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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第14話 「隠し事 2/2」

「貴方、どういうつもり?」


 ノーラは廊下に出て部屋のドアを閉めるなり、ケイに掴みかかる勢いで詰め寄った。


「どう、とは?」


「おじ様の──いえ、貴方と異界との接点のことよ」


「どうもこうも、ソラには打ち明けておくべきことだろう。ちょうどいい頃合いだったと思ったんだが?」


「こっちにとっては最悪よ! 貴方、私の性格を分かってて言ったでしょう!?」


 ノーラが張り上げた声は教会の隅々に響き渡るほど大きく、強い怒気をはらんでいた。彼女はケイに激しい怒りを向ける一方で、同じだけの感情を自分にも向けていた。それは、ケイの手の平の上で転がされ、まんまと「立たざるを得ない立場」に立ってしまったからである。


 ノーラは当初、ソラについてはカシュニーでの一件のみを見逃すつもりでいた。だというのに、ケイはまさかのタイミングで、ノーラの憧れであった人物の正体を明かした。


「まさか、おじ様が魔女だったなんて……!」


 ノーラは敬愛する人が忌むべき存在であった事実におののいていた。それと同時に、何か一つ間違えればケイの父親を殺していたかも知れない組織に身を置く自分がひどく汚らわしく感じられた。あまつさえ、魔法院が異世界人の知識を奪って用済みとなれば殺していたことまでも暴露されてしまった。


 あの場では誰も何も言わなかったが、魔法院の名を背負って椅子に座るノーラは誰の目にも処刑執行人のように見えたことだろう。


 その汚名は甘んじて受け入れよう。ノーラ自身も、その現実を何年とかけて腹の奥底に押し込めた。そうして非道に目をつぶっている自分は紛れもなくその荷担者なのだから。


 そう理解していたはずなのに、たった一人の人物が犠牲になっていたかもしれないと知ったとたん、ノーラはその立場に耐えられなくなった。


「あんなこと言われたら私……どうしようもないじゃない……!」


 もうこの世を去ってしまったその人には、弁解のしようがない。遠い昔の思い出──輝かしく暖かな記憶はズタズタに引き裂かれ、そこに生きる彼はノーラに軽蔑の視線を投げつけてくる。口先だけで「私は違う」と言っても、彼はきっと信じてくれないだろう。


 実際に行動して、その結果を証拠に言い訳をしないことには。


「貴方って本当にろくでもないわね」


「何と言ってもお前の親友だからな」


「……」


「で? どうするんだ?」


 ケイはどこか父親の面影が重なる顔で穏やかに微笑み、ノーラを見つめる。


「……魔女を騙った連中の言い分を利用するわ」


「ほう?」


「魔女は自分の正体を隠すため、得体の知れない魔法であのソラって子の姿を借りてなりすましていた。お付き共々、情報は信憑性に欠けることを元老に進言する……。これでいいでしょ」


 ノーラは細めた目の端で憎らしげにケイを見やり、ため息をついた。


 ケイは見事、ノーラの良心を呵責で突き、ソラの安全を勝ち取ったのだった。


「元老の椅子が遠退いていく気がするわ……」


「前から思っていたんだが、お前はどうしてそれにこだわる?」


「そんなの、貴方……」


 ケイの右目──眼帯の下に隠された獣使いの瞳に視線を移し、ノーラはこぼれかけた言葉を口の中に押し返した。


「貴方に言うようなことじゃないわ」


「まぁ、野心は内に秘めておいた方がいいだろうな。いつどこで誰に足下をすくわれるか分からん」


 ケイは大きすぎる胸の下で腕を組み、


「ついでにもう一つ頼まれてほしいことがある」


「……何よ」


「ずぶの素人にも扱える、癖のない魔鉱石を一つ用意してくれないか」


「そんな物、何に……ああ、そう。あの子(ソラ)に魔法を使わせる気?」


「そういうことだ」


「仕方ないわね……」


「恩に着るよ。そしたら私はノーラに一つ借りを作ってしまったことになるのかな?」


「二つよ。しっかり返しなさい」


「では、私で力になれることがあれば協力すると約束しよう」


「協力……?」


 怪訝そうな声で聞き返すノーラに、ケイは鼻を高くして言った。


「自分で言うのも何だが、私は愛想がいいのが自慢でな。顔も広く人望もある。きっとお前の役に立てるぞ」


 彼女は魔法院の塔が建つ方向を顎で指し示して口角を上げ、ついでに足で宙を蹴る。


「愛想がいい、ね……よく言うわよ。すけこまし」


「おっと。何か聞こえたが褒め言葉として受け取っておこう」


「フン……せいぜい利用させてもらうわ」


「そうしてくれ」


 ノーラは行く先に転がる邪魔な石ころを蹴り飛ばしてくれる使い勝手のいい手駒を手に入れたことで、少し機嫌を取り戻したようだった。部屋に戻ろうとしたところをすれ違いざまに、「ソラのことを頼んだぞ」。念押しするケイの言葉にも、小さくではあるが確実に頷いた。


 安堵するケイを背後にノーラが自室のドアを開けると、ちょうど中からジーノが出てくるところだった。


 その手には水差しを持っていた。


「すみません、勝手にお借りしました」


「構わないわ。水ならここを真っ直ぐ行って最初の角を曲がったところで汲めるわよ」


「ありがとうございます」


 そう言って、ノーラはジーノと入れ違いに部屋のドアを閉める。一人廊下に残されたケイはジーノに微笑み……ジーノはそんな彼女の視線をかいくぐるようにして水汲み場へと足を向けた。


