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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第19話 「東ノ国の巫女 4/4」

「ほんで、皆さんはいったい何の話を聞きたくてうちらを引き留めたんです?」


 先ほどのロカルシュの失言が尾を引いているのか、微笑みの下にちょっとした不満を隠しつつユエが問う。その言葉にソラとジーノ、エースは互いに顔を見合わせると、その次に周囲を見回して声を潜めて相談を始めた。


「こんなところで堂々と魔ンン……について聞くわけにはいかないよね?」


「どこで誰が聞き耳を立てているか分かりませんからね」


「お二人の部屋にこの大人数で押し掛けるのも悪いですし……どこか部屋を借りられるといいんですが」


 そんな三人を見つめるユエの目がだんだんと半眼になっていく。値踏みするというか、ソラたちの挙動の一々を採点するような視線のまま、彼女は人差し指を宿の奥に向け、こう提案した。


「何や人目をはばかる御用件のようで。それやったらこの宿には娯楽室がありますし、そこを貸し切れば人払いできるんと違います?」


「アッ、はい。そうしましょう。それがいいですね」


 上から見下ろされているわけでもないのに、どこか高圧的なユエの態度に気圧され、ソラは首振り人形のようにコクコクと頷いた。


「じゃあ場所を押さえるんはそちらさんにお任せしまして、その間にうちらはおまんま食べてしまおか」


 ちょうど昼食の途中だった彼女は中断していた食事をしずしずと再開した。その所作につられてかジーノも静かに椅子から立ち上がり、宿のフロントへ顔を向けた。


「では、私がお話ししてきますね」


「エースもついて行ってやれ。ジーノは確かにしっかりしてるが、一人だと足元を見られるかもしれん」


「分かりました」


 商業が盛んなここクラーナ地方は人に活気がある一方で、金にがめついという少々困った気質があった。拝金主義、金の亡者と揶揄されることもあり、その執着ぶりたるや、カシュニーにおける知識と張り合えるほど貪欲である。


「そ、そしたら私は~っと……、ここで待ってるね」


 ソラは未だ刺々しく見えるユエの態度にたじろぎつつ、ここで自分まで席を立つわけにはいかないと思いとどまり、ジーノとエースを見送った。


 そんなソラを余所に、ユエとツヅミは食事を進める。


 港街──つまり海に接していることもあってこの街では魚介が主要な食品であるらしく、ユエは白身魚のムニエルを几帳面に切り分けて口へ運んでいた。隣のツヅミは大きな口を小さく開けて、やや長めに咀嚼する。


 二人ともそろって、非常に上品な食べ方をする。テーブルに並ぶ豪快に盛りつけられた料理も、二人が手を付け始めると一級料理店のそれであるかのように錯覚してしまう。そうなると、食器のかち合う音もまるで音楽を奏でているように聞こえた。


 その潔癖ともいえる作法を見ていたソラは更に気後れし、視線を左右にさまよわせる。食卓には沈黙が流れていた。彼女はそれに耐えきれず、愛想笑いを浮かべてとりあえず口を開いた。


「何か本当にすみません。お食事まで中断させてしまって」


「気にせんといてください。他ならぬケイはんからのお願いやさかい、うちも二つ返事でお引き受けしたんです」


「えっと……あの、はい……」


 それはつまり、下手にユエの機嫌を損ねるとケイに迷惑がかかるということだった。自分の行動如何で他人の信頼を損ねてしまうかもしれない不安──ソラは胃の辺りがキュッとなる感覚に目をつぶり、天を仰ぐ。できればこういった緊張感は二度と経験したくなかった。


