1章15話『魔獣狩り1、はじめてのまじゅうがり』
アミ魔を結成した週の週末 ボロ寮の西の森にて 蔭蔓
蔭蔓の今朝の足取りが重かった。というのも、今日は初めて森へ魔獣狩りに行くという、アミ魔結成後初の大イベントだったからだ。
狩った魔獣を入れて持ち帰るために、巨大な荷車を学校で2台借りておいた。1台で十分だと思っていたが、荷車の管理担当によれば2台ぐらいは必要ということらしい。
1台に人が20人ぐらいは入りそうな大きさだが、この荷車が今日帰るころには魔獣で埋め尽くされるというのか。
つまり、この荷車いっぱいの魔獣を倒すことになるということだ。考えただけで鳥肌が立つ。
蔭蔓「せめて、山菜狩りにしてくれれば・・・。」
4人は寮の西側に広がる森へ向かっていたので、一応山菜狩りもしようと思えばできる。問題は、その森は魔獣の巣窟なので、山菜狩りに専念できなさそうなことだ。
神那「まぁ、でても10メートルぐらいだから、大丈夫だよ。元気出してよ。」
遠足をしているように軽快な神那が、不安がる蔭蔓を慰めてくれたらしい。おかげで、気分がさらに悪くなってきた。
蔭蔓は、皮肉を込めてにっこり笑って見せた。
”10メートルぐらい”がでても”大丈夫“なわけないでしょ。最も、神那には悪気はないのだろうが・・・。
神那は真意に気づく気配もなく、颯爽と歩き続けた。これから戦闘が待っているというのに、元気なものだ。
将器「もう一度、戦術を確認しよう。いいか。」
あずさと、地図を見ながら話していた将器が言った。2人もこの上なく張り切っている。
蔭蔓「はいよ。」
限りなく消極的な背伸びをした。
作戦は次の通り。
実は、要は蔭蔓の魔法。
蔭蔓は場所を変えなければ、鱗木や日陰蔓で場をコントロールできる。なので作戦は、狩場を決め、4人の匂いで魔獣を誘い込み、基本的に動かず狩り続けるというものだ。
動かないのには理由がある。動けば、新しい植物を再び生やす作業が必要になり、これは植物魔法では魔力のコストが大きいからだ。
配置と役割は次の通り。
まず、あずさを中心に3人で取り囲む。あずさは魔力を温存し怪我人が出た時に備える。
神那と将器が魔獣を狩る前衛にまわる。神那は、光の魔法、将器は水の剣と殺傷力の高い魔法で魔獣と戦う。
そして、中距離となる2人の背後から、植物魔法を用いる蔭蔓が魔獣の動きを封じたり、魔獣が一人に集中しすぎないようにサポートしたりする。
いざとなったら、鱗木の防御壁で他の3人を魔獣から物理的に守る。
最後に、作戦で一番重要なのは、あずさを怪我させないことだ。
それは、あずさが4人の中で唯一まともに治癒魔法を使える魔法使いだからである。
仮に、あずさが怪我を負うなどして治療をできない状況で、誰かが怪我をしたら、怪我の程度によっては両方が犠牲になるだろう。
一方、蔭蔓は、魔法消費量が一番多い役回りだ。魔法を使いすぎると、回復するまで強い倦怠感に加え吐き気や眩暈に襲われるので、先が思いやられるが、自分の魔法が魔獣狩りに役立てられそうな点はよかった。
というか、3人が蔭蔓にも存在意義があるような戦術を選んでくれた。そのことは、珍しく素直に嬉しかった。
暫らく進むと森番のツリーハウスが見えてきたので、軽く将器が挨拶すると、「この先は、でかいのが出るからきぃつけい。」とのことだった。
あずさによれば、森番は現役の魔獣狩りが交代で務めていて、森の全体を高木から見渡し、目立った異変がないか監視しているらしい。
その後は、あまり風通しが良くなく、かつ、開けた草むらを探して森を奥へと進んだ。これは、胞子崩壊を使用しやすいようにするためだ。
ちなみに、胞子崩壊はつい昨日1メートルの個体に初めて成功したばかりだ。
将器「何か来たぞ。」
将器が指さす先から、2メートルの個体が出始めた。しかし、小物は無視してどんどん先に進む。
深部へさらに数百メートル程度進むと、盆地になっていて木々に囲まれている草むらを見つけた。
蔭蔓「ここがいいかも。湿気が強くて、シダとの相性もいい。」
神那「底なし沼になったりしてないよね・・・。」
蔭蔓「多分・・・。」
不安になったので、蔭蔓は草むら一面に日陰蔓を生やしてみたが、底なし沼になるほどぬかるんでいるようには見えない。
