1章33話『再会の黒ローブ』(挿絵有)
7月28日(土) 午後6時半頃 寮の玄関前の庭にて 神那
あまりにも突然の出来事だったので、流石の神那もはじめは呆気に取られて身動きが取れなかったが、すぐさま切り替えた。
台所を覗くと、将器もあずさも会話に夢中で、蔭蔓が出て行ったことに気づいていないようだ。もちろん、神那が覗いていることにも気づいていない。
一刻を争う深刻な事態だったので、二人には告げずに女子部屋に戻って、武器や結界石をなど必要なものを持ち、そのまま蔭蔓の後を追った。
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7月28日(土) 夜 とある神社の跡地の境内にて 蔭蔓
蔭蔓は、“寮や学校外では集団行動する”というアミ魔での約束を破って目的地に向かう必要があった。これは、魔物に単独で襲われないようにするための決まりだった。
おそらく、今日は黒ローブと再会する日。約束を破れるのは一回だけだから、この日のために、永らくこの約束を厳格に守っていたのだ。
厄介なのは、日中の雨で地面がぬかるんでいるから森の中では足跡がついてしまうこと。ただ、蔭蔓は、街を通ればどうにかなるだろうと楽観的に割り切っていた。
まず、永らく隠しておいたローブに着替えるために、通学路の森にある洞窟に向かった。身銭を切って買った7つの結界石を全て発効させた甲斐があったのか、色蛇と戦闘することなく洞窟にたどり着いた。案の定、ローブと面も隠した場所にそのままあるではないか。
蔭蔓は、普段着の上着と袴を脱いでローブに着替え、街へと向かった。
指定された屋敷は、手紙によれば北の森にある。北の森は、植物魔法研究会の魔物部や軍部の先輩の間で魔物が危険なことで有名な場所であり、蔭蔓も行きたくない場所に指定しているが今日は仕方ないので行く。幸い、目的地付近は、通学路のシダ樹林よりもはるかに浅い森だったので大きな魔獣には遭遇しなかった。
目的地は、背の高い木生羊歯で囲まれているため、街のほうからは木々に隠れて見えなかった。木々を通り抜けると、確かに建物がある。屋敷とあるが、まず目に入ったのは明らかに古びて壊れた神社の跡だ。
時間通りにたどり着いただろうか。時計はないが、おそらく待ち合わせの午後8時にはまだ早い。そういう感覚は働く蔭蔓だ。
良からぬものが出そうで怖かったので、一礼してから鳥居をくぐった。社の跡の奥に、確かに屋敷と呼べるような大きな和式の建物がある。
蔭蔓「お邪魔します・・・。」
蔭蔓は横開きの戸を開けて中にはいった。建物の中は二階建てで、中央は吹き抜けになっており奥行きが広い。不気味なことに、境内は基本何年も放置されているように荒れていたが、屋敷は誰かが手入していたかのように片付いている。
建物自体は太くて大きな柱によって頑丈に支えられている。そういえば、外に落ちていた瓦もなかなか立派な作りだった、ここが人によって管理されていた時代は、なかなか豪勢な屋敷だったに違いない。
そしてあるとき、どこからともなく魔法が放たれるまで、蔭蔓は一歩一歩慎重にすすんだ。
声「妖魔を照らす闇玉。」
黒い球体を左手で受けきった。左手には多少の火傷が残ったが、その後の追撃には驚かされた。
声「分裂崩壊」
その呪文が館内に響き渡った後、自分の身体が自分の言うことを聞かずに、暴走するのを感じた。つまり、全身からかってに日陰蔓が生えてきた。意識を集中させて、なんとか皮膚から植物が生えてくるのを抑えた。
声「どうやら本物みたいだね。」
大きく黒い影が、一本の柱の背後から現れた。黒ローブだ。
黒ローブ「やぁ、元気そうじゃないか。」
黒ローブはいつものローブを身にまとっている。喋り方も、不気味で人をからかうようないつものあれだ。
蔭蔓「黒ローブ。」
蔭蔓は言い捨てた。
