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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第23話 「彼らの理由 2/2」

「ま、待った! コウモリだって洞窟全域をねぐらにしてるわけじゃねぇだろ。ロッカみたいな才能の持ち主ならともかく、基本的に獣使いの陪臣契約は一対一で、どちらかが死ぬまで切れないもんだし、仮にたった一匹手下にしたくらいでそう上手く道が分かるもんか──」


「セナ~、それちょっと違うと思うー」


「違うって、何がだよ」


「私は確かに広範囲で一度にたくさんの動物さんたちとやりとりできる能力はあるけど、代わる代わる新しい動物さんたちとつながれるのは紐の(ほど)き方を知ってるからなんだ~」


「紐の解き方?」


「紐はねぇ、頭の先っちょからフワ~って出てて、それが動物さんたちとつながってお話ししたりできるの。で、さよならするときはそれを解くのー」


「頭の先からふわー?」


「えっとぉ……」


「──要するに、ロカルシュは自分の意思で自由に陪臣の契約を破棄することが可能で、さらに自由になってる紐を使えば別の動物と新たに契約ができるということか?」


 ケイは顎に手を当て、自分の獣使いとしての能力にロカルシュの言葉を当てはめてみる。すると「頭から出る紐」というのは感覚的に分かる気がしたが、それを解く方法は理解できそうになかった。おそらく契約破棄の能力とは、ロカルシュの一対多数の陪臣契約やその効果範囲と同じく、特殊な才能なのだろう。


「それがあの少女にできたとなると、潜る穴ごとに陪臣を変えて道案内、あるいは目や耳の代わりに使えば迷わず進めないこともない……か?」


「地上に出る時は適当に鳥か何かと再契約して、上空に斥候を放てば周囲の動向は把握可能……ってことじゃねーか! まずいな。クラーナの奴ら、たぶん地下の可能性なんて考えてないぞ。かく言う俺も考えてなかったし……」


「セナセナ~、そしたらみんなにお知らせしといた方がいいんじゃなーい?」


「ああ。隊長と、あとは商都の詰め所にも急報を入れとくか。俺みたいな下っ端の言葉を聞くかどうかは分からねぇが……」


 セナは懐から小さなファイルを取り出し、その中からフィナン宛とクラーナの詰め所宛の紙を抜き出した。さらさらと手短に用件を書き付けると、それを鳥の形に折り畳み暗い空へ飛び立たせる。そして彼はファイルを仕舞い、そのまま地図の方に手を伸ばして何かを思い出すように視線を巡らせながら青色の丸印を書き込む。


 その印が示すのは、商都の近くで陥没が予測される箇所──つまり岩盤がもろいと言われている場所である。


「ひょっとしてあいつら……空いてる穴から出てるんじゃなくて、自分で穴を空けて地上に出てきてるんじゃないか? だとしたら嫌な予感がするぜ。奴ら、今更クラーナの大都市を迂回して先に進むとは思えねぇ」


 セナはそう言って冷や汗を垂らす。彼に倣って地図をのぞき込んだケイも自らの予感を述べる。


「むしろ人が多いのをいいことに嬉々として襲いそうではあるな」


「大陸中ぶっ壊して回る気か? 馬鹿げてやがる」


「それに関してはノーラのところの一件で手がかりがあったろう」


「手がかりだって?」


「エース、白髪の少女が『自分たち以外いらない』と言っていた時のことを覚えているか?」


 日が沈み気温が下がった時間帯であれば、いつも通りの頭脳を発揮できるエースにケイが問う。エースは少し考え込んで、頭の中にある引き出しから該当する出来事を取り出した。


「確か……『ぼくら、つらかったの。を、わかってくれる、ぼくらいがい。いらない』と言っていたはずです」


「うむ。それを踏まえた上で、この前二人が襲撃した村で唯一生き残った少女のことを思い出してほしい」


「親を殺されたってのにニコニコ笑ってやがった子か」


「そうだ。あまりの出来事に……かわいそうに、心が壊れてしまったとも考えられるが、別の見方をすれば彼女の態度は宿借りに対する心酔とも取れる。そうであれば、あの子はその死を歓迎するほど親を憎んでいたのだろう。虐げられていたのかもしれないな」


