1章2話『蛇群行進』
残りの二つのうち、理学部にいくなら、自分の体質の研究をするだろう。ニッチなシダ植物ヒカゲノカズラ類使いなので、差別化も図れ、高い優位性が保てる。これは天職だったりしてとか思ったこともあった。
一方、魔物部が残ったのはやはり、となりの幸せな二人の影響だろうか。
魔物部の位置付けは、魔獣狩り養成所といったところ。魔獣狩りは、当然、魔獣と戦うために魔法を使う魔法使いのことだ。なるほど。前提は満たした。
けれど、魔物部は軍部にならんで、戦闘量が多い。格闘技や剣術といったものは、稽古オタクの将器のおかげである程度身に付けてはいるものの、戦闘なんて避けたい。何せ、組手でも反則させて、逃げ切ろうとする合理的不届き者なのだ。
ただし、避けたいといっても、むやみな人付き合いほどではない。
魔物のこともたいして知らなかったが、かといって理学に深い造詣があるわけでもない。知っているのは、前部で習ったことと、シダ植物ヒカゲノカズラ類のことぐらいだ。
結界の中にさえいれば、魔獣なんていないも同然とはいったものの、結界が破られて、魔獣が中に入ってきたら、はたして自衛できるだろうかという問いにもたどり着いた。
最後の検討事項は、命の危険だ。
内定組の二人に少しいわゆるお得情報教えてもらった。というのは、そもそも、魔獣、ひいては魔物の生態が全くと言っていいほど未解明で、その記録の多くも魔法大戦を通じて紛失した。なので、些細な魔獣についてもその危険度が、過大評価されがちだという。
将器「弱い魔獣専門でも、最低限生きていけるだろうな!!」
さらに、
あずさ「魔物狩りは基本フリーランスだから、実力さえあれば、自由で裕福よ!!むしろ、自分で人体実験とか言って、身体に電極刺すほうがはるかに危なそうだけれどね。」
ということらしい。なるほど、釣り餌としては悪くないし、信憑性も二人の話なら、問題ないだろう論理的でもある。いざってとき、魔獣と戦えないこともまずないだろう。
気づくと、みたらし団子がなくなっていたから、みたらしだんごを一皿、近くにあったテーブルからとってきた。
ただ、二人の話を認めても、毎日のように魔獣に接する魔物部の方が命の危険は多いだろう。“不安定な世界を魔法使いとして生きていくこと”ためには、理学部のほうが適しているように見える。
学部はさておき、学校はどうだ。魔物部について言えば、進学可能地域内ではラルタロス魔法学校が断トツだ。古来より、ラルタロスには優秀な魔獣狩りが集まった。
一方、植物魔法を純粋に研究するなら、アミテロス魔法学校だった。というのも、できてそうそう、アミテロス魔法学校の後部は、優秀な植物系魔法使いを輩出し始めているので有名だった。先輩に知り合いが多いのも大きい。
つまり、魔物部いくなら、ラルタロス。植物魔法やるならアミテロス。
決断しきれない自分がいることは知っている。それは、純粋に自分の意志で決めたいからかもしれないし、単なるスポイルされた皮肉屋の現実逃避なのかもしれない。
気づけば、視線が将器とあずさに向かっていた。
将器「考えているのか。」
蔭蔓「そう。」
将器「ボーっとしているだけだな。」
蔭蔓「そうともいう。」
あずさ「どっちでもいいけれど、早くとらないと、あのテーブルもうみたらし団子一皿しかないわよ。」
蔭蔓「しまった。」
将器「ついでに餡子を2皿頼んだぞ。」
蔭蔓「はーっ?足に根っこ生えるぞ。」
あずさの箴言のおかげで、蔭蔓は左手前のテーブル最後のみたらし団子を手に入れた。しょうがないから、二人に上手く利用されてやって、餡子の団子も2皿持って行った。
そして、しばらく、3人で食べることに専念していると、5人の学生の集団が蔭蔓に近づいてきていた。
5人のうち3人は、次期緑寮最高学年の、薊、松志、桃花だった。特に薊は、次期緑寮リーダーとしての役割を、今年のリーダーだったカナリに託されている、緑寮の小悪魔的アイドルだ。残りの二人は知らないが、転入生か何かだろうか。
いつもなら、気づかぬふりして逃げるところだが、みたらし団子に免じて話しかけられることにした
薊「蔭蔓先輩。今年も、団子ばっかり食べていますね。」
蔭蔓「まぁね。そういう薊さんは、どういったご用件で?後ろの二人は?」
薊「進路申請書が緑寮だけ出そろってないって、カイエン様にカナリ先輩と怒られました。蔭蔓先輩だけですよ?」
蔭蔓「あぁ、期限までには決めるから。ごめんなさいねぇ。」
薊「まだ決めてないのですか?」