 せっつくような電話の呼び出し音を耳の奥に思い出しながら、彼女は一人で勝手に思い詰めていた。それを見かねて、ツヅミが助け船を出す。


「ユエ様は皆さんを待つ間を使ってこの街を観光しておいででしたし、ソラさんがそれほどお気に病まれることはないかと思います。ご安心ください」


「あら。うちだけ舞い上がってたように言わんといてや。あんたも露店回って随分ニコニコしとったやないの」


「ほう? ツヅミ殿がニコニコとはね。それは是非、私も見てみたかったな」


 そこにケイも加わって談笑を続ける。


「言うてもまぁ、口の端がちょこっと上がったくらいでしたけど。それでも岩みたいに動かん普段の顔からすれば、十分でしたわ」


「自分としては、普段も笑顔のつもりですが?」


「あんたのそれが(わろ)てる言うなら、うちなんて寝てるときもニッコニコやわ」


「ハハハ、それはいい。ユエ殿の笑顔なら一晩中でも眺めていたいものだね」


「いややわケイはん、お上手で。そないなこと言われたら、うっかり一晩共にしてしまいそうです~」


 コロコロと玉が転がるように笑う。端で聞いていたソラは「あー、なるほど。なるほど……」と彼女たちを交互に見やって、二人の性格の一端を把握する。席を三つほど飛ばした先では、セナが赤くなった顔を手で覆い隠してうつむいていた。その反応を横目に、ソラは小さく咳払いをした。未成年者である少年の前でする会話ではない……。


 その指摘で居住まいを正した年長の二人は、打って変わってお上品に世間話を再開した。時折その会話にソラも混ざって、小さく笑い声を上げる。


 ジーノとエースが戻ってきたのは、ちょうどユエたちの食事が終わった時だった。どうやら宿の娯楽室を貸してもらう交渉は上手くいったらしい。二人は明るい表情でテーブルの前までやってきた。


「昼食時間が終わるまでなら使ってもいいそうです」


「そしたらちょうどうちらも食べ終わったところですし、さっさと移動しましょか。昼食の時間や言うたら、もう半分ほど過ぎてしもてます」


 食器を丁寧にそろえて置き、ユエとツヅミは同時に手を合わせて「ごちそうさま」と言った。ソラは自分と同じ所作をする二人に少し親近感を覚えつつ、娯楽室へ先導するジーノとエースの後に続いてユエたちを導いた。


 宿の記帳カウンターの前を通り過ぎ、吹き抜けになっている階段ホールに出る。その突き当たりにある観音開きのドアの前には、一人の従業員が立っていた。どうやらそこが娯楽室であるらしく、ジーノたちが会釈すると、従業員は腰を低くしてドアの片側を開けてくれた。そうして、騎士二人も含め全員が室内へ入り、部屋が外から閉められる。


 円卓がいくつも並ぶ中を通り抜けて部屋の真ん中までたどり着いたところで、ユエがソラたちの歩みを追い越し、袴の裾を翻して振り返った。


「手短に、御用件を聞かせてもらいましょか」


「では単刀直入に……」


 ソラが一歩前に出て話を切り出す。


「ユエさんたちをお引き留めしたのは、魔女に関する知識をお借りできないかと思ってのことでした」


 包み隠さない言葉に、ユエとツヅミは顔を見合わせて目を丸くした。その様子に、いくら率直とは言え少しは前置きもしておくべきだったかとソラは戸惑う。そんな彼女の肩にケイが手を置き、小さく頭を下げる。


「私も最初は冗談か何かだと思ったんだが、驚いたことにこの子たちはどうやら本気で、魔女に関する知識を得たいそうなんだ。そこで、東ノ国には異界からの使者について、大陸と異なる言い伝えがあることを思い出してな。もしよければ少し話を聞かせてやってほしいと思い、あなた方を頼ったんだ」


 聖人と同じくこの世界の外側からやってきたのが魔女である。それに関連することであれば何であれ聞きたいとソラは一緒になって頭を下げた。エースとジーノも、その後ろで同じ仕草をする。


 ユエは皿のようになっていた目を元に戻してソラを見つめる。


「そらまぁ、かましまへんけど。この大陸でまさか魔女(それ)について知りたいなんて言うお人がいてはるとは思いませんでしたわ。理由をお聞きしても?」


「それは、えっと……。そ、そういえばユエさんたちのお国では、魔女ってどんな存在なんです? 嫌われてるとか、そうでもないとか、そういう……」


「そうですなぁ……東ノ国ではその御方を崇子様とお呼びし、丁重にお祀りさせていただいとります」


 ユエの言葉にソラは硬かった表情を幾分柔らかくし、気がかりが一つ消えたことで胸をなで下ろした──が、その言い方を快く思わない者もいた。


「お呼びしてお祀りしてる、だぁ?」


 案の定、セナは誇り高き王国騎士からただのチンピラに成り下がり、東ノ国の二人を睨みつける。その子どもじみた態度に(実際に彼はまだ子どもだが)、ユエは笑みを深めて「そうです」と答えた。その表情は、喧嘩を売るなら喜んで買うぞと言わんばかりである。


