1章17話『魔獣狩り3、隠してるってば』
魔獣を狩れば終わりというわけではなく、引き取り業者に売るという作業が残っている。業者は寮から東にあるラルタロスの街にいるので、森との中間地点にある寮に一度戻って、再度出かける準備をした。
神那「蔭蔓、何もつけないで行くつもり?」
蔭蔓「ああ、そうだった。」
ウィザードローブを被った蔭蔓は男子部屋に戻り、押入れの中にしまってある面をとった。
一つ、魔法使いたるもの寮や学校以外では面を着用し、それを外してはならない。これは、魔物部の心構えの一つ。
魔法使い、特に魔獣狩りはいわゆる顔バレを極度に嫌う。そういう文化に生きている。
それは、古くから魔法使いは魔法目当てに誘拐の対象になってきたからだ。もちろん、全ての魔法、すべての魔法使いが対象になったわけではない。
けれども、例えば結界石師と呼ばれる結界石を生成できる魔法使いは狙われやすい。大抵は魔獣避けに利用できる結界石を際限なく生成させるために誘拐されるそうだ。
特に10年前に終結した大戦で魔法使いが激減したので、危険度は上昇している。
というわけで、魔法と顔が一致しないように、全身ローブに面をつけることが一応の対策なのだ。
まぁ、その状態で誘拐されたら意味ないけどね。
面を付けると、蔭蔓は鏡に映った自分を見た。
なんか、魔獣狩りって感じ。
足首の丈まであるフードにトカゲの顔みたいな面。不気味だが、様にはなっている。
準備を整えて、4人は『ラルタロス国立中央魔獣取引所』へ向かった。それは魔獣狩りが魔獣回収業者に魔獣を卸す市場だ。
取引所は魔獣運送用の船舶の泊まる港、魔獣の回収施設が一体化した海岸沿いの巨大な広場だった。取引されていた魔獣の殆どはやはり蛇だったが、中には20mを超える個体、翼竜のようなものなど蛇以外の魔獣も多数存在した。
引き取り場にいる人間は皆確かに、全身をローブや羽織に包み面を付けて顔を隠している。
でもやはり、蔭蔓にはお面をつけたからといって、効果があるようにはどうしても思えない。
ストーカーすれば顔なんてすぐ割れちゃうじゃないか。本当に自分の魔法を自分の顔と一致させたくないなら、不審者に住居まで跡をつけられた場合の対策もするべきだと思う。
あずさ「この2台です。お願いします。」
荷車を引き渡すと、大柄な仮面魔法使いが2,3人がかりで次々と魔獣をさばいていく。
取引所の人「本日の集計は、灰色10mが4匹、紫10mが2匹、赤8mが3匹、赤9mが4匹、黒8mが1匹、クリーム6mが1匹の計15匹。」
あずさ「なかなか頑張ったかもね?私たち。」
あずさは引き取り業者の巨大な荷車に積まれていく魔獣を見ていった。
引き取り業者の男「83820wだね。」
魔獣をさばいていた周囲で大柄の男性は代金を持ってあずさに手渡した。あずさは手元の料金換算表を用いて素早く確かめ、それらを受け取った。
あずさ「ありがとうございます。」
将器はそわそわしながら、「結構、あるよな。」と仮面蔭蔓につぶやいた。
仮面越しに、2人の嬉しそうな表情が見えるようだ。
確かに、思っていたよりは高額だけどさ。
ただ、あくまで売上だから、使った消耗品の額は引き算しなければならない。加えて、次の魔獣狩りに向けて様々なものをそろえなければならない。
まずは、結界石。次に、カラースモーク。これは、色蛇の皮膚から作ったカラフルな煙幕で、魔獣を誘引するときや、魔獣から逃げるときに用いる。そして、武器。そのほか他多数。
そういえば、神那はどこにいったのだろうか?
目を凝らして辺りを探すと、近くの金物屋で刀を試していた。
まさか、刀オタクとか!?