 それを聞いたエースは眉をひそめ、ソラもどこか他人事ではない辛そうな表情でケイに詰め寄った。


「じゃ、じゃあ……あの人たちが言う〈僕ら以外〉ってのは、自分たちと同じ境遇の人間以外を指すってことですか?」


「あくまで可能性だがね。ノーラが二人を拒絶したことがきっかけで、歯止めが聞かなくなっているのかも知れないな」


「なーんだ! 博士のせいじゃんー!」


「え、いや……そう言わないであげてよロッカくん。実際あの二人、けっこう怖かったし……」


 ノーラと同じく、ナナシたちを「気持ち悪い」と思ったソラは、拒絶してしまった彼女の気持ちも分かると言う。


 あの底の知れぬ泥沼のような目。


 病原菌か何かのようにまき散らされる悪意。


 まだ救えるのではないかと近づいた人間の手を掴んで、一緒に沈んでいこうとさえする破滅的な行動。何もかもがおぞましく、自分も危うく引きずり込まれていたかも知れないことを思い出し、ソラは両肩を抱いて身震いした。


 ケイはそんな彼女の頭をやんわりと撫で、「そうは言っても」と話を続ける。


「仮にカシュニーでノーラに復讐を果たしたとして、あれほどの憎しみがそこで止まったとは思えん」


 ケイの発言に他意はなかった。だがその言葉はエースの背中をチクリと刺した。彼はかつて血に染まった自分の手を見下ろし、未だにあの短剣を握っているかのような錯覚に陥った。


 エースは慌てて幻の短剣を手放し、動悸を抑えようと胸を掴む。それを傍目で見ていたソラは彼のあいている方の手にそっと自分のそれを重ね、落ち着かせようとその甲を軽くたたいた。


 そんな二人を見つめる一対の青い瞳が、焚き火を反射して赤く染まる……。


 その視線に気づかず、話は結論へと向かう。ケイは合わせた両手の指先で唇に触れ、表情を引き締めた。


「──いずれにせよ、我々は当初の予定通りクラーナへ向かう必要があるということだ」


「……いつ頃着きますかね?」


 ソラが辺りを見渡しながら彼女に問う。


「もう目と鼻の先さ。明後日には入れるだろう」


「あの、そしたら……あの二人はもう着いちゃってるんじゃ?」


「……今はそうでないことを祈るしかねぇな」


 セナはこめかみを押さえ、ため息をついていた。


「商都の警備は他と比べたらよっぽど厳重だが、地下の監視は……可能性を考えてない今は手薄になってるだろう」


「あそこは地下洞窟を使って都全域に取排水の管を整備しているからな。二人が地下を進んでいると仮定すれば、そのまま穴伝いに進入すると考えられる」


「さすがに都の下の穴蔵は出入り口を含め全容を把握、管理してるし、施錠もしてある。とは言え、なぁ……」


 何ぶん、宿借り相手に鍵は役に立たない。それはこれまでの襲撃で家に押し入った形跡がないこと、また彼らが魔鉱石に頼らず魔法を使用できることから推測が立っていた。


「そうなると騎士連中は人海戦術に打って出るしかなさそうだな」


「ああ、さっきの手紙にも出入りできる箇所には片っ端から人を立たせとけって書いといたぜ」


「さすがだな、少年」


「なめんなよババア。伊達で特務やってんじゃねぇんだ」


 わざとらしく大きく目を見開くケイに、セナは舌打ちをしてそっぽを向く。


 何はともあれ、目的地は変わらず商都クラーナである。そこで宿借りを捕まえられるかどうかは賭であるが、ソラとケイは「捕まえてやる」という気持ちで都がある方に目を向けた。乾いた風が吹く白っぽい砂地には、遠くの地平に小さな集落の明かりが浮かんでいた。


