1章36話『あずさの妙案』(挿絵有)
7月28日(土) 夜 北の森のとある屋敷の中にて 神那
神那は屋敷に到着した。蔭蔓を追うのは簡単なことだったし、見失っても保険があった。屋敷の外に張り付いて耳をすませていると、どうやら蔭蔓は誰かと喋っているようだった。
蔭蔓「どうやったらそんなことを保証できる?」
蔭蔓「それに、ヘマといえばお前の仲間もヘマをしたみたいだぞ黒ローブ。なんたって、お前の仲間はワラジムシを運んでいるそうだ。偽物の魔術書の中にな。」
・・・・・・・・・黒ローブ・・・
?
しばらく、二人の会話を盗み聞きしていると、二人は戦闘を開始した。
二人は、教えるだの教えないだの捕まえるだの連れていくだの言いあっていたが、神那にはよくわからなかった。けれど、蔭蔓が標的α《アルファ》、例の全身に黒いローブをまとった魔法使いと関係があることはわかった。
それだけで十分。
蔭蔓が劣勢に入ったタイミングを見計らい、すかさず神那は参戦した。でもそれは、ローブの魔法使いを捕らえるためじゃない。
7月28日(土) 夜 ぼろ寮にて あずさ
皿の上に野菜の盛り付けをしている最中に、あずさは妙案を思いついた。だがその案は、かなり無謀にも思える。
あずさ「将器。将器は蔭蔓を助けるよね。必ず。」
将器「ああ。どうした急に。」
将器は、ごくごく自然に答えた。けれども、内に確かな覚悟を秘めた表情だ。あずさはそういう将器の答えが聞きたかった。そういう将器が見たかった。
私も覚悟を決めよう。
あずさ「ゴメン急に。もう魚も出来上がりそうだし、二人を呼ばない!?」
将器は、白身魚を煮る手を止めて、神那と蔭蔓をよびにいった。しかし、しばらくすると慌てた表情で一人帰ってきた。
将器「カズも神那もいないぜ。外に向かって走った足跡が。」
あずさ「!!!」
あずさ「誰の足跡?」
あずさは冷静に返した。
将器「見たほうが早い。」
予感的中。でも、魔法学校に連れ去られた可能性もある。
足跡は私たちの魔獣狩り用草鞋の跡だし、魔法学校の手先に誘拐されたわけではなさそう。
将器「そういやカズの奴、企み顔だったな。」
つまり、蔭蔓は私たちに知られずに何かをしたかったということ。
あずさ「そのうち帰ってくると思う。」
将器「誰にも知らせなかったのはわざとか。」
あずさ「うん。」
それより、心配なのは神那のほうじゃない!?蔭蔓が神那と二人で出かけたなら、私と将器に「ちょっといってくる。」の一言ぐらい残したっていいはず。それに歩幅からして、この足跡は走った跡。そもそも、どうして走ったの?
蔭蔓はこっそり寮を抜け出して、そして、神那はそれを追ったんじゃないかしら。
それなら、もう一刻の猶予もない。私たちも行動に出ないと。
あずさ「多分私たちが追えるところにいないけど、追えるところまで追ってみようよ。」
将器「留守にするのは良くないんじゃ?」
あずさ「そう!?」
あずさは、将器に反対した。将器の言っていることは別に間違っていない。例えばもし魔法学校の手先が留守のぼろ寮に侵入すれば、やりたい放題するに違いない。
あずさ「もちろん、お金は持っていくよ。」
そして、キョトンとする将器に近寄って耳元に小声で囁いた。
あずさ「だって明日は国外逃亡するんだから!」
7月28日(土) 夜 北の森のとある屋敷の中にて 蔭蔓
蔭蔓「は?」
人のことを殴って、その後のことは今から考えるだって?