黒ローブ「ほう。君は僕をそう呼ぶのか。フム。その呼び方は、あながち間違いじゃない。」
黒ローブはフードを取った。
蔭蔓「なぁ、お前は誰なんだ?」
黒ローブ「まぁ、そう焦るなよ。」
ゆっくりなだめるように黒ローブは言った。そして次に、面を外した。面の下にあったのは、紛れもないく蔭蔓の顔そのものだった。
黒ローブ「僕は君。」
蔭蔓「・・・・・・僕は君?」
黒ローブ「そう。僕は君だよ。」
蔭蔓「・・・・・・。」
黒ローブ「僕は君。僕は使者。僕は始まり。」
蔭蔓「使者?始まり?なんだよそれは・・・。」
黒ローブ「こっちの話さ。」
いかにも愉快そうに黒ローブが笑った。
分裂崩壊。確かに黒ローブはそういった。おそらく、蔭蔓の体内の細胞を体細胞分裂させたのだろう。それは、黒ローブが日陰蔓を成長させられる植物魔法の魔法使いだということを意味する。
蔭蔓「少なくともお前は、俺と同じ顔を持ち日陰蔓を操る闇魔法の魔法使いってことだよな。」
黒ローブ「闇魔法。ほーう。どこで知ったのかは知らないけれど、君も少しは勉強したようだね。」
黒ローブはにやついた。その表情は、いつも蔭蔓がにやつくときの表情そのものだった。
それにしても、自分と瓜二つの人間と話すのは非常に気味が悪いなぁ。
蔭蔓「同一人物だとでも?」
黒ローブ「さぁね。まぁ、いずれにせよ君には答えを知るすべがない。何せ、君には記憶がないのだからね。」
彼のなぞかけするような喋り方に蔭蔓は苛立った。
蔭蔓「お前は、俺の過去を知っているのか。お前は何者だ。俺は。将器に拾われる前の俺はいったい何者だったんだ!」
黒ローブ「血気盛んだね。まぁまぁ、少しは落ち着きなよ。」
黒ローブは静かに言った。
黒ローブ「確かに、僕は君が知りたいことを知っている。君が僕について来れば、僕は君に君が知りたいことを教えてあげるよ。」
そういうと突然、黒ローブの背後の壁が横開きの玄関のようになって、開いた。奥には回廊の様なものが見えており、曇り空が顔を覗かせている。
蔭蔓「その回廊はどこに続いている?」
黒ローブ「やっぱり君には、これが認識できるみたいだね。いやぁ、どうやら僕は賭けに勝ったようだよ。」
蔭蔓「まぁいいや。先に知りたいことを教えてもらおうか。」
黒ローブ「それはできない。」
蔭蔓「どうして?」
黒ローブ「それは、君がヘマをしたからだ。君は監視されているからだ。」
蔭蔓「あぁー。」
蔭蔓は自分の置かれている状況が危ないことを思い出した。
そういえば、明日捕まるかもしれないんだっけ。
蔭蔓「魔法学校ね。なるほど。連中に、聞かれてはならないと。」
黒ローブ「・・・・・・。」
黒ローブは何も言わなかった。
蔭蔓「俺は、知りたいことが知れれば、それでいい。」
黒ローブ「だから、君が僕について来れば、僕は君に教えてあげるよ。それに、どうせ君は後がないんだろう?君が僕についてくるのなら、君は捕まらずに済む。さぁ、どうする。」
確かに、捕まらない方策を考えるのは急務ではあるが・・・。
蔭蔓「どうやったらそんなことを保証できる?」
黒ローブ「・・・・・・。」
黒ローブは、言いたくないことは言わない。
蔭蔓「それに、ヘマといえばお前の仲間もヘマをしたみたいだぞ黒ローブ。なんたって、お前の仲間はワラジムシを運んでいるそうだ。偽物の魔術書の中にな。」
蔭蔓はこのことを黒ローブに言うかどうしようか当初は迷っていた。しかし、あの魔法学校にはすっかり愛想を尽かしている。
黒ローブ「・・・・・・。」
黒ローブは、少し笑った表情のまま、表情を変えずに蔭蔓を無視した。聞こえなかったかのように。
黒ローブ「知りたいのなら、ついてくるんだ。君が来ないというのなら、僕は君を瀕死にしてでも連れていく。さぁ、決めろ!」
それだと、どの道連れていかれることになってるけど・・・。