 そこに暮らす誰かの無事を祈りつつ、そろそろ寝る準備をしようと動き出した周りに合わせて、ソラは腰を上げた。ジーノも広がっていた荷物を馬車の荷台に片づけようと、立ち上がったところだった。


 ソラは彼女の後をこっそりと追いかける。


「あの、ジーノちゃん。ちょっとお話が」


「はい。何でしょうか?」


 ジーノは少し伸びてきた金色の髪を耳にかける仕草をしながら振り向いた。


「えっと。ついこの間、服を買ったお店でキミの持ち物を拾ったときの話なんだけど……」


「その話でしたら。ええ、ありがとうございました。あれを無くしていたら私、とても困ったことになっていました」


「う、うん……それで、そのとき私、中身をこぼしてしまってですね……」


「無くなった物はありませんでしたよ」


「それはよかった。でね……」


 ソラがさらに話を続けようとすると、ジーノはパチンと手を叩き、さも突然用事を思い出したかのようにその続きを遮った。


「アッ! 申し訳ありませんソラ様。私ちょっとケイ先生にお話がありまして」


「……そう」


「すみません。後でまた改めて……」


「いや、そしたら……今回はいいや。ちょっと考える」


「そうですか? では失礼しますね」


「うん。行ってらっしゃい」


 ケイの元へと走っていく彼女の背中を見つめ、ソラは息を吐く。


 あからさまに避けられた。


 荷物の件には突っ込んでくれるなというジーノの意思表示は明確だった。だが、大人しく引き下がるわけにもいかない。次はどう切り出そうかと考えながら、ソラは馬車の荷台に頬杖をついた。


「そういえばエースくん、ジーノちゃんがあの短剣を持ってること知ってるのかな? いや、知らないか。ついさっきだって動揺がひどかったし、知っていたら普段あんな平静じゃいられないよね……」


 あの兄妹はどこか、とんでもないすれ違いをしている予感がする。それはきっと、時間が経てば経つほど取り返しがつかなくなる。ソラは胸騒ぎを覚え、どうしようもない焦りを感じて頭を抱えた。


 一方で、ソラの視線が外れたことを確認したジーノは、そっと木の陰に隠れて腰袋からある物を取り出した。彼女は何となく、ソラが話したがっているのはそれについてだと気づいていた。


 ジーノは長方形になっている包みの端を左右、上下の順にめくって中身を確かめる。


 何も変わったところはない。ただの錆びた装身具。


 ジーノはしばらくそれをぼんやりと眺めた後、いつも通り短剣を包みの端に動かして上下の布を折り被せ、くるくると横に転がしてくるみ込む。


 開いた時と今とで、包み方が違う。


 やはりソラはこの錆びた短剣を見たのだろう。


 彼女がなぜそれを気にかけるのか。


 推測でしかないが、察しはついている。そうであればこそ、ジーノは今後、徹底的にこの話題を避けることを決めていた。聞かない方がいいような気になるまで、ソラが折れてくれるまで不自然だろうが何だろうが、絶対に触れさせはしない。


 この思いはその時まで、決して誰にも知られてはならないのだ。ジーノは短剣を袋に戻し、何事もなかったかのように笑みを浮かべて木の陰を抜け出した。


 それからクラーナに着くまでの約二日、ジーノはソラと二人きりになるたびにどうでもいい言い訳をして話題を逸らし続けた。ソラ一人が気まずい思いを抱え、車輪の回る音がその憂悶をケラケラと嘲っているかのようだった。


 そして、商いの喧噪が近づいてくる。


 ソラの焦燥をかき消し、押し流してしまうほどの活気。人の熱気と金であふれた大陸随一の商業都市──クラーナ。


 ここが運命の分岐点となることを、ソラはまだ知らない。



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