蔭蔓「はい。決めてません。」
隣で、将器とあずさが笑っている。
薊「もう、早くしてくださいね。じゃあ、あたしたちは2人を施設案内するので行きますね。」
そういうと5人は去っていた。再びみたらし団子に目を落とそうとすると、隣の二人が蔭蔓を見ていた。
将器「カズってさぁ、先輩じゃないな。」
あずさ「なんか頼りない。」
蔭蔓「好きでやってんじゃないからね!?」
感謝祭ということもあり、午後は自由だった。そのままの流れで、それぞれの寮での出来事などを話し合った。蔭蔓はみたらし団子はだけでは飽き足らず、あんこにも、餅にも手を出した。結構楽しかった。あっという間に2時間ほど過ぎて、午後3時近くになった。
将器「こうして、3人で集まれるのも3月までかもしれないな。」
あずさ「やっぱり、蔭蔓はラルタロス行かないの。」
蔭蔓「かもね。特別なことがない限りは。危ないのはね。」
あずさ「まぁ、普通よね。」
あずさは、大量に餡子を食べて眠くなったのか、手を口に当てて軽くあくびした。
将器「さみしくなるかもなぁ。」
蔭蔓「たしかに。ずっと、この3人だったからなぁ。」
思い返せば、長いようで短かった前部時代、それぞれ寮が異なるとはいえ、いつも3人でいた。
将器「締め切り破って、留年は止せよ?」
将器は明るく言って見せたが、残念そうだ。そう思ってもらえるのは嬉しいことだが、あくまで自分のことは自分で決めるつもりだ。
蔭蔓「まぁ、なってみるまでわからないさ。」
蔭蔓は、みたらし団子の串を手に取った。そして、将器の手元にあったあんこ餅に手を伸ばした。すると、中央の社の反対側で煙がたち、人の悲鳴やらがこちらまで聞こえてきた。ただならぬ気配を感じた蔭蔓は、将器があっけにとられている間に
餅が食えなくなる。
と餅を口に放り込み、急いでそして、むしゃむしゃとよくかんでから飲み込んだ。
蔭蔓「餅もーらい。」
あずさ「まだあるけどね。」
将器「それより行こう!今は、カイエン様は留守なんだ。」
どうやら、最初から気づいていたようだ。
あずさ「そうね。」
カイエンがいないということは、まともな魔法の使える大人の魔法使いが周辺にいないことを意味していた。
蔭蔓「ただの火事ってことで。」
あずさ「悲鳴が聞こえてきたでしょ。」
蔭蔓「火が付いたら悲鳴ぐらい上げるだろ。」
あずさ「じゃあ、火種は何?」
蔭蔓「確かに・・・。」
もう料理の時間は終わっているから、学生の魔法と考えるのが自然だ。喧嘩にしては大げさすぎる気やしないか?
将器「というか、火事なら火事で、火事にかけつけるぐらいのやさしさをだなぁ。」
将器は、ため息をついた。だが、ため息つきたいのはこちらのほうだ。
蔭蔓「はーい。」
急いで3人で中央に走っていくと、悲劇が起きていた。数えきれないほどの蛇が学生を襲っていたのだ。
蔭蔓「最近の若者は、ずいぶん凝った祭りをするンだねぇ・・・。」
あずさ「あれは、魔獣よ。わかっているでしょう?」
なんでいるのかな?
蔭蔓は手をこまねいる間に、将器は果敢に挑んでいった。あぁ、兄弟。彼は将来有望だろうよ。
蔭蔓「さすがに7,8,9の奴を戦わせるわけにはいかないよな。10歳の奴に避難させたほうがいいんじゃない。」
あずさ「そうね。方角と生息地からして、森から来た魔獣だと思う。青寮の先の浜辺のほうに避難させましょう。あそこなら、船をだすこともできるわ。」
蔭蔓「わかった。じゃあ、そっちの指揮はよろしく。」
あずさ「言われなくともそのつもりよ。」
そういうと、あずさはテーブルのバリケードの中にいる学生たちの中へ駈け込んでいった。
さて、俺はどうするか。
と、灰色の蛇の魔獣が襲ってきたので、蔭蔓は引き取り先に困っていた木刀を魔獣に投げつけた。球技はからきしだったが、今日は運よく木刀は蛇の顔面に直撃し蛇は奥へ逃げていった。
そうだったのか。この木刀は今日この場で俺の才能を開化させるために俺の手にあったのか。
ふざけている場合でないことは知っていた。あずさが正しければ、中央と森の中間地点にある、我らが緑寮に大量の魔獣が押し寄せていると考えるのが自然だったからだ。
でも、どうやって来たのだろう。部外者は正門を通じて出ないと出入りできないし、学校内に魔獣を直接学校内に召喚できる学生なんているだろうか。いないとすれば、学校の結界が正常に機能していればこんなことはあり得ないはずだ。でもそれが、あり得たということは・・・。
結界が壊れたことになるか。
蔭蔓は緑寮へ急いだ。