1章14話『アミ魔結成』
あくる日の2限。2限といえば、腹の減るころだが・・・。
リーガス「『実践・魔獣狩り入門へ』ようこそ、新入生諸君。」
名物教授リーガスの授業を受けていた。リーガスはアロハシャツに、膝丈ぐらいのグレーの短パン、黒いサングラスを身に付けている。
黄色いシャツに赤いハイビスカスは中年のリーガスには不自然ではなかったが、年中フード付きのローブ等を着る魔法使いの基準からすると、突飛だ。
嫌いではないが、ああいう大人にはなりたくない。
この授業『実践・魔獣狩り入門』では、学生がとりあえず魔獣狩りとしてやっていくために最低限必要な知識学び、それをどうにか実践するのが目的になっている。そして、教師陣は、現役魔獣狩りたちで構成される。
意欲の高い将器に連れられ、前方の席に座ることになった。黒板から見て右から、蔭蔓、将器、あずさ、神那の順に着席し授業を受けた。他の授業も、4人一緒のものはだいたいこのようなものだ。
リーガス「今日の授業では、この授業のオリエンテーションを簡潔に行った後に、早速4月に君たちがやるべきことについてのアドバイスに入ろうと思います。」
驚いたことに、極めて淡々とオリエンテーションは始まった。リーガスの格好と態度の差に思わず苦笑いしてしまう。しかも、オリエンテーションの内容に相当することは朝からリーガスファンの将器に徹底的に聞かされているから、ほとんど新しい情報もない。
帰っても良いでしょうか。
リーガス「では、オリエンテーションはこのぐらいにして、早速、授業に入ります。」
蔭蔓は再び、ノートをとった。
リーガス「今日は、学生魔獣狩りとしての生活の進め方についてです。さて、幸か不幸か魔物部に入った君たちはもう、学生魔獣狩りとして魔獣を狩る生活に入るのが普通です。これは3~7人程度のグループ行い、このグループのことを我々はセットと呼びます。」
リーガスは続けた。
リーガス「セットを一度構成すれば、少なくとも魔物部にいる間は、この単位で生活を続けることになりますから、気の合う相手と組むと良いでしょう。ただし、セットの中に一人は治癒術の得意な者を入れてください。」
将器と目を合わせた。まぁ、どうせ将器、あずさとは組むことになる。問題は神那だ。
リーガス「君たちには大きな決断だと思いますが、単独での魔獣狩りは危険です。従って、これを禁止するために、必ず5月末日までには登録してもらいます。それまでは、セットを構成できず、魔獣狩りができなくとも、魔物部の学生は生活保護の対象になるので、その際は学生課へ。」
その後は、魔獣狩りの必須の道具リスト、その入手先リストが配られ、どの道具をどれくらい所持しているとよいかなど、実践的な指導が続いた。
そして、それも終わると、授業は終わった。ためにはなったので良いとしよう。
将器「組むだろ。蔭蔓。」
蔭蔓「まぁ、言うまでもなく。」
あずさ「神那はどうするの。」
神那の戦闘力は、群を抜いていたので、魔物部の間、ずっと自分たちと組んでもらうことを頼むのは、かえって気が引けた。
もちろん、将器、あずさ、そして、蔭蔓の3人も能力は上位ではあるが、それでも、神那からすればできるだけ優秀な連中と組みたいのではないだろうか。
少なくとも、蔭蔓が神那のポジションにいればそう考えるだろう。
神那「わたしは・・・。」
将器「俺たちは腐れ縁なんだけどさ。神那には、ひょっとすると迷惑かもしれない・・・。」
将器は他の2人に代わって切り出した。一方、蔭蔓は黙って傍観することにした。
神那「3人さえ良かったら一緒にセットを組みたいなって思っているの。その・・・、4人で一緒にいるのがなんというか・・・楽しくってさ。」
蔭蔓「それなら、他もたのしいかもよ。」
やや挑発的に言ってみた。将器が、「あちゃー。」といいたげな表情になった。
神那「楽しければいいというわけではないというか・・・。ごめん。迷惑だったかな・・・。私まだ、皆と知り合って間もないし。」
「楽しければいいというわけではない。」か。なら、何であればいいというのだろうか。
そのまま、4人は沈黙に包まれた。
この沈黙を招いたのは俺か?そんなこと知るか。ちょっとからかってみたまでだ。
神那にセットにいてほしいかといわれれば即答でいてほしい。いつもひょうひょうと皮肉を垂れているだけなのは自覚しているが、魔獣を狩る生活が命がけであることも理解している。
だから、セットに神那が入ってくれると思うと非常にほっとする。
あずさ「むしろ大歓迎よ。将器は、神那が私たちと一緒にいるばかりに、私たちの能力に合わせざるおえないときがあるかもといいたいだけなの。」
例えば、セットを組むなら戦闘中に3人のうち誰かが怪我をすれば、神那は戦闘を止めて守り入るか、撤退しなければならないこともあるだろう。というか、普通はそうするだろう。
