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1章13話『胞子崩壊《ほうしほうかい》』

 すると、次の瞬間、蛇は口の中がマツバランで埋め尽くされた。次第に鱗が飛び出して皮膚からもマツバランが大量に生えてきた。身体の管という管を根で塞がれた蛇に、当然息はない。


 蔭蔓カゲルはあっけにとられて、ただ眺めることしかできなかった。


 シダ植物の魔法にこのような応用方法がある今まで思わなかった。


工藤先輩「魔法名は胞子崩壊ほうしほうかい。」


孔芽ヨシメ「結構、グロテスクですね。その・・・、中から破裂されるなんて。」


 孔芽ヨシメの感想は妥当だ。蔭蔓カゲル松葉蘭マツバランのおおい茂る紫色の肉塊を気の毒に思った。


 孔芽ヨシメの感想を聞いて工藤先輩は少しうつむいたが、


工藤先輩「直ぐになれるよ。私も昔は抵抗があったけれど、今じゃ芸術的ぐらいに思っているし・・・。じゃ、次、やってみて。」


 と続けた。


蔭蔓カゲル孔芽ヨシメ「はぁ・・・。」


 先輩は、動揺する2人に反応することなく魔法の説明を続けた。


工藤先輩「その程度の距離なら遠隔操作もできるでしょ。」


工藤先輩「とっととやってね。」


 先輩が笑顔のまま、少し声を荒立てた。その拍子に、先輩の周囲に松葉蘭マツバランが生えた。


 少し身の危険を感じ、2人はすぐさま残りの二匹の蛇をしとめにかかった。しかし、操作は難航し、なんと30分ぐらいかかけてやっと、2人は蛇の口からひょろひょろとした胞子体を生やした。


工藤先輩「土以外のものを苗床に育てるのって大変でしょ。相手の免疫機構や防御魔法も突破しないといけないし。あと、武術と一緒で、気迫も大事よ。」


 先輩は元気そうな2匹の蛇に目をやった。


工藤先輩「・・・そうねぇ、初めてやってこれだけできれば上出来よ。“す・ぽ・あ・こ・ら・ぷ・す”って感じだけど。」


 先輩は可笑しそうに笑った。普通はもう少し上手にできるのだろうか。


 今まで、日陰蔓ヒカゲノカズラの魔法の習得は努力でどうにかしてきた。今回も、どうにかなればよいが・・・。


工藤先輩「今日は体験だから、このくらいね。でもこれ、今月中に習得しといたほうがいいよ。」


 そういうと、先輩はケージのもとへ向かった。


工藤先輩「あと、これ、人間はもちろん魔法使い相手でも効くから、できるようになったら少し慎重にね。」


蔭蔓カゲル「まさか、ためしたことあるんですか。」


 蔭蔓カゲル言った後に、愚問だったと後悔した。


工藤先輩「それは、想像に任せるわ。」


 その後しばらく3人とも沈黙した。


 2つ上の軍部の先輩がわざわざ、人間や魔法使いに対して用いないように注意しているのだから、自らの経験に基づいていてもおかしくない。


 今まではあまり、自分の魔法を破壊行為に使ってはこなかった。平常心を保とうとしたが、やはり心理的抵抗がある。


工藤先輩「でも、人間相手でも練習しておいたほうがいいよ。いざとなったときのために。」


蔭蔓カゲル「矛盾していませんか?」


工藤先輩「自分の体使うのよ。」


孔芽ヨシメ「なるほどですね。」


 工藤先輩「見た目はいつもと一緒だし、自分の植物なら自分に生やしても拒絶反応も起きない。」


 先輩はケージをカートにつみなおすと、カートを押して戻し始めた。口から孔雀羊歯アジアンタムが生えた蛇がケージに突進したが、むなしくもケージごとカートから落ちただけだった。


 いったい自分は今、何の訓練をしているのだろう。いかにして相手を倒すかなんてことは今まであまり考えなかった。しかも相手というのが、必ずしも魔獣でないかもしれないと思うとゾッとする。


 無論、魔獣狩りをするだけなら、そんなことはなかなかないだろうが・・・。


 神那カンナのことを思い出せば、彼女があの腕前で、あの魔法で、魔物部に来たことにも少しうなずけるかもしれない。思っていたより物騒かもしれない。


工藤先輩「まぁ、二人とも、頑張りたまえ。ちょっと、刺激が多かったかもしれないけど、魔物部なら、こんなの序の口だろうから。体験はここまで。気に入ったらまたおいで。私は片付けがあるから、ここで解散。」