 じりじりと地面を焼くクラーナの日差しのように殺気立つ二人。その間にツヅミが割って入り、努めて冷静な口調で事実のみを伝え直す。


「我が国では、ここ大陸のプラディナムと同じく、崇子様──こちらで言うところの魔女様を尊き御人と捉えています」


 ツヅミはあえてプラディナムの名前を出し、セナの相棒であるロカルシュの方をちらりと見やった。見られた本人はきょとんとしていたが、彼を引き合いに出されたセナは痛いところを突かれたような顔をして黙り込んだ。


「そう言えば、大陸では魔女様を悪しき者と解釈するのでしたね……?」


「……ほっといてください。あんた方には関係のないことだ」


「そうですね。であれば、騎士様方も言葉を慎んでいただくようお願い申し上げます。お互いの文化や信仰に口を出さないという国同士の取り決めがあることは、そちらもご存じのはず」


「はいはい、分かったよ。分かってますよ」


 セナは大きな舌打ちをした後、この話題を追い払うようにして下に向けた手を前後に振った。


 そうして、ピリピリとした視線を絡ませる二人を余所に、ソラは後ろに控えていた兄妹と顔をつきあわせ、自分の素性をどこまで話していいものかと本日二度目の相談をしていた。


「プラディナムと同じ考えということであれば、ソラ様のことをお話ししても良いのではありませんか?」


「ロカルシュさんはソラ様に友好的だしね」


「うん。たぶん大丈夫な気がする」


 話を聞かせてもらう自分たちが隠し事をするのも不誠実だ。ソラは兄妹に再度確認し、自分が魔女と同じ魔力の持ち主であるとユエたちに伝えることを決める。と言っても、セナがいる手前、おおっぴらにそれを口にすることは避けたい。


 ソラはユエの片耳を両手で覆い、声を潜めてその事実を告白した。


「あの、実は私……魔女の資質を持っていまして……」


「あらまぁ。それほんまですのん?」


「純粋に頭の先から足の先まで魔女ってわけではなく、正確には光陰で半々くらいなんですけどね」


「それは──そうですやろな」


「で、それが魔法院にバレてしまって、教会経由で指名手配されちゃってるんです。そういう事情もあって顔を隠していたんです」


「ははあ、なるほど分かりました。そしたら一つ、あんたはんの言葉が本当かどうか、確かめさせてもらいましょか」


 そう言いながら、ユエはツヅミに向かって無言で手を差し出す。ツヅミは彼女の意図を自分のことのように察し、腰袋の中から一枚の札を取り出してその手に乗せた。


 ユエはそれをソラの目の前に差し出し、どういった物なのかを説明する。


「これは()けの札いいましてな、大陸さんでいうところの証石と同じようなものです」


「御札ですか」


「こちらでは石によって魔法を制御するそうですけど、東ノ国ではこうした札や帯によって制するのが主流です。魔法も〈符術〉言うて、呼び方が違っとります」


 ユエの小さな手の平に収まる縦長の紙札には、淡色の墨で何事かがびっしりと書き付けられており、それは篆書を装飾した絵のようにも見える文字だった。


 魔力を見極めるという目的においてその「分けの札」と「証石」は同じだが、使い方は少々異なるという。


「ソラはんにはちょおっと痛い思いをしてもらわなあきまへん」


「え? 痛いのは嫌ですよ」


「あんたはん、存外はっきりと物を言わはりますな。そやけど嫌や言うてたら話が前に進まへんし……我慢しとくれやす」


 ユエがそう言うと、ツヅミがソラを逃がさないよう後ろから抱きしめるようにして右手を掴み、手の平を上に向けて主の前に伸ばす。彼の背後ではソラの危険を察知したエースとジーノがそれぞれ剣と杖に手を伸ばしたが、二人は武器となるそれらを手に取る前に動きを封じられてしまった。


