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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第21話 「錆びた鉄 2/2」

 そんなところに再度、試着室のカーテンが開き、裾口が広くなっている白の長ズボンに瞳の色と同じ青い上衣を着たジーノが姿を現した。彼女がその場で一回りすると、白い糸で幾何学的な模様の刺繍を施された裾がフワリと広がった。


 店主は誇らしげに笑みを浮かべ、ケイに伺いを立てる。


「どうでしょう。なかなか良いのではありませんか?」


「うーん。青か、青なぁ。たまには違う色を着せたいな」


「……そうですか」


「何かピンとくるものがあればいいんだが──」


「お悩みのところ相すまへん。ケイはん、これなんてどないです?」


 そう言ってユエが横から差し出してきたのは、新緑を日に透かしたような透明感がある衣服だった。受け取ったケイはジーノの肩に身ごろを当てて、その映えを眺める。要所に純白の糸で小さく花の刺繍が散りばめられており、その柄は控えめながらも存在感のある仕上がりになっている。スリットの裾は短く、それに合わせる下衣はやや濃色のショートパンツである。そこにツヅミが選んだ靴を合わせて、ケイは目を輝かせた。


 ジーノはどこか疲れたような顔でその服を受け取り、三度目の着替えに取りかかるべく試着室のカーテンを閉める。


 そのやりとりを端で見ていたエースは、カウンターに積み上がった衣類の中から好みの物を選んで師に了解を取りに行くところだった。


「師匠、俺はこれでいいです」


「何だ? これでいい、で決めるのか?」


「これがいいです」


「本当にいいのか~? 今までのとあまり変わらないように見えるぞ」


「そうでもないですよ」


「そうかぁ?」


「そうです」


「エースお前、実はあれこれ着せられるのが面倒なだけだろう」


「えっと、その……ちょっと……」


「まぁ、本人の意見は尊重しよう。気に入らない物を着せるわけにもいかないしな」


 着せ替え大会を離脱したいのは確かにそうだが、エースも妥協で選んだわけではなく、きちんと自分が着たいと思うものを手に取っていた。その決断を快く受け入れたケイは、ジーノが着替えている隣の試着室をガサッと開け、彼を中に放り込んだ。


「残るはソラだけか」


「祷り様のお召し物ですと、こちらになりますね」


「どれどれ……」


 ケイがのぞき込んだところにあったのは、ソラが今着ている物の生地を薄くしただけのような衣装だった。


「巡礼者の服は代わり映えしなくていかんな」


「そう申されましても、聖人再臨をお祈りする大切な役目を帯びた方の──いわば仕事着ですから」


「聖人か……そう言えば巷で聞いた話だが、当代に現れたと噂の魔女は他人に化けるという話だな?」


「おや、お耳が早いですね。私も最近になって教会の知り合いから聞きましたよ。内々で出回ってた人相書きも当てにならないようで……何でも魔法院の初動が間違っていたとか」


「そんな話まで出てるのか」


「人の口に戸は立てられませんからね。プラディナムじゃこの失態を材料に、王都での魔法院の権威を削ぎ落としてやろうと動いている勢力があるらしいです」


「あっちはあっちで過激だからなぁ……。アッ、ところで巡礼者の形式を守りつつ地方独自の色を出したような変わり種はないか?」


「お客様……」


 店主はニヤリと笑い、ケイに少し待つように言って店の奥に入っていった。それからすぐ、薄紙に包まれたとある一着を持って戻ってきた。


「こちらであれば、ご希望に添えるかと思います」


「ほほう」


「あと靴は、こちらなどいかがでしょうか?」


「これはこれは……うむ。いい判断だ」


 店主と一緒になってしたり顔で笑うケイを、「楽しそうで何より……」。ソラはどこか他人事のように見つめていた。そのソラの腕をつついて、ユエが話しかける。


「ソラはん」


「何でしょう?」


「何やえらい足がお悪いようですけど、どないしはったんです? ちょお気になってて、差し支えなければ教えてもらっても?」


「ああ、膝のことですか。何かだいぶ前から痛いんですよね。ケイ先生は魔力の巡りが悪くなってるって言ってました。お薬も処方してもらってますし、悪化はしてない? と思いますよ?」