 そういうと、先輩はケージを引いて魔物管理室に行った。孔芽ヨシメ蔭蔓カゲルは来た道を話しながら帰った。


蔭蔓カゲル「ちょっと、危ないところかも。君子危うきに近寄らずというぜ。」


 蔭蔓カゲルが言った。ただ、自分の言動にまるで説得力を感じなかった。


孔芽ヨシメ「いやそれ、魔物部入った時点でだめでしょ。今日の体験で、むしろ、一度この道に入ってしまったからには、とことん入ってしまうのが得策な気がしたけど。魔物狩りやってくには、戦えないとつらいでしょ。」


 蔭蔓カゲルはしばらく黙って考えた。けれど、結論はすでに出ていて、孔芽ヨシメの批判が正しかった。何となくすぐに同意したくなかったので、その後も5秒ぐらい考えるふりをしてから「そうだね。」といった。


 二人は顔を合わせて頷いて、そのまま、入部届を書きに地下2階のB2-052室へ戻った。


 生き延びるには、自分で自分を守れる程度の能力は必要なのだろう。それは、魔物部に入ってしまった今、魔物と戦える能力のことをいう。


 力がなければ、魔獣の餌になる。


 部室で、孔芽ヨシメと植物魔法の稽古の約束や、今後の予定等々を話していると、工藤先輩が地下から上がってきた。


工藤先輩「お、仕事が早いのは嫌いじゃないよ。改めてよろしくね。」


 工藤先輩は続けた。


 「植物魔法使いの学部生がほとんどいるはずなのに、シダ使いはあたしだけでね、魔物部から一気に二人も来ると思わなかった。何でも聞いてね。知っていることは、基本教えてあげる。」


 “基本”という言葉に、蔭蔓カゲルはそこはかとなく重いものを感じた。


孔芽ヨシメ「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


 孔芽ヨシメは軽く礼をした。


蔭蔓カゲル「あ、よろしくお願いいたします。ところで、一つ質問したいのですが・・・。」


工藤先輩「ん?」


蔭蔓カゲル「魔草って研究していますかここで。」


工藤先輩「魔草?魔法植物のこと?」


蔭蔓カゲル「あ、いいえ何でもないです。」


工藤先輩「ならいいけど。」


 先輩は魔草の存在を知らないらしい。あるいは、知っていて知らないふりをしているのだろうか。工藤先輩は、面倒見はよさそうだが、なんでも質問するのは迂闊というものだ。


蔭蔓カゲル「そういえば、孔芽ヨシメと魔法学校近辺の植物の収集に出かける予定だったので、残りの活動時間でその準備でもします。」


孔芽ヨシメ「お、じゃあ、早速初仕事といきますか。」


蔭蔓カゲル「ですな。」


 そういうと、蔭蔓カゲル孔芽ヨシメとフィールドワークの準備にかかった。幸い、植物魔法研究会にはフィールドワークのための設備が整っていて、道具には困らない。


 その後、孔芽ヨシメとは、毎週火曜、金曜の昼に植物魔法の訓練をする約束をした。胞子崩壊ほうしほうかいの練習が主である。


 ただし、孔芽ヨシメの提案で普段の練習では、模型を利用することになった。精神衛生上良いし、費用対効果的にも優れているので、これには賛成だ。


 基本、何事にも消極的な自分にしては、早い決断だった。それほどに、新しい魔法は刺激的だったのだ。


 寮に帰る途中、買い出しの帰りの神那カンナに遭遇した。


蔭蔓カゲル「やぁ、結構遅くまで買い物していたんだね。」


神那カンナ「なかなか、結界石が買えなくてね。」


 確かに、かなり走り回ったらしく、汗をかいた後が髪の毛からわかった。


蔭蔓カゲル「そりゃ、大変だったね。そういえば、俺が初めてラルタロスの街に来た時も結界石が品切れだった。」


 おかげで、魔獣が観測範囲内に入ってくるとうるさく鳴り響くセンサーといしばらく生活をともにしなければならなかったことを思い出した。


 その後は2人で、放課後の出来事を話し合いながら帰った。


 それにしても、結界石って随分需要があるみたいだな・・・。

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