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1章21話『帰り道に潜むもの』

5月25日 夕方から夜 寮への帰り道の森の中にて あずさ


 あずさはいつも通り買い出しから帰る途中だった。魔獣医学科に進学予定のあずさは他の3人より授業数が多く、これが、買い出しの遅くなった原因だ。


 暗くなってきたし、急いで帰ろう。


 帰り道には頼りない、先の光る樹木が街灯として所々に生えているだけで、夕方を過ぎた森は薄暗く閑散としている。


 暗いのはあまり好きじゃない。


 帰ったら、復習もしないと。『魔獣解剖学基礎』の小テストの対策もしないと。


 次にすることを考えれば気分が紛れる。


 生活を回すだけで4,5月は慌ただしく過ぎ、魔法の授業も前部に比べて濃い内容だ。魔獣狩りで生計を立てることの厳しさも痛感した。


 でも、何とか乗り切れて良かったぁ~。


 80名いた魔物部は、中退した、転科した、あるいは魔獣の餌食になった学生により既に10名の生徒を失っていた。リーガスによれば、最初の2カ月を乗り切れば“しばらくは”減らないとのこと。だから、乗り切れて本当に良かったのだ。


 あれやこれや考えるうちに、帰り道も半ばに差し掛かった。それから少し進むと「しゅるるるる、しゅるるるるる。」と不気味な音が聞こえた。


 買い物カートを置いて、3歩離れて剣とカラースモークを構えた。この、這うような、舌を前後させるような音は十中八九、道に迷い込んだ魔獣だ。


 いつもより音が大きいような・・・!?


あずさ「えっ!?」


 目には、巨木から滑り降り、高速に這い寄ってくる15メートル以上の大蛇が映っていた。西の森に魔獣狩りに行っても出くわしたことのない大きさの個体だ。思わずあずさは一歩後ずさったが、容赦なく戦闘は始まった。


 あずさは、さらに後ろに飛びのいた。


 蛇は地面に降りるや否や一直線に突き進んでくる。


 すかさず、カラースモークを投げつけ対抗する。


 煙幕が飛び散り、視界一面が灰色に閉ざされた。


 これで動きは封じた。今のうちに・・・。


 嘘!?


 煙の中からピンクの15メートル級色蛇カラースネークがあずさに向かって急接近してきた。


 一個じゃ足りないのね。


 あずさは刀を構えた。ただ、15メートル級を相手に刀一本で戦うなんて無理だとわかっているので、当然魔法も使う。


視覚喪失しかくそうしつ!」


 あずさの魔法は、相手の神経系に関与する魔法だ。


 例えば、相手の感覚器の機能を一時的に無効にできる。


 どうやら魔法は見事かかったようで、視覚を失ったピンクはその場で頭部を振り回しながら、口を開けて呻いた。


 間をあけず切り替えたあずさは、買い物の荷車を押して、全速力で走って逃げたが、背後から広がってきた半透明のピンクの煙に飲まれた。


 これは、ピンクの集魔獣スモークっ!!


 この煙を嗅いだ、他の色蛇カラースネークは煙に呼び寄せられる。呼び寄せられた色蛇カラースネークにとっては、この道に張られた弱い結界なんてないに等しいに違いない。


 小型の魔獣ですら迷い込んでくるくらいだし・・・。


 目の前の茂みから、紫色15メートル級の色蛇カラースネークが現れた。


あずさ「15メートル級が2頭?」


 あずさは、異変に気付いた。そもそもこの道に15メートル級なんて普通いない。1頭がたまたま道に迷い込んだというならまだしも、2頭以上となれば何か起きていると考えるのが妥当だ。


 でも、2頭いればかえって好都合だわ。


 今度は、紫の個体に大技の錯乱の呪文をかけた。すると、紫の色蛇カラースネークはあずさを狙うのではなく、同じく呼び寄せられた小さい色蛇カラースネークを攻撃し始めた。


 しまいにはあずさの後を追ってきたピンクに衝突し、攻撃し、首に噛みついた。ピンクも反撃して紫の首に噛み返した。噛みどころが良かったらしく、まずは、紫色の頭部が動かなくなった。


