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1章30話『附属図書館襲撃事件:追跡』

7月25日放課後 書庫周辺の下水通路 蔭蔓カゲル



チャーリー司書「下水の上流に向かうとしよう。下流には色んなものが流れ着いているかもしれないからね。相手をするのはごめんだろう?」


蔭蔓カゲル「正直もう倒れそうです。」


 歩きながら、チャーリー司書に尋ねられて、蔭蔓カゲルは一通り見たことを話した。書庫が”突然“、カビに飲まれてほとんどの書物が土に帰ったこと、魔物がまだいること、逃げた学生も他にいる”だろう“こと。これらは、最低限、嘘にならないよう伝えた。


 けど、それ以外は、よくわからなかったことにした。襲撃の瞬間を間近に目撃したことも言っていない。


 まして、元同僚のアレクシアと戦闘したことなどは言わなかった。どうせあの書庫のすべては、今頃、土と灰に変わっているから、証拠なんて取れっこない。


 ともあれ、チャーリー司書が正気に戻ったのはなにより。


 下水には、小魚が泳いでいた。蔭蔓カゲルは小さい頃しばしばアミテロス魔法学校敷地内の川へ将器ショウキとザリガニ釣りにいった。下水には川で見たことのある魚が何種いるようだ。だからここは、多分淡水なのだろう。いずれにしても、蔭蔓カゲルにはそれ以上のことはわからない。


 チャーリー司書が、不意に蔭蔓カゲルに話しかけた。


チャーリー司書「実はね、今日の襲撃はいつか来るだろうって、僕たちは話していたんだ。」


“僕たち”とは、司書たちということか。


蔭蔓カゲル「それはアミテロス魔法学校の件があったからですか。」


チャーリー司書「それもある。」


 話の腰を折ることはしなかったが、その他の理由も気になった。


チャーリー司書「ただ、対策が少し間に合わなかったようだ。多くの書物が犠牲になってしまった・・・。」


 それで、“出し抜かれたか”ということか。そういうと、司書はローブの内ポケットから手帳程度の大きさの赤い巻物を取り出した。それを開くと、何か、巻物の上で線が動いているのが確認できた。


蔭蔓カゲル「それはなんですか?」


チャーリー司書「これは、ワラジ。とある追跡魔法だ。あれっ?・・・これって、確か、アミテロス魔法学校で開発されたものだと思うけど、知らない?」


知らない。


蔭蔓カゲル「何を追跡しているのですか。」


チャーリー司書「“もちろん、襲撃した犯人だよ。”と言いたいところだけど、実際に追っているのは、盗まれた魔術書の一冊だ。偽物のね。」


チャーリー司書「実は前期の間、襲撃を受けたら盗まれそうな本に目星をつけて、ワラジを仕込んだ複製を作っておいた。これ、小さいし優秀だから簡単にはわからないだろうね。」


チャーリー司書「この動いている棒は、ワラジが受けた刺激を線の位置や、太さ、色で表しているんだ。」


蔭蔓カゲル「その、黒い線が動いているということは・・・。」


チャーリー司書「そう。どうやら犯人たちは偽物を今運んでいる。そして、そのことには気づいていないらしい。」


 チャーリー司書が積んでいたのは、ワラジを仕組んだ本の本物だったのだろうか。なら多分、今司書が持っている本の中には、その本物があるのだろう。


蔭蔓カゲル「どうなされるのですか。その・・・、追跡をして。」


チャーリー司書「さぁ。正直僕は、犯人の始末にはあまり興味がないね。でも、とりあえず、僕たちの間ではもし襲撃があったらどこまで追跡できるか様子を見ようということになっている。」


 書庫を破壊した犯人の始末に興味がないなんて、随分甘い回答だ。何か訳ありな気がする。


 というか、盗まれた本ってどんな本。


蔭蔓カゲル「ちなみに、何という本が盗まれたのですか。」


チャーリー司書「すまない。それは、言えないんだ。」


 機密事項でも教えて“しまうときのある”チャーリー司書だったが、彼にも言えない、いや、チャーリー司書でも言わないことがあるのか。


チャーリー司書「だけど面倒なのは、図書館の方だ。」


蔭蔓カゲル「犯人ではなく?」


チャーリー司書「うん。蔭蔓カゲル君も見ていたでしょ、附属図書館の地下で結構邪術が学ばれていたところを。実をいうと、中には、動物実験で”研究“している司書なんかもいてね。あっ、僕はしてないけどさ。でも・・・、これは全部、附属図書館内で”静かにこっそり“やってたことなんだ。」


