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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第12話 「おぞましき業 4/4」

 ソラたちはそれまで座っていたソファを離れ、論文が積まれた机の周りに移動した。


 話はまず、フランの身の上から始まる。


「あの男がまだ魔法院にいた頃は、真っ当に聖人に関する研究を行っていたわ。院が持つ聖域の位置と、異界人の出現を照らし合わせて傾向を探し出したりして、それなりの成果を上げていた」


「中でも、光陰の二属が地水火風の四属を凌駕する魔力であると証明した研究は有名らしいな。彼が魔法院を去った今も反証なく存在しているそうじゃないか」


「そんなフラン博士が、なぜ魔法院を追われることになったんです?」


「ふむ。どうにも彼は、光陰の魔力を持つ人間を調べるうちに、同時に魔女への興味を深めていったようなんだ」


 魔法院は魔女に関する事柄をタブー視する傾向がある。自ら編纂した伝承記以上の言及を許さないのもそのせいで、そのような体質を持つ組織の中で、フランはその禁忌に真っ向から触れたのだった。


「当然のことながら、奴は上層部からお叱りを受けたわ。その勧告に大人しく従い、聖人研究に戻っていたのなら、院を追い出されることもなかったでしょうね」


 だが、妙にプライドの高かった彼はそれを侮辱と取って反発し、やがて周囲からその態度を糾弾され放院の憂き目を見たのである。


 その後、田舎に土地を買ったフランは魔法院への反感を原動力に、ますます魔女の研究にのめり込んでいった。


「私が彼の家を出たのはそれからすぐだった……」


 ノーラはまだフランが魔法院に在籍していた時に結婚した。子を宿していたこともあり、彼女はフランと共に院を出ることを決めた。だが、夫の狂気じみた執念にほとほと呆れ果て、彼を見捨てて屋敷を出た。


 その際に彼女は我が子を置いてきた。そして、そのまま忘れ去ってしまった。


「うっわサイテー。まさか本当に鬼畜だったとはねー」


 ロカルシュはここぞとばかりにノーラを非難したが、さらにその子どもが今回カシュニーの都を襲った犯人だったと知ると、さすがの彼も開いた口が塞がらないといった様子で言葉をなくした。ソラ、ジーノ、エース、セナまでもが半眼になってノーラを見やる。


 彼女は精一杯の虚勢を張って、たとえその姿勢がロカルシュの言う通り鬼畜そのものに見えたとしても構わないのか、さして気にしていないかのように振る舞った。


「嫌味も皮肉も後でいくらでも聞くわ。今は話を先に進めさせてちょうだい」


 ノーラはそれらの視線を吹き飛ばすようにして、煙草の煙を吐き出した。


「──そんなこともあって、私に裏切られたと感じたフランは迷妄の道を突き進み、魔女という存在にすっかり心を囚われてしまった。その成果を当てつけみたいにして送ってきて、これだけの量になったってわけ」


 積み上がったフランの研究成果を前に、ノーラは深々とため息をつく。


 本題はここからである。


 ケイは手元の資料に目を落としつつ言う。


「フラン博士の関心はもっぱら魔女が持つ魔力──その黒き力にあったようだ」


「ええ。過去の歴史には興味がなかったようです」


 エースは肩を落とす。彼が知りたかったのは「始まりの魔女」と呼ばれる女の人間性だった。なぜ世界に呪いを振りまくに至ったか、その理由を知りたかった彼からすれば、フランの研究は期待はずれも良いところだった。


 残念だと呟く彼と入れ替わるようにノーラが口を開く。


「フランも、どれだけ腐っても魔法院出身だったということね。あいつは一貫して魔女を利用することしか考えていなかった。自分を追い出した院に……見限った私に復讐するために……」


