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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第三章 クラーナ
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第10話 「おぞましき業 2/4」

 エースとケイがフランの研究論文を読む間のソラと言えば、何もすることがなく、部屋の隅のソファに座って待っているだけだった。彼女の隣にはジーノが座り、小さなローテーブルを挟んで向かいにロカルシュ、斜め向かいにセナが腰を下ろしていた。


 ノーラは一人掛けのソファに深く沈み込んで思考の海に潜っていた。フランの研究論文を読んでしまった今、どれほど忌まわしくともその内容に考えが行ってしまう。


「だめね。お茶を入れましょう……」


 彼女は重い頭を抱え、すぐ近くの棚から茶器を取り出す。ついでに引き出しの中から煙草を取り出して火をつけ、煙を吐いて振り返った。


「貴方たちも飲む?」


「アー、どうしようかな……。ジーノちゃんは飲む?」


 この期に及んでノーラが何か策を弄するとは思えないが、エースの警戒に倣ったソラは暗にジーノに助けを求めた。ジーノはソラの意図にすぐさま気づき、立ち上がった。


「そうしたら、私が入れます」


「……じゃあお願いするわ」


 ノーラと入れ替わるようにしてジーノが棚の前に立ち、茶を入れる。彼女は初めての茶器でも慣れた手つきで作業を終え、セナたちの分も含め各人の前に配った。


 以降、沈黙が続く。


 ノーラは灰皿を抱えて煙を吐くばかりだった。セナは忌避し憎悪する魔女の知識になど見向きもしなかった。当然、ソラに話しかけるわけもない。


 ジーノも初めからエースたちの解説待ちといったスタンスで、論文には一歩も近づかなかった。彼女はただ、時折ソラの方を見上げて微笑んだ。


 それに対して、ソラもまた小さく笑って返す。


 残る一人、ロカルシュだけはソワソワと落ち着きがなかった。


「ねぇねぇ、セナ。魔女さんとお話ししていい?」


「……別に俺に許可なんて取る必要ないだろ。好きにしろよ」


「はーい。じゃあ好きにする~」


 元々じっとしていられない性格なせいもあったが、ロカルシュはこの部屋の中であれば魔女に対して好意を露わにしてもいいものだと思っていた。彼はソファから身を乗り出してソラに顔を寄せ、手で口元を隠しながら小声で話した。


 自然とソラも小さな声でそれに答える。


「……で、……なんだけどぉ……。魔女さんは……」


 ロカルシュの口は沈黙という言葉を知らないかのように話し続けた。


「あ──、あの。ロッカくん」


「ん? なぁに?」


「キミが私に対して偏見がないのはありがたいんだけどさ、えっと……がっつきすぎじゃない? 魔女ってそんなに珍しいの? いや、そりゃ珍しいんだろうけどさ」


「ん~? 珍しいっていうかぁ……」


 彼はしばらく考え込んでから、ポンと手を打って口を開いた。


「でも確かにぃ、お国でもこんなんして魔女さんとお話ししてたら白い目で見られちゃうかも。不敬だ~って」


「そうなんだ」


 若干話題が飛んだような気がしないでもないが、ソラは少し首を傾げただけでそのまま話を進めた。彼女もだいたいロカルシュの扱いが分かってきたようである。


「ロッカくんの故郷では魔女も信仰の対象なんだよね?」


「うん、そーなの。滅びの神様の使いって言われてる~。ちなみに聖人さんは創世の神様の使いね」


「なるほど。そういう系か」


 「滅び」という言葉を聞いてぎょっとしたのはソラを除く三名──ジーノ、セナ、ノーラであった。


 ジーノとセナは災いをもたらすものを神と呼ぶなど到底信じられないという表情だった。ノーラはそもそも神などという存在を信じていること自体が疑問なようで、ここカシュニーの人間がプラディナムの人間に向けるのと同じ顔をしていた。


「私ねぇ、聖人さんでも魔女さんでもいいから、一度会ってみたかったんだよね~」


「へぇ?」


「あのね、私のお国には神子っていうお仕事があるんだ。獣使いの特技を持つ人だけが就ける神職でね、動物さんから教えてもらったことをいろいろと自分なりに解釈してぇ、毎日お天気を言い当てたり災害とかを予言するのがお仕事なの~」


