1章12話『学園生活』
学校は早速始まった。晩餐会とは打って変わり、授業は滞りなく淡々と進んだ。命を扱う学部というだけあり、教室の後ろで騒いでいる輩もあまりいない。一年次はほとんどが学科間共通の授業で、実践的な魔法、実技から、実験科学、厳密な理論・数理科学までを範囲に持つ。
魔法実技は魔物部の必修なので、志望学科によらず全員が受講する。この授業が学年によらず毎年あるのは魔物部の特色の一つ。研究をしたいだけなら、それこそ魔法学校の理学部で十分なのだ。
つまり、相対的に魔物部は恐ろしく実践重視。
先生「そこっ!試合しなさい!」
蔭蔓「はっ!はいっ。」
サボっていたのがばれた。
はっきり言って、魔法実技は第一回目から神那の独壇場とかした。他にも、将器が蔭蔓よりよっぽど基礎体力が高いということも発覚した。
前出の2人には及ばないが、蔭蔓やあずさもある程度そつなくこなした。あずさは素早い身のこなしや駆け引きが得意で、蔭蔓は・・・・・・かわすのと逃げるのは得意だ。
魔物部では1年次に生物・化学・物理学や数学も必修で学ぶことになっている。座学では、蔭蔓のライバルは3人のうちあずさだけだ。将器や神那が頭を悩ませている力学の授業なども、2人からすれば前部時代の復習に過ぎなかった。
とある日の放課後、蔭蔓は孔芽と会う約束をしていた。これから2人で植物魔法研究会の体験会に行くのだ。だから、今日は3人と別れ、目的地に向かった。(ちなみに。今日は、あずさは食事、将器は掃除、神那は買い出し当番だ。)
孔芽「お、来たかい。」
孔芽は魔物部カフェテリア、通称モンカフェの椅子に座ってくつろぎながら、魔獣分類学の初の宿題をこなしている。
内容は、近年、急激に世界中で大量発生している、色蛇の体色と能力の対応についてまとめるというもの。
蔭蔓「遅くなったな。」
といっても、集合時間10分前だが。
孔芽「いや、むしろ早すぎるぐらいだね。」
孔芽はやりかけの課題を革鞄にしまった。そして、2人は話しながら研究会のある、旧魔獣棟(通称サークル棟)に向かった。
何故、旧魔獣棟かと言えば、10年前の終戦までは、この建物で研究用の魔獣が飼育されていたからだそうだ。そしてその一部は、魔法学校のサークルに継承されたんだとか・・・。
館内は暗く、壁から生えた夜光性のキノコ等が随所で青白い不気味な光を放っている。天井から電球草も生えてはいるもののそのあかりは十分でない。何より絶対数が少ない。
それでも、孔芽の新歓用のチラシを頼りに受付のある地下2階のB2-052室にたどり着いた。
入口付近に緑の木製看板があって、植物魔法研究会と黒いペンキで塗られている。
男性の先輩「あ、新入生の方ですか。」
中から一人の男性が出てきた。おそらく蔭蔓たちより、2つか3つ年上だろう。
孔芽「はい。」
女性の先輩「いらっしゃい。植物魔法研究会へようこそ。」
こんどは部室の中から女性の声がした。
この流れで、この先輩2名からサークルの紹介を軽く受けた。
女性の先輩「どの植物の魔法使えるの。まさか、菌類とか?」
一通りサークルの説明が終了すると、話題は蔭蔓と孔芽のことにうつった。
孔芽「なんと、二人ともシダ使いです。」
すると、二人の先輩は顔を見合わせて、女性の先輩のほうが「それならプロがいるよ。今いるから、呼んでくるね。」といった。
蔭蔓「プロ?」
しばらくすると、先ほどの女子の先輩が、もう一人別の女子の先輩を連れてきた。
なんか元気な女性の先輩「君たち、シダ使いなの?」
連れてこられた女子の先輩は快闊な口調で言った。茶髪でやや長身。灰色のマジックローブに、スカート。黒いタイツ、赤い髪飾りをつけた気の強そうな人だった。
孔芽「はい。」
工藤先輩「へぇー。よく来たね。私は、工藤美里。よろしく。案内するからついておいで。」
そういうと、工藤先輩は2人を残したまま奥の部屋に戻っていった。先ほどの先も「じゃ、楽しんでいってね。」といって何やら机で行っていた作業に戻っていく。慌てて追いかけた。
工藤先輩「あたしもシダ植物使いよ!」
孔芽「そうなんですか。結構いるんですね。シダ使い。」
工藤先輩「いや、現役の人には私以外いない。研究科の先輩に何人かいるけど。」
先輩は話を続けた。
工藤先輩「今年もシダ使いなんてこないと思っていたから、何も考えてなかったのよね。けど、体験だから、何かしないとね。そうそう。二人はどこの学生?
