1章35話『真実の告白』
7月28日(土) 夜 北の森のとある屋敷の中にて 蔭蔓
蔭蔓「冗談にしては、趣味が良いね。それ。」
神那「ごまかさないで。あなたが、春分の襲撃に関与していることはわかっているの。」
蔭蔓「・・・いやぁ、してないしてない。」
蔭蔓はなだめるようにいった。まだこの時は、神那が本気だとは思わなかった。何しろ、なぜ神那が春分の襲撃の追求をする理由がない。
神那「でも、あなたはあの黒い魔法使いと話していたじゃない!」
やっぱり見られていたか。これはまずいなぁ・・・。
蔭蔓「あいつはサークルの知り合いで孔芽っていうんだけど・・・。実はちょっと喧嘩しちゃってさ。」
神那「それで真剣で斬りあいしていたの?」
即興の嘘だったが、かなり無理があったようだ。
神那「すべて白状するなら、この場であなたの命を取ることはしない。」
神那の態度は厳しくなる一方で蔭蔓は焦りを感じ始めた。彼女は、冷たい視線で蔭蔓を軽蔑するように睨んだ。この場という言葉を蔭蔓は聞き落とさなかった。
神那「黒ローブ。あなたはそう呼んでいたよね。一つ教えてあげる。春分の襲撃であの魔法使いと直接戦闘して生き残ったのはあなただけなの。蔭蔓。」
神那の言葉が真実なら、心当たりはある。恐らく、アレクシアの時と同じように意図的に生かされたのだろう。
神那「しかも、亡くなった他のどのネイチャーにもしっかりと止めを刺してあった。」
それにしても、神那はなぜそんなことを知っているのだろう。蔭蔓には全く見当がつかなかった。
神那「そしてあなたはその魔法使いと会っていた。それでも、言い逃れするつもり?」
蔭蔓「まさか、孔芽があいると同一人物とは思えないけど・・・。」
あくまでも、白をきった。
神那「言っても無駄のようね。」
そういうと突然、神那は掴んでいた蔭蔓の袖を手前に引いた。反射的に、蔭蔓は神那の腕を払いのけた。さらに、咄嗟に一歩下がって間合いを取る。
すぐさま神那は蔭蔓を右の拳で突いたが、蔭蔓は彼女の背中側に移動しかわした。ちなみにこれは蔭蔓の得意技だ。けれど動きは読まれていて、鋼のような彼女の肘鉄が左の脇腹にのめりこんだ。続けて、再び腕を掴まれ、今度は反対側にバシンと投げ落とされた。硬い板の間に叩きつけられて、蔭蔓はうめいた。打ちどころは悪く、膝を痛めた。
蔭蔓は近くにあった自分の刀を、掴もうと手を伸ばした。残念ながらそれよりも早く神那は蔭蔓の襟つかんで持ち上げた。さらに、蔭蔓を近くの壁に殴りつけ、そのまま抑えつけた。
すると、驚いたことに彼女の手からツタが生え、蔭蔓の全身に絡みついた。衝撃で視界がぼやけ焦点が合わなかったが、間違えなくシダ植物の裏星科の植物が蔭蔓の目には映っている。
黒い日陰蔓もさることながら、いったいどうなって・・・。
ツタはあっという間に蔭蔓を巻き上げた。首、両腕、両足には横走したツダが絡みついて動けない。ツタの硬さや圧力の強さからして、ただの植物でないことは明らかだった。さらに悪いことに、魔法で応戦しようとしたが、どうしたことか日陰蔓を生やせない。
蔭蔓「魔法が、つ、つかえない・・・。」
それだけではなかった。
神那「ええ。そうよ。」
神那はいった。
神那「この一ッ葉は、周囲の魔力で成長する。」
光を自在に操るはずの神那はそのツタの魔法を完全に使いこなしていた。成長するツタの縛る力は強くなるばかりで、余りの圧力に蔭蔓は血を吐いた。一分もたたないうちにほとんどの魔力を失った。
蔭蔓「グハッ!!」
蔭蔓「な・・・何でこんなことを。」
神那「何をイマサラ。」
その時の彼女は「あきれたわ。」とでも言いたげに言い放った。
神那「あなたが、あの黒ローブについて知っていることを教えなさい。」
蔭蔓「だから・・・。」
ブ、ビョキッ、ボキュュゥッ。
嫌な音とともに、左の肘と肩の間の骨が折れた。
蔭蔓「うっ、うぁぁあぁ。うぅっ・・・。」
悲鳴はこらえたが、痛みで涙がにじみ出た。蔭蔓は腕を押さえたかったがそれすらかなわない状況にいた。
神那「さて、次はどこにしよっかなぁー♪」
神那は別人のように冷酷な笑みを浮かべた。この冷たい微笑みを狂気そのものと呼ばずして何と呼べるだろう。
蔭蔓「本当に知・・らない。」
メリメリメリメリ、グシャッツ!
