1章29話『附属図書館襲撃事件:脱出』
こちらの武器は、最高40mの高さを誇るシダ植物、鱗木だ。あっという間に書庫の天井に到達して、蔭蔓は、二階の床に落下した。案の定、アレクシアは追ってこない。
急いで上から見下ろし一階の状況を確認すると、アレクシアが近寄ってきた何匹かの色蛇を菌の壁で防いでいる。どうやら先ほどの魔物使いは、全ての魔物を一度にコントロールできるというわけではないらしい。
驚いたのは3人目の魔法使いだった。彼女の放った黴は書庫全体を黒いすすに変えながら書庫全体で成長した。いや、それだけでは空き足りず、黒いすすは、記録係の机の前のすぐ隣まで押し寄せたと思いきや、敏雄を飲み込んで大きな塊を形成し始めた。強大な魔法だ。相当“事前準備”したに違いない。
蔭蔓は3人目の魔法使いが、どんな魔法を唱えたのかは見ることはできなかった。向かってきた黄色の色蛇の7m級を二階から日陰蔓で突き落としていたからだ。けれどその後で、その蛇の様子を見届けるために、一階を再び覗いた。
丁度、蛇が一階に形成された黴の塊に飲み込まれるところが見える。
黴の塊はやがて大きな球体のようになり、書庫全体を動き始める。呆気に取られて、その球から目が離せない。黴の球は、手当たり次第に周りのものを飲み込んで、雪だるまのようにどんどん大きくなりながら進み始めた。
ほかの学生はといえば、動ける者は一階の他の書庫への連絡口付近で魔獣と戦いながら、脱出を図っている。一人の生徒が、手から雷の様なものを発して、一瞬開いた連絡口を駆け抜けていった。他の学生もそれに続いていく。また、自分の他にも、二階に運よく上がったものも同様に出口に集まって、こちらによってくる気配はない。
ついに目線を真下に戻すと、倒れた3人目の魔法使いを抱えたアレクシアが記録係の部屋に撤退するところだった。あの魔法なら、魔力の使い過ぎで、倒れて当然だ。殿を勤めていたのは、例の魔物使いで、近くにいた赤い色蛇数匹を操ると、火を放たせた。
火を見て、我に返った。
しまった。チャーリー司書。
近くにいた何頭かの小さな色蛇を胞子崩壊させて司書室に向かった。防音性の襖の奥には、平然と作業に集中するチャーリー司書の姿があった。今日はいつになく、机にたくさんの本が積まれている。
蔭蔓「チャーリー司書!」
チャーリー司書「どうしたの。図書館では失恋しても静かにするんだ。それがマナ・・・。あれ、なんか焦げ臭い・・・。」
チャーリー司書は鼻をつまんだ。
蔭蔓「襲撃です。」
チャーリー司書「出し抜かれたか!」
蔭蔓「行きましょう。」
チャーリー司書は大きく頷くと、一目散に逃げだすかと思いきや机についている引き出しの1つを開けた。そして、司書は大きな布の袋を取り出して、机の本をその中に入れ始めた。
蔭蔓「チャーリー司書、逃げないと。」
畳に土足で上がった。
すると、チャーリー司書は机のわきにあった本を一冊抱えて、
チャーリー司書「なにをいう。この本なんか10年がかりで見つけた、世界に立った1冊しか残ってないかもしれない魔術書なんだよ。僕は彼女を見捨てていくなんて、火の雨が降ったってできやしないのさー!」
と声高らかに歌えあげた。
蔭蔓「まじですかーっ!」
こんな時でも元気なチャーリー司書を迎えに行って心底良かったが、同時に冷や汗も全身に溢れた。
そういえば、書庫は火事になっているけど、普通、天井から蓮根の断面みたいな、非常用の消火シャワーがでるもんじゃないのか。
振り返って確認すると、10mを超える紫の色蛇が、待ち構えていた。
蔭蔓「えい、鱗木っ!」
魔獣をつき返して、司書室全体を鱗木で覆った。バンッバンッバンッバンッと音を立て、年代物の襖もすべて吹き飛んだが、全て忘れることにしよう。おそらく、火事で二階に魔物が上がってきているのだろう。
蔭蔓「先生、あとどのくらいですか。」
チャーリー司書「そんなことはいいから、部屋の奥の壁を壊してくれ。多分、大きな下水通路につながっているはずなんだ。」
植物で、壁(といっても確かに植物の根の集合体だけど・・・。)を壊すなんて、できるかァ?
「鱗木!」
残念ながら、鱗木は壁を這うように生えてしまった。
蔭蔓「僕じゃ無理です。何か、亀裂を入れてください。」
いきなり、蔭蔓の背後の壁が焼け落ちて、握りこぶしぐらいの赤い色蛇の眼がのぞいた。
蔭蔓「あああっ。」
そのまま、鱗木で魔獣を地獄へ突き落した。
そろそろ眩暈がしてきたなあ。
チャーリー司書「崩壊せよ《エスペラルカ》!」
杖を手にした司書が叫ぶと、壁にひびが入った。
続けて、チャーリー司書が同じ呪文を後二回唱えると、ついに少し大きな穴があいた。
いけるかも。
チャーリー司書を無言で待った。
頭痛がする。胃が痛い。永遠の時間が過ぎるようだ。
幸い、しばらくしてチャーリー司書の顔を伺うと、チャーリー司書は再び大きく頷いた。
蔭蔓「鱗木!」
入り口付近からありったけの力で、鱗木を”撃った”。すると、やがて、そとから冷たい風、そして、冷たい下水が司書室に流れ込んだ。
チャーリー司書「いやァー!本がァー!」
壁伝いに日陰蔓を大量に生やして、自分と司書、そして、司書のカノジョたる数々の書物の入った袋を天井へ避難させた。
蔭蔓「僕の木の上を歩いて出ましょう。」
チャーリー司書は司書室にあった本の数々が下水に沈んでいくのを見ながら、何かぶつぶつと真っ青になってつぶやいている。仕方ないので手を引いて崩壊した壁をくぐり始めた。
チャーリー司書「まってくれ。」
外が見え始めた時に、チャーリー司書が叫んだので振り返った。見ると、本の入った袋が、穴に引っかかってすすめないらしい。
蔭蔓「壁をこわしてください。」
チャーリー司書「下敷きになっちゃうじゃないか。」
そっか。
半泣きのチャーリー司書は、1冊1冊本を取り出して投げ始めた。袋が通るようになるまで、本を投げ渡すつもりだろう。
キャッチボールは大の苦手だが、仕方ない・・・。
チャーリー司書「頼むっ。」
二人はキャッチボールを繰り返した。大方、蔭蔓がまともにキャッチすることはなかったが、魔法でカバーして、どうにかチャーリー司書の愛魔術書たちを下水の餌食にせずには済んだ。
13冊ぐらいか。そのくらい外へ出したところでやっと、袋のダイエットが完了した。
ようやく下水の流れる、地下通路にでた。下水の流れる通路の両脇には、一応、作業員用の道があり、下水の付近で光っている苔を除いて明かりはない。下水の匂いも中々のものだったが、黴でいっぱいの書庫に比べればなんでもない。
蔭蔓「どうしますか。」
チャーリー司書「出口を探すしかないね。それより、重いから持つの手伝ってちょっ。」
そういうと、チャーリー司書はちゃっかりもってきた、もう1枚の袋をローブの内ポケットから取り出した。司書は、少しだけ笑顔に戻っていた。
鱗木の上に置きっぱなしの先ほどの13冊を袋に入れて、俺とチャーリー司書は道を進んだ。