 その後、ピンクには紫色の毒が回ったらしく、噛みついたまま動きが鈍くなった。


 同士討ち作戦、大成功。


 そして、背後から襲ってきた灰色、10メートル級の色蛇カラースネークにわき腹から胴部にかけて噛みつかれた。


あずさ「はぁっ!!!」


 油断した・・・。


 あずさは渾身の力で反撃し、灰色の頭部を切りつけた。残念ながら、普通の剣では灰色の堅い鱗は突破できない。噛まれた箇所から血が流れ出てきた。


 ポタ・・・ポタポタ・・・ポタポタポタポタポタポタポタ・・・。


あずさ「痛ぃ・・・。」


 けれど、歯を食いしばって耐え、思考を巡らせた。


 どうせ刀は通らない。神那カンナのように丸ごと焼き払うことはできないので、将器ショウキのように口から武器を刺して魔獣を倒すしかないだろう。


 あずさは灰色が噛みついていることを逆手にとって、再び錯乱の魔法をかけた。


 ゼロ距離魔法は当然のごとく成功し、蛇は、あずさから離れたので、すかさず口の中に刀を刺した。


 蛇は金切り声を上げたが、殺しきれなかった。原因はおそらく、柄の長さが足りないことだろう。あずさの刀は神那カンナ将器ショウキのものより柄が短いにもかかわらず、この灰色はいつもの個体より大型なのだ。


 殺しきれない可能性は十分にあった。


 さらに悪いことに、あずさは逆に刀ごと噛みつかれて剣を奪われた。


あずさ「ちっ。」


 そして、灰色に全身に巻き付かれた。と同時に、とてつもない圧力に襲われた。


 これじゃ・・・圧殺され・・る・・・。


あずさ「うぅっ・・・!!」


 血を吐いた。錯乱した紫色の頭部が迫ってくる。


 頭から丸呑みにするつもりなのかしら。でも・・・、ここで死ぬつもりはないわ!!!


あずさ「痛覚刺激つうかくしげき


 これは感覚器を直接刺激する魔法で、あずさは灰色の痛覚を直接刺激した。灰色は狼狽えてあずさから離れようとしたが、逆にあずさが灰色の体をつかんだ。出血で苦しかったが、何とか意識を保った。


 幸い、至近距離で魔法をかけることは容易い。


あずさ「今度は、あたしの番だからっ!」


 あずさの顔を凝視していた灰色はその気迫に怯んだようだったが、遅かった。


 あずさは、灰色の視覚を奪った。


 そして、聴覚を奪った。


 さらに、嗅覚を奪った。


 加えて、触角を奪った。


 灰色はあずさに巻き付くだけの集中力を保てなくなったらしい。自由になったあずさは、大蛇の体を押しのけて、その場から逃げた。灰色は混乱して、四方八方無意味に動いたあげく、勢い良く近くの樹木に噛みついた。


 止めを刺してやりたいけど・・・。


 腰の小刀ではとても倒せなし、先に出血を止める必要があった。


 とりあえず、買い物を入れていた布袋を破いてわき腹に巻き、魔法で出血を止めはしたが、袋を外せばまた流血するだろう。休みたいがピンクのせいで小物がたくさん密集しだしたこの場所に長居はできない。