「ははぁ。なるほど」


 これもやはり他人事のように、首を傾げながらソラは言う。ユエは彼女の膝の辺りを眺めつつ、手繰った袖で口元を隠した。ソラはその仕草に妙な気配を感じる。だが、いったい何のつもりで足のことを聞いてきたのか、などと率直に尋ねるのは具合が悪い。どう言葉を選んだものかと悩んでいると、その耳にカーテンの開く音が割り込んできた。


 ジーノの着替えが終わったようだ。いつも青を基調とした服を好んで着てきた彼女には珍しい若葉色の衣服──異国情緒あふれるデザインのそれは、ジーノをこれまでとまるで別人に見せた。一見すると活動的な少女を思わせる格好であるが、全体を見れば落ち着いた少年の姿を強調するという、絶妙なバランスで彼女の男装を引き立てていた。


「あらぁジーノはん、ばっちりお似合いで」


「厳密にはそれも女性物なのですが……」


 どこか納得がいかないような声で店主がそう言う。ユエはコロコロと笑って、そんな彼に囁いた。


「そない言いますけど旦那はん、よぉ見てみい。あの中性的な顔にかっちりした男物なんて着せたら野暮ったいですやろ」


「それはまぁ……確かに」


「機能性もそら大事です。けど着る者の魅力を引き出すんも衣服の大切なお役目。それら両方を兼ね備えた最善の選択がこのお店にあったんは、幸運でしたわ。旦那はん、あんたええ腕しとりますなぁ」


「い、いやはや……異国のお客様は言葉がお上手ですな。そうしたら値段をちょっと勉強させてもらいましょうかね!」


「あらまぁ! ケイはん、聞きなった?」


「うむ。ありがたいことだ。この店は技量も裁量もピカイチだな。というわけでジーノ、それに決めてもいいかな?」


「はい。私は構いません」


 ユエとケイが店主を取り囲んでやんや、やんやと大喝采をしていると、続いて隣のカーテンが開いてエースが出てきた。


 エースが着るクラーナ服は要所に西洋風の──つまり彼がこれまで着ていたペンカーデル風のデザインを取り入れた一着だった。彼は白い丸襟のシャツにこちらもまた白いズボンを穿き、その上に背広風の襟元が特徴の濃色のベストを着ていた。ベストの裾はくるぶし上まである長いもので、脇はもちろん腰骨のあたりからスリットになっている。


 エースがケイの用意した靴を履くためかがみ込むと、緩く結んだ金髪が肩から流れ落ち、白い背中が露わになった。いわゆるカマーベストのようなデザインであるそれ……大きく開いた背中と引き絞られた腰が、何とも言い難い色気を放っている。


「エースはんの清潔感とはまるで対照的な意匠ですなぁ。そこがまたええのやけど」


「ちょ、ま……ヤバい。ウッ……、イイ……!」


「おいエース。これからは髪を上で結べ。いつぞや騎士の変装をしてたときのやつだ、いいな?」


「とても素敵ですお兄様!」


 純粋に心からの賛辞を送ったのはジーノだけで、彼女以外の成人女性は不自然かつ不必要に咳払いなどをし、何やら下心の見え隠れする笑みを浮かべていた。エースは三人の動揺を何となしに察知し、彼女たちからそっと距離を取る。


 未だ口元を緩めているソラの後ろで、その足を軽く蹴り飛ばすつま先があった。


「おい……祷り様。おま──アンタで最後だ。早くしろ、ください」


「……っす」


 セナは不本意ながらも精一杯の敬語でソラを急かす。一応ではあるが、今も人前では巡礼者を装っているソラ相手に、店主がいるこの場所でぞんざいな態度を取るわけにはいかない。セナは小声でそれだけ言うと、また店の入り口の方に戻って腕組みをし、仁王立ちになった。


 彼の一言で一瞬にして元の表情に戻ったソラは、ケイから店主秘蔵の巡礼者服と靴を受け取って試着室へ足を向けた。ジーノと入れ替わりにカーテンを閉め、モコモコと熱のこもる服を脱いで新たな衣服に着替える。