「でもそれなら論文を送りつけるのって変じゃありません? 復讐の計画を自ら暴露してるようなもんじゃないですか」


 彼女の言葉に疑問を呈したのはセナだった。


「さぁね……本当のところは分からないわ。止めてほしかったのかもしれないと言われれば、そうとも取れるし──」


「もう正気じゃなかったということですかね」


「……何にせよ、院も私もフランの論文には見向きもしなかった。それこそがあいつの暴走をいっそう深刻にしたのかもしれないわね」


 ノーラは窓の向こうに目を向け、煙草の先を燃やす。そこから先の言葉は煙の中に消えた。


 皆が聞きたいのはその続き、ノーラ曰く「反吐が出る」という研究内容についてだった。しかし論文を読んだ三人は揃って、自分から話を切り出したくないという様子だった。


 しばらく沈黙が続き、誰もが声を上げにくい空気が流れる。そんな中、意を決して口火を切ったのはソラだった。


「あの……結局のところ、フラン博士の研究って何だったんです?」


 彼女は単刀直入にそう問い、エースたちに答えを求めた。


 それからまた少し沈黙が流れ、やがてしびれを切らせたセナが再度問いただそうと肺に息を吸い込む──と、彼が言葉を発する前にノーラが口を開いた。


「あれが調べていたのは、有り体に言うと……魔女の魔力の移植方法よ」


「……は?」


 セナは目一杯に吸い込んだはずの息を吐き出して、間の抜けた疑問符を音にすることしかできなかった。そんな彼の後ろでロカルシュが肩のフクロウと顔を見合わせる。


「魔力の移植ぅ? そんなことできるの~?」


「治癒魔法の応用と考えれば不可能ではないさ」


 ケイは自分の指にはめられた魔鉱石を示して頷いた。


「施術者は自分の魔力を中和して患部を治療する。それはつまり、局所的ではあるが魔力の移植にほかならない」


 その話の先をエースが続ける。


「しかしそれは同位の四属同士だから成立する話なんです。博士がやろうとしていたのは上位たる陰の魔力──異世界の人間が持つそれを、この世界の人間に移し替えようということだった……」


 そこで問題となる点が二つある。一つはソラのような異世界の人間の確保が難しいということ。もう一つは、例え異世界人を確保したとしても、移植に関する技術的な問題が残ることである。


 それが何か分かるかと問うノーラに、セナが少し考え込んだ後で答えた。


「素人考えで安直かもしれませんが、治癒魔法を応用した移植方法だと異界人本人が被験者に魔力を送り込むか、そうでなければ間に一人仲介役を入れるか。あるいは被験者本人が異界人の魔力を〈徴発〉することもできそうですね」


「その通りよ。簡単そうに聞こえるけれど、魔法施術士の資格も持つフランは、その知識を修得することの難しさを知っていたわ。だから、仮に異界人を確保したとしても〈譲渡〉の方法をイチから教えるという頭はなかった。魔力の〈徴発〉についても、そう安易なことではない……」


「となれば、残るは仲介役を立てる方法ですか」


 セナの言葉に、ジーノが首をひねる。


「それはお兄様がソラ様の魔力を借りたのと同じ方法……という認識であっていますか?」


「うん。そうなるね。俺の場合はそのまま外に向かって魔法を放ったけど、この場合はその魔力を人間に送り込むのだと考えてくれればいい」


 エースはジーノに頷きながら、その瞬間を思い出すようにして自分の髪の一房を指で摘んだ。根本から白く変色してしまったその髪の毛は、おそらくではあるが、ソラの魔力を使った影響と考えられる。あの時の痛みがぶり返したエースは目眩を感じ、足下をふらつかせる。


 考えてみると、無鉄砲もいいところだった。上位の魔法を自分の手から放とうなどと、どんな副作用が起こるかも分からない方法を最善だと思うだなんて……いやしかし自分だからこそ、そんな自暴自棄な手に出られたのか。その結果としてあの窮状を切り抜けられたのだから、自分の向こう見ずもそう捨てたものではない。