蔭蔓カゲル「けど、今回の一件で、書庫の実態が調査されれば・・・。」


チャーリー司書「もちろん、この実態を公的機関は知らない。これが公になれば、附属図書館の人間の半分以上が失職するかもしれないね。僕も含めて。」


蔭蔓カゲル「・・・。」


 チャーリー司書は、口で言う割には余裕があるというか、動揺していないように見えた。何か秘策でもあるのだろうか。


チャーリー司書「おそらく、火災が原因ということにして、公的機関を一切入れない方向になる。だから、蔭蔓カゲル君。君のためにできる限りのことはしてみるけど注意したほうがいい。」


 そういうと、チャーリー司書は神妙な顔つきになった。嫌な夢を見た寝起きのような感じだ。


蔭蔓カゲル「ん、何にですか。」


チャーリー司書「とにかくだ。」


 強引にチャーリー司書は言った。蔭蔓カゲルには、どういうことか理解できなかった。


 その後、蔭蔓カゲルは無言で司書の後を歩いた。しばらくすると、お互いに落ち着いていつものように冗談をしゃべりながら進んだ。途中何度か休憩しながらも、大方2時間ほど進むと出口が見えてきた。


チャーリー司書「見えてきたぞ。」


蔭蔓カゲル「はァ———、やれやれ。」


 二人は外に出た。下水通路の一番上は干上がっている。しかし、水草がちらほら生えていて、土は泥のようだったので、雨の時はここにも水が流れるだろう。辺りには多様な木製シダの雑木林が広がっていた。出てきたところを振り返ると、入り口は半金属の巨木の柱で組まれているが、組まれ方が鳥居を模しているように見える。


 雑木林に出て、近くの倒木に座った。強い結界が張られているのか、魔獣はいなく、深呼吸して、まだ明るい土を眺めた。


チャーリー司書「おや?蔭蔓カゲル君。君の、首の後ろ辺りに、何か生えているみたいだ。」


 蔭蔓カゲルは驚いた。あまりそういうことはない。


蔭蔓カゲル「あぁ。いつものことです。」


 チャーリー司書は、既に、袋の中の本を取り出す作業に移っていた。


 蔭蔓カゲルは、首に手をまわした。確かに、何か生えている。しかも、触った感触から言って、明らかに日陰蔓ヒカゲノカズラじゃない。


何だ?


思い切って、皮膚から引きちぎった。少し痛んだ。


 手にしていたのは、今まで自分に生えたのを見たことのない植物だった。葉は、ある程度太いが形は細長く、先端が少しとがっており、まだ幼いからか茎はほとんどない。


 握ろうとした途端に、その植物は枯れて、黒い粉になって消えてしまった。


うわっ。これは気持ち悪いな。


 身体から新しい植物が生えてくるのは良いことだ。植物魔法の魔法使いの間では、それは才能豊かなことだとされて喜ばれる。けれど、身体から、ちぎったら黒い粉になる植物なんて聞いたことがない。何より、今消えたのがシダ植物ではないことは明白だった。


 首元をもう一度触ると、既に皮膚に戻っていた。


 まぁ仕方ないし、ほっとくか。


 チャーリー司書の方を向くと、司書は袋から取り出した本の安否を確認しており、こちらには気づいていなかったと蔭蔓カゲルは思った。しかし、蔭蔓カゲルの視線には気づいて、チャーリー司書はこちらを向いた。


チャーリー司書「大丈夫かい。」


蔭蔓カゲル「ええ、帰って寝たいですけれど。」


チャーリー司書「助けに来てくれて、ありがとう。」


蔭蔓カゲル「いえ、先生がご無事でなりよりです。」

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