 その服は基本的なフォルムこそ今までの巡礼者服に沿っているが、丸い襟元には組紐で結った襟留めが付いていた。スリットが入っている裾は、フレアスカートのようにふんわりとしたデザインになっている。下履きは、裾に細かなレース編みが施されたクロップドパンツである。


 また、足下に履くのは天然石のビーズで装飾された一足で、派手な印象になりすぎないサンダルであった。頭に被るベールはある程度の厚みがあり、日を遮ることのできる生地だった。今まで通り目深に被れば、目の前にでも来ない限り顔が見えることはなさそうだ。


「……これぜったいお高いよね」


 肌に触れる生地の感触が尋常でない心地良さで、羽のように軽く、涼しい。スカートの裾をめくってタグを探してみるが、店の奥に仕舞われていたこの服に限っては付いていないらしく、値段を確認することはできなかった。


 ソラは着替え終えてもしばらくその場に立ち尽くし考え込んでいた。いくらケイが財を持て余しているからと言って、こんな品をほいほいと買ってもらっていいのか? ジーノやエースなら昔から知っている身内みたいなものであるし、買い与えるのも分からないではないのだが……。


「ソラ、そろそろ着替え終えたか? 着心地はどうだ? どこか気に入らないところはないか?」


 もたもたしていると、外からケイの声がかかった。


「い、いえ。そういったことは全く。とても良いものだと思いますけど……」


「ではそれで決めていいな?」


「いやあの──」


「よし! 店主、会計だ!!」


「……」


 ケイはケイで、気に入ったその服を何としてもソラに着せたいらしく、有無を言わせぬ強い口調で声を上げ、カーテンのそばを離れていった。


 ソラは試着室の中で一人、両手で宙を掻く。


「この恩恵は受け取っとくべきってことかな……」


 現金な彼女は、これまでの不運を振り返ればこのくらいは……と思わなくもない。せめて汚さないよう大切に着ようと決意し、ソラは長らくペンカーデルから着ていた服を持って外へ出ようとした。


「あれ?」


 その時、見慣れた小袋が部屋の隅に落ちているのを見つけた。それはジーノがいつも腰から下げているものだった。中に何が入っているのかは知らないが、肌身離さず携帯しているのだから、よほど大切な物が入っているのだろう。連日の暑さで疲れがたまり、ぼうっとして置き忘れてしまったのかもしれない。


 ソラはその袋の端を摘んで持ち上げる。しかしその持ち方が悪かったのか、中の物の重みで口が開き、中身を床にバラまいてしまった。焦ったソラはなるべく散らばった物を見ないようにしながら袋の中に戻し、その途中で凝った装飾のハンカチから棒状の物がはみ出ているのを見つけた。


 それは錆の浮いた鉄で、柄頭に透明な石がはめ込まれていた。


 どこかで、


 見たことのある、


 その短剣。


 刀身を見たわけでもないのにそれが剣だと分かり、ソラの頭には続けざまに、それを目にした場面が再生された。


 錆びてしまった今でも分かる。


 その短剣を見たのは、


「……」


 赤く染まった刃に映った自分の──エースの顔。彼の心を痛めつけた憎き学者が、これを持っていた。


「何で……」


 しかも立派なハンカチに包んで、後生大事に持ち歩いているなんて。


 いったいなぜ?


 もしかして、彼女はあのことを……?


