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1章20話『黒ローブを探して3:洞窟』

 店を出た時、既に11時50分。昼間になると冬物のローブは春でも暑い。早朝に家を出てから6時間近くたつ。初めてのことばかりで、しかもニワトリとカメレオンに10000w支払うことになった。


 というわけで昼食にしよう。


『マスクカフェ・ラルタロス』の2軒先にあったパン屋でアンパンを2つ購入した。

合計420w。なかなか財政的に追い詰められてきた。


 では、食べますか。


 でも、待てよ。


 そういえば、隠密行動中だった。少なくともここで面を外して食べるわけにはいかないだろう。なら、どこで食べようか。


 街の人気のない木陰で食べちまえ。誰も見てねぇよ。


 そういうのを慎重さに欠けるというのだ。何のために暑さをしのいで全身ローブ着ているか忘れたのか。


 でも、腹減ったし、見られてなきゃ大丈夫だろ。


 いいや、絶対に誰にも見られちゃいけないんだろうが。


 自意識過剰。


 油断大敵。


 蔭蔓カゲルは葛藤にさいなまれた。


 無駄に疲れる・・・痛い!


 アンパンをできるだけ早く食べたい派の自分が、慎重派の自分に異議をとなえようとしたその時だった。首筋から左肩に強い痛みを一瞬感じた。全身にずきんと響くような痛みだったのだが、次の瞬間、痛みは無くなっていた。


 帰り道に、森でこっそり食べることにしよう。


 森すべきことは、アンパンを食べることだけじゃなかった。今着ているローブ、面ともども、寮に持って帰り3人に見せるわけにはいかない。


 寮に置いておけば、何かの拍子に見つかる可能性もある。だから、森の誰も立ち入らなさそうな場所に隠しておきたかった。


 幸い、蔭蔓カゲルは木の微妙な並びや形を把握しておくのは得意だったので、隠した場所を忘れるヘマをしでかすこともまずはないだろう。


 下校に使っている道へ戻るべく、街を下っていたところ、確かに人の目のつかなさそうな場所があることはわかったが、一度森の中でアンパンを食べることに決めたのでそれに従うことにした。 


 そういえば、明日締め切りの『魔獣分類学入門』の課題終わってなかったっけ。


 それは、魔獣の代表格であり、世界各地の都市部で大量発生している色蛇カラースネークを分類するという宿題だ。


 サボっていた課題も思い出して自然と速足になり、あっという間に行に着替えたあたりの道に辿たどり着いた。行には鱗木レプトフリーアムに隠れて気づかなかったが、3メートルほどの球形のランプが先端に生えている黒い鉄棒のような植物が生えている。


 これは街灯植物といって、夜、先端の球形器官は発光する。


 こいつはいい目印だ。


 蔭蔓カゲルは森の中に分け入った。蛇に気を付けながら結界石を発行させて、例の鱗木レプトフリーアムの立ち並ぶ地点に戻った。


 とりあえず、着替えるか。色蛇カラースネーク数匹に着替えを見られるのはしゃくに障ったが致しかたない。


 着替えはしたので、次は隠す場所を探さないといけない。


 流石に、魔獣の巣とかしている倒木の中に隠すというのは気が進まない。小型の昆虫の魔法生物というのも森にはいると習ったので、草むらに隠すのも御免だ。


 こんな調子で森を徘徊していると、あるとき岩場を見つけた。よく見ると洞窟があり、地下に向かって洞穴が広がっている。


 早速洞窟に入り、辺りを見回すと、苔や羊歯が荒らされないでわさわさと生えている。入り口付近には破壊された後も、人が踏み入った跡もカラースネークが入った跡もないようだ。


