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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第20話 「錆びた鉄 1/2」

 街には何件か衣服を扱う店があったが、生地の品質と品揃えを見てツヅミの御眼鏡にかなったのは、街外れにある小さな店舗だった。通りに面したショーウィンドウのマネキンはクラーナ地方の民族衣装をまとっており、ツヅミはそういった商品を丹念に見つめ、棚の手入れの具合なども加味して品を買うならこの店にすべきとケイに進言したのだった。


 ケイはツヅミの言葉に深く頷くと、来客を知らせるベルを鳴らしながら意気揚々と店の中に入っていった。その後にエースとジーノが続く。その後ろ、ソラは店の前で二の足を踏んでいた。


 彼女は店の老舗然とした雰囲気に圧倒されていた。


 マネキンが着ている服を見た瞬間に、ソラは分かってしまったのだ。そこにあったのは、明らかに量販の衣類ではなかった。繊細な糸でふわりと編み上げられたレース、柄が途切れることのない縫い合わせ、薄い生地を傷つけることなく刺された刺繍。どれもこれも一針ずつ手仕事で仕上げられた一級品である。


 ソラはその品質に、一見の客を寄せ付けない敷居の高さを感じていた。


「おい、早く入れよ」


「いやでもここ明らか量販店じゃないのでは……?」


「うっせーな。四の五の言ってないでさっさと入れっての」


 セナはソラが杖突きであることも気にせず、その背中を力一杯押して店の中に放り込んだ。ソラがつまずき気味に店内に駆け込むと、彼女に足止めされていた後列たちもわらわらと店の中に入り込み、静かにドアが閉められた。遠くに響いていた潮騒が聞こえなくなり、整然とした静けさの中で、ケイがさっそく店主と話をしていた。


 その会話に聞き耳を立てながら、セナが言う。


「お前ら、あくどい値切り方したらしょっぴくからな」


 腕を組んで店の入り口前に陣取る彼を、ソラは信じられないものを見る目で見た。


「え。騎士様って、こういうお店でも値切ったりするんです?」


「物を買うとなりゃ、とりあえず値切るだろ」


「うわぁ。すごい根性」


 ソラはそこでケイと話し込む店主に視線を向け、彼が「本日はいつにもまして暑いですからねぇ」と話しているのを聞きながら店の中をぐるりと見回す。決して広くない店内に、選りすぐった作品(・・)が展示されている。それらはその日の天気や気温に合わせて入れ替えられているのだろう。いっそう暑いという今日は、向こう側が透けるような薄手のスカーフや、羽のように軽そうなショールが多く出ている。


 店のレイアウトにかなり気を使っていることがひしひしと伝わってきて、ソラはついつい気後れしてしまう。


「露店とかならまだしも、ここみたいにしっかりしたお店で値切り交渉は、ちょっと気が引けたりするもんじゃないです……?」


「ハァ~? 交渉もせずに自分から損するとかアホくさ」


 根っからのクラーナ人であるセナは金銭の絡む話を前に肝を小さくする質の人間ではなかった。ゆえに、彼は店の雰囲気に怖じ気付くソラの心理を理解できなかった。


 呆れたようにセナはソラの小心を鼻で笑う。それにぴくりと耳を動かしたジーノが無言で彼を振り返り、じっとりとした目を向ける。


「……」


「……」


 ジーノとセナはしばらく互いを睨みつけた後、フンッと顔を背けた。そして、プリプリと怒るジーノに肩を押され、ソラは店の奥にいるケイの元へ連れて行かれる。


 ケイは見立ての手伝いをしてくれるツヅミとの間に店主を挟み、既に衣装のピックアップを始めていた。見る見るうちに、カウンターに積み上げられていく衣服……そのタグに書いてある文字を(必死にエースの記憶を思い出しながら)読んでみて、ソラは冷や汗を垂らしてケイの服の裾を引っ張った。


「あの、先生。やっぱりここのお洋服ってお高い……」


「ツヅミ殿が言うには適正価格らしいぞ」


「はい。生地の扱いも適切で縫製も丁寧です。この品質であれば、札の値が付くのも妥当ではないかと思いますが」


「だそうだ。なぁに金のことは心配するな! 私はあちこちでご厚意(・・・)を受けていてな、金ならちょっとやそっとじゃ使いきれないくらいあるんだ」


「……先生ってタラシ──じゃない、人徳が篤いんですネ?」


 人から借りたのではなくもらった金が余っていると言うケイに、ソラは「スゴイナー」と棒読みの台詞を口にした。それに対し、ケイはニヤリと意地の悪い表情を浮かべた。彼女はそのままの顔で、ジーノの腕を引っ張って試着室の前まで連れて行き、涼しげな青の衣装を持たせてカーテンを閉めた。