孔芽「2人とも魔物部です。」
工藤先輩「そう、か。」
そういうと、工藤先輩はしばらく黙り込んだが、そのうち、得意げに二人の方へ向き直った。
工藤先輩「いいこと思いついちゃった。」
工藤先輩「この時期だから、2人とも多分悩んでいるでしょ。」
蔭蔓「何にですか?」
悩みが多すぎて、特定できない・・・。
キョトンとしていった。が、工藤先輩は依然としてお見通しと言いたげな顔つきだ。
工藤先輩「自分が戦力外じゃないかって。」
蔭蔓は、はっとした。孔芽に至っては、すごく真剣な表情になっている。
工藤先輩「安心して。後部入りたて植物系魔法使いの共通の悩み事だから。私たちは、育成操作がベースだけど、基本、火力として弱いし、仲間の傷をいやせるわけでもない。」
確かに、蔭蔓が日陰蔓や鱗木で倒せる相手など、神那の光の魔法や、将器の水を圧縮した剣などと比較すれば、たかが知れていた。
工藤先輩「私の経験から言うと、そもそも植物魔法の魔法使いが植物魔法しかできないのは戦闘には無理があるかな。やっぱり、基本的な攻撃・防御魔法、瘡蓋作れる程度の治癒魔法は1年生のうちに身に付けておくことね。」
植物魔法の魔法使いが、他種の魔法を身に付けることはできないわけではない。けれど、基本的に遺伝や才能あってこその世界なので、厳しい限界値はある。
まぁ、ある日突然、魔法に目覚めたりという例外はあるようだけれど・・・。
工藤先輩はそのままの勢いで戦闘についての話を始めた。
蔭蔓「ちょっと待ってください。先輩は、魔物部ですか。」
あまりに詳しいので尋ねてみた。
工藤先輩「あたしは、軍部の3年。」
軍部。魔物部が、魔物と戦うフリーランス主体の魔獣狩り育成機関であるのに対し、軍部は、国に忠誠を誓い人間や魔法使いを取り仕切る警察・軍隊に接続している。上下関係の厳しい体育会系な学部だと聞いている。
工藤先輩「話を戻すけど、そのうえで、シダ使いには秘策があるの。でも二人の魔法を、先に見せてほしいな。畑あるから、そこでやってみてよ。」
というわけで、2人は工藤先輩に案内されて、地下3階の地下植物園に案内された。
道中、植物魔法研究会について案内を受けた。植物魔法研究会は、ラルタロス魔法学校後部の植物魔法使いのうち、9割以上が籍を置いているサークルのようだ。それでも、全体は50人ぐらいで、いつもは10~20人程度で活動しているらしい。
一方で、100年以上の歴史を持っており、OB、OGのつながりも強く、専用の書庫や今向かっている地下植物園等、多数の施設や設備を保有している。
そうこうしているうちに、地下植物園に到着した。ここでは、(それを植物というかはさておき)様々な光合成を必要としない植物を育てているらしい。部屋は暗く視界は悪いが、確かに何かが茂っている・・・。
工藤先輩「ついてきて。」
20mほど進むと、植物の生えていない場所についた。工藤先輩は明かりをつけて戻ってきた。証明がつくと、何も植わっていない畑があるだけだった。
工藤先輩「じゃ、やってみて。君から。」
工藤先輩は孔芽のほうを向いた。孔芽が目をつむると、彼の孔雀羊歯が初めは腕から、しばらくすると辺りの土中から生えてきた。
蔭蔓も後に続いた。
工藤先輩「へぇ、あなたたち、育成能力は高いのね。」
孔芽は「そうですか。」と少し照れている。しかし、蔭蔓は、育成能力の高さが唯一にして最大の強みなので堂々としている。