場所を移動することになったので、神那に声をかけるついでに、彼女が手に取っていた刀の値段を目配せして確かめたが、彼女が試し斬りしたであろう刀や剣は、どれもゆうに100万wを超える代物だった。
神那「ごめん、つい夢中になっちゃった。もう、帰らないとね。流石にあたしも疲れたよ。」
しかし、神那の視線は刀に向いたままだった。
あずさ「色蛇って、大型じゃないとお金にならないのね・・・。」
あずさは魔獣の基本的な引取り額一覧表を手にしていた。
蔭蔓「どうでもいいけど、1メートル級が10wにしかならないのが笑える。」
将器「はははっ。」
ここまでやって初めて仕事完了だ。
4人は空の荷車を引いて寮まで戻った。早い夕飯をとり、その後はアミ魔の記念すべき第一回魔獣狩り反省会となった。食器だけ片付けて、テーブルについた。初の万額単位の稼ぎに、皆興奮気味だった。
神那「わたしは、魔獣を自分たちで換金したのは初めて。」
神那以外の3人は、寮に時折出没した魔獣を売りに出したことがあったが、それは1000w程度の稼ぎだった。今回は文字通り桁が違う。
蔭蔓「やるなら早く始めない?会議。」
意外にこの一言は効いたらしく、あずさが軽く咳払いして話を始めた。
あずさ「色蛇は色によって引き取り価格が異なることもあるけど、基本、10メートルは7500wで引き取られているでしょ。生活費に武器や道具の費用を足すと1人15万は毎月必要だから4人でひと月あたり60万w。つまり、10メートルの個体を月80頭倒せば、最低限の生活を送れるの。」
あずさは、ノートに簡単な計算を綴りながら続けた。
あずさ「だから毎週最低10メートル級20匹分なのだけど、ただ、今日の感じだと、そもそも狩りに行けるのが土日ぐらいなのよね。」
魔獣を狩って、売って、帰るまでに早朝から夕方まで必要だったので、学校のある平日は物理的に不可能だ。さらに、武器を整備して、道具を買い足す時間も確保しなければならない。
今日の将器のように怪我を負えば治す時間も生じる。あずさによれば、将器は3~4日は安静にする必要があるらしい。少なくとも、明日は狩りに行けない。
その後あずさは、どのくらいのペースで魔獣を狩っていくかという議論を続けた。
神那はノートに目を向けて、将器いたっては右腕を乗り出して真剣に聞いていたが、蔭蔓は机に顔だけあげてうつぶせて、指先を眺めていた。
あずさ「蔭蔓、聞いている?」
あずさはペンを握ったまま、キリっとした。
蔭蔓「今回のペースだと、月8回行かないと目標額に到達しないけど、それだと忙しすぎると悟るぐらいには。」
あずさ「その目標額というのも生活を維持できるか怪しい額だけどね。」
神那だけは「そんなに大変?」と疑問符を提示したそうだ。
一方、淡々と話しを再開したあずさと、瞬きしそうにないほど真剣な将器を見て、頭を掻いた。
ま、仕方ないよね。
しばらくすると、将器が口を開いた。
将器「3人が構わなければ、狩場を変えずに、狩れるだけギリギリまで狩り続けるようにするのはどうだ。40匹とかも怪我しないようにすれば大丈夫そうだと思わないか。」
部屋中に将器の提案が響いた。
蔭蔓「お前、本当に左腕骨折したの?」
狩場を変えないというのは賛成だが・・・。
将器は続けた。
将器「けどよ、生活できないと。あと、もっと手ごわい魔獣を狩るために装備も買い揃えたいから、できるだけたくさん稼いでおきたい。神那だって、いい武器が欲しかったりするだろ。」
神那「それは・・・いいね。」
そういうと、神那は少しにやけて恥ずかしそうに下を向いた。
相当欲しいらしいな。
あずさ「私、心配なのだけど。」
あずさはペンを強く握りなおした。
将器「あずさも、カズもサポートしてくれるから大丈夫だって。」
将器は笑顔を作った。いつも、あずさには譲ってばかりの将器だが、今日は笑顔で一歩も引かない。普通じゃない光景だった。
実際、時間的な問題から、4人は一度に稼ぐ額を増やす方向に動くしかない。だから、将器の提案は正論だが、制限を付けておくべきだ。
蔭蔓「まずは、月6回、1回25匹ぐらいじゃない。これでも、今日より10匹多い。あと、今学期は色蛇狩りだけでいいよ。」
神那「まぁ、あずさも心配しているし、気長に行こうよ。」
蔭蔓「怪我したら、金もかかるし日常生活にも魔獣狩りにも支障が出るぞ。」
あずさ「将器お願い。」
あずさの眼はうるんでいた。将器はあずさに懇願されて、最終的に蔭蔓の案に妥協した。
次に、対策したほうがいい魔獣をピックアップした。対策を練ったのは、色蛇は透明になるクリーム色系、個体により能力の異なる黒系、強い神経毒を持つ紫系、色蛇を呼び寄せるピンク系等々。
そうして無事に第一回会議は終了した。
風呂を済ませて、縁側で将器と夜景を眺めながら話した。
蔭蔓「なんでそんな急いでんの?」
将器「急いでないだろ。」
蔭蔓「あずさ半泣きだったし。」
将器「謝らないとな。」
蔭蔓「何隠しているのか知らないけど、焦りは禁物だぞ。」
将器「早く強くなりたいだけだ。」
早く強くなりたいねぇ。
それはどうしてか聞いているんだけど。
将器「隠しているってば、蔭蔓こそ、大丈夫か。」
蔭蔓「は?」
視線も動かさず、姿勢も変えず、目の前の景色を見つめたままできるだけ普通にした。まさか、黒ローブのこと、将器は知っているのか。
将器「お前、一人で抱え込むからさ。昔から。」
蔭蔓「そうだったか。」
将器「俺も知らないが、何かあったらせめて俺には話せよな。抱え込むのは良くないぜ。」
抱え込まないとできないこともあると思うけどね。ああ、なるほど。それは将器も同じなのだろうか。
蔭蔓「・・・まぁ、その時が来たら教えてくれよ。」
将器「カズもな。」
今日はもう寝よう。
ふと視線を夜空から正面に広がる森に移すと、高さ30mを超える夜のシダ樹林は、辺り一面に広がった崖のように見えた。