 そう思って薄ら笑いを浮かべるエースに、ソラがつかつかと詰め寄る。


「エースくん」


「はい──、ッ痛!?」


 エースが顔を上げると、いつの間にか目の前に迫っていたソラに額を弾かれた。彼女はそのまま背伸びをしてエースの頭に手を伸ばし、白く変色した一房もろとも髪をグシャグシャとかき回した。


「え? ちょ、あの……俺、何かお気に障ることしました……?」


 相変わらずの鈍さに思わず頭をひっ叩きたくなるソラであったが、何とか思いとどまって乱暴に撫でるだけにとどめた。


 そんな二人を訝しげに見ながらノーラが話を続ける。


「とにかく、もう十分におかしくなっていたとはいえ、あの男も人才を惜しむくらいの理性は残っていたらしいわ。施術士の資格を持つ優秀な人間を、何が起こるかも分からない危険な実験に参加させて失うことは避けたかった」


「ってなると、間に仲介役を置く案も却下ってことですか。じゃあいったいどうやって……?」


 訝しく思うセナに、ケイが人差し指を立てる。


「そこで目を付けたのが、魔術的な移植方法さ」


 フランは試行錯誤を繰り返して、魔力が血の巡りに乗るという特性を生かすことにした。ケイはその考えをいささか早計ではないかと感じたが……とにかく彼はその答えを出したのだった。


 つまりフランが行き着いたのは、全身の血液を交換する方法である。


 それからというもの、彼はこの大陸において日陰の学問である魔術を独自に学び、動物実験を重ねた。ネズミを使い、猫を使い、犬を使い……そうして成果を得られないまま、時だけが流れた。


「幸か不幸か、フランはその方法の確立までは至らなかったわ」


「というか、その前に殺されてしまった……ということですかね」


 セナが聞くと、ノーラは煙草の火を灰皿に押しつけて消し、机に寄りかかった。同時に頭痛がやってきたのか、頭を抱えてうなずく。


「つーか、これって大層なこと考えてた割に運頼みな研究じゃないですか? 敷地の聖域に現れるかも分からない異界人を待つなんて……悠長というか何というか……」


 行き当たりばったりにも見えると言う少年に、ノーラはそうでもないと首を振る。


「フランは異界の人間について、魔法院時代の研究を元にその出現周期と地域をある程度予測できたわ。確かに運に頼る部分もあったろうけれど……」


「考えなしにあの土地を手に入れたわけではない、と。屋敷の近くに聖域があったのも、偶然じゃなかったんですね」


「騎士殿は実際に聖域を見つけたのか?」


「ロッカのおかげで。結界の中には血が滴った跡がありました」


「ほほう?」


「はーい! 私としてはぁ、怪我した動物がたまたまそこにいたってこともありえる~って言ってたんだけど……この話だと、あのナナシっていう異界人が出てきた場所かもしれないねー?」


 ロカルシュはナナシのけたたましい笑い声を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔になった。傍らのフクロウも同じく渋面を作り、下向きのくちばしを開いて細い舌を出す。


 おそらくフランの頭には魔法院を追い出された当初からこの計画があったのだろう。だから聖域を含むあの土地を買って住まいを建て、来るべき日に備えて自らの知識を深めていった。


 彼は彼なりに、確信を持って事を進めていた。その執念に背筋を寒くし、ソラは両腕を抱えて首を振る。


「でも……首尾良く異世界人を手に入れたとして、移植先の人間を確保できる当てはあったんですか?」


「それについては、うってつけの人材がいたわ」


「うってつけ?」


「あの狂人は……、自分の子どもを被検体にしようと考えていたのよ」


「な──ッ!?」


 あまりにも人道を外れた計画に、ソラたちは絶句する。


「フラン……あの狂人はね、異界人を薬漬けにでもして魔力だけを取り上げ、自分の子にそれを引き継がせようとしていたのよ。これからいくらでも思い通りに教育できる子どもに……」


