1章11話『魔物部晩餐会』
入学式の一日は予想の2倍は長かった。一通りのオリエンテーションを終えると、夕方まで魔法学校に待機させられ、夜は魔物部の新入生及び魔物部教員の参加する晩餐会が開かれた。
式場は旧ラルタロス城の9階。旧ラルタロス城は魔法学校の敷地でこういった機会にときどき利用される。旧ラルタロス城は10階建てで、10階は屋上庭園になっている。
蔭蔓「帰りたい。」
将器「ガキか。」
蔭蔓「ガキです。」
将器にこんな時だからこそ、交友したほうがいいぞと言われて、他にすることも無かったので仕方なく将器にくっついて、会場をうろついている。
慌ただしく晩餐会が続いている中、リーガス・藤崎がベージュの短パンと黄色い地に赤いハイビスカスのアロハシャツで、ギター、酒を抱えて侵入してきた。リーガスはマイクを手に持つと、酔っぱらって大声で蔭蔓の知らない曲を歌っている。
蔭蔓「あのひと、本当に一流なのか。」
将器「リーガス氏はい有名だぞ。大酒飲みとしてもな。」
蔭蔓「へぇー・・・。」
地味に質問に答えてない回答だった気がする。とりあえず、魔獣狩りに自由な人間が多いってことだけはよくわかったよ。
将器「なんてったって彼は。」
蔭蔓「わかった。もう喋るな。」
それからしばらくは一人で行動することにした。
唯一良かったのは、寿司やらピザやらが振舞われたことだ。将器やあずさは着々と知り合いを作っている中、蔭蔓は必要な分の食べ物をさっさと確保して、隅にあった椅子に座って一人で食べていた。
何人かの学生がときたま蔭蔓のとなりの椅子に座っては、
「失礼、お名前は?」
「どこの前部出身ですか。」
などの質問をしてくるから、渋々蔭蔓も自己紹介に応じる。わかったことは、魔物部の生徒のほとんどはラルタロス魔法学校前部からの内進生ということだ。
そんな邪魔が入っても、一心不乱に黙々と真摯に卵の寿司をたいらげ続けていると、マイクをもって「ヤッホー。こいつミッチー。あいつハルヒコ。そして俺様タイピー。よろしくぅー!」とか言う酔ったウェイ系が出現し始めた。
結局、10人ぐらいと話をしたが、やはり変な奴が多い。
例えば、蔭蔓が好きな“動機”を聞く攻撃の反応は、
「いや、魔獣の蛇って目がかわいいやんか。」
魔獣萌えの人か。
「リーガス様マジ神だよね。」
ただの酔っぱらいだと思います。
「魔獣を倒し、俺が人類に平和をもたらすのだ。ぐあっはっは。」
頑張って。
「僕は、“どれにしようかな”で進路決めたんだけど。」
せいぜい後悔しろ。
「あなたは、魔獣にあふれるこの世界の状況が異常だと思わないのですか。」
そろそろ慣れてきました。
「いや、自分の魔法を魔獣狩りを通じて磨き上げたくてさぁ。魔獣狩りを通じてねぇ~。ここで大事なのは魔獣狩りを通じてってところなんだけど、実は僕の魔法はね。」
その魔法、俺には使うなよ。
といった具合である。ただやはり、アミテロス魔法学校の時と比較して戦闘に特化したような魔法を使う学生の割合が高い。
会場では静かに過ごせないので、開放されているという屋上庭園に逃げ込んだ。庭園もやはり、様々なシダ植物が植わっていて、隅々には展望台があり、ラルタロスを見晴らすことができた。
ラルタロスの景観には独特の幾何学的な美しさをみることができる。いつかゆっくり散策しよう。
流石、かつて、そして、おそらく今でも魔法使いで栄えている都市というべきだろうか。残念ながら、屋上に食べ物は持ち込み忘れたが、忘れる可能性も考慮して先にたらふく食べておいた。問題はない。
壁に寄りかかってアミテロス島があるはずの海の向こうを眺めた。
