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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第22話 「彼らの理由 1/2」

 港街で仕立ててもらった服を身につけ、ソラたちは以前に比べて格段に快適な環境で旅を続けていた。とはいえ、それは防寒仕様の服を着ていた時と比べればという話であって、依然として空気が暑いことには変わりなく、そもそも肌を焼くような暑さになれていないジーノとエースは相変わらず馬車の荷台で溶けていた。数日前よりは思考する能力がかけらでも残っているだけマシ、という具合である。


 港街から同行することになったユエとツヅミはもともと二人で一頭の馬に乗って旅をしていたらしい。今は馬車を操るケイの隣にユエが座って二人で閑談し、ツヅミはその横に馬を付けて歩いていた。


 そして日差しが一層強くなる午後。一行は馬を休ませる時間も兼ねて木陰で休憩を取ることにした。街を出る際に購入した昼食を手に取り、各々は気に入った場所に腰を下ろしてそれにかぶりつく。


 つば広の笠を脱いだユエはソラのそばに腰を下ろし、話しかけた。


「確かソラはんたちは王都へ向かいがてら、〈宿借り〉いうならず者を追いかけてはるんでしたな?」


「クラーナまでっていう制限つきですが、そうです」


「詳しく伺ってへんけど、いったいどないな輩なんです?」


「自分も聞いておきたいです。人相などが分かっていれば、こちらも捕り物に協力できると思いますし」


 当然のごとくユエの隣に座ったツヅミもその詳細を聞きたがった。ソラは宿借りの所行について掻い摘んで、食欲に影響がない程度に表現をオブラートに包んで伝える。


「はあ、はあ……なるほど。それはちょおっと看過できまへんなぁ」


「まさに極悪非道。一刻も早く取り捕まえる必要がありますね」


 ユエとツヅミが宿借りの大枠を把握した途端、セナ以外の人前とあってお行儀よく食事をしていたロカルシュがすっくと立ち上がり、二人に詰め寄った。


「しかもねー! あのナナシって人、よりにもよってせ──モガッ」


 その口を塞いだのはケイとセナだった。


「よりによって?」


「せ……? 何やの?」


「いや~、いやいや。何でもねーですよ。お二人はお気になさらず」


「そうそう、ちょっとした禁句だ。はしたないぞロカルシュ、異国の方々の前で」


「ムニャー! モガモガ!」


 二人はそのままロカルシュをユエたちから引き離し、声が聞こえないところまで連れて行く。その様子を見たソラとエースは、理由は不明だがケイたちがナナシの正体(聖人であるというそれだ)について、ユエらに知らせるつもりがないことを察した。真ん中で首を傾げるジーノにはソラがその旨を耳打ちした。


 ケイとセナはユエたちの姿が馬車の陰に隠れたところで、引きずってきたロカルシュをようやく解放した。


「ぷはぁ! なになに二人ともぉ……どうして言っちゃダメ?」


「バッカ。アンタなぁ……国外の連中にあんなクソ野郎どもの片割れが聖人だなんて、非常識なこと言うなよ」


「でもナナシって奴、実際に聖人だったんじゃん~?」


「実際そうでも、言っていいことと悪いことがあるだろ。だいたい……」


 セナはユエたちがいる方を見る。


 彼が気にしていたのはユエとツヅミのソラに対する態度だった。今でこそ二人はソラを丁重に扱っているが、その魔力属性を確かめる際に傷つけることを躊躇なく是とした行動が何やら引っかかるのだ。


「自称の段階だったとは言え、周囲からも魔女だと認識されている奴に対して、故郷でその存在を崇子と称し祀っている奴らが取る手段じゃねえ」


「どゆこと~?」


「何かよく分かんなくて、怪しいんだよ。あの二人」


 あまりにも行動が強行すぎる。焦っていると言ってもいい。そんな二人に、不用意に聖人の情報まで漏らしてしまうのは躊躇われた。


 むろん、これはあくまでセナ個人の見解であり、確たる根拠のない憶測だ。しかし、話を聞いていたケイはその考えに同意するとうなずいた。


「特にユエ殿は、なりふり構わずという感じで危ない部分がある」


 ケイはセナと一緒になって、口に人差し指を立てる。


「んーと。巫女さんたちとは会ったばっかりだし、もうちょっと人柄が分かるまでは、お(くち)シッ! ってこと~?」


「そういうこと。頼むぜロッカ」


「りょ! かいっ!!」


 ロカルシュはぴしっと背筋を正して従う。戻って良しとセナに言われた彼は昼食組の元へぴょんぴょんと跳ねて行き、「怒られちゃった~」。いつもの調子でヘラヘラと笑い、卑俗な言葉を口にしかけたことを東ノ国の二人に詫びた。