「な、何だこれは!?」


「ツヅミさん! 離してください! ソラ様に何をされるつもりなのです!?」


 二人の手首を縛り上げたのはツヅミの腕に巻き付いていた細長い帯だった。いや、腕だけではない。足首からも伸びるそれはまるで生き物のように自在に動いて巻き付き、ソラから兄妹を遠ざけた。


 そうしている間に、ユエが畳紙の中から取り出した針の先でソラの中指の腹をチクリと指す。


「痛ッ!?」


 小さくあいた穴から赤い玉が膨れ上がる。ユエはソラの手を裏返し、札の上に赤い滴を垂らした。落ちた血はスッと墨の中に吸い込まれ、一面の文字が赤く染まる。そうかと思うと札の中心に白い炎が立ち上り、直後、白い炎の周辺に墨が滲むようにして黒い炎が現れ、白を取り囲んで飲み込んだ。


 瞬く間に黒が分けの札を焼き尽くしていく。


 やがて札は灰も残らず消えてしまった。


「はぁ~……ほんにまぁ、ほんまなんやねぇ。まさか生きてるうちに崇子様にお会いできるとは思わなんだわ」


 ユエの反応からするに、ソラに魔女の資質があることは証明されたようだった。ツヅミも抱きすくめていた彼女を解放し、非礼を詫びるようにして頭を下げた。


 その謝罪を遮るように、モゴモゴとかムームーという唸り声が上がる。


「おっと。失礼しました」


 ツヅミはいつの間にか兄妹の口まで塞いでいた布を無表情のまましれっと解いた。それらは二人に巻き付いたときと同じように生き物と見紛う動きでツヅミの手足に巻き戻る。


 ようやく解放されて息を荒くするエースたちの後ろでは、一部始終を見ていたセナが肩を揺らして笑っていた。ケイはそんな少年を窘めるようにして、足のつま先で彼のふくらはぎの辺りをつつく。何となく話についていけてないロカルシュは手近な円卓の上でフクロウとキツネを遊ばせていた。


「……ソラ様、危ないですから俺の後ろに」


 エースはそんな外野のやりとりを意識の外に追い出し、ソラの腕を引っ張って自分の後ろに隠した。ジーノも杖を構えて兄の横に並び、二人は警戒心をむき出しでユエとツヅミに鋭い視線を向ける。それを受けたユエはといえば、動揺する様子もなく、帯に差していた扇子を取り出し優雅に首元を仰いでいた。


「ツヅミが怖がらせてしもたみたいで、えらいすまへんなぁ。ちょっと手荒くしたようやけど、危ない子じゃないですよって──」


「俺は貴方のことも言ってるんですよ、ユエさん」


「そうなん? あら、あら……」


「ユエ様、ここは素直に謝罪した方がよろしいかと」


「そ、そやね。堪忍な、お二人さん。傍目には物見遊山しとる異国人に見えるかもやけど、うちらも使命があって大陸さんを旅しとるんです」


「使命?」


 怪訝そうな顔で問うエースに、ツヅミが答える。


「自分たちは崇子様と尊子様──こちらで言うところの魔女様と聖人様を探し出すという命を帯びて、この大陸にやって来たんです」


「ええ、ええ。そうなんです。やけどそう簡単にポンと見つかるもんでもないですやろ? また手ぶらで帰ることになったらお宮の連中に何て嫌みを言われるか……とか考えとったら焦ってしもて」


「そんな自分たちの前にソラ様が現れ、崇子様かもしれないと打ち明けられて、つい……」


「そうなんです~。つい、チクッとなぁ」


「わ、私はついうっかりで指を刺されたんですか……」


 刺された指をくわえていたソラがエースとジーノの肩の間から顔を出す。彼女は少し呆れたような声でそう言い、非難するような目でユエたちを見た。


「ほんに堪忍です。ほら、ツヅミも頭下げ」


「はい。エースさんとジーノさんにも手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」


「いやまぁ……言ってること信じてもらえたんなら私はそれでいいんですけど……」


 二人は深々と腰を折る。初対面の取っつきにくそうな印象から一転してしおらしいその態度に、ソラは居心地悪そうに目を泳がせた。それはエースとジーノも同じだったらしく、二人とも落ち着かない様子で視線をさまよわせていた。


