第9話 「おぞましき業 1/4」
一週間後、ナナシたちによって破壊されたカシュニーの都は大きな瓦礫の撤去を終え、建物の再建計画に着手し始めていた。そんな日の朝早くから、ソラ、ジーノ、エース、ケイの四名はノーラの呼び出しを受けていた。セナの話では宿舎の方に顔を出すと聞いていたが、よほど忙しいのか、それとも体調が本調子ではないのか、とにかく教会にあるノーラの執務室まで来てほしいとのことだった。
騎士の宿舎を出て、ソラは目深に被ったベールの裾を押さえてカシュニーの街を歩いていく。周囲には土台だけを残してあとは全て建て直しという建物が多く見られた。その損害を目にしたソラは、ナナシたちがしでかした悪行を改めて思い知らされた。どうにかして捕まってくれるといいのだが……そう願いつつ、呼び出しの件も相まって彼女は沈痛な面持ちになっていく。
そんなソラの不安を杞憂だとでも言うように、ケイが明るい声で言った。
「魔女について知りたがっていることはエースから聞いて、私が伝えておいた。おそらくはその話題じゃないかと思うがね?」
「そうだといいんですけど。うう……何か胃のあたりがチクチクと……」
ソラはうなりながら鳩尾を押さえる。
その背中をセナが鼻で笑った。騎士はノーラに呼ばれていなかったが、ソラの監視目的で同行していた。
「情けねえこと言いやがる。魔女が聞いて呆れるぜ──」
「やめなってば~」
「もがっ」
憎まれ口を叩く彼の口を後ろからロカルシュが塞ぐ。
ソラは自分の背後でそんな攻防が行われているとも知らずに、ただ自分のことに気を揉みながら教会までやってきた。
外にはノーラが出迎えに来ていた。
「お前が直々に出てくるとはね。これは驚きだ」
「一応……祷り様をお迎えするのだから、これくらいの礼儀は当たり前よ」
「えっと。あの、ノーラ博士、それって……?」
ソラはノーラの言葉に眉をひそめる。あの混乱した状況で、顔を見たことを覚えていないのかもしれない。
「貴方は手配書の人相によく似た別人、そういうことにしておくわ」
やはり覚えてはいるらしい。
「自分から貴方の素性を言いふらすことはないし、魔法院に報告することもない。けれどそれは、私がそうしないというだけよ。他で正体がばれてしまった場合に庇うつもりはないから」
「とりあえず今だけでも見逃してもらえるなら、それで十分です」
欲を言えば魔女の誤解もどうにかしてもらいたいものだが、贅沢は言っていられない。問答無用で魔法院に突き出されて打ち首になるよりはマシだ。
「ほらな、言ったろう。ノーラはそれほど悪い奴じゃないって」
「それほど、は余計よ」
「何にせよお前に人並みの情があって助かったよ」
「貴方ね……いえ、何でもないわ。そうしたら早速本題に入りたいわね。私の部屋で話しましょう。ついてきてちょうだい」
ノーラはつんとした態度できびすを返し、教会内の自室へと向かった。
その後に六人がぞろぞろと続いていく。
「ノーラ。お前ずいぶんと元気だな? この調子だったらもっと早くに話ができたんじゃないか?」
「地下図書館で資料を探すのに時間がかかったのよ」
「と言うことは、話の内容は件の……」
忙しそうにあちこちを行き交う修道僧たちの間をすり抜け、一同は建物奥の角部屋までやってくる。
「ここよ」
ノーラが立ち止まると、それまでソラの後ろについてきていたエースがさっと前に出て、ソラを庇った。
「エースくん……?」
彼は腰の剣に手を添え、ピリピリとした空気を纏って目尻をつり上げていく。
それはノーラが部屋のドアを開けたところで最高潮となり……、
「何をしているの? 早く入りなさい」
ノーラが首を傾げる。彼女に続いて室内に入ったケイが振り返り、エースに手招きした。
「大丈夫だ。ノーラ以外誰もいない」
「……そうですか」
とたんに、エースの緊張が解ける。杞憂にため息をつく彼の後ろ姿を見て、ソラは自分の危機感のなさを自覚した。甘い言葉に誘われて部屋に入ったところを捕縛される……という可能性もあったのだ。
ソラはこの期に及んでまだぼんやりとしている自分に嫌気がさすようだった。彼女は一人で頭をコツコツと叩きながら、部屋の中に入る。一番最後のセナがドアを閉めたところで、ノーラは部屋の中央に置かれた大きな机に両手をついた。そこには多量の資料が積み重ねられていた。
ノーラはエースとジーノ、ソラを順繰り見る。
「貴方たちは魔女について知りたいんですって? そのために最初はフランを訪ね、そこから私を当てにここまでやってきた、と」
「はい。そうです」
ソラが一歩前に出てコクリと頷く。
「まさか本当だったとはね。最初はケイの世迷い言だと思ったのだけれど……」
「さすがの私も冗談で魔女について教えろなんて言わんぞ」
「黒衣の魔術師なんて呼ばれてる変人で有名な貴方のことだから また突飛に興味でも湧いたのかと思って」
「変人ね。まぁ、否定はしないが」
「あと色情狂いの──」
「あの……これいつ本題に入るんです?」
ソラが片手を上げて申し訳なさそうにノーラとケイの間に言葉を挟む。
ノーラは一つ咳払いをして話を元に戻した。
「ここにあるのはフランが私に送りつけてきた研究論文と、その資料よ」
「ほう。捨てなかったんだな?」
「魔女に関する研究なんて、馬鹿なことをやっていると思ったけれど……知識は知識よ」
読まずにそのまま地下の書庫に放り込んでおいたと彼女は吐き捨てる。そんな彼女に対し、エースが若干うつむき加減で呟いた。
「この世の知恵はすべからく碩学の地下図書に納むるべき、ですか……」
「そう。貴方、よく知ってるわね」
「……」
「そしてこれがフランの研究成果。魔法院を追放されのめり込んだ……悪夢よ」
ノーラは机に目一杯広げた紙の束を忌々しげに見やった。
「事前に目を通したけれど、ひどい内容だったわ。読むのなら覚悟しておきなさい」
「覚悟? 乱筆乱文……というわけではなさそうだな。その顔だと」
「ええ。胸くそ悪いのよ。フランも……当時これを読まずに放置した私も。本当に馬鹿」
「そんなにか」
「言っておくけど、これらは持ち出し禁止だから。こんなおぞましい研究、まかり間違って外に出でもしたら、魔法院の地位が失墜するどころの話じゃないもの」
「その知識の価値ゆえにというわけではなく、倫理的に許容され得ないものだと?」
「そう。だから貴方たちが読み終えたら、有害指定した上で禁書区画に永久封印するつもり」
「それでも捨てられないってところがカシュニーの悲しい性だな」
ケイはやや呆れ気味にそう言った。近くの冊子を手に取り、パラパラとページをめくる。
エースも同じようにして文面を追い始めた。
「そしたら、私とエースで手分けして読もうか。どのくらいかかるかな……」
「俺としては、午前一杯ほしいところです」
「エッ!? そんな短時間で? この量を読んじゃうの……?」
ソラが驚いている間にも、エースはページをめくって内容を読み進めていた。
ケイも次々にページをめくっていく。
「超速読……すっご……」
ソラが感心する声に返事はない。どうやら、二人にはもう誰の声も届いていないようだった。