工藤先輩「じゃあ、話を戻すけど、その秘策。それは、相手の体を苗床に植物を育成することよ。」
蔭蔓「はぁー・・・あー?」
とりあえず、工藤先輩の話を聴くことにした。
工藤先輩「まぁ、今まで二人が使ってきた魔法よりは、はるかに強力かな。というか凶悪。前部ならこんなことはとても習わない。危ないし、普通の試合じゃ禁止。けど、コケ、シダ植物魔法で実戦する者にとって、この方法は基本中の基本。」
相手のからだを苗床に植物を生やすのが基本中の基本・・・。
工藤先輩「シダ植物のよいところは、胞子を相手の体に付着、吸引させやすいこと。鼻から吸わせればいいだけだからね。」
蔭蔓「ちなみにそれって何を想定していますか。」
工藤先輩「まぁ、対人戦だけど・・・、魔獣も一緒でしょ?」
工藤先輩「悪いところは、2度手間で、少し時間がかかるということ。一度胞子を相手の体内で発芽させてから前葉体で受精卵を形成して、そこからさらに胞子体を発生させることで相手の体を乗っ取る必要があるからね。」
蔭蔓も孔芽も息をのんで聞き続けた。
工藤先輩「でも、胞子を飲ませて、相手の体内から生やせばいいだけ。」
工藤先輩「つまり、この方法は胞子を飛ばす植物の魔法使いの専売特許。だって、種子植物だったら、戦闘中に、敵に種を飲ませるなんて普通出来ないもの。あっちはあっちで、やり方があるけれどね。」
孔芽「確かに、できたらすごそうですけど、そもそも、生身の身体で植物が育ちますか。キノコならまだしも。」
確かに、普通に考えて、吸い込んだ胞子が器官で成長できるかなんて考えにくい話だ。孔芽が疑問に思うのは最もだ。
ただ、よく考えると、蔭蔓や孔芽は基本的に体から植物を生やしているわけだから、勝手が違うとはいえ、可能な話だとは思った。
魔法としては。
工藤先輩「試してあげよっか?」
工藤先輩は笑顔で訊きかえした。
孔芽「いいえ結構です。」
孔芽はあわてて遠慮した。
工藤先輩「あなたたちにという意味じゃないわよ。それも、できるけど。」
蔭蔓「本当に、大丈夫ですよ。」
蔭蔓も念を押した。
工藤先輩「植物魔法研究会では魔法の練習用に蛇の魔獣の所持が許されている。趣味で飼育している人もいるけど、表向きは、魔法の練習と研究用にね。今日はそれを3匹使って、一人一匹この方法で倒してみようかなと思って。」
カエルの解剖実験のような感じだろうか・・・。
そういうと、先輩は「じゃあ、隣の魔獣管理室からとってくるから待っていて。」といって、茂みの中に入っていった。しばらくすると、3つのケージをカートに載せて、引いてきた。中には1mいくかいかないかぐらいの、強い神経毒を持つ、紫の色蛇が一匹ずついる。
工藤先輩「まず、自分の植物体から出る胞子に魔力を込められること。でもこれは、近距離だったら、できるわよね。」
そういうと、先輩は左手のひらに見事なシダ植物マツバランを生やした。孔芽がみとれるのを蔭蔓はみていた。確かに、美しいといえるものだった。
やがて、マツバランの胞子袋が開くと、中の胞子が先輩の魔力を伴って少し輝きながら、あふれだした。
先輩が手を振り宙に胞子をばら撒くと、胞子は空気清浄機による僅かな空気の流れに乗って広がり、やがて、蛇の周囲も覆った。
工藤先輩「私たちは、風を操れるわけではないから、風の動きには注意することね。」
思い出すように工藤先輩は付け加えた。
工藤先輩「そろそろいいかしら。」
そういうと、彼女が目を見開き、少し空気が震えた。
工藤先輩「松葉蘭!」