 ソラたちの近くに座って食事を再開したロカルシュを見ながら、ケイが顎をなでる。


「キミも案外、人のことを見ているんだな? てっきり感情に飲まれて周りが見えなくなる類と思っていたが」


「はっきり言うじゃねえか、先生。俺だって一応、特務の一員なんだぜ」


「見るべきところは見ている、と?」


「あんたも気をつけろよ」


「おや、怖い騎士様だ」


 二人は意地の悪い表情を浮かべて、昼食に戻る。それからもうしばらく休んだ後、旅路は再開された。


 日が落ちれば立ち止まり。


 ある時は野営をし、町に着けば宿坊を借り、炎天の下を歩いて行く。


 宿借りの追跡は続き、つまり二人の捕縛には至らず、彼らの凶行は繰り返されていた。それら犯行を照らし合わせることで、一つ明らかになった特徴がある。


 被害者の左腕が執拗に傷つけられているという点だ。


 それは、カシュニーでナナシが負わされた傷への恨みを表したものと想像できた。


 また、一行は騎士の詰め所がある町に立ち寄った際に、宿借りの虐殺を生き残った少女がいるとの情報を聞いた。


 少女の話は事件のショックのせいか、支離滅裂であった。彼女は騎士の聞き取りの中で、宿借りの子どもの方に白い翼が生えて見えただの、大人の方は慈悲深い笑みを浮かべただの、およそ信じがたいことを口にした。


 親を目の前で殺されたというのに、微笑みながら……。


 その話を聞いた日の夜。


「宿借りの野郎ども、このまま行くと商都にぶち当たるな」


 野営の火を前に地図を見るセナは頭を抱えていた。のっぺりとした地形図には各地に点在する集落の位置も記載されており、宿借りの被害があった場所には赤いバツ印がつけられていた。その軌跡は所々に寄り道をしながらも、商都クラーナへ向かっているようだった。


 横からユエがそれを覗き込む。


「行き先も予測できそうなんに、なかなか捕まえられまへんなぁ?」


 彼女の素朴な疑問に、セナが苦々しい表情を浮かべて答える。


「単に後手に回っているということもありますが、まっとうに街道を進んでるわけじゃなさそうなんですよ」


「そうは言うてもです。西のカシュニーなら森の中を進んで姿をくらませることもできるかもしれんけど、ここクラーナではそうもいかへんでしょう?」


「ええ。クラーナは地形の起伏が少なく大半が見晴らしのいい平野です。石灰(いしばい)の大地で樹木は育ちにくく、森が形成されることはほとんどない。加えて、ただでさえ保水性が悪い土地に降雨の減少まで重なって渇水がひどい現状、草原の萎凋も進んでいて隠れる場所はないに等しい」


「そういえばぁ、王都との間にある白い砂のル砂漠は観光の名所だけど、ああいう状態がクラーナのあちこちに広がってるんだっけー?」


 ロカルシュの言うとおり、石灰大地のクラーナ地方は商都と王都との間に白い砂の「ル砂漠」が広がっている。その美しさは観光名所として有名だ。反面、景色に気を取られてルートから外れた観光客が行方不明になり、遺体となって発見されることもある危険な場所でもある。


 最近ではその枯れた砂地が急速に拡大しており、クラーナの至る所に類似の景色を作り出している。


 人数分の茶を持ってやってきたエースは周囲の風景を見渡し、言う。


「整備された街道から外れて半砂漠状態の中を歩くなんて、自殺行為に等しい。ということですね」


「えっと、つまり騎士様たちはあの二人の逃走経路が把握できてないってこと?」


 彼の後ろについてきたソラがそう聞く。


「チッ! 悔しいがこればっかりは魔女の言う通りだ。奴らがどこを逃げてるのか、それが分からないんだ……」


「うーん、地上がダメなら……地下でしょうか?」


 兄から茶器を受け取って皆に分けるジーノが何の気なしに呟く。


「穴でも掘って進んでるってのかよ?」


「洞窟などはないのですか?」


「言っただろ、クラーナは石灰の土地だって。地下洞窟なんてあちこちにありまくるぜ。だが、中は迷路だし、誰も地図なんか作っちゃいねぇ。ンな危険なところにわざわざ入るか?」


 脆いところでは地面が陥没する事故なども起こるのだ。最近になって頻発しているという報告も入っているし、迷わなかったにしても決して安全な道とは言えない。セナがそう言って首を振ると、エースが彼に視線を向けて手を挙げた。


「小騎士様にお願いしたいことが。覚えている限りでかまわないので、試しに陥没のあった地域を地図に落としてくれないかな」


「……いいぜ」


 セナは地面に広げた地図に青のインクでバツ印を書き込んでいく。やがて浮かび上がってきたのは、襲撃箇所との位置関係だ。それを皆が見つめる中、ツヅミが抑揚のない声で所感を述べる。


「襲われてる集落はどこも陥没があった場所と近いようですね」


「開いてる穴から顔出してるっちゅうことやろか?」


「いや、まさか。地下を進んでるのはあり得ない。冗談じゃなく中は迷路なんだ。だってのにこうも着実に、奴らの目的地が商都であるかのように予測させる経路を行くことなんて……」


「別にそうでもないんじゃなーい?」


「何でだよ。迷宮洞窟を迷わず進んでやがるんだぜ?」


「私だってちゃんと歩ける自信あるよ~。だってコウモリさんとかに聞けばいいんだもん」


 そこでケイが自分の右まぶたに触れ、思い出したようにつぶやく。


「そういえばあの少女の目、金色だったな?」

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