陸斗の災難 前編
「三七三馬力。かなり良い数字じゃないですか?」
ジュンヤファクトリーの事務所で、シャシーダイナモによる計測結果が表示された、ノートパソコンのディスプレイを陸斗に見せて、熊之助が言う。
「上出来だ。」
陸斗が親指を立てて微笑む。
「長い道のりでしたね。」
「ああ。長かった・・・」
数ヵ月前・・・
「やっちゃったねー。陸斗君。」
シーサイドGでエンジンブローし、七原自動車に運び込まれた陸斗のFDを見て、紅葉が言う。
「やっちゃいましたよ。」
陸斗が煙草をくわえたまま言う。
「まあ、そう気を落とさないでよ。オーバーホールの準備はしておいたからさー。」
紅葉が工場の中に置かれた、ロータリー専用の工具類を手で示す。
「ああ、やっぱり・・・。」
「あれ?もしかしてFD辞めるつもりだった?」
紅葉が首をかしげる。
「いや、なんとなくこの展開を予想してたんで・・・。」
「そうなの?じゃあ、早速作業に取り掛かろうか。」
「うーす。」
「・・・やっぱりオーバーホールは大変だな・・・まあ、どうにか週末には間に合った。」
陸斗が両手を腰に当て、息を吐く。
「週末に何かあるんですか?」
「千葉でロータリーのイベントがある。」
「ありがとう。また来るよ。」
陸斗は工場の前で熊之助にそう言うと、FDに乗り込む。
「はい。お疲れ様でした。」
そして、陸斗はキーを回し、エンジンを掛ける。
「・・・うおぉお!?」
車内に響く異様に低いアイドリングと、激しい振動に陸斗が声を上げて驚き、エンジンを止める。
「何かエンジン変でしたよ!?」
FDから出てきた陸斗に、熊之助も驚いた様子で言う。
「ああ。・・・こりゃ一体・・・。」
首をかしげる陸斗が、FRP製のエアロボンネットの鍵を開け、車内のレバーを引いてボンネットを開く。
「故障・・・ですかね?」
「そうじゃなきゃ良いけど・・・。」
そう言いながら陸斗は、柄の短いラチェットを、ナビシート側からエンジンルームに突っ込む。そして、手を突っ込んだまま、ゴソゴソとやった後、引き抜かれたラチェットには、スパークプラグが付いていた。
「・・・ん?」
プラグを見た陸斗が怪訝な顔をし、再びラチェットをエンジンルームに突っ込む。
「T側とL側が逆だ・・・。」
FDから取り外された四本のプラグを見て陸斗が言う。
ロータリーエンジンのプラグは、メインのL側と、補助的な役割を担うT側の二種類があり、外されたプラグは、LとTが逆に取り付けられていた。
「・・・さっきまで普通に動いてましたよね?」
「・・・。」
無言で他方を見つめる陸斗の視線の先には、工場の入り口でニヤニヤと笑うジュンヤがいた。
「あの、ジュンヤさん・・・」
無表情の陸斗が口を開く。
「あ、バレた?」
ジュンヤが笑いながら言う。
「やっぱりテメーか!なんてことしてくれてんだ!」
そう叫びながら陸斗は、ジュンヤに飛び掛かる。
「うわっ!やっべ・・・!」
そして、逃げ出すジュンヤ。
「やれやれ・・・。」
それを呆れた様子で見守る熊之助。
「まったく・・・くだらねーことしやがって・・・。」
煎餅屋に戻った陸斗が、煎餅を焼きながら悪態をつく。
「まあ、ジュンヤさんなら仕方ないよ。」
店番をしながらスマホをいじっていた岩木が笑う。
「いや、だからってやって良い事と悪い事があるじゃないですか。」
「確かに度が過ぎたことをする人だけど、何かあったときはちゃんと責任取ってくれるじゃん。」
「そりゃあ、そうですけど・・・」
陸斗が言葉を詰まらせながら、焼き上がった煎餅を菜箸で、金属製の網が入ったバットに乗せていく。
「お?」