 いよいよ研究の全容を暴露し、ノーラは顔色を悪くしてその場にしゃがみ込んだ。


「ごめんなさい……ちょっと気分が悪いわ……」


「ノーラ、無理をするな」


 ケイが彼女を抱え上げ、ソファまで運んでいって背もたれに寄りかからせる。その一方で、ソラは目の前に積み上げられた論文を見やる。その紙上に踊る文字の一つ一つには、毒が練り込まれているように見えた。


 信頼していた組織と妻の裏切り。それに対する怒りと悲しみ。これまで積み上げてきた全てを失った絶望は、己を認めない人間への恨みへと変わった。愛情が転じて燃え上がった激しい憎悪が、一切の破滅を望む狂気を産んだ。


 目に見えぬ言葉の数々が、殴りつけるような文字の形に表れていた。


 重々しい沈黙が支配する室内に、ノーラの苦しげな息づかいだけが響く。それから数分か、数十分かがたった頃。何やら外が騒がしいことに気づいたのはロカルシュだった。


 彼は窓の外に目をやり、耳の後ろに手を立てて遠くの話に耳を澄ませる仕草をした。セナもつられて窓の外に目を向け、近くの通りを騎士数人が慌ただしくかけていくのを見た。


「わ、うわわ。わわ……!」


「んだよ? どうしたロッカ」


「大変だぁ!」


 ロカルシュは「大変!」ばかりを繰り返して部屋の中をぐるぐると走り回る。セナはそんな彼を捕まえ、深呼吸を促して落ち着かせる。


「……んで、何だって?」


「あの、あのねっ、出たって」


「何がだ」


「ここを襲ったあの二人。黒と白の。痕跡を見つけた……!」


 ロカルシュはセナの耳に彼にしか聞こえないよう声を絞って、情報を伝える。それを聞いたセナはにわかに気配を殺気立たせ、ロカルシュとソラを交互に見て、


「ロッカ、魔女はアンタに任せるぞ。俺は詳しいこと聞いて来るから。勝手にどっか連れて行ったりするなよ?」


「隊長と相談してからって言ったもん。セナとの約束はちゃんと守るよ~」


 誓いを立てるようにして胸の前に手を挙げたロカルシュを見て、セナは深く頷くと即座に部屋を後にした。


 遠ざかっていく少年の足音を聞きながら、ケイは呼吸が治まったノーラから目を離してソラに視線を向けた。


「あの小騎士殿が席を外してくれたのは、面倒が減って都合がいいな。さて、ソラ。そうしたら今こそキミの疑問に答えようか」


「えっと? 疑問……ですか?」


「なぜ私が外来語(イングリッシュ)を知っているのか、ということさ」


「ああ、そういえば……」


 ソラは天井を仰ぎ見、ノーラの用事の時に詳しく話すと約束していたことを思い出す。異世界の人間であるソラには馴染みのある言語だが、ジーノたちが知らないそれをケイが知っている理由……ケイは眼帯を取り去って、金色の目を露わにして言う。


「この通り、私自身はこの世界で生まれ育った人間だ。獣使いなんて特殊能力を持つ人間は、キミの世界にはいないだろう?」


「はい。しかしそうなると、先生は誰か私のように異世界から来た人と知り合いだったりするんでしょうか?」


「当たらずとも遠からずだな」


 彼女は一人がけのソファに腰を下ろし、眼帯の紐を指先に巻き付けたり解いたりしながら答える。その斜め向かいで、横長の背もたれに深く沈み込んでいたノーラが上体を起こして膝に頬杖をついた。


「貴方、異界人の知り合いがいたの? そんなの初耳なのだけど」


「お前もよく知る人物だぞ」


「え?」


 何それ、とノーラが聞き返す前に、ケイは彼女から視線を移して正面を向いた。金銀の瞳を瞼の下に隠し、顔の前で静かに両手の指先を合わせ、すっと鼻から息を吸う。


「実を言うとな、私の父が……異界人だったんだ」


 ケイのその仕草には、どこか異国めいた雰囲気がまとわりついていた。

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