当然、ここから、アミテロス島は見えないが、今頃、緑寮の皆はなにをしているんだろう。限、カナリ、リンド、カイト、薊・・・。
限とカナリはあのまま付き合っただろうか。リンドとカイトはさておき、薊は寮長として結構忙しい日々を送っているかもしれない。俺は・・・マルゲリータピザを7切食べてるだけだなぁ。
くだらないことを考えていると、睡魔が襲ってきて、黒い木製の柵によりかかったまま、うたた寝しそうになっていたその時、「ねぇ、君。」と蔭蔓は庭園にいた別の男子の一人から話しかけられた。
蔭蔓「うぉっ。はい?」
蔭蔓は驚いて、少しよろけた。
孔芽「あぁ、驚かせてごめん。俺、孔芽っていうんだけど、君確か植物魔法の魔法使いだよね。」
蔭蔓「そうだけど。」
孔芽「しかも、日陰蔓。」
蔭蔓「しかも、と反応できるということは、君は。」
孔芽「ああ。俺もシダ植物魔法の魔法使い。しかも、孔雀羊歯。」
蔭蔓「へぇ、魔物部にほかにシダ植物使いがいると思わなかった!よろしく。孔芽だっけ。」
孔芽「そうだよね。そうだよね。僕も、まさか魔物部で出会えると思わなかった。」
元気な奴だなおい。
蔭蔓「で、どこで知ったの?」
孔芽「将器とか言う人に聞いたんだ。」
蔭蔓は突然同類に出会いはしゃいだ。すぐさま、近くにあったベンチにすわり、歓談モードに入った。
孔芽「植物魔法って魔獣と戦うとき、役に立たないと思わない?」
いきなり、核心を来たか。
蔭蔓「まぁ、他のと比べれば断然だけど・・・。ただ俺、鱗木使えるからさ。」
孔芽「ああ、あの大きい奴か。あれは、いい壁になるだろうね。俺、孔雀羊歯生やすしかないからさぁ。」
蔭蔓「逆にどうやって、使うの?」
孔芽「森で隠れるときとか。」
蔭蔓「確かに、それはつらいわ。」
二人は大笑いした。一気に打ち解けているのを蔭蔓は感じだ。使える魔法の種類が近い分、共感できることも多かった。マニアな話もたくさんした。
また、アミテロス魔法学校では他のシダ使いを蔭蔓は知らなかった。だから、蔭蔓には孔芽との出会いは新鮮なものでもあった。
魔法の話の後は、サークルの話になった。
孔芽「蔭蔓は入るの?」
蔭蔓「全然考えてなかった。芽はどっかはいるの。」
孔芽「俺は、植物魔法研究会。」
“植物魔法研究会”。そんなマイナーそうな名前のサークルがあるのか。
蔭蔓「へぇ、何それ。」
孔芽「なんか、表向き、ラルタロスのフィールドワーク、植物飼育とかを活動内容に掲げているみたいだけど、実は、植物魔法の研究とか、魔法の稽古とかもしているらしい。魔物部と軍部の人多いみたいで。」
アミテロス時代、植物飼育とフィールドワークはずっと趣味だった。確かにそのサークルなら、生存できるかもしれない。
蔭蔓「魔法で育てようとすると、慣れてないやつだと、バンバン枯らすんだよね。あれ。」
孔芽「仮にたまたま育っても、育てがいがない。」
蔭蔓「それは同感。」
そのまま孔芽と蔭蔓は晩餐会の終了する午後9時まで話し込んだ。そして、植物魔法研究会を案内してもらう約束をした。
午後9時の鐘の音が鳴り、もう少し余韻に浸りたいという孔芽と別れて、下の晩餐会の部屋まで戻ろうとすると、階段を降りようとする神那をみかけた。
蔭蔓「あ、来ていたのか。」
神那「あら、蔭蔓じゃない。屋上にいたの。」
蔭蔓「神那は?」
神那「私も帰る前に、少し屋上を見ておこうって思って、一瞬のぞきに来たところ。」
蔭蔓「なら、バカップルも呼んでくるから、皆ですこしゆっくりしてから帰ろう。11時までは開放されているようだし。」
神那「そうね。任せた。じゃあ、上で待っているわ。」
蔭蔓はあずさと将器を呼びに行った。