1章28話『附属図書館襲撃事件:戦慄』
7月25日 附属図書館 蔭蔓
附属図書館には、関係者しか入れない地下書庫が十ある。一つの書庫は二階建てで、建物全体は立方体に近い。一階から二階は、空間的につながっていて、一階から見渡せる。
一階と二階の間を、四つの角のうち二つの角に設置された階段を利用して上り下りすることができる。そのうち左側には、一階に記録係用の横長のカウンターがあり、その奥には、記録係用の部屋がある。
一階は、5mの高さの本棚が立ち並び、二階には司書室がある。司書室は、それぞれの書庫ごとに、一から二部屋、存在している。
今、蔭蔓がいるのは、チャーリー司書の司書室がある書庫の、一階だ。蔭蔓は、いつも通り書庫に資料を戻し整理する業務をカウンターの近くで行っていた。
ラーサ「キャ—————!」
記録係のラーサの悲鳴で、蔭蔓は手を止めた。振り向けば、ラーサの血が宙に飛び散っている。
アレクシアだ。アレクシアが自身の魔法で岩石を剣状に生成し、ラーサを叩ききったところを蔭蔓はみてしまった。
アレクシアの後ろにいた敏雄も例外ではない。アレクシアは同時に敏雄のことも刺していた。2人は大量に出血して倒れた。
戦慄が走った。
うわっ。
蔭蔓にはまったく、状況が読めなかった。
アレクシアは書庫の1角を占める、業務記録係用のデスクを占拠した。
ラーサと敏雄はぐったりしている。
とにかく、アレクシア止めないとまずい。
ただ、武器を持っていなかったので、身体から刃物を生み出せるアレクシアとの戦闘は圧倒的に、蔭蔓が不利だ。
幸い、迷っている時間はなかったようだ。
すぐさま、記録係用の部屋の奥から笛を持った長身、細身の男が現れた。彼は被り物をしており顔は見えず、そして、笛を吹いた。
2秒ぐらいすると、壁の外で大きな音がした。そのすぐ後に、色蛇や、小龍といった魔物が壁を突き破って書庫に突入してきた。
壁、もろすぎないか?
しかも、15m級の色蛇もいる。
蔭蔓のいる書庫には他に12,13人ほどの学生がいたが、皆一目散に逃げだした。が、入り口に学生がたどり着いた途端、突然入り口が艶のあるもじゃもじゃの何かによって覆いつくされた。さらに、もじゃもじゃの作った繊維状の壁に学生が飲まれた。
なんだよあれ。あの魔物使いを止めないと、書庫中魔物だらけだな。けど、あいつを捕まえれば、魔物を追い払えるかもしれない。
蔭蔓は、アレクシアたちのほうに走った。
蔭蔓「胞子崩壊っ!!」
飛び上がって、文字通り殺す気で畳みかけた。そうしなければ、こちらがやられる。が、アレクシアはこちらを向くと、嘲笑うような笑みを浮かべて、
アレクシア「君のそれは、効かないよ。」
といい、右手を水平に大きく振った。すると、空中に、変形菌が大量に出現し、それらは、金属質の繊維を形成した。
繊維を見て、先ほど入り口に埋まった学生のことを思い出した。あの壁の正体はおそらくこれ。同じ二の舞いになるのはごめんだ。
まさか、壁に囚われた奴まで殺したんじゃないだろうなこいつ・・・。
咄嗟に、膝から日陰蔓を生やし、そこへ降り立ったが、繊維は日陰蔓も飲み込んで、両足から引きずり下ろした。
これはまずい。
頼みの、胞子崩壊も効果がない。原因は、魔物使いの周囲に張り巡らされた、変形菌のヴェールだろう。
その上、別の菌製の岩石によって、地面にたたき落された。
他の学生は、侵入した魔物と応戦中。助けを求めるだけ無駄というもの。
隣には、全身に色彩豊かな変形菌の生えた、敏雄遺体が転がっていた。
遺体。まてよ、なんで、俺は今の一撃を食らっても、生きている?なんで、変形菌だらけになっていない。どうして、アレクシアは刺さなかった。
生かされたんだ。でも、なぜ。あっ、まてよ。
この魔物使い。魔物を使って襲撃する手口。そして、襲撃されたのは附属“図書館”の書庫。
アレクシアの追撃を日陰蔓の壁で受け止め蔭蔓は尋ねた。
蔭蔓「お前、春にアミテロス魔法学校を襲撃した組織の一員だろ。」
アレクシアは沈黙を保った。
蔭蔓「黒ローブに言われたから、俺は殺せないってところか。」
もちろん、別の理由で生かした可能性もある。ともあれ、いたずらに手に掛けているわけではないことを祈っておこう。
アレクシア「何のはなしかなァ。」
アレクシアがしゃべった隙をついて、蔭蔓は空気中にバラまかれた胞子を成長させて、アレクシアを日陰蔓で雁字搦めにした。
アレクシア「ひゃっ、何これっ!」
蔭蔓「それは、こっちのセリフ。」
すかさず、隣で念仏している魔物使いの腹に渾身の回し蹴りを食らわせた。術に集中していたせいか魔物使いは反応が遅れて、記録係用の部屋の中に吹っ飛んた。
このまま、あいつを止めれば!
