1章34話『黒いヒカゲノカズラ』
黒ローブは焦っていると感じた。恐らく、“偽物の魔術書”のことを知らなかったのだろう。それにどうやら彼は、どうしても蔭蔓に来てほしいらしい。蔭蔓は、会話の主導権を握ったと思った。
蔭蔓「黒ローブ。ヘマといえば、お前もヘマをしたようだ。」
黒ローブ「・・・・・・?」
蔭蔓「確かに、俺は魔法学校に濡れ衣を着せられる予定だ。けれど、俺が捕まらないってのは、俺がそっちの活動に加わるからってことなんだろう?でも残念ながら、俺は今の仲間と交流を絶つつもりはない。」
最も、3人が追われている自分を受け入れてくれればの話だが・・・。
黒ローブ「・・・・・・。」
黒ローブが黙ったので、核心を突くことにした。
蔭蔓「黒ローブ。お前が、話をするためだけに、俺を呼んだわけではないことぐらい、わかっているさ。お前はどうして俺が必要なんだ?俺を何に利用するつもりだ?」
黒ローブ「僕なら、魔法学校の方針を変えることだってできる。」
蔭蔓「なら、ここで俺の知りたいことを教えてくれたっていいだろう。ハッタリは効かないぞっ。」
黒ローブ「・・・・・・ちっ。」
長い沈黙の後に舌打ちをし、黒ローブは右手を宙にかざす。すると、黒い霧がその手を覆い、霧の中から黒い剣が現れた。おそらく、初めて蔭蔓が黒ローブと戦ったときに彼が使用した武器と同じものだろう。
黒ローブ「来ないというなら、力づくに連れていくまでのこと!」
蔭蔓「血気盛んだねぇ。まぁまぁ、少しは落ち着きナヨ。」
今度は逆に、黒ローブの調子で嘲笑ってやった。
その甲斐あって、どうやら蔭蔓は黒ローブの逆鱗に触れてしまったようだ。再び面をつけた黒ローブは剣を右手に蔭蔓を攻めた。蔭蔓は刀を構え、黒ローブの面を受け止めた。
実は蔭蔓は黒ローブと戦うことが怖い。一度、徹底的に叩きのめされたことのある相手に芽生える本能的な恐怖心は滅多のことでは消えないものだ。相手を前にすれば、足が竦んでしまうのが普通である。
ただ、今日は負けるわけにはいかない。
お互いに、剣と刀で打ち合いした。黒ローブは中々当てさせてはくれない。当然ながら黒ローブは強い。でも、初めからまともに戦うつもりはない。
ある時意を決した、黒ローブは左手から黒い日陰蔓を生やし、蔭蔓の刀を腕ごと捕らえた。そして、蔭蔓はこの時を待っていた。
蔭蔓はすかさず日陰蔓で黒ローブの剣をローブごとからめとって投げ捨てて、そのまま黒ローブの身体を全身から生やした日陰蔓で縛った。板の間に落ちた黒い剣は黒い霧を生じてそのまま消えた。
黒ローブ「どういうつもりだっ!」
蔭蔓「こっちは、“君”を捕らえられればいいからさ。」
二人の日陰蔓は絡まりあって、二人とも動けなくなった。
黒ローブ「魔力が尽きるまで続ける気か。動けなくなるぞ。自暴自棄になったか。」
蔭蔓「教えてくれれば、やめる。それだけ。」
突然、蔭蔓の体から生えた日陰蔓が二人の身体から外れはじめた。黒ローブが蔭蔓の日陰蔓の成長をコントロールしようとしているのだ。幸い魔法の能力は互角のようで、蔭蔓と黒ローブの支配力はすぐさま拮抗し、膠着状態に入った。
黒ローブはあきらめたかと思いきや、わずかに日陰蔓の網の外に突き出した右手を再び宙に広げる。すると次の瞬間、またもや例の黒い剣が握られていた。続けざまに黒ローブは、手首のスナップで蔭蔓の喉元めがけて剣を振り下ろした。
蔭蔓「げっ。」
蔭蔓は、なんとか、首から日陰蔓を生やして防いだが、そのせいで、黒ローブに日陰蔓を振りほどく隙を与えた。蔭蔓は反動で後ろに倒れた。絡まった日陰蔓ですぐには動けず、さらに悪いことに黒ローブは剣を持っている。
さらに、黒ローブは自分と日陰蔓の付け根を細胞死させて床に落とした。
しまった。
その時だった。
声「目をつむって!」
蔭蔓の背後で女性の声がした。透き通ってはいるが、力強い声。神那だ。
黒ローブ「あいつは・・・。」
黒ローブは、確かにそう言うと後ろに飛びのき寸でのところで彼の頭上に神那が放った光の攻撃をかわした。そして、回廊の中に逃げ込んだ。すると勝手に戸が閉まり、戸そのものは、なくなって元の壁に戻ってしまった。
神那「蔭蔓、大丈夫!」
神那は玄関側から駆け付けた。
蔭蔓「助かったよ。」
日陰蔓の付け根の部分を細胞死させて切り離し、彼女の方を振り返った。微妙な心境だったが表面上礼は言うことにした。
蔭蔓「ありがとう。」
お陰で、黒ローブを捕まえる機会を失ったよ。
神那「無事でよかったぁ。」
神那は蔭蔓を立たせた。そして、心配そうな表情を一変させて真剣に言った。その気迫に蔭蔓は思わず瞬きした。
神那「その・・・蔭蔓。」
蔭蔓「何?」
神那「私、あなたを殺さないといけない。」
曇空の回廊 闇の使者
使者は、蔭蔓を連れて渡るはずだった。
あの“犬”には注意していたが、まさかあんなにも早く追いかけてくるとは思っていなかった。
今しがた使った戸は、外からは特定の時間にしか開かない。つまり、またとない機会を損ねてしまったのだ。
失敗だ。失敗だ。そう。僕は失敗した。また待たなければならない。それまで、僕は生きていられるだろうか?
先行きが見えない不安に身を任せ、果てしなく続く曇り空をただただ眺めていられたら、どんなにいいだろう。
我に返って、アレクシアに言玉をつないだ。
使者「こちら使者。モジホコリ。聞こえるか。」
アレクシア「こちらモジホコリ。ええ。聞こえるわ。」
使者「計画は失敗だ。ただ、任務の方は続行する。」
アレクシア「りょっ、了解!」
不安に歪んだ彼女の顔が鮮明に浮かんだ。
使者「任務の方も漏れがある。どうやら、標的の少なくとも一つ以上は偽物で、追跡装置が埋め込まれているようだ。」
アレクシア「つまり、罠だったってことなのよねぇ・・・。」
アレクシアが息をのむのが聞こえた。
使者「ああ。できるだけ早く特定し、廃棄。偽物だった標的についてもわかりしだい報告しろ。」
後日、僕が盗みに行く。
アレクシア「了解。」
アレクシアは言玉を切った。