 荒らされていないのは奥についても同じようで、少なくとも人が入った形跡はない。また、全体的に暗所で発光する担子菌類の一種や、日光を必要としない植物等が茂っている。


 ここは、面白いかも。


 とりあえず、安心したので座り込んで、アンパンを食べた。一気に緊張がほぐれて、疲れがにじみ出る。


 そして、ひとまず、小さい岩山と岩山の陰にローブとマスクを隠した。さて、これで最低限の用事は終わった。


 当然、ここで寮に帰るべきに決まっている。しかし、好奇心にはかなうはずもなく、蔭蔓カゲルは洞窟の奥へ、奥へと入った。


 洞窟の奥へ入ると次第に、植物や菌類も減っていき、わずかな発光する地衣類を除いては何も見られなくなった。視界は暗く、高々10m先が見える程度であったが、先へ進んだ。


 1キロメートル位ぐらい奥まで入った頃だろうか。依然と洞窟が続いていたが、奥の方が明るいことが確認された。


 辺りが真っ暗になりつつあったので走って先へ進むと、分かれ道がいくつか見つかり、そのうちの一本では、案の定、奥で天井が崩れていて青白い光がさしている。加えて、足元から徐々に下り坂になっており、その分かれ道に踏み入ると地面が湿っていることに気づいた。


 光のさしている領域に足を踏み入れ上を見上げた。


 一面に青紫の曇天の空が広がっていた。


 外に出てみよう。岩壁を登れるだろうか。岩壁では日陰蔓ヒカゲノカズラの成長はあまり芳しくなかったが、時間をかけて何重にも張り巡らせて綱の代わりにして岩壁を登った。


 しかし、その途中、道の奥から嫌な音がした。


 岩が転がる音・・・。


 それも、継続的に。そしてそれは、徐々に徐々にスピードを速めながら近づいてくる。明らかな異変を察知して背後に飛びのいた。


 這いながら近づいて来るのは、黒と白の斑の、15メートルをゆうに超えた大蛇だった。しかも首の数が2つ。斑といっても、一頭は頭部を中心に全体的に黒く、もう一頭はやはり頭部を中心に白い。蛇の体の方が岩石より頑丈なようで、ぶつかった岩石を崩壊させながら近づいてくる。


 二岐蛇ニマタオロチって奴か。


 人生で初めて二岐蛇ニマタオロチというものを見た。すぐに逃げたほうがいいとは知っているのだが、恐怖と感心で足が動かない。


 え、これやばいよね。


「これでも、食らえっ!」


 とりあえず、いそいで発光させた結界石を投げつけた。


 一瞬黒二岐蛇ニマタオロチは怯んだように見えたが、興奮させてしまっただけのようだ。


 あらら、小さすぎたか。それとも、効かないのか・・・。


 結界石をあと何個か持ってくるべきだったという後悔に襲われながらも、足止めしないといけないので落ち込んでいる場合ではない。次の手として日陰蔓ヒカゲノカズラを生やしたが、なかなかすぐに大きく成長しない。


 食われる。やばい。


 鱗木レプトフリーアム二岐蛇ニマタオロチの岐のところに生やして足止めしようという作戦を思いついたが、遅すぎるしなにより魔力のコストも大きい。ということで鱗木レプトフリーアムは断念。


 そうだ、胞子崩壊ほうしほうかい・・・。


 やはり、工藤先輩のようにはいかなかった。


 なら、プランE。———エスケープ———。


 やっとの思いで、蔭蔓カゲルは一目散に引き返した。生存本能に駆動されるままに、とにかく何も考えないようにして走った。一本道を来たので、幸運にも、足を動かすだけでよい。最も、それが難しいのだが。


 恐らく後ろで、白よりの頭の方が白い煙のようなものを吐いたのだろう。洞窟中に白い煙が立ち込めた。どんな物質かは知らないが吸うと息苦しくなった。座り込んで呼吸を整えたいが、相手は鼻がよいから、止まれば命はないだろう。


 蔭蔓カゲルは、もっていたカラースモーク、色蛇カラースネークの鱗から作った煙幕を投げた。視覚と嗅覚の情報を遮断できるので魔獣から逃げやすくなるらしい。


 その後も普段の生活態度から想像もつかない勢いで走り続けたが、やがて、追いかけてこないことに気づいた。いや、それだけではなく煙が晴れた時には、姿さえなくなっている。