 あずさは買ったばかりの結界石を4つ発効させ、他の荷物は置いて近くにあった2メートル程度の樹木の枝を杖にし、それにもたれかかりながら寮へ向かった。


 色蛇カラースネークに襲われれば錯乱の魔法で乗り切った。


 夜道をひとり、体を引きずって進んだ。


 魔法使いだから普通より体は頑丈だけれども、あばらは数本折れていたし、消毒しないとすぐに腐敗がはじまる。


 命からがら寮にたどりついき、まずに目に入ったのは、庭を散策している蔭蔓カゲルだった。


 本当にのんきな奴。


 その蔭蔓カゲルも音で気づいて、あずさのほうをふりむくと、スコップを落として口をあんぐり開けた。


蔭蔓カゲル「あぁ・・・、倒れてろ。」


 そういうと蔭蔓カゲルは寮のなかに飛んで行った。この期に及んで変な冗談を言わなかっただけよしとしよう。あずさは、力が抜けて地面に倒れた。意識が遠のくようだったが、何とか踏ん張って傷の手当てを始めた。


 暫くすると将器ショウキが割烹着を着たまま障子を「バンッ!」と開けて飛び出してきた。


将器ショウキ「あずさ!」


 将器ショウキの腕の中で倒れてしまいたいけれど、まともに治癒魔法を使えるのはわたしだけだから、自分で治すしかないのよね・・・。


 将器ショウキの後から、蔭蔓カゲル神那カンナを連れて走ってくる。


あずさ「血を拭いてもらってもいい?」


将器ショウキ「しゃべらなくていい。」

 

 3人が血を拭いてくれた。その後、神那カンナが新しい包帯を巻き直し、血だらけの服から浴衣に、着替えさせてくれた。ゆっくり自分を治療して一命はとりとめた。


 将器ショウキはずっと付き添っていてくれて、寮に戻るときは肩を貸してくれた。奥の女子部屋まではいかずに、板の間に蔭蔓カゲルたちが敷いた布団で、あずさは横になった。


あずさ「みんな、ありがとう。助かった・・・よ。」


将器ショウキ「無事で、本当によかった。」


 将器ショウキは、あずさの手を取った。あずさは深呼吸した。蔭蔓カゲルは軽くため息をついて、部屋を出ていく。


神那カンナも「あとは将器ショウキにまかせるね。」といって蔭蔓カゲルの後をおっていった。


将器ショウキ「もう、大丈夫だから・・・。怖かっただろ。」


あずさ「大丈夫だよ。魔獣狩りなんだから。でも。」


将器ショウキ「でも?」


あずさ「しばらく、一緒にいて。」


 将器ショウキの手を握ったまま目を閉じた。


5月25日 夜 ボロ寮にて 蔭蔓カゲル


 蔭蔓カゲルは黒ローブ探しのため秘密裏に単独行動を繰り返していた。「植物魔法研究会行ってくる。」の2回に1回以上は嘘だ。どうやら運に愛されているらしく、マスクカフェ以来なにもつかめていない。


