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ふたりぼっちの恋煩い  作者: 藤峰男
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 受験勉強に浸かりきっていた夏休みも終わり、暦は9月、季節は秋。

 夏の鬱陶しい暑さもすっかりどこかへ追いやられ、所々紅葉の伺える山々が季節の移り変わりを感じさせた。

 

「……寒い」

 

 名残惜しく布団から這い出すと、俺は呟いた。

 つい最近までクーラーと扇風機を同時に稼働させないと夜中に目が覚める程だったのに、今ではたまに扇風機の弱でまぎらわせる程度だ。

 

「……眠い」

 

 呟いたところで、気温の変化も睡眠不足も解決などしないが、何となく誰かが相槌を打ってくれそうな、そんな気がした。

 

 軽く伸びをすると、朝食の支度がしてあるリビングへと歩き出した。

 

 


 変わらない通学路だが、もうあと数ヵ月も歩かないのだ。そう考えると、時間の流れの早さをひしひしと感じた。

 一昨年の春にはとてつもない距離に感じた自宅から駅までの徒歩間も、慣れてしまえばどうってことない。およそ15分の距離を歩くと、やがてそれなりに栄えた駅へとたどり着く。

 

「よ、陽人。一週間ぶりだな」

 

 同じ学区に住む佐伯と合流し、それなりに混雑する電車に揺られる。1か月振りの登校風景も夏服から中間服になった以外に変わりはない。もしくは、それらは気付かないほどの些細な変化だったのかもしれない。

 そうしてまた徒歩で10分もない距離を歩き、1か月振りに見る校舎に思わず溜め息を吐いた。

 

「分かる分かる。楽しかった夏休みと新学期との温度差、ホント激しいよな」

 

「それな。俺なんてこの日が嫌で嫌で寝付けなかったぜ」

 

「……まぁそれとは別に、もう後半年かっていう寂しさもあるけど」

 

 佐伯にもう一人、クラスメイトの高岡を加え、校門をくぐり、校舎へ入る。終業式と同じくらいに賑わいを見せる生徒達の波を掻き分けるよう教室へと足を進めた。

 1か月のブランクを経て校舎はまた元の姿に戻り、きっと俺の残り少ない高校生活も前とさほど変わらないものになるだろうと、そう思っていた。

 

 幼なじみの山川海花(やまかわうみか)が県外の大学を受験すると知ったのは、その日の夜だった。 


 

 

 

 

 

 夏休み最終日までほぼ毎日予備校に通っていたお陰か、その日もいつもと変わらない一日の始まりに感じた。

 秋めいた風が窓の外で木々を鳴らすが、気温の変化にもすっかり慣れてしまっている自分に、思わず溜め息を吐いた。

 

「あっという間だったな……」

 

 第一志望に県外の難関大学を選んだ私にとって、夏休みとは名ばかりの勉強地獄だった。

 辛うじて出来た思い出といえば、親戚一同が介したお盆時、友人宅でのお泊まり勉強会。……あとは花火大会。

 

 肌寒い中に柔らかな微睡みを与える掛け布団を無理矢理に剥ぎ捨て起き上がると、私は大きく伸びをした。

 

「陽人、ちゃんと起きてるかな……」

 

 幼なじみの双葉陽人(ふたばはると)は長期休暇の翌日に滅法弱く、中学生の頃はよく起こしに行ったものだ。

 前もって出された課題をギリギリになって写させてくれと懇願しに来たり、かと思えばプールに行こう、キャンプをしようと課題そっちのけで遊びに誘ったり。

 

 時計に目をやると、針は7時過ぎを指していた。 

 

「……もう家、出ちゃってるか」

 

 高校へ進学するにあたって、陽人は電車を利用する30キロほど離れた高校を、私は車で10分とかからない、地元の高校を選択した。

 学校が違えば、起きる時間も、課題の内容も、休日の過ごし方も少しずつずれていくのは致し方ないことで、自然と陽人は私を頼らなくなり、私も陽人にお節介を焼くこともなくなった。

 それはとても寂しいことで、その寂しさの理由に気が付くのに、さほど時間は必要なかった。

 

「……ずっと、このままでいればいいのにな」

 

 それでも私は、この距離感が愛しかった。

 あまりに親しすぎて、一度でも距離を間違えると彼は永遠に手が届かない場所まで離れてしまう、とそう感じた。

 しかしその距離ももうすぐ終わってしまうことを、私は知っていて、多分陽人は知らないでいた。

 

「言うタイミング、なかったもん」

 

 陽人のことだから、進路は何となくで決めてしまうのだろう。今の高校だって、志望動機が『楽しそう』だったし。

 

 私の通う高校と陽人の通う高校は、共に県内でもレベルの高い部類に位置する進学校だが、本人にやる気がなければそれも関係のない話であり、中学校を卒業してからの陽人との会話といえば、『あの映画が面白かった』だの『あそこのカフェのケーキがおいしかった』だの、あえて勉学の話題を避けるような、そんな内容ばかりだった。


「いっそ、私が行く大学に着いてきてくれないかな」

 

 それがいかに難しいことか、私自身よく知っていた。

 陽人は勉強こそしないものの、一夜漬けの復習でクラス上位の成績を出す程度に頭はよかった。だから本人が3か月でも本気を出せば、他のクラスメイト達が希望するほとんどの大学に受かることが出来る、と思う。

 

 しかし私が希望するのは音楽大学で、私が専攻するのはピアノで、まさか3か月で14年の差を埋められるほど甘い世界でもないし、柔な努力をしてきた訳でもなかった。

 音楽の道に進むと決めた高校1年生のこの時期から、私と陽人が離ればなれになることは必然だった。


「何て、考えてもしょうがないか」

 

 まだ時間には余裕があるが、私は着替えを済ませると、朝食の支度がしてあるリビングへと歩き出した。 

 しばらくして通勤の準備を終わらせた母親の車に乗り込み、家を出る。

 

「そう言えば最近、陽ちゃんが図書館に来るわよ。珍しく受験勉強でも始めるのかしらね」

 

 ふーん、と適当に返事を返しながら、その風景を思い浮かべて苦笑する。きっと陽人のことだから、クラスメイトの課題でも必死に書き写していたのだろう。図書館に司書として勤務する母親には悪いけと、陽人は小説の類いなんか手に取りもしないだろうし。

 

 そうして1か月振りの学校を目の前に、私は小さくため息をついた。短かった夏休みがあと6回分。実際には2月は自由登校、3月1日の卒業式まではもっと短く感じるだろう。この高校へ通うのももう残り僅かだと思うと、寂しさと焦燥感に私は胸が苦しくなった。

 

 どうかそれまでに、私の勇気が芽を出しますように。

 

 そう心の中で念じて、私は校門をくぐった。

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