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1章27話『終わりの始まり:手紙』

7月14日 午前7時半頃 寮 蔭蔓カゲル 


今日はアミ魔で決めた休日。


 朝早く朝食を済ませた後、他の3人は裏庭で稽古をはじめたが、将器ショウキの誘いも断って、布団の中で丸まっていた。


 二度寝から覚めて、かろうじて壁に届いた右手で障子を開くと、空は、灰色で厚塗りされた雲に覆いつくされている。


 ラルタロスの夏は気候の関係で涼しく湿気ており、ほぼ毎日曇りか雨が続く。


 襲撃あれ以来、黒ローブからの反応はない。


 つまり、黒ローブ探しの方も梅雨以来、停滞している。


 附属図書館については、より詳しく書物を読んではいるが、やはり、あの図書館に、闇魔法に関する記述はないだろう。


 結局、黒ローブの正体も自分の正体もわからないまま。


 することがないので、窓辺に育った日陰蔓ヒカゲノカズラに、ぼんやりと目をやった。


 ラルタロスに来たときは、4カ月間も放置されるとは、さすがに思っていなかったので拍子抜けもいいところというもの。


 しばらくすると、将器ショウキとあずさが、男子部屋にやってきた。神那カンナが休憩にしたのだろう。


将器ショウキ蔭蔓カゲル、稽古来いって。」


蔭蔓カゲル「今、内臓はいてる最中。」


将器ショウキは、


将器ショウキ「なんだよそれ。」


と、苦笑して、


将器ショウキ「たく、また呼びに行くからな。」


と、ため息をついた。


あずさ「あんまりさぼってると、たべられちゃうよ。」


 あずさが言っているのは、単なる冗談ではない。6月だけで、1年のセットが3つ崩壊した。その中には、色蛇カラースネークに丸呑みされて、消化されたものもいるらしい。とにかく、80人いた魔物部一年は既に60人を切った。


 しかしながら、この事態を受けても、教員側は、「まぁ、こういう年もある。」と恐ろしいまでに楽観的で、幸い、その狂気のお陰で魔物部一年の精神はある程度健全に保たれている。


蔭蔓カゲル「俺はおいしくないから大丈夫。」


あずさ「それは認めるけど・・・。」


 神那カンナの掛け声に、二人は戻った。


 そもそも、俺はどうして魔獣狩りをやってんだ。


 どうして俺は、こんな生活に足を踏み入れてしまったのだろうか。


 ただ、頭のどこかから、別の自分がそうささやいてくるだけで、何かをする気力がわかない。


 それでも、元をたどろうとすると、6月に神那カンナと話したある日のことを思い出した。


 今なら、はっきりとわかることがある。


 それは、将器ショウキやあずさが、いようがいまいが、黒ローブとの衝突を経た俺は、ここに、ラルタロス魔法学校魔物部に来たということ。そして、黒ローブとの衝突がなければ、ここにいることもないということ。


 それは、春分の襲撃の前を思い返せば、すぐにわかる。それまでの俺は、自分が自分の過去を知らないと知っていながら、そのことをたいして気にしていなかった。黒ローブとの衝突があって初めて、自分の過去について知ろうとしたのだ。


 黒ローブとの衝突がなければ、俺は、俺の過去に何があったのか知ろうとは思わなかった。


 だから、奴のことがわからないのなら、魔物部の学生でいる必要も、魔獣狩りをする必要もない。


 そりゃ、気力もわかないさ。


 問題は、恐らく黒ローブは、俺に黒ローブへの関心を持たせようとしていたことだ。でなきゃ、危険を冒してまで、俺に、顔を見せる理由がない。しかも、俺と瓜二つの顔を。


 なら、俺は、あの暴力事件の被害者であるのみならず、黒ローブによって魔物部に行くことを望ませられてしまった被害者だ。俺は黒ローブに、奴のこと、自分の過去のことを知りたいと思わせられたにすぎない。


 残念ながら、俺がじっくり考えて自分の望みだと思ったものは、他人によって、俺が創らされたものにすぎないらしい。


 そして、その“望み”さえ魔物狩りをする理由にはならない。


 差し詰め、俺がここにいるのは、ただ、黒ローブの指示に従ったから。それ以外に、理由になるものなんて、無い。


 分かったよ。


 俺は、自分がどう生きていきたいと思うか、という問いを、自分は何を望んでいるかという問いにすり替えて、しかも、そこに、他人に意図されて創らされた、“自分”の答えで回答し、さらに、その結果として、魔物部に来たのにもかかわらず、自分は魔物狩りになりたかったかのように錯覚していた。


 そして、4カ月たって、自分が、他人にそして、自分自身によって、騙されていたことに気づいた。


 この4カ月の俺の動機はすべてといっていいほど、黒ローブに依存していて、結局、自分の生業をなににしたいのかだけでなく、自分が何を望んでいるのかも、何一つ知りやしない。


 寝返りを打った。


 ただ、そのことに気づいた今、この瞬間も、黒ローブのこと、自分の過去のことが気になり続けてはいる。


 はァ————。もう少し粘ってみますか。


 ため息をついて、道着を探し始めた。


蔭蔓カゲル「あれ。どこにしまったっけぇ・・・。」


 男子共用の押し入れには、道着が見当たらない。


 そういえば、学校で使ったんだっけ。うわっ、洗ってないし、臭そう。


 鞄を探すと、案の定、汗で濡れた道着が見つかった。


 これを着て、今から組手ですか。それにしても、強烈な臭いですね。


 そして、道着を取り出しながら、考えた。 


 でもどうして俺は、気づかずに問題をすり替えて、望みについて騙されて、そして錯覚したのだろう。ひょっとすると、俺は、そうなりたかったのかもしれない。ある意味で空っぽの日常を生きていた俺は、迫りくる進路を決めるためかは知らないが、何か大きな物語に巻き込まれた被害者になりたかったのかもしれない。


 そうすれば確かに、すべてを、“仕方ない”で終わらせることができた。


 まァー、そこまでを知るすべは、流石に無いか。


 それなら、被害者でいよう。だって事実、被害者なのだから。それに、あまり自分をいじめるのはよくない。


 一応、襖をしめて、着替えを始めた。


 着替え終わって、鞄をしめようとした時だった。


 なんだこれ。


 鞄の奥が目に入った。折りたたまれた少し厚い、手のひら程度の大きさの紙が、そこには入っていた。


 開いてみると、ただ、


『7月28日 午後8時 とある古屋敷 北の森8-28-1 一人で来い』


とだけ、書かれている。


 これは、魔法で印字したか・・・。


 どうやって、鞄に入れたのか、それは知らないが、こんな手紙をよこすのはあいつしかいない。


 黒ローブだ。


 さて、どうやって、この時間に寮を抜け出すかな。


 誰も、見ていないことを確認し、手紙をしまった、鞄を隠して、3人の元へ向かった。


 幸いにも俺は、既に何らかの物語には巻き込まれてしまっているらしい。問題は、その実態を実際に体験するまで、知ることができなさそうなこと。


 裏庭にたどり着くと、あずさと将器ショウキが軒でのびていた。


 これが休日とはね。

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