 その後ろにケイがついて来る。


「いやはや……お叱りを受けてしまってね」


 ジーノからは何も言わないので、ケイは勝手に話すことにした。


「ところでジーノ、お前に聞いておきたいことがあるんだが」


「何でしょうか」


「お前はどうしてソラを助けたんだ?」


「……お父様からお聞きなのでは?」


「あいつからは、フラン博士のところに向かったお前たちと何とか合流して、手助けしてやってくれとしか言われてないな」


 最初はエースに鳩を飛ばして居場所を聞こうとも思った。だが、スランの書いた文面から何か退っ引きならない事情があることを察し、ついでに言えば兄妹の性格も熟知していたケイは、自分の動きがバレるとかえって二人に避けられかねないと考え、あえて連絡を取ることはしなかった。


 ノーラが教えてくれた水汲み場にたどり着き、ジーノは蛇口を捻って器に水を注ぎ始める。


「先生相手に上辺を取り繕っても、すぐに化けの皮を剥がされてしまうのでしょうね」


「……」


「であれば……嘘はつきません。私がソラ様をお助けしたのは……」


 ジーノは氷都ペンカーデルでの出来事を思い出す。侮辱に屈しないソラを見て、何が何でも生きることを選んだ彼女の叫びを聞き、最後まで抗うことを諦めなかった決意を知って……。


 何か強い力で突き動かされるがままに杖を握った。


 あの時、自分の中にわき上がったのは紛れもなくソラを助けたいという……生きてほしいという願いだった。ジーノの頭の中では、そんなソラにある女の姿が重なって見えた。その青白い死相。血のように赤く色づく唇がジーノに言う。


 果たして(・・・・)、と。


「私が、助けたのは……」


 ジーノの思いはソラとの「最初」の出会いまで戻る。ソルテ村の聖域の前で、目が合ったその瞬間へ。


 彼女は繕う。


「私が彼女を助けたのは、亡き父と母に報いるためです」


 蛇口を閉め、口いっぱいまで注いでしまった水を器からこぼしている彼女に、ケイは問う。


「それが何を意味するのか分かっていて、そう言うのか?」


「はい」


「ソラに本当のことが知れたとき、お前はどうするつもりなんだ……」


「自分で選んだことの始末は自分でつけます」


「……」


 ジーノはそのままケイと一度も目を合わせず、その横をすり抜けて水汲み場を後にした。その真っ直ぐすぎる歩みに不安を抱きつつ、ケイは彼女の後ろについて行く。


「ジーノ」


「何でしょう?」


「私はお前のことも気にかけている。何か困ったことがあれば頼りなさい。それがどんな苦境であっても、私は決して見放したりはしないから」


「……、……どうだか」


 ジーノのつぶやきにケイは息を詰める。この少女はソラと違って、言葉を飲み込むことをしない。痛いところを的確に突いてくる口は、十数日前に出会った異国の女を思い出させる──と、ケイはそこで重要な人物に思い当たって手を叩いた。


「すまん、ジーノ。私はこれからこっそり文を出してくる」


「お父様にですか?」


「いや。エースがほしがった答えの当てが見つかったものでな。ご講説いただけないか頼んでみようと思う」


「というと、魔女に関することですか?」


「ああ。私が会ったのがちょうどカシュニーとクラーナの境あたりで、そのまま南に向かってお国に帰ると言っていたから、運が良ければまだ大陸にいるはずだ」


「国外の方なのですか」


「東ノ国の二人組さ。詳しくは外交の取り決めで話せないと言っていたが、あの国には異界からの使者について独自の言い伝えがあるらしいんだ」


 フランの研究論文があまりにも衝撃的で、そのことをすっかり失念していた。ケイはようやく振り向いてくれたジーノにそう言って、申し訳なさそうに頭を掻いた。


「エースがついていれば大丈夫だと思うが、もうしばらくソラのことを頼むぞ」


「はい。分かりました」


 コクリと頷いてジーノは来た道を戻っていく。


 ケイは彼女がノーラの部屋に入るまでを見届けてから、教会を出て人気のない小陰へと場所を移した。そこで短く指笛を鳴らすと、直後に頭上から羽音が近づいてきた。大きな翼を広げて舞い降りたのは一羽の鷹だ。黒い羽毛にケイと同じ金色の瞳を持ち、目の上の白い模様がきりりとつり上がった眉のように見える。


 ケイはその鷹を近くの低木に留まらせて、自分はポケットから取り出した紙に魔力を送り込み、瞬時に文面を浮かび上がらせた。その手紙を丸めて、鷹の足に括り付けられた小さな筒の中に押し込む。中身がこぼれ落ちないようしっかりと蓋を閉め、ケイは小さな金色の瞳を見つめて言った。


「クラーナ地方の港町を当たってくれ。東ノ国の巫女殿に宛てた手紙だ。賢いお前なら、あの二人の顔を覚えているだろう?」


 鷹は肯定するように鳴いた後、空へと飛び立った。その姿はやがて小さな点となって花曇りの空に消えていき、羽ばたきも聞こえなくなる。ケイはその後もしばらく、鷹が飛び去った方の空を見つめていた。


 蒼穹が、その雲の先にあると信じて。

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