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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第一章 ペンカーデル
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第7話 「彼方より来たる者 7/7」

 食後になると、「ジーノはソラ様に教会の中をご案内して差し上げなさい」というスランの言葉を受け、ソラは燭台を持って各部屋を回るジーノにくっついて回っていた。ソラは居間を中心に教会の間取りを把握していき、ついに今晩泊まる部屋の前までやってくる。


「ここは巡礼の方などにお泊まりいただく部屋で普段は使っていないのですが、お掃除は毎日しているのでご安心を。寝台はどこでもお好きなところを使ってください」


 ドアを開け、真っ暗な室内にジーノが人差し指を向ける。すると腰に差した杖の先端が光り、部屋の四隅にあるランプに明かりが灯った。ランプの中にあるのは炎ではなく、発光する石のようだった。


 ソラはランプに近づき、そのまぶしさに目を細めながら聞いた。


「これも魔法?」


「はい」


「ふーん。改めて見ると本当に不思議だね。私のいた世界には魔法なんてなかったから、なおさら」


「そうなのですか。魔法がないというのはとても想像がつきませんね……。お兄様なら分かるのかもしれませんが」


「ん? エースくんなら?」


「──いえ、何でもありません。それは明かり石と言いまして、送り込まれた魔力を保持する間は光り続ける性質があるのです」


「ほうほう。そういう性質がね……」


 言いながらソラは明るくなった室内を見回す。そこはシングルベッドが四つ並ぶ大部屋だった。入ってすぐの左手前には一人掛けのソファが二つ対面して置かれていて、丸いローテーブルも備えられている。壁際の棚にはちょっとした読み物もあるようだった。そこに一緒に置かれている花瓶と……背の高い燭台を見て、ソラは首を傾げた。


「あれ? じゃあ何でジーノちゃんはろうそくなんて持ってるの? 明かり石とやらがあればいいんじゃない?」


「これは……、ええ。この村は大陸の中でも最も軸に近く、御神がすぐおそばで私たちの生き方を見ておられますので、便利な魔法にばかり頼って怠惰な姿を見せるわけにはいかないのです」


「この村では、そういう生き方なんだね」


「はい──と言っても、火をつける火種に至るまで一切魔法を使わずにいるのは私たちくらいのものかと」


 この教会ではあらゆることが魔法に頼らず行われているのだとジーノは言った。


「見る人が見れば、家の中にほとんど魔力の痕跡がないことに驚かれるのではと思います」


「痕跡? 魔法で何かすると分かるものなの?」


「僅かながら使用者の魔力が残留する……らしいです」


「むむ……。私は全然分かんないけど」


 ソラは顔をくしゃっとさせ、壁のランプに目を凝らした。そこにあるのはただの光る石だった。


「特殊な能力ですから。目に見えたり聞こえたり、においがしたりと、人によって感じ方も異なるそうです」


「ジーノちゃんは分かったりするの?」


「いえ。あいにくと私には全く」


 ジーノは小さく首を振った。


「……そうしましたら、ソラ様は魔鉱石をお持ちではありませんし、魔法にも馴染みがないようですので、こちらをお使い下さい」


 彼女から渡されたのは、三センチ四方の小さな箱だった。引き出しのようにスライドさせて出てきた中身は、ソラにとって見慣れたものだった。


「あ……、これ……」


「先端の赤い玉の部分を箱の側面で擦ってください。それで火がつきます」


「マッチだね。こっちにもあるんだ」


「兄は燐寸と呼んでいますが、ソラ様の世界にも同じようなものがあるのですか?」


「うん、そうなの……って、エースくん()? 他の人は違う呼び方でもするの?」


「他の人というか、他にはないものだと思いますので。実はそれ、兄が魔術の知識を駆使して作ったものなのです」


「魔術?」


「ええ。私には難しくてよく分からないのですが、個人の魔力に依存せず一定の働きをする……種も仕掛けもある魔法だと聞きました」


「種も仕掛けもある、か。科学みたいなものかな?」


 後半はソラが口の中でモゴモゴと言ったせいもあって、ジーノには聞き取れなかった。しかし彼女は特に聞き返さず、手を目線の高さにかざして拳を握った。その動作にあわせて石の光が小さくなる。