神那は蔭蔓を無視して近づいてきた。蔭蔓はどうせ何もできないので無反応でいる。
「ドスッ。」
彼女は蔭蔓の急所を一突きし、蔭蔓は意識を失った。
7月28日(土) 夜 屋敷から蔭蔓の立ち寄った洞窟へ 神那
蔭蔓は気絶させたけど、この魔法の跡を片付けないと。
板の間の床には青々とした蔭蔓の日陰蔓が散らばっている。仕方ないので、蔭蔓が結界石を入れていた大きな皮袋に植物を無理やり詰め込んだ。
荷物を持ち蔭蔓をおぶって、屋敷を後にした。蔭蔓以外の誰にも話を聞かれない場所に移動したかったからだ。
振り返ると屋敷は跡形もなくなっていて、元の場所には周辺と同じく草が茂っている。怪奇現象には慣れっこだけれど、これはなかなかきみが悪い。
神那は蔭蔓を彼が行きがけに立ち寄った洞窟に運んだ。そして、骨折した部分に棒を添え応急処置をした。
げ、やり過ぎたかも・・・。
でも限界まで追い詰めないと、蔭蔓は本当のことを言わなかったし・・・。だからしょうがなかったよね!?
そのように自分に言い聞かせてながら、傷だらけの蔭蔓を見ていると、やがて蔭蔓が目を覚ませた。
蔭蔓「・・・な、何でここがわかった。手がかりはなかったはずだ・・・。」
蔭蔓は、衰弱して声がかすれていた。
神那「ああそれは。」
神那は蔭蔓右腕に軽く触れた。すると、触れたところから10匹程度の草鞋虫が洞窟にはい出た。小さな魔法生物に細工をしたものだが、このムシ一匹一匹が追跡装置としての役割を果たしている。
這い出た虫たちは、岩陰に消えていった。
蔭蔓「オマエ、どこまで人のことを・・・!」
蔭蔓は憤ったが、しばらくして落ち着くと、
蔭蔓「いつからだ?」
と尋ねた。
神那「6月6日。」
あなたの目を私の手で覆ったあの時。もう隠す必要はない。
蔭蔓「今度は俺の腕に布を巻いたりして、なんのつもりだ。」
神那「さっきは悪かった。」
蔭蔓「何それ、さっきのは茶番だったとか言うつもり?」
神那「いいや。」
神那は立ち上がり刀を抜いて、蔭蔓に突き付けた。
神那「そうとは限らないわよ。」
蔭蔓「聞きたいことが山ほどあるんだけど!?」
蔭蔓の表情は強張っているが、屋敷の時よりは肩の力が抜けている。
神那「そうね。私の話しをする番かしら。」
深呼吸しよう。
神那「私は白銀寮の命令で、あなたの監視を行っているの。」
蔭蔓「なるほど、監視ね・・・。か、完全に犯人扱いかよ・・・。」
神那「生き残ったのがあなただけだった話をしたでしょ。」
神那「私の仕事は、あなたからアミテロス魔法学校を襲撃した組織についての情報を引きだすこと。引き出せるなら、引き出せるだけ引き出したうえであなたを捕らえ、引き出せないなら有罪と見なしてその場で処刑する。来年の春分の日までにね。」
蔭蔓「随分やりたい放題じゃないか・・・。」
神那「えぇ、全くよ。」
神那は厭世した。
蔭蔓「・・・・・・?」
白銀寮は、表向き、アミテロス魔法学校で突出して優秀なネイチャーが集まっているただの寮だけど、本当は違う。
神那「白銀寮員は皆、戦闘機械。11ぐらいからどんどん任務につかされてアミテロスの外で様々な仕事をこなしてきている。主に汚れ仕事をね。」
洞窟の岩に座って持たれたまま、蔭蔓は目を丸くして神那をまじまじと見た。
神那「ええ。私はもう、何十もの魔法使いを手に掛けている。」
蔭蔓「冗談にしては趣味がいいね。」
神那「本当よ。これが普通のことなの。」
蔭蔓は疑るような視線を向けた。無理もない。だって、アミテロスの前部のネイチャーに比べれば、次元の違う世界なのだから。
蔭蔓「でも、それを言って何になる・・・。仕事は終わったんだ、だろ!?」
神那「蔭蔓、率直に言う。私はあなたを助けたい。あなたを生かしたいの。」
蔭蔓「・・・・・・は?」