔭蔓には記憶がなかったが、すぐさま二人は意気投合した。それが馴れ初めだ。
将器「俺も、一度は戻ろうと思っていた。」
あずさ「決まりね。」
蔭蔓「他のとこの依頼書は全部元通り戻していいと思う。そのほうが大ごとにならない。だろ?」
あずさ「同感よ。」
そもそも、学校が終わったばかりのこの時期に探検に出発する魔物部生はまずいない。だから、気づかれるまでには時間があるはずだった。少なくとも、数日後に附属図書館が血眼になって探しに来るまでは。
だけど、俺は何の関係もない将器とあずさを巻き込むのだろうか?