煎餅を網の上に移し終えた直後、陸斗のズボンのポケットに入っていたスマホが振動し、着信を伝える。
「・・・はい。」
陸斗が火を消し、電話に出る。
「やあやあ陸斗君。今、電話大丈夫?」
相手は紅葉だった。
「大丈夫ですよ?」
「うん。今度の日曜日なんだけど、朝五時にFインター横のコンビニ集合で良いかな?」
「・・・ん!?俺、その日、千葉のロータリーイベントに行くんですけど、何かありましたっけ!?」
身に覚えのない話をする紅葉に、陸斗が焦る。
「んー?私も行くよー。」
「あれ?そんなこと言ってましたっけ?」
「今言ったけど?」
「ああ・・・今ね・・・。わかりました。五時ですね?」
陸斗が脱力し、了承する。
「うん。よろしくねー。じゃあ。」
電話が切れる。
「ふあ~あ。眠ぃ・・・。」
日曜日の朝五時。まだ薄暗いコンビニの駐車場に停まるFDの車内で、大きな欠伸をする陸斗。
「・・・お。来たな。」
スポーツマフラーの音を響かせながら、SAが駐車場に進入し、FDの隣に駐車した。
「おはよー。陸斗君。」
車を降りた紅葉が、同じく下車した陸斗に声を掛ける。
「おはようございます。社長。」
陸斗が軽く頭を下げ、挨拶をする。
「とりあえず、軽く買い物してから出発しましょうか?」
「そうだね。でも、まだメンバーが揃ってないよ?」
「まだ誰か来るんですか!?」
陸斗が目を丸くする。
「うん。・・・あ、来たね。」
新たな排気音とともに、真っ赤なS15が到着した。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」
車から降りたまどかが、嬉しそうに言う。
「おはよー。まどかちゃん。」
「ああ、お前か・・・。」
「はい?」
「んー・・・!晴れて良かったですねー。」
出発から数時間。朝日に照らされた、神奈川の大規模なサービスエリアに降り立ったまどかが、伸びをして言う。
「そーだねー。気持ち良くてついうとうとしちゃったよー。」
のほほんと紅葉が言う。
「頼むから気をつけてくださいね。」
エナジードリンクを飲みながら陸斗が言う。
「このペースならあと一、二時間くらいで行けるんじゃないですか?」
「いや、甘いな。首都高で一、二時間は持ってかれる。」
そう言うと、飲み終わったエナジードリンクの缶を足元に置き、煙草に火をつける。
「あそこは混むからねー。」
「道も複雑だからな・・・とりあえず、今のうちにナビの設定をしておいた方がいい。」
陸斗がFDの車内からポータブルナビを取り出し、設定を始める。
「あの、私、ナビ持ってないんですけど・・・。」
まどかが、ばつが悪そうに言う。
「スマホがあるだろ?」
ナビをいじりながら陸斗は短く言う。
「ホルダーがないです。」
「売ってるから買ってこい。」
そう言ってまどかを突っぱねる。
「はーい。」
まどかはそう返事をすると、複数の店舗が入っている建物に走っていく。
「全然動かないな・・・。」
サービスエリアを出発し、首都高に入った途端、渋滞に巻き込まれた紅葉。まどかと陸斗ともはぐれ、自身がいる車列にも動きがない。
「・・・よし。テレビでも見よう。」
そう言って紅葉は、HDDナビをワンセグに切り替えようと、手を伸ばす。
「ん?」
ナビシートに置かれたスマホが着信する。
伸ばした手でそのままスマホを握り、ディスプレイを見ると、相手は陸斗だった。
「はいよー。」
紅葉がスマホを耳に当て、返事をする。
「社長、すみません。緊急事態です。」
陸斗が電話の向こうで、面倒くさいことになったと言わんばかりの口調で言う。
「どうしたの?」
「事故りました。」