蔭蔓「大丈夫だと思うけど、何なら将器も水を集めてみれば。」
念には念をということで、将器も水を感じてみたが、底なし沼のような分布の仕方はしていないらしい。
将器「じゃあ、ここにしようぜ。」
蔭蔓はすぐさま先ほど張り巡らせた日陰蔓を成長させて辺り一面を胞子で満たした。
あずさ「魔獣が来てからじゃないの?」
蔭蔓「仕込み。」
あずさ「ならいいけど。」
将器「配置につこうぜ、みんな。」
4人は武器を取って、臨戦態勢に入った。
初めは何も感じなかったが、数分経つと嫌な雰囲気になってきた。空気が重苦しくどんよりとしてきたような気がする。
迷い込んだ小物を片付けていると、「来たわ。10メートルは越えている。」という神那の声と共に本番が始まった。
将器「カズ!」
蔭蔓「おう。」
とりあえず、あずさの周囲を囲って、神那と将器が戦いやすいよう蛇を誘導する。
来たのは体長10メートル程度の灰色の色蛇。色蛇は、世界各地で大量発生している蛇の魔獣だ。灰色の個体の毒は弱いが鱗が固く刀でも斬り殺せない。
将器「任せろ。」
考えている間はなく、戦闘が始まった。
将器は距離をとり、敵の牙を水の壁で防ぎながら応戦する。蔭蔓は日陰蔓で相手の口があいたまま拘束するのを企んでいる。
間を置かずに、2体目となる紫で体長10から11メートルの色蛇が前方の茂みから現れた。
神那「私がやる。」
今度は神那が前に出た。しかしこちらは、神那が魔法で、蛇全体に赤い光を照射したところ蛇も大地も焼け焦げた。まずは一頭。
期待を裏切らない桁違いの強さだ。
神那「紫色だから、使ったけど、あんまり期待しないでね。」
蔭蔓「あと何回はいけるの?それ。」
神那「30回は。」
十分じゃん。
次に、苦戦している将器を助けないといけない。あずさが、上手に蛇の視覚を奪った。蛇が慌てふためいて口を開けたので、すかさず、蔭蔓は日陰蔓の束を口の中にぶち込んだ。
あずさ「今よ。」
将器は水の剣で内側から植物ごと蛇の脳天を貫き、さらに喉を貫いた。灰色の液体が飛び散った。蛇の血の色って体色と同じなのだろうか。
しばらくして、蛇は動かなくなった。
将器「ふぅー。助かったぜ。ありがとな、二人とも。」
将器は体勢を立て直した。今のだけでも結構な運動量だろう。
神那「どんどんくるよ。今度は仲間の血の匂いも嗅ぎつけてさ。」
暫らくしてきたのは、体長約8メートルと9メートルの赤い蛇2頭。
蔭蔓「げ、赤いやつ。」
早速、2頭とも、火を噴き始めた。鱗木を数本生やし、火を防いだが、鱗木は火に包まれた。
火の手が広がると危険なので、将器が消火を開始したが、残念ながら、既にヒカゲノカズラを一部燃えている。
張りなおさないと。多分、熱された胞子もダメだろうけど、試してみよう。
蔭蔓「胞子崩壊!」
心で念じると、8メートルの個体の口周りに日陰蔓が生えた。どうやら、初心者の域は抜けたらしい。
しかし、結果は蛇が怯んだ程度で致命傷には到底及ばない。幸い、神那が反撃するには十分な時間を稼げたようで、赤い蛇は神那に腹を貫かれて動かなくなった。
将器「今のは?」
9メートルの個体の首を切り落としたばかりの将器が言った。
蔭蔓「後でね。」
種明かしをしている時間はない。
今度は3頭来た。灰色が2頭に赤が1頭。どの個体も9メートルはある大物だ。赤は将器が、2頭の灰色は神那が引き受けた。神那も刀で蛇に切りかかったが、勢いよくはじかれた。
神那「っつ・・・。」
仕方なく、神那は2頭とも赤い光で焼き払った。今や、2頭とも原型こそとどめていたものの、焼き鳥改め焼き蛇といって語弊がない状態である。
あれで売り物になるのか疑問だ。というか、襲ってくる個体数増えている気がするけど、大丈夫なの?
将器は大型と戦い慣れてきたようで、水の壁で、蛇の火炎放射を防ぎながら、テンポよく?蛇の頭を上から切り落とした。
痛そうだ。蛇が。
そして、その直後に将器は背後の空気中から突然現れた5~6メートルのクリーム色の蛇に左腕にかぶりつかれた。
まさか、空中から現れるなんて思ってもいなかったから、蔭蔓は防ぐことができなかった。
将器「しまった。」
将器は右手で水を操作し、かぶりついたままの蛇の頭を斬り落とした。
斬り落とされた胴部が地面でうねっている。そして、将器が負傷した。