 カラースモーク一球でごまかせるような相手には見えなかったのだが。それに、追ってくる姿が見えないだけかもしれない。


 まさか、怖気づいて逃げたとか。


 それは俺だ。


 その後も予備の結界石を発効させて走ったが、やはり、追いかけてくる様子がなかったので、途中からは時々立ち止まりながら入り口へ向かった。入り口の光が見えた時、とてつもなく安心して、疲れも忘れて入り口へかけた。


 あの蛇は、なんだったんだろう・・・。


 辺りを改めて見回すと、やはり入り口付近には破壊された後も、人が踏み入った跡もないように見える。仮にそうだとしても、蔭蔓カゲルが洞窟内にいる今、大蛇が蔭蔓カゲルを追って、入り口に襲ってくる可能性は否定できない。


 けれども実際、今のところ大蛇は追ってきていない。5分ぐらい、いつでも逃げられるように構えながら奥の様子を伺ったが、追ってこない。その上、外の森に、“小さな”魔獣がいることを除けば、森は静かで落ち着いているように思えた。



 よし、大蛇は入り口までは出てこないことにしよう。


 他に、安全といえるような所はなく、探す気力もなかったので、ローブ等の隠し場所は変えなかった。洞窟の中を眺めると、二岐蛇ニマタオロチの姿がフラッシュバックしたので急いで洞窟から出た。


 そのあとは、残りの結界石を宝物のように抱えて忙しく道に戻り、舗装されている道に戻ってからは走って寮へ帰った。


 靴は標準的なものだし、全身ローブでまず見えない。手提げも含めて着用した荷物は隠したし、一応、これで問題ないだろう。いや、靴も変えるべきだったか。


 気になるなら、買う余裕が出てきたら、新しい靴に買いなおせばいい。


 戻ると、あずさ、神那カンナが午後の組手を裏庭でしていた。おそらくその前は、木剣で練習試合をしていたのだろう。その証拠に、軒には折れた一本を含めた木剣が3本置いてある。


 皆勤勉なご様子で、まだ怪我の癒えていない将器ショウキですらも、右手で軽く、素振りしている。


蔭蔓カゲル「ただいま。」


 蔭蔓カゲルはしばらく3人と団欒したが、話題は、昨日の魔獣狩りの稼ぎに関することになり、

あずさ「3人で話し合って、山分けってことになったから。」


 といった具合に、昨日の稼ぎの配分の議論の結果を伝えられた。蔭蔓カゲルは、「面倒だからなんでもいいよ。」と告げておいたので、このこと自体には驚かなかったが、山分けということでお金を受け取り、ひとまずこれで、多大な出費をどうにかごまかせることに安堵した。


 (でももう少し、お金をかけないで行動するようにしないとまずいな。が、靴は念のため買いなおしておくことにしよう。)と肝に銘じた。なにより、必要以上に3人に隠し事をしたいとはさすがの蔭蔓カゲルも思わない。


神那カンナ「どうだったの。植物魔法研究会とやらは。」


 神那カンナは裏庭の軒下の、年季の入った木製の長椅子に腰かけた。


蔭蔓カゲル「魔法の練習と、ミズスギっていう植物の胞子の観察をしてた。」


神那カンナ「ミズスギ?」


蔭蔓カゲル「こいつの仲間だよ。」


 左手の人差し指に日陰蔓ヒカゲノカズラを生やしてみせた。


あずさ「相変わらずのオタクっぷりね。」


蔭蔓カゲル「あずさだって本当はかなりオタクだろ?」


神那カンナ「そうなの、あずさ。何が好きなの?」


あずさ「え?まあ、文学かな。昔話とか・・・。」


神那カンナ「ふーん。どっ。」


 神那カンナは何か言いたげだったが、あずさはオタクスイッチが入ると蔭蔓カゲルの数段上を行くので、その前に遮った。ちなみに、あずさは歴史にも詳しい。


蔭蔓カゲル「あと、将器ショウキにハーブ買ってきた。すりつぶして茶にでも入れてやるよ。」


将器ショウキ「おお、カズ。ありがとうな。」


あずさ「へえ、気が利くこともあるんだ。」


蔭蔓カゲル「おうよ。」

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