「最後に礼拝堂を案内させてください」


「はーい。よろしくお願いします」


 二人は今夜の寝床からはいったん離れ、礼拝堂へと向かった。先導するジーノは細い廊下を通り抜けて、居間にほど近いドアを開ける。薄暗い通路を少しでも明るく保とうと白が基調になっている壁に、淡い光の筋が差してその幅を広げていく。


 明るさの中に足を踏み入れると、そこは居住エリアにある家庭的で温かな雰囲気とはまるで違い、「教会」と呼ぶに相応しい荘厳な空間であった。魔法で全体を明るく照らすのではなく、要所に配されたグラスの中でろうそくの火が揺れ、その神秘的な雰囲気を引き立てている。二階分の高さがある天井には、グラスの縁に反射したろうそくの明かりがいくつもの光の輪を作っていた。室内が広いせいか、気温は他の部屋と比べて少々低い。


 二人は祭壇があるところまで歩いていって、壁際に掲げられた十字架を見上げた。そして、何の気なしにジーノが言葉を持らす。


「あの十字に組まれた象徴は、ここペンカーデル地方に残る信仰がもとになっているのですよ」


「スランさんが言ってた土着の信仰ってやつ?」


「そうです。大陸を統一するにあたり、教会は五つの国の特色を取り入れて作られました。例えばこの建物の形は東方のプラディナム地方の様式を参考にしています」


 ジーノは両手を広げてその場で一回りした後に、ステンドグラスを指して言う。


「色のついた玻璃を切って窓を装飾しているのは南方クラーナ地方の伝統を取り入れてのことで──」


 彼女は続けて、祭壇の横に置かれているソラの背丈ほどの杖を指さし、


「この祭具は王都ラド=ウェリントンの王家で今も使われている権杖を模して作られたもので、祭壇の上の杯は湧き出づるものとして西方カシュニー地方では知恵の象徴とされています」


 五つの由来を語ったジーノは、スカートの裾を翻してソラを振り返った。


「教会というのは、本来は平和の象徴なのです。お父様はあまり良く言いませんでしたが、そういった成り立ちがあると分かっているからこそ、ああ言いながらも祠祭としてこの教会を預かっているのです」


「ジーノちゃんはここが好きなんだね」


「私と兄は幼い頃に両親を亡くして、お父様に──この教会に引き取られました。他の人たちにとってはただの憩いの場なのかもしれませんが、私たちにとっては違う……大切な我が家なのです」


「そういうことかぁ」


 ソラは礼拝堂を見回し、近くの長椅子に腰を下ろした。そして隣を叩いてジーノにも座るよう促す。


 ジーノは素直にソラの横に座った。


「一つ、キミに聞いてもいいかな」


「何でしょう?」


「聖人はこの世界の混沌を祓うのが役目って言ってたけど、具体的には何をするの?」


 それを知ったからといって、今のところソラの考えが変わることはない。だが、この世界の知識として詳細は聞いておきたかった。


「軸の裾にて……祈りを捧げるのです」


「お祈りか。ってか何げに分からないんだけど、軸って?」


「この世界を──星を支える柱のようなものです。それを中心に星が回転していることから、そのように呼ばれています。天気がいいと北の方角に見ることができますよ」


「ふーん。地軸みたいなものかな? それが見えるのはすごいかも」


 ソラは南方の伝統を取り入れて作られているステンドグラスの窓から外を見た。色とりどりに降り積もった雪は強風に煽られて舞い上がり、上空から降ってくる粒と混ざってまた地面に落ちていく。