 その直後、店の主がケイにこっそりと話しかける。


「あの、お客様……お渡しするのは先ほどの御衣服でよろしかったのですか?」


「ん? ああ、構わんよ」


「そ、そうですか……」


 ジーノに渡す服を間違えてしまったのではないかと心配する店主を、ケイが笑って制する。そのやりとりを横目に、ソラとエースはそれぞれカウンターの上の衣服を手に取り、どのような意匠なのかと眺めていた。


 それらのほとんどは南方クラーナの民族衣装を元にしたものであった。短く立った襟は角が丸くカットされて首に当たっても痛くないようデザインされている。前の合わせは首元から胸の上を横切って脇の下へと向かい、腰骨の辺りまでボタンで留めるようになっていた。腰から下は前と後ろで布が分かれる深いスリットが特徴となっている。伝統的には、くるぶし丈まで上衣の裾を垂らすらしいが、最近では好みで長さを調節するのが主流だと店主は言った。


「ソラ様の世界(ところ)で言う、アオザイに似てますね」


「それ。私も思った~」


 エースの的確な例えにソラが頷く。


 一方で、店内を見渡すとこれまでエースたちが着ていたようなデザインの衣服もあった。しかし店主が言うには、「地方特有の服がその土地で長く着られているのには理由がある」。クラーナの気候に慣れていないのなら尚更、この地方の民族衣装を身につけるべきだと薦められた。暑さを逃がすのに最適なだけではなく、見た目にも美しい完成された構造であることも力説され、ソラたちはその熱弁に圧倒されながらも納得いったように相づちを打った。 


 それからまた少しすると、試着室のカーテンが開いた。


「あの、これ……明らか女性物じゃありません?」


 短いスリットの下に、これもまた短い白のスカートを穿いたジーノは、自分の格好に戸惑いつつ顔を出した。未だ男装を解かない彼女は今の自分に似合わないその服が少し恥ずかしい──いや、スカート丈が短すぎて落ち着かないらしかった。


 ケイは彼女の姿を上から下までじっくりと眺め、きょとんとした顔で首を傾げた。


「やはり男物がいいか?」


「あ……当たり前じゃないですか」


「ふむふむ」


「ではこちらなどいかがでしょうか?」


 ジーノが女であると知らない店主はそれ見たことかと、今度こそ男物の衣服をジーノに渡してカーテンを閉めた。悪戯を仕掛けられたにしても、律儀に着なくてもいいのにと思う彼は、なにやら奇妙な客を受け入れてしまったなと思いながら頭を掻いた。その横で、ツヅミが少し残念そうな顔をして返却された服を見ていた。


 どういうわけか、彼はジーノの変装を見通していたようだった。では、彼の主人であるユエはどうかと言うと、彼女はツヅミの耳に口を寄せてヒソヒソとこんなことを話していた。


「どうせ新調しはるなら可愛いらしいもん着たらええのに。せっかくの美人さんがもったいないわぁ」


「自分もそう思ってお選びしたのですが、ご本人があのようにおっしゃるのなら仕方ありません」


「そしたらせめて女の子(おなご)さんとも男の子(おのこ)とも見えるようなお服を見立ててさしあげたらどないやろ?」


「はい。そうしましょう」


 彼女にもばっちりバレているようだった。ユエはツヅミと一緒になってジーノの服を見て回り始めた。


 店の入り口の方では、ジーノのスカート姿をちらりと見たセナが驚いた顔をしていた。


「あいつ本当に女だったんだな」


「かぁわいかったねー?」


「顔がいいだけだろ。性格は最悪じゃねぇか」


「セナってばしっつれ~! アッ! そういえばさ、セナも昔はこういう服着てたのー?」


「まあな……。この店にあるみたいな上物は着たことねぇけど」


「ふーん。私も着てみたいなぁ~。お国にいたときは服装とかに厳しくて変な服着れなかったんだよね」


「変って何だオイ」


「えっと、ごめん違うの~。言い方間違えちゃった。私が言いたいのは、神子としての身だしなみがどうとかーって言われて、プラディナムの普通の服も着れなかったって言うかぁ。別にクラーナの服が変とかってわけじゃなく、いつもと違った服って意味で──」


「へーへー、分かってるよ。今なら誰も咎めやしないし、着たいなら買えばいいんじゃねぇの? アンタ浪費癖ないから給料有り余ってるだろ」


「えへ~。じゃあちょっと見てこようかな」


 ロカルシュは満面の笑みを浮かべてフクロウを頭に乗せ、キツネを腕に抱えたまま棚に向かって駆けて行った。うっかり彼の背中を押してしまったセナは「すぐ汚すだろうからここの服はやめておけ」とは言えず、引き止めようと伸ばした手をぶらぶらさせて天井を仰いだ。

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