1章10話『入学式』(挿絵有)
4月5日 午前9時 ラルタロス魔法学校にて 蔭蔓
入学式当日。正装での参加が義務付けられていたが、そんなものは持ち合わせているはずもなく、魔法学校で、ラルタロス流の魔法使い用の一般的な正装の服を借りた。本体は袴のようで、フードがついていたり、はおりが足元まであったり、袖が異様に広かったりしている。着方は袴そのもので、難なく着ることができた。
フード、はおり、袴は男女ともに黒色で、男子のものは、上半身のきものの襟の部位等が藍色、女子用はピンクになっており、神秘的な見た目である。
学校の更衣室で着替え、4人で式場に向かった。
将器「似合っているよ。あずさ。」
あずさ「将器もね」
確かに、正装の二人は絵になるものがあった。2人はその後も、ここがいいとか言いあいながら褒めあっている。
このあずさと将器の見るに堪えない光景は、別に、見慣れた光景ですから、特に何とも思いませんが。まぁ、気にしていないと言語化して確認する程度に気にしているわけだけど・・・。
蔭蔓「あの二人どう思う。」
神那「いいんじゃない。楽しそうで。」
濃い反応が得られない、話題を変えよう。
蔭蔓「そういえば、なんで、魔物部なんて志願したんだっけ?」
神那「そういう蔭蔓は。」
質問に質問で返された。
蔭蔓「アミテロス魔法学校が魔物に襲撃されたのは知っているでしょ。それで、魔物に関心が高まっただけだよ。神那は?」
神那「大変だったってね。大丈夫だったの?」
蔭蔓「まぁね。で?」
神那「私は・・・。大抵の白銀寮の学生は軍部にいくの。卒業後の就職先に困らないし、待遇がよくて、安定しているからね。けれど、軍は、対人業務でしょ。暴動を抑えたり、他国の兵と戦闘したり。私は、できれば人に魔法を使いたくないなって。だからせめて、魔獣を退治しようって考えたの。」
蔭蔓の適当な回答に対し、熟考されたような返答が帰ってきて驚いた。しかし、その動機には、素直な優しさを感じた。
蔭蔓「いい志願理由だと思う。」
神那「あらっ、そう!?ありがとう。蔭蔓君。」
神那は急に赤くなって、小さく返答した。
蔭蔓「どうした。」
神那「何でもないわ。」
蔭蔓「今、君づけホント後々疲れるよ。」
神那「そういうのじゃないから。」
神那は落ち着きを取り戻していた。今の話を踏まえると蔭蔓には新たに質問したいことが浮上した。
蔭蔓「そんな志望動機はっきりしていたんだったら、なんで直前になって決めたの?他にも理由があったんじゃない?」
すると神那は暫く黙り込んだ。神那の返答を蔭蔓は待った。
神那「・・・蔭蔓は詮索好きみたいだけど、あたしを探るといいことないかもよ。」
神那の目が、彼女が魔獣を切るときのような冷徹な色をしていた。
蔭蔓「はっ!?」
神那の態度の急変に蔭蔓は度肝を抜かれた。
いまの婉曲的な脅し文句だよね。
相手が知り合いの同級生で最強の魔法使いだったので、冷や汗をかいた。
これ以上は聞きいたらやばいな。
話題を変えようとしたが、良い案が思いつかなかった。とりあえず「わかった。なんか、悪い。」といって、お互い暫く黙った。
ちょっと、しつこかったかな。
となりの神那は依然としてむすっとした表情で、将器とあずさに合わせながら、二人の後をゆっくりと歩いている。
どうやら神那はよくわからないポイントで怒る場合があるようだ。しかも、怒らせると本当に怖いタイプの様な気がする。
将器「そろそろ時間だ。式場に向かおう。」将器が割り込んできた。蔭蔓は救われた気分になった。
入学式は学部別に、中央の巨大な建築物の表から向かって左側にある4階建てのホール付きの館で行われた。館内は、魔獣の骨を使って芸術を展開するアーティスト、ラミ・スカ―作の好奇心をそそるオブジェで満ち溢れている。
流石、魔獣狩り文化の中心地、ラルタロスといったところだろうか。