 まず、黒ローブの着ていたローブに似た服を売っている店を見つけようと洋服屋を捜し歩いたが、見つからない。


 ほぼ毎朝『マイケルおじさんの魔獣専門店』に通って、結晶石の買い占め客を見てやろうとしたが遭遇しない。


 残念。残念。残念過ぎる。残念過ぎて、残念しか出てこないよ。


 などと、庭の植物にささやいていると、あずさの顔をした血だらけのお化けが寮に向かってくるのが見えた。真面目に対応すべきだということは、流石の蔭蔓カゲルも理解した。


蔭蔓カゲル「あぁ・・・。倒れてろ。」


 そう言い残して急いで将器ショウキ神那カンナを呼びに走った。一大事だ。けれども、3人の、特に将器ショウキの精力的な活躍により、あずさは一命をとりとめた。


 蔭蔓カゲルは心静かではなかった。


 間違えなく、あずさの怪我は、3人でラルタロスに来てから最悪のものだ。


蔭蔓カゲル「あずさを襲った灰色が一頭残ってるよね。森に。」


神那カンナ「この間強い結界を張ったから、寮にはまず寄ってこないでしょう?」


蔭蔓カゲル「あれ、今日は非戦闘的だ。どうしたの?」


 いつも、[全部焼いてしまえばいいでしょ。]とか言うくせに。


神那カンナ「今日は?」


 鋭い視線を伴った満面の笑みを向けられて、「今日も!」とできるだけの笑顔で答えて見せる。


蔭蔓カゲル「それにしても慎重だねというか・・・。まぁ、4人でいたほうが安心ではあるか。」


 すると今度は真剣な表情になって、神那カンナは少し俯きながら「それより、皆で話し合わないといけない。」と小声でつぶやいた。


蔭蔓カゲル「ん、何を?」


 この時は、神那カンナの“話し合いたいこと”が何か蔭蔓カゲルは見当がつかなかったが、少し頭が締め付けられるような嫌な感覚を覚えた。


神那カンナ「とりあえず、食事の支度でもしましょ。」


蔭蔓カゲル「それは、大賛成。」

 

 蔭蔓カゲルは「将器ショウキ、お前、飯当番だろ。」とは言わず、代わりに料理をし、深夜になったが、あずさを囲んで茶室で食事をとった。


神那カンナ「みんなに提案があるんだけど。」


 神那カンナはそのまま続けた。


神那カンナ「単刀直入に言うと、今日の一件で、学校への道にも、大型の魔獣が出ることが分かったから、外を歩くときは必ず2人以上で行動するようにしない?」


将器ショウキ「15メートルは、遭遇したことないサイズだなあ。」


 いつになく深刻な表情で、将器ショウキは付け足した。


 蔭蔓カゲルは全面的に反対だった。自由がなくなる。何より、それでは黒ローブの調査が進めにくくなるに違いない。というか、全く進められなくなるんじゃないのか。


蔭蔓カゲル「え、本気?めちゃくちゃ不自由だと思うんだけど・・・。」


あずさ「あたしは賛成だよ。」


 あずさは、からだを起こして、食べ物の置いてあったちゃぶ台の上にもたれかかった。


蔭蔓カゲル「で~すよねぇ~・・・。」


神那カンナ「妥当な提案だと思ったんだけど・・・。何か理由でもあるの?蔭蔓カゲル。」


 神那カンナは箸を置いて言った。


蔭蔓カゲル「いや、そういうわけじゃ・・・。」


 あるんだけどね。


 蔭蔓カゲルはラルタロスに来て以来、黒ローブの調査を続けてきた。


 調査を行えたのはひとえに、単独行動ができたからだ。サークルの活動などを理由に一人になって、変装してラルタロスの街中で黒ローブの調査を行えたのだ。


 けれど、あずさの怪我のあとをみると心が萎える。


将器ショウキ「納得いかないのか。カズ。」


 黙り込んだままの蔭蔓カゲル将器ショウキが尋ねた。


 そんな、答えのわかりきった質問はよしてくれよ。


蔭蔓カゲル「だって・・・。」


 皆に言えることだけではよい反論が思いつかない。


あずさ「神那カンナは大丈夫かもしれないけど、あたしたち3人はいざとなったら・・・、きついと思う。」


 経験者は語る・・・。そして、蔭蔓カゲルもそのことは承知している。


 あずさはしゃべるのも苦しそうだ。蔭蔓カゲルはあずさがこんなにぐったりしている姿を見たのは数年ぶりで、とてもじゃないが反駁する気になれない。その後もしばらく沈黙が続いた。


将器ショウキ「これは俺も神那カンナに賛成だ。」


 包み隠さず話すなら3人とも説得する自身はあるが、残念ながら、雄弁に議論するには言えないことが多すぎる。それなら、金色の沈黙を保とう。


蔭蔓カゲル「わかった。いいよ。そうしよう。」


将器ショウキ「じゃ、決まりだな。」


 つまり、これからは行動するときは、少なくとも二人で行動することになる。


 そんな不自由な状態、どうして受け入れてしまったのだろう。状況に煽られたのだろうか。


 説得できなくても、もっと悪あがきするべきだったかも。これじゃあ、まるで調査が続けられない


神那カンナ「ありがとう蔭蔓カゲル。」


蔭蔓カゲル「まぁ、いいさ。」


 蔭蔓カゲルは大きなため息をついた。

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