「しっかしそうなると、北極か南極に行ってお祈りするってことだよね……?」


 元の世界ではそこで冬を越すこともできていたが、それはきちんとした施設や設備があってこそのことである。


「あのさ、極地には人が過ごせるような施設とかってあるの? そこで何か研究してるとか、そういう実績ってある?」


「いえ……肺も凍ると言われる極寒の地ですから、どういった場所なのか詳しくは分かっていなくて。生息する生き物もいないのではないかと言われています」


「オゥ。そんなところに行けと? それってよく考えなくても割と命がけじゃないですか?」


「そうかもしれません。ですが、もしも軸を目指すとなれば供もつきますし、一人で行くわけではありませんから」


「いや、でも。それにしたって……」


 神よ。縁もゆかりもない世界のために命の危険を冒して来いとは、あまりにもムチャ振りが過ぎるのではありませんか? ソラは十字架を見上げて眉をひそめる。


「……ま、何にせよ私が聖人だったらの話だもんね。まずはそこに結論出してからじゃないと始まらない話だ」


「そのことですが、ソラ様が覚えていないだけで、こちらに来る際に何か天啓を受けているのかもしれませんよ?」


「そりゃあ、ないとは言い切れないけど──というかキミって何だかんだでグイグイ来るよね」


 ジーノは冗談を言ったり、勢い余って兄の話を食い気味で遮ったり、こうして遠慮なく自分の思いを述べてみたりと、自己主張はきちんとできるタイプの美少女であるらしい。


 ソラは微笑ましさ半分、苦々しさ半分の顔つきで冗談めかして彼女を指さし、やがてその指を自分に向けて天井を見上げた。


「でも確かに、なーんか他にも忘れてることあるような気がするんだよね。何だろ?」


 ウンウンと考えてみるが、空白の部分とそうでない部分の境界があまりにもはっきりしすぎていて、周辺の事柄をきっかけに思い出すということができそうにない。


 うなり声だけが吹き抜けに溶けていく。


「あ。駄目だ思い出せない……けど、今のところ困ってないからいいや」


「ソラ様も割合、思い切りがいい方ですよね」


「今はそれよりも目の前の疑問に対処しなきゃだし。聖人かどうか、そこんとこキッチリ詰めて答えを出さないと!」


 諦めが早いと言った方が正しい性格を印象良く捉えてくれたジーノに感謝しつつ、ソラは椅子から立ち上がった。それに続いてジーノも腰を上げる。


「この後はどうされますか?」


「そうだなぁ……もしも他に急ぎの話がなければ、お休みしたいですね。結構疲れてるみたいで、どうにも眠くて」


「分かりました」


 ソラは言った途端に出てきたあくびをかみ殺す。寝るにしてもスランとエースに挨拶はしておかなければならないだろう。ソラはジーノと一緒に台所と居間を回って、二人に今日はもう休む旨を伝えた。


 エースはソラの言葉に食器を片づける手を止めて快く頷いた。


「今日はゆっくりとお休みになって下さい」


「うん。色々とありがとね。それじゃあお休みなさい」


 暖炉の前で何か紙面を読みつつ酒を嗜んでいたスランも、柔らかく微笑んで了解してくれた。


「それでは、お話などはまた明日にしましょう。どうぞ良い夢を」


「はい。今日はお気遣いなどありがとうございました。お先に失礼します」


 彼にも忘れず礼を言って居間のドアを閉める。


 客室のところまで来るとジーノともお別れだった。ドアを開けると、部屋の中はもうすっかり暗くなっていた。ソラは部屋に入る前に彼女を一度振り返り、小さく頭を下げた。


「今日は突然のことだったのに、ありがとうございました。本当に助かりました」


「いいえ。どういたしまして、です」


「私はすぐに寝ちゃうつもりだけど、ジーノちゃんも若いからって夜更かししちゃ駄目だよ? お肌に悪いんだから」


「ふふふ。そうですね、気をつけます」


「それじゃ、お休みなさい」


「はい。お休みなさいませ」


 朝になったら起こしに来ると言って、ジーノは部屋のドアを閉めた。ソラは「モーニングコールつきとかVIP待遇じゃんスゲー」などと考えながら、窓から入ってくる雪の明かりを頼りに一番近くのベッドにたどり着く。靴を脱ぎ毛布をはぐって中に入り、冷えていた布団が体温で温まる頃になると、彼女はすっかり眠りに落ちていた。

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