「ソラ様がいいと言うのなら、俺はこれ以上追及するつもりはありません……」


「私もお兄様と同じです。いえ、ですが──」


 ジーノはそこで杖を強く握り直し、「次に同じようなことがあったら問答無用で実力行使に出ますので、お気をつけくださいね」。彼女はそう言ってニッコリと笑った。


「ジーノはん……綺麗なお顔で怖いこと言わはりますなぁ」


「巫女さん、この妹バカですけど魔力だけは化け物並にありますから、怒らせると塵も残らず焼き尽くされますよ」


 セナの余計な一言にジーノの眉がぴくりと動くが、ソラに服の袖を掴まれ止められたため、彼女は鬼の形相で睨みつけるだけで言い返すことはしなかった。


 ユエとツヅミは突如として険悪な雰囲気になった二人を数回交互に見た後、話を続けていいものか疑問に思いケイに視線をやる。


「この二人は気にしないで続けてくれ」


「ほな、そしたら魔女様についてお話しする件はお引き受けします。と言いたいところなんやけど、うちらは大陸での布教およびそれに類する活動を一切禁止されてましてな。内容が内容ですし、うちらのせいで大陸のお偉方を怒らせるようなことになっても困ります……」


 東ノ国の二人はどうしたものかと腕を組んで考え込む。そしてしばらくすると、ユエがぱっと表情を明るくして手を叩いた。


「そや。ソラはん、うちに来はったらよろしいやないの」


「へ?」


「うちらの故郷である東ノ国、その副都〈朱櫻(すおう)〉です。そこやったら誰にも気ぃ使わんとお話しできますし」


 ユエはエースとジーノの間にさっと割り込み、ソラの手を握る。


「いえ、それは──」


「駄目ですよ巫女さん。こいつには先約があるんだ」


「騎士はんとの先約ですか? どないな約束なんです?」


「俺たちで王都に連れていくことになってるんですよ」


「あらぁ、そやの。王都に行く御用事となると、そらうちらで邪魔できまへんなぁ……」


 ユエはセナの言葉に口を尖らせて不満げな顔をしつつも、あっさりと引き下がる。その間にジーノがソラからユエをやんわりと引きはがしていた。


「──そしたらその後でもええわ。ソラはん、うちと一緒に朱櫻に来たってください」


「え~!? 駄目だよぉ! 私の方が先にプラディナムに行こうって言ってたんだからー」


「そっちの騎士はんも約束しとったん? うーん……しゃあない、順番に並びましょか。後からぽっと出てきて約束かっさらうなんてあくどい真似、でけしまへんしなぁ」


 彼女はそう言うと、ところでこの後はどうするのかと聞いてきた。すぐに旅路に戻ると言うのなら、自分たちも部屋の荷物を引き上げて出発の準備をしなければならないと、彼女は慌てていた。


「は? 巫女さんたちはお国に帰るんじゃないんですか?」


「まさか! ここで会うたが百年目、ソラはんを逃がすわけにはいきまへん!」


「そ……、っすか」


「そういうことやから今後の予定をお聞きしたいんやけど。ケイはん、その辺どないなってますのん?」


「すぐに街を出ることはないよ。この子たちの衣服も新調しないといけないしな」


「お服を?」


「うむ。というわけで、私たちはこれから買い物に行くぞ」


 ケイはソラたちを順繰りに見て頷いた。


「あらあら、お買い物ですか。えらい楽しそうですなぁ。それやったらうちらもご一緒させてもらいましょか。なぁ、ツヅミ?」


「はい。自分、こう見えて生地に詳しいので、見立てのお役に立てるかと思います」


「ほーう。それはありがたい」


 ツヅミの意外な特技を知りテンションが上がったのか、ケイは鼻歌交じりに娯楽室の出口に向かい、扉を開ける。


「では行こうか!」


 薄暗かった室内に明るいホールの光が差し込む。それを背負って振り返ったケイの表情は同じように明るかった。彼女は皆が部屋を出るまで扉を押さえて立ち、ソラたちが通り過ぎるときにはバチンと音がするようなウィンクをしてこう言った。


「覚悟しておけよ? 張り切って着せ替え人形にするからな」


 一瞬、少女のようにも見えるはしゃぎ様だったが、ソラの目には孫に服を買い与える祖母のように映った。

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