 彼が言うには、かの国では獣使いの能力を持つ人間は神からその力を授けられた者として尊ばれるらしい。


「そういやケイ先生がキミのこと神子とか何とか言ってたっけ」


「そ。私は特にほら、えーっと、えっと……動物さんたちといっぱいお話しできるから。神子の中でも地位の高い方にいたんだー。まぁ馬鹿だからよく怒られてたけどー」


 だろうな、と横やりを入れたセナに対して、ロカルシュは少しだけ恥ずかしそうに舌を出した。


「それでね、ずーっとそんな風に偉いところにいると、まるで自分が神様みたいに思っちゃう人もいてねー。無駄に着飾ったり、お金もらったり、人のご飯横取りしたりするの……。動物さんたちがいなかったら何もできないし、本当の神様は他にいるはずなのにだよー? おかしいよねぇ」


「うん……そうだね」


「私、そのことがずっと変だな~気持ち悪いな~って思ってて。でもそれを言ったらすっごく怒られちゃってさー。だったら本当の神様を連れてくればみんなも納得してくれるのかなって。思って」


「うんうん。ん? え?」


「だから夜のうちにお国をちょちょーいと抜け出して、神様は居ませんか~って探してたら道に迷っちゃって。最初のうちは動物さんたちに助けてもらってたんだけど、それだって限界があったからさぁ……」


 ロカルシュはサラッと神職を放棄したことを告げ、両手を会わせて天を見上げつつ、路頭に迷って死にかけたと事も無げに言う。


「これはもういよいよ私も軸に還っちゃうのかな~って思ってたら……」


「フィナン隊長に拾われたんだろ」


「そんな、人を石ころか何かみたいに言うものではありませんよ……」


 セナの言い方にジーノが顔をしかめる。だが、セナは実際にその通りだと言ってため息をついた。


「もっとも、石は石でも宝石の原石って意味だけどな……」


 彼は非常に複雑な心境でその言葉を口にした。


「うふふ! 宝石だって! 照れるな~」


「……へーへー。存分に照れとけ」


「ふっふーん。でねぇ、隊長とお話ししてたらあの人いちいち私のこと正しいって言ってウンウン頷いてくれてねー。居心地いいし~、隊長も私みたいな人手を探してたって言うし……言うしぃ……えっと、こういうの何て言うんだっけ?」


「え? ……利害の一致、とか?」


「それ~。じゃあ私も騎士になってあったかいご飯食べながら神様探そうかなーって」


 ロカルシュの能力を必要とするフィナンは何としても彼を手元に置きたい。ロカルシュは生命の危機なく異世界人を探したい。こうして、二人はお互いの目的のために協力関係を持ったのだという。


「ふーん。ロッカくんのは割と個人的な理由なんだね」


 騎士とはもっと高潔な志のもとに志願するものかと思っていた、とソラは言う。国や臣民を守るため公に身を捧げる──そういった気高い人々の集まりなのではないかと。首を傾げる彼女の横で、いつだったか騎士について語ったジーノはロカルシュの志願動機を受け入れられない様子で「騎士って……騎士って……」と呟いていた。


 そのジーノにセナが追い打ちをかける。


「そんな御高尚な大義を持つのは王都の正騎士様くらいのもんだ」


「……あ、あなた方が特殊なだけです。そうです。きっと……」


 両頬を手で覆って、残念そうな顔をするジーノ。彼女は何やら騎士に対して多大な理想を持っていたらしい。ソラはその様子を横目に、騎士に憧れるという女の子らしいところがジーノにもあったことに胸中で驚いていた。


 そうして各々が様々な表情を浮かべ、またしばしの沈黙が流れる。テーブルと口元を往復する茶がやや冷めてきた頃合いになって、無言を破ったのはノーラだった。


「ロカルシュ。ちょっと聞きたいのだけれど。貴方、本当にプラディナムの神子なの?」


 その職にある者はもっと厳格で厳粛、威厳と尊厳に満ちた誇り高い官位であるとノーラは聞いていた。それをこんなにも若い──傍目には愚かにも見える青年が務めていたとは、彼女はにわかに信じ難いのだった。