あずさ「あと、蔭蔓のこれは性格だから無視するのがいいわ。」
そうですね。同感です。
神那「そんなことは、いいの。ただ本当に、ここがいいなって、思っているだけ・・・。」
「だめ、かな・・・。」と神那は続けた。その極めて感傷的な響に、皆再び沈黙せざるを得なかった。どうやら、彼女は真剣なようだ。
これは、逆に入れてあげたほうがいいパターンなのでは。というか、入ってくださいってお願いするべきなのは本来こっちなのだけど、なぜ立場が逆転しているのか・・・。
意を決した将器が、「そういうことなら、改めてよろしく頼むよ。神那。」と皆を代弁した。
神那は「ありがとう。セットのために頑張るわ。」と嬉しそうに返した。
蔭蔓「何はともあれ、面倒な気の使い合いが終わって何よりだ。」
あずさ「あんたに言われたくないだろうけど、そうね。じっくり進めましょう。」
辺りを見回すと、他の学生もセットを組み始めている。ラルタロス魔法学校の前部からの内部進学生たちは意外にもめているようだった。グループとかヒエラルキーとかあるのだろうか。
面倒だ。そういったものは、一番苦手なものの一つだ。
一方、地方の前部から進級してきた4人のような田舎者は意外にすんなり組んでいるようだ。前部から同じ魔物部に来たとなれば、こちらのように深い交友があってもおかしくない。
しばらく、歓談にふけっていると、晩餐会で神那にいきなり告白したあの男子が近づいてきたので、あずさの提案で、モンカフェに逃げ込んだ。
モンカフェにはすでに学生が大量に流れ込んでいたが、まだ空席もあったため、あまり時間をかけずに座席を確保できた。もう昼なので4人は昼食を購入した。ちなみに、蔭蔓のデザートはみたらし団子だ。アミテロス魔法学校を思い出しながら食べることにした。
あずさ「セットには、名前を付けるの。チーム名みたいな。」
蔭蔓「へぇー。名前ねぇ。何がいいかねぇ。」
すると将器が、さも自信ありげに「アミテロス魔法学校前部9期卒業生魔獣狩り集団、とかどうだ。4人とも9期生だから。」と、目を輝かせて言った。
めずらしく、あずさと声をそろえて「それはダメ。」と返した。
将器は、ネーミングセンスに欠けることが判明。ここはシダ植物的センスの塊である蔭蔓様が一肌脱ぐ必要があるらしい。
蔭蔓「日陰蔓の会は?」
咳払いして、堂々と言ったが、評価は厳しく、あずさには、「あんたまじめに考えてんの。」と言われた。
蔭蔓「まじめもまじめ。おおまじめ。」
必死に反論したのだが・・・。
将器「いや、それだったらまださっきの案のほうが・・・。」
あずさ「それはないから。安心しなさい。」
なぜ、2人ともこの名前の良さがわからないのだろう。きっと俺が、時代を先取りしすぎていて、凡人どもにはこのセンスが理解できないに違いない。
神那「魔法を予想しやすい名前は、魔法使い狩りに狙われる原因になるからやめたほうがいいんじゃ・・・。」
なるほど、確かに、魔法使いは魔法目当てで狙われることがある。
蔭蔓「うーん、無駄なリスクは抱えたくない。あきらめた。」
神那についにとどめをさされた。蔭蔓は椅子に寝そべって、海月のようになった。
あずさ「意外にすぐ折れるわね・・・。」
あずさが、あきれたように言う。
蔭蔓「理由があるなら仕方ないさ。」
将器「そういうあずさの案は?」
あずさ「あたしは別に。なんでもいいし。」
その割には、注文が多い。
将器「じゃあ、神那は?」
将器が、もの言いたげな顔の神那を見ていった。
神那「アミテロスの魔獣狩りだから、アミ魔なんてどう。」
神那は恥ずかしそうにいった。
あずさ「うん、かわいくていいかも。」
あずさは明るくうなずいた。批評家に徹していたあずさだが、神那の案は気に入ったらしい。
あずさ「じゃあ、これで・・・。」
蔭蔓「まって、そのまますぎないアミ魔って。」
ちょっと、空気に抵抗してみよう。
あずさ「蔭蔓のは、蔭蔓以外には意味通じないけどね。」
蔭蔓「日陰蔓だよ。てか、神那もさっき魔法が予想できるからよくないって言っていただろ。それって、意味通じているから言えることだろ。」
あずさ「そうだったわね。魔法が予想できるから不採用。」
あーそうですか。
一方、神那の案は、4人に共通点を抽出しながら、短くまとまっていて、そこそこ良い案のような気もしてきた。
将器「それならアミ魔にしようか?カズもいいか?」
蔭蔓「正直、どうでもいい。」
あずさ「じゃあアミ魔で。」
というわけで、セットの名前はアミ魔になった。神那は何もいわなかったが、自分の案が通ってとても上機嫌のようだ。まぁ、無難な名前だと思う。気持ちを切り替えて、せっせと昼食をたいらげた。
もちろんみたらし団子から食べた。