1章32話『脱走』
7月27日(金) 午後5時頃 モンカフェ 将器
モンカフェは魔物部附属のスクール・カフェテリアだ。いつも通り学生がたむろして、イチャイチャしているもの、課題をやるもの、食事をするもの様々だ。そして、カズもいつも通りモンカフェにいる。けれど、あずさから例の話を聞いていたので、将器は目を凝らして探した。そして、見つけた。
いたか。やっぱり、カズは監視されている。
将器「よう、カズ。」
蔭蔓「おぉ、来ましたな。」
カズの返答には、反応せず、彼の後ろで、彼の様子を伺っている灰色の和式ローブの男の方へ向かった。あずさが、袖を引っ張って止めたが、聞かなかった。代わりに、あずさ「待ってろ。」と合図をし、男の座っているテーブルを通り過ぎるふりをして後ろから
将器「どうかしましたか。」
と声をかけた。
ローブの男は、ぎくりと肩を上下させ、振り返った。
一言で言うと、威圧してやった。
すると、細身の男は、飲みかけのコーヒーの置いてあるトレーをもってそのまま席を立ち、無言のまま退出した。
あずさ「もう。びっくりさせないでよ。」
蒼くなったあずさは、将器を軽くたたいた。
蔭蔓「ん?将器。カツアゲは良くないことらしいぞ!?」
カズが、元気そうでよかった。
将器「あずさ、悪かった。」
将器は、いつものぼけた蔭蔓に安堵し、空かさずあずさに謝った。
確かに迂闊な行動だったが、自分たちの会話を盗み聞きさせること、まして、あの野郎に親友を襲える隙を与えるなんてことは許せなかったんだ。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
7月27日(金) 午後5時半頃 寮への帰り道にて あずさ
蔭蔓の見張りを将器が追い出したあと、すぐに神那と合流して4人で帰った。
蔭蔓は、少し疲れた顔をしていた。無理もない。今週は、襲撃事件に巻き込まれたのだから。けれど、事実は伝えないといけない。
蔭蔓「何?俺の首に変な草でも生えてる?」
蔭蔓は、時々意味不明な言動をする。
あずさ「落ち着いて聞いて。」
そういってから、一連の出来事を蔭蔓に伝え、神那にも伝えた。
蔭蔓はしばらく無表情だったが、その後、蒼くなるどころか、わずかに顔をにやつかせた。そして、再び無表情になった。
あずさ「何思いついたの?」
蔭蔓「駄洒落。」
あずさ「死者も10名以上出ているから、もし濡れ衣をかけられれば、学生とはいえ・・・。わかってるの?」
蔭蔓は黙った。おそらく、本人は真面目に受け取っているのだろう。けれど、蔭蔓はため息をつくと、
蔭蔓「とりあえず、帰って夕食にでもしよう。」
と作り笑いしただけだった。
あずさ「そうね。」
その後の蔭蔓は無口で、淡白で、不愛想だった。あずさは、長年の付き合いでこれは蔭蔓が何か企んでいる時の顔だと知っている。けれども、とりわけそのことは言及せずに、本人が言い出すまで、あるいは行動に示すまで、待つことにした。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
7月28日(土) 午後6時半頃 寮の玄関前の庭にて 神那
蔭蔓が朝辛そうに、
蔭蔓「ちょっと、今日は休ませてほしい。」
と頼み、あずさが
あずさ「午前中は雨止まなさそうだし、なによりどうするか考えないと。」
といった流れで、魔獣狩りに行く予定は無くなった。今日一日、交代で寮の周りを見張りながら、蔭蔓をどう助けるか皆で議論したけれど、いい案は思いつかない。将器が、
将器「晩飯は景気づけに、魚でも裁くか。」
といってあずさと奥で料理をしている。だから今は、私と蔭蔓は二人っきり。二人で表の庭にいる。
あずさの話を聞くからに、蔭蔓は有罪確定だった。というのは、襲撃された書庫に居ながらにして、生き残ってしまったからだ。
チャーリー司書という司書をわざわざ助けに向かった蔭蔓が、真犯人のはずがないのに・・・。
昨日の帰り道からずっと、蔭蔓は皮肉の一つも言わない。
ショックだろうな。
神那は横目で蔭蔓の無表情な顔つきをちらっと見た。
ただ、大したことではない。
そのようにも神那は感じた。
もっともそれは、私自身に言わせればという話だとは重々わかっているけれど。
神那は自分の今までの人生と比べれば、蔭蔓の直面している問題は小さいことに思えてしまってならなかった。事実そうである。加えて、神那は最近、蔭蔓がよそよそしくて、何も話したがらないことを怪しんでもいる。
やはり・・・。
蔭蔓が今、何を考えているのか知りたい。けれど、きっと無理に近づけば、彼は私を突き放だけ。知りたければ、蔭蔓をひとりにしないといけない。私には見えていない蔭蔓がいる。きっとそう。
神那「その、つらいと思うけど。」
蔭蔓「どうってことないさ。」
「いつものことだからね。」と言わんばかりの、冷めた涼しい顔つきだった。
神那「その・・・そう。」
蔭蔓「ごめん、心配かけて。でも一人にしてほしいんだ。」
神那「わかったよ・・・。じゃ、料理手伝ってくるね。」
そういって、神那は、ひとり蔭蔓を庭に残し、あずさと将器が料理している部屋に向かう素振りを見せた。だけど本当は、玄関に隠れて蔭蔓の様子を伺っているのだ。
暫らく蔭蔓が庭いじりをしていたが、ある時、蔭蔓は、街のほうへ一目散に走り始めた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
7月28日(土) 午後6時半頃 寮の玄関前の庭にて 蔭蔓
大丈夫、誰も追って来ていない。
庭石の裏に隠しておいた発効済みの結界石を入れた筒と刀を手に、一目散に目的地に向かった。どうせ、3人ともすぐ気づく。だから、今はとにかく走ろう。
容疑者にされたおかげで、皆蔭蔓に気を使ってくれたので、一人になるチャンスは多かった。このチャンスを逃す手はない。
また、蔭蔓は、意識するかしないかのうちに、なぜ黒ローブが午後八時を選んだのか考えた。
警備委員に監視されているようじゃ、学校にいるときはだめ。夜中の森は危険すぎるし、かといって夜中の街に出るとかえって目立つから、このぐらいの時間になるのだろうか。でも、今から行ったら帰りは夜中なんだけど・・・。
監視。昨日の昨日まで、監視されたことなど一度もなかった。しかも、その理由がでっちあげというのだからゾッとする。ただ幸い、“こういうの”には慣れている。そして、それは後だ。そう。後だ。ゾッとはしているが、残念ながらそれどころじゃない。
いったい、黒ローブ《やつ》の目的は何か。黒ローブ《やつ》は何者か。黒ローブ《やつ》と俺にはどんなつながりが。俺は何者か。
そのような言葉で、頭が痛んだ。