「そうだよー。鬼畜院のおばさん」


 ロカルシュはニコー! と笑みを張り付けてノーラを見た。その頭をセナが叩く。


「おい、ロッカ。そういう言い方はやめろ」


「あら……貴方がそれを言うのですか?」


 今までソラに対して散々な態度を取ってきたセナをジーノがたしなめる。とはいえ、彼女の視線は剣呑そのものだった。彼女はセナの何を取っても気に入らないのだ。


 それはセナも同じで、二人は歯を剥いてビリビリと視線を戦わせ始めた。ソラはそんなジーノの目を手で覆ってなだめ、ロカルシュもセナの袖を引っ張って暴走を止める。


「そしたらぁ、魔女さんのこと見逃してくれたあたり、おばさんはちょーっとならお話の分かる人みたいだし。いじめないであげる~」


「そうしてくれると助かるわね」


 ノーラはロカルシュの物言いを聞いてこめかみに青筋を立てていたが、その怒りを茶と一緒に飲み込んだ。


 ロカルシュは元のニコニコ顔に戻って、ついにソファを離れてソラの隣にやってくる。


 そして言った。


「ねぇねぇ、魔女さん。私と一緒にプラディナムに来ない?」


「え?」


「はい?」


「な、何言ってんだロッカ……!?」


 ソラとジーノ、セナは三者三様に驚き、言葉を失った。ノーラにいたっては呆れて二の句が継げないようだった。


「魔女さん、丁重に迎えられると思うんだよね~」


 確かにそこは、匿ってもらえないかと当てにしていた場所ではある。しかしそれは誤解が解けなかった場合の最終手段であり、ソラの目的はあくまで兄妹とともにソルテ村へ帰ることだった。


 その申し出には頷けないとソラが言う前に、セナが口を挟んだ。


「待てって。アンタな、何のためにフィナン隊長に報告したと思ってんだ。勝手に話を別の方向に進めるな」


「えー? だって私、初めから神様を探してたんだし~」


「おま……」


 いつだったか、騎士も裏切ると言ったロカルシュ。彼はきっとその言葉通り、フィナンにさえも手の平を返す。目的である魔女を手に入れてしまった今、ロカルシュが王国騎士に身を置く必要はないのだから。


 ……いや、


「違うだろ。アンタ自分で言ったこと思い出せよ。こいつは神様本人じゃない。その使いだ」


「そうだよ?」


「アンタが探してるのは使いじゃなく、神様の方だろ?」


「へーりーくーつー。どっちも変わんないよぅ。神様の意思で使わされてるんだから代理みたいなものだもん。大使みたいなやつー」


「ああもう、こういうときだけ口が回るんだからなぁ!」


 セナはソラの隣に座り込むロカルシュの胸ぐらを掴んで人差し指を突きつけた。


「とにかく。俺が、そういう勝手なことはやめろって言ってんの」


「ええー? でもでもぉ──」


「駄目ったら駄目だ」


「むぅ~。セナが言うなら仕方ないなぁ……。じゃあ隊長の用事が済んだらでいいよ。そしたら魔女さんは私と一緒にプラディナムに行くんだからねー」


「それも駄目。勝手に決めるのはやめろ」


「ンンーーーッ、もう! セナのいじわる! 分かったよぉ、隊長に相談すればいいんでしょ~?」


 ロカルシュはだだっ子のように手足をばたつかせ、セナに引きずられて元の場所に戻った。


「ホント、創世と滅びの使いを一人で担っちゃうなんて聞いたことないんだからね。すっごい貴重なんだから。私、絶対にお国に連れて──、ああーーーッ!!」


 この大声にはさすがのエースたちも肩をビクリと驚かせて顔を上げた。非難するような視線を向けた二人を意に介さず、ロカルシュは正面のテーブルを両手で叩いてノーラを見た。


「おばさん! 証石なぁい?」


「証石? あるにはあるけれど……」


「かーして!」


「理由を言いなさい」


 彼女はうるさそうに片方の耳を塞いで眉間にしわを寄せる。


「そんなの決まってんじゃーん。魔女さんの魔力を見せてもらうんだよ~。ちゃんと自分の目で見て、魔女さんが言ってることが本当なのか確かめないとねー。鵜呑みはいくない」


 ソラが言ったことを律儀に覚えているロカルシュは腕を組み、どこか偉そうな態度で頷いた。


「確かに。それはロッカくんの言うとおりだわ。聖人の資質もあるっていうのは私がそう言ってるだけって可能性もあるんだからね。もちろん嘘じゃないけどさ」


「でしょー? だからおばさん早く証石貸してー」


「……分かったわ」


 再び論文に目を戻したエースたちの横を抜け、ノーラは執務用の机まで歩いていった。鍵のかかる引き出しから封印魔法を施した小箱を取り出し、その中から金紅石を含有する無色透明の石をつまみ上げる。


 ノーラの手の中で、黄と緑に隠れて赤と青の光が輝くそれ。彼女は一度、ソラの方に目を向け……その目が合うか合わないかのうちに石に視線を戻した。


「……迷っていても仕方ないわね」


 ノーラは意を決して証石を握りしめ、小箱を元に戻して引き出しを閉めた。

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