 そんなわけはないはずだと、ソラの中にあるエースの記憶が言う。彼女はえもいわれぬ寒気を感じ、かじかむように手を震わせる。


「──ソラ様、もしかしてお着替えに手間取っておいでですか?」


「え!?」


 ソラはビクリと肩を揺らし、慌てて短剣をハンカチに包み直して袋の口を閉じた。


「ど、どうかしたの? ジーノちゃん」


「少々お時間がかかっているようなので。お手伝いが必要ですか?」


「あ、いや、ううん。大丈夫。着替えは終わってるから……」


「だったら早く出て来やが、来てくださいよ祷り様よォ」


「は、はいはい! 今すぐ出ます……!」


 苛つくセナの口調に急かされ、ソラは勢いよくカーテンを開けて外に飛び出す。すると試着室の前で中の様子をうかがっていたジーノと真正面からぶつかってしまい、二人は互いに赤くなった額を押さえながらその場にしゃがみ込むこととなった。


「アタタ……ごめんねジーノちゃん」


「いえ、私こそすみません」


「あと、これなんだけど……」


「?」


 ジーノはソラが差し出した袋を見て、自分の腰に手をやっていつもならそこにある物がないことに気づいたようだった。彼女は何事もなかったかのようにはにかみながら袋を受け取る。


「暑さのせいでぼうっとしてしまって、いけませんね。見つけてくださって、ありがとうございます」


「あの、ジーノちゃ──」


「ソラはん、ちょっとええです?」


「え? は、はい?」


「ソラ様。そうしたら私、会計の方にいますね」


「あっ、待っ……!」


 引き留めようとしたソラの手は空を切り、ジーノはそのままケイたちがいる会計カウンターの方に行ってしまった。その振る舞いはいつも通りの彼女で、ソラは先ほどの寒気が嘘であったかのように感じた。


 妙な位置で止まっている彼女の手を見ながら、横から話しかけてしまったユエが申し訳なさそうな顔を作る。


「ひょっとしてうち、話しかける頃合いを間違えてしもたんやろか?」


「いえ……、いえ。大丈夫です。気にしないでください」


 ソラは力なく手を下ろし、首を左右に振る。


 あの短剣は何だったのか?


 非常に気がかりではあるが、問う機会があったとして、何と言って話を聞くつもりだったのか。しどろもどろになり、結局何も聞けずに終わっていたかもしれない。あの忌まわしき過去にも関わってくるそれ……彼女を問いただすのは今少し言葉を考えてからにした方がいいだろう。


 ソラはもう一度首を振ると、眉をハの字に下げるユエに笑顔を向けた。


「それで、どうしたんです? ユエさん」


「その……何でもないことかもしれへんのですけど、あっこのちっさい騎士はん、えらい顔してソラはんのこと睨んどりますやろ。何かゴタゴタでもあったんです?」


「アー。何というか、彼は魔女に並々ならぬ恨みを持っているようでして……」


「魔女様に恨みを? ……ああ、大陸さんではこの世の災厄を〈魔女の呪い〉と言って伝えてはるんでしたな」


「私も本人に直接聞いたわけじゃないんで、確かなことは分からないんですけど。おそらく災害か何かで大切なものを失ったのではないかと」


「うちもそない思いますわ。お若いのにお気の毒です……」


 声は潜めても視線は潜められなかったのか、チラチラとセナに目をやっていたソラたちはふとした拍子にキッと睨まれ、せわしなく視線を逸らした。


 そうこう話しているうちに会計は終わり、ソラたちは買ってもらった服を着て店を出る──ことにはならなかった。なぜかと言えば、ソラが着る服の袖を仕立て直す必要があったからだ。面と向かって「袖が長すぎるようで」と言われたソラは、若干ではあるがショックを受けた様子でため息を吐いていた。彼女はどうにも、この大陸の標準的な体型に比べると腕が短いらしい。


 ケイはソラを慰めるようにして肩に手を置き、店主に言う。


「すまない。実を言うと私たちは少々旅路を急いでいてな……追加で技術料を払うから、どうにか明日までに仕上げてくれないか」


「うーん。この作品に関してはちょっと凝りすぎてしまったところがありますからねぇ。お直しにも時間が……」


「お代はこのくらいでどうだろう?」


「──とはいえ一着だけですし! ええ、今日夜半には仕上げてしまいますよ」


「ありがたい。明日の朝イチで取りに来たいと思うんだが、これも頼めるか?」


「お安いご用で!」


 ケイが提示した追加料金は定かでないが、金額を聞いた店主はとにかく上機嫌だった。その後、ソラだけが元の服に着替え直し、新調したものを店主に預けて店を出た。


 外の景色は夕焼け色に染まり始めていた。街に一泊することになったソラは、形だけでも巡礼者としての職務を果たすべく教会へ向かう。ユエたちには翌日に先の呉服屋で落ち合う約束をして、宿に戻ってもらうことになった。