追い打ちをかけようとしたそのとき、足を払われて、地面に転んだ。転んだと思いきや、背後からかかと落としを食らった。その衝撃で、頭を床にたたきつけられた。
痛タッ!
動きを封じたはずのアレクシアがそこには立っていた。隣には、敏雄同様、菌の苗床になったラーサの遺体があった。そしてその周りには、日陰蔓の残骸があった。それらは、真っ黒に黴て粉々になっており、刺激臭を放っている。
変形菌だけじゃなくて、黴も操るのか?
記録係の部屋の奥から、3人目の魔法使いが、現れた。小柄で、恐らく女子。彼女も同様、面で顔を隠している。その魔法使いが手を振り上げると、書庫全体に黴が生え始めた。
3対1は、詰みました。
もし本当に、これが黒ローブの一味なら、このまま捕まってしまうという手もある。黒ローブについての情報が引き出せるかもしれない。
ただ、その場合、二階の司書室にいるはずのチャーリー司書はどうなる?
“地下書庫には一階と二階がある”といえども、二階は壁伝いの廊下と司書室だけだ。書庫から外へ出るには、二階にある出口を使わなければならない。しかも、地上へと続く、長い階段を上らなければならない。そして、出口はアレクシアの魔法でどうせ使えない。
ここで、俺が捕まれば司書を見捨てることになりかねない。
チャーリー司書は、別に命の恩人ではない。確かに、アミテロス魔法学校の知り合いの恩人なのかもしれないが、将器の恩人でもあずさの恩人でもない。別の誰かの恩人だ。
加えて、普段、必要以上に人とかかわらない蔭蔓はアミテロス魔法学校時代、何度かいじめの標的になった。だから、アミテロス魔法学校の大半の奴は大嫌いだ。
特に、火炎系の赤寮はとっとと燃え尽きればいい。
では、確かにたかだか1カ月の付き合いだけれども、自分の師を見捨てるのか、俺は。いや、そういうのは良くない。
それに合理的な理由もある。黒ローブは今日、俺がこの場所にアルバイトでいるということをアレクシアから聞いて知っているはずだ。にもかかわらず、黒ローブは手紙を俺に出した。
それは、今ここで俺が捕まらないだろうと考えてのことじゃないのか。少なくとも、俺がここでアレクシアたちに捕まるのは彼の想定外の可能性が高い。
いや、それは、屁理屈だ。今は、黒ローブの組織に接触できるまたとないチャンス。何より、チャーリー司書は自分を助けるぐらいできるに決まっている。だって、彼は魔法大戦を生き抜いた一流の魔法使いじゃないか・・・。
その時、背中に激痛が走った。
蔭蔓「うわぁっ!」
アレクシア「な、今度は何をする気なの・・・。」
アレクシアは、気味悪そうに後ずさった。
何もする気はない。突然の激痛に呻いただけだ。
わかった。このまま、上の階まで上昇してチャーリー司書に合流しよう。これが勿体ない選択だとしても・・・だ。
蔭蔓は鱗木をはやして、そのまま再び抑えにかかったアレクシアもろとも自分を突きあげた。そして、どんどん伸びていく鱗木の枝にしがみついた。