感動する間もなく、順当に式は進んだ。まず、教員の紹介、寄せられた祝辞の紹介、魔物部部長の入学祝の言葉の順にことがすすんだ。
最後の入学祝の言葉で登場した、魔物部部長はリーガス・藤崎という。彼はラルタロスで名高い魔物狩りの集団、「漆黒の刃」の隊員でもあるらしい。
彼は、ラルタロス式の礼服を着てはいるが、明らかに下はアロハシャツを着ているし、グラサンをつけている。何名かの入学生はすこし声をもらして彼に感動?しているようだが、蔭蔓には頭のねじが外れたグラサンアラサーにしか見えない。
リーガス「諸君、君たちは本日をもってこの歴史あるラルタロス魔術学校魔物部の生徒となる。我々の使命は人類を脅かす魔獣を滅ぼし人類をに再び繁栄をもたらすことである。諸君の活躍を期待する。」
あまりの話の短さに蔭蔓は思索することができず、少し不愉快な思いをした。
そのあとは、校歌斉唱、点呼の順に続き無事入学式は終了した。
親が出席している生徒も少なからずみられるようで、入学式に使われた館の外では、家族そろって入学を祝う姿は珍しくなかった。それでも、半数以上の学生の親は確認できないが。
あずさ「あたしたちも親といたらどんな気分なのかしらね。」
将器「それは、俺らにはわからないな。」
蔭蔓「わりと、面倒なだけじゃないの。」
将器「すぐそういうこと言う。」
神那「私は・・・とっても、楽しいと思う。」
少し遅れて、神那がぼそっと言った。だが、さっきのこともあるので、余計な質問はしない。
蔭蔓は、親というものを初めて見た。家族とは、生活を共にする、配偶者や血縁関係にある人々のことを言うらしい。将器と出会う前の過去の記憶がない蔭蔓にとっては当然、家族との記憶などあるはずもない。だから、家族がいるのかどうか不明だ。
けれども、家族に近いはずの友人はいる。それは、将器やあずさだ。
そして、まだ知り合って短いが、魔物部での暮らしの延長線上に、神那のこともそう呼べる日が来るのだろうか。
さて、入学式後は、開放されるかと思えば、通常授業が始まることに伴い、授業の選択をしなければならなかった。そしてそのあとは、上級生による校舎案内に強制的に出席させられた。
この学校、4月の前半に予定を詰めすぎだ。
まずは、授業選択だった。魔物部生は入学の段階で進学する学科に既に分かれているため、実はあまり時間を要していない。それぞれ、共通必修の武術、対魔獣戦闘学、魔物学、魔法学、各学科の必修科目に加え、選択で最大2つまで他学部の授業のコースを選択できた。
蔭蔓は、陶芸と苔玉作りのできる芸術を選択した。
将器「あずさは何を選択するんだ。」
あずさ「私は医学と、対魔獣医学の勉強が通常科目に加えてあるから、それが忙しくって。でも文学は選択した。将器は。」
将器「俺は政治学。」
蔭蔓「政治家なるの?お前。」
将器「いや、そういうわけじゃない。」
あずさ「そして一方、蔭蔓は。」
蔭蔓「美術。」
神那「へぇ美術するんだ。何するの?」
さっき怒っていたのとは違い、好奇心旺盛な態度に戸惑ったが、とりあえず、返答することにした。
蔭蔓「苔玉。」
神那「あぁ、やっぱり植物関係なんだ・・・。それ美術なの?」
蔭蔓「まぁ、陶器から自作するからね。俺は。」
あずさ「そういう神那は。」
神那「私は・・・音楽。」
なるほど、芸術つながりで反応したわけか。
あずさ「神那、音楽するんだ。」
神那「琴を少しね。」
あずさ「楽器か。女子力高いのね。魔物部の紅一点は神那かな、これは・・・。」
神那「あら、文学もいいじゃない。何読むの。」
将器「神那、それは、聞いちゃダメな奴だ。」
あずさ「まぁ・・・、色々と・・・。」
蔭蔓「え、俺も知らないんだけど。何読むの?何?」
校舎の案内は、なぜか誇らしげな上級生たちが丁寧に行ってくれたが、蔭蔓に言わせれば地図の復唱だった。しかたなく蔭蔓はからだだけ出席した。