 宿望を借りる教会までの道すがら、ポケットに手を突っ込んだセナが低いところから不満を漏らす。


「──ったく、テメェ急いでるんじゃなかったのかァ? 肩幅は合ってるのに袖が長いってどういうことだよ」


「私の手が短いばっかりにすみません」


「まーまー! セナもあんまりブチブチ言わないでいいじゃん~。あの時間じゃ街を出たってすぐ野営だったろーし」


「っるせ! アンタの信仰にゃどーこー言わねぇが、だからってコイツの肩ばっかり持つな!」


「ええー? セナわがまま~」


 その後、教会に着いたソラは寝るまでの間を祈りに費やし、宿坊に戻れば護衛という建前の監視で一緒に泊まることになったセナにプリプリと小言を言われたりした。それをロカルシュがフォロー、ジーノが言外で威嚇し……セナは八つ当たりのようにベッドの足を小突き回していた。


 ちなみにロカルシュはあの店で服を買わなかった。よく服を汚してしまうのはさすがの本人も自覚していたようで、そんな自分が高価な一張羅を買ってどこで着るのか、と気づいたらしい。そして買うなら、もう少し安価な物を別の機会にということになり、今回は財布を仕舞ったのだった。


 就寝の準備を整えると、ソラたちは男女で分かれて宿坊の二部屋に入っていった。もちろんジーノはソラと同じ部屋である。また、一応ソラの監視のために、女性陣の部屋ではロカルシュのキツネが一緒に眠ることになった。ソラはここ数日でようやく慣れてくれたその狐を膝に乗せ、ふわふわの尻尾に頬を叩かれながら満悦の表情を浮かべていた。


 ジーノに短剣の話をどう切り出そうかという問題は未だ上手いきっかけが掴めずにいたが、いずれ二人きりになった時にでも、袋の中身を見てしまったと打ち明けることを考えていた。


 それからまたしばらく後、場所は街の宿屋に移り──。


 湯浴みを終えて一息吐いたユエは寝台に腰掛け、従者であるツヅミが入れてくれる故郷の茶を待っていた。やがて枕元の小さな卓に置かれた茶器を手に取り、氷の浮くそれをまるで酒を呷るかのようにして一気に飲み干し、彼女は深く長く息を吐いた。


 ユエは器を卓の上に戻し、ツヅミに向かって自分の隣をトントンと叩いて座るように促す。彼は主人が望む通りの場所に腰を下ろし、太股に頭を乗せて寝ころんだユエの行動を当たり前のように受け入れた。


「ようやくや、ツヅミ。これでうちらも、大手を振ってお(いえ)に帰れるわ……」


「はい」


「騎士はんたちの先約をサクッと終わらせて、あのお人を何としても朱櫻にお連れせなあかん。場合によったら強引に繰り上げてでも……」


「しかし、対となる方が見つかっていませんが?」


「そっちの捜索は余所のお家に任せとき。今はとにかく、自分らの使命を全うすることだけ考えたらええ」


 ユエはツヅミの膝の上で寝返りを打ち、天井を見上げて言う。


「それに、何や予感がするんよ。対のお人もすぐに見つかりそうな予感が。それでもしも……もしもの話やけど、朱櫻に帰る前にそっちのお人もうちらで見つけられたら……」


「心得ています。その時は自分にお任せください」


「ああ……アンタは本にええ子やね」


 ユエはそのままの体勢で腕を上げ、ツヅミの頭を優しく撫でる。その目は涙ぐんでいるようにも見えた。


「手土産が二つもあったら、さすがの大社も朱櫻のお家を無下にできんやろ。そしたらいよいよお上のお膝元や。ふふふ……」


「……ええ。我らが悲願のために。死力を尽くしましょう」


 ユエの目尻からぽろりとこぼれた涙をすくい、ツヅミは低い声でそう応えた。

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