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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第34話 「歪の杯 1/6」

 石柱に押し上げられてバラバラに壁の上へと放り出されたソラとジーノは、宙を舞いながらお互いの距離を縮めて手を握り合った。


 ペンカーデルでの逃走劇と同じく、ソラはジーノにしがみついて彼女に運命を任せる。


 ジーノは足下から遙か下の路面に、あるいは民家の屋根に向けて、今度は氷の柱をいくつも下ろし、それらをつなげ道を作る。体を横向きにして滑降し、都の中心部にある十字架を目指して文字通り一直線で続く道を、それはもうすさまじいスピードで下っていった。


 二人が「それでも遅い」と焦るのは、また別の場所で爆発があったからだった。


 襲撃者は着実に都の中へと入り込んでいる。


 眼下では人々が蜘蛛の子を散らすように逃げまどっていた。その中で、ソラはつい今し方上がった黒煙の下から出てきた二つの人影に目が行った。


 どうしてその人物らに注意がいったのかは分からない。


 その二人は同じような仕草で咳込み、走ってその場から逃げるかと思いきや、どこか陽気にも受け取れる足取りで歩き出した。


 この状況で、気味が悪い。


 ソラは何か底知れぬ嫌な予感がして、過ぎ去っていく風景の中に埋もれていく二人の姿を見ていた。彼らが建物の陰に隠れてしまう直前、ソラはその内、子どもの方が腕を振り上げたのを見た。


「ジーノちゃん!! 盾の魔法を準備して!」


「えっ? え??」


「いいから早く!」


「は、はい!」


 ソラが言うと同時に、子どもがいた箇所から火の玉が飛び上がった。それは花火のように直上に上り、最高位に達するとそこから軌道を直角に曲げ、ある場所をめがけてミサイルのように飛行を始めた。


 その場所とは、都の中央──教会のある方向だった。


「駄目です! この速度では間に合いません……!」


「別にキミが内側にいなきゃ展開できないものでもないでしょ。とりあえずあれを着弾前に無効化できればいいんだから、遠隔で構築して──」


「ああ! 分かりました!」


 突然の事態に混乱していたジーノはソラの言葉に促され、頭の中に冷静さを取り戻して頷いた。彼女は滑降を続けながら、教会の正面をまるまると覆う大きな盾を編み上げる。何者かの攻撃は目標地点を前に複数の弾頭に分かれて雨のように降り注いだ。


 強度を落として大規模に展開した盾はそれらの攻撃を防ぎきった。守りは役目を終えた瞬間にガラスが割れるようにして崩れ、その破片が霧のように消える……。


「ヒュー! さっすが~!!」


 ソラは口笛を吹いてジーノを賞賛する。


 その後も何度か不機嫌そうな軌道を描いて火の玉は飛んできたが、その都度ジーノの盾が立ちはだかり、目的を阻まれていた。そのうちに教会の十字架が近づいてきて、ジーノはソラを抱えたまま地面を踵で抉って礼拝堂の真正面に到着した。


 その鮮やかな着地を目の前で見ていた眼帯の淑女が、「ジーノ! あの攻撃を防いでいたのはお前か!」。どこか安堵したような表情でジーノに駆け寄ってきた。


「ケイ先生? どうしてここに?」


「それはこっちの台詞でもあるんだが、今は悠長に話している場合ではないな」


 彼女は眼帯を外し、地面に下ろされたソラを見つめる。一方でソラは「ケイ」と呼ばれた彼女(の主に胸)をまじまじと見て、「でっか……」。場違いもいいところな言葉を口にした。


「アッいやその気にしないでください! すみません、本当に失礼しました」


 ケイは深々と頭を下げて謝罪するソラに金銀の目をぱちくりとさせ、一度自分の胸を見下ろすと、何やら得意満面に笑みを浮かべて彼女の頭を撫でた。


 一通り撫でくり回すと、ケイはソラの横を通り抜けてジーノの隣に立ち、眼帯をポケットにねじ込んで腰の剣を鞘から抜いた。


「見惚れられたのだと思えば気分はいい。気にせずとも構わんよ」


「ど、どうも。寛大なお心に感謝します……」


「ところでキミは誰かな?」


「ソラと申します。あの、ケイ先生っていうと、エースくんのお師匠様ですよね? 彼と妹のジーノちゃんにはお世話になってまして……」


「ソラだね。知っての通り私はケイだ。かしこまった挨拶はまた改めてということにしよう。それで、キミは戦力に数えていいのだろうか?」


「申し訳ないことに全くの役立たずです」


「そう卑下することはない。自分の能力を客観的に評価するというのはいくつになっても難しいことだからな」


 ケイはそう言ってソラをフォローする合間に、ジーノに正面を盾で守るように指示を出していた。


「しかしながら、ソラ。そうであるならばキミは下がっていたまえ。おーい、エース! ジーノはこちらに手を貸してもらうから、お前が彼女を守ってやりなさい」


「──は、はい!」


 ケイは後ろを振り向かずに、気配だけでエースを察してソラを任せた。その間も上空から飛来する火の玉に向けて剣の切っ先から紅蓮の刃を放ち、次々と打ち落としていく。


「ちょっと、ケイ! 貴方ねっ……、守るって言った本人がどっか行ってどうするのよ!?」


 つまずきそうになりながら、教会の敷地からもう一人女性が出てくる。


「いやぁ。先手必勝ってことで最初に一発ブチかましておこうかと思ってな」


「何で貴方はいつもそう変なところで大ざっぱなの!?」


「というかノーラ、お前が出てきては駄目だろう」


「大人しく守られてろって? 冗談じゃないわ。都の危機に直面して一人恐怖に怯えてたなんてことになったら、元老の椅子が遠のくどころじゃない。なくなっちゃうわよ!」


「ほほーう? 元老ってのが何かは知らねぇが、とりあえず権力者の椅子って感じだなァ」


 唐突に響いたその声は、ジーノが構える盾の向こう側──火の粉と土煙が舞う中から聞こえてきた。


 やがて一陣の風が吹き抜け