次は左肩だった。
蔭蔓「あぁぁぁぁっ!!!」
ツタが締め付ける力はなおも強くなり、蔭蔓は痛みで気を失いそうになった。蔭蔓の左腕は今、操り人形の腕のように不自然な角度で床に垂れている。
神那「そろそろ言い出す気になったかな?」
神那は襟を握りなおして蔭蔓の首を絞めた。
蔭蔓「な・・何で信じてくれないんだよ!」
神那は2秒ほど沈黙したまま蔭蔓を見ていたがやがて口を開いた。
神那「じゃぁ、首行くね。」
神那は冷たく言い捨てた。彼女は左手も蔭蔓の首元にかざした。すると、急激に首が締まり始めた。それなのに魔法で反撃することも、手でもがくことも、何もできない。
そもそもなぜ、よりによって神那がこんな仕打ちをするのだろうか。神那や黒ローブがどうしてシダ植物の魔法を使えるのか。いったい自分はどういう状況に置かれているのか。分からないことだらけで、気が動転していた。
けれど、はっきりわかっていることがある。それは、今何もしなければ確実に殺されるということ。
そして、蔭蔓は生きていながらにして、ローブの正体を確かめなければならない。
蔭蔓「わ、わかった・・・。い、いう。いうから。だから・・・殺さないでください。」
首が締まってかすれた声しかでなかったが、涙ながらに命乞いをした。
あぁぁぁ、俺はあきらめるんだなぁ・・・。
蔭蔓の告白から数秒が経つと、ツタが締め付ける力はゆるみ、蔭蔓は一命を取り留めた。悔しくて、悔しくて、静かに泣いた。挫折の瞬間だった。涙でぼやけた視界に映った彼女の笑みは絶望以外の何物でもなかった。
その後、蔭蔓は神那聞かれるままに全てを話した。春の襲撃での黒ローブの言動のこと。彼と蔭蔓が似ていること。魔物部に進学するように誘導されたこと。手紙のこと。附属図書館でのアレクシアとその仲間のこと。そして、今蔭蔓が奴と話していたこと。全てだ。
それでも、聞かれなかったこと。すなわち、闇魔法のことについては何も言っていない。
蔭蔓「確かに俺は情報を開示しなかったし、黒ローブの犯罪・・に手を貸したことにはなる・・・。でも、知りたかったからなんだ・・・。将器に出会う前の俺が何者だったのかを・・・。」
神那「本当に仲間ではないし、なるつもりもないというのね。」
彼女は、蔭蔓が話し終えてしばらくすると、口を開いた。
蔭蔓「あぁ、違う。違うんだよぉ。」
必死に、必死に、必死に否定した。また、どこかの骨を折られるのではないだろうか。恐怖のあまり目を瞑ったが、今度は、不気味な音が屋敷に木霊することはなかった。
蔭蔓「俺をどうするつもりだよ・・・。」
蔭蔓は虚ろな目つきで神那を眺めた。気付けば彼女の眼差しは残忍な表情から一転して、いつもの繊細で澄んだ輝きを取り戻している。
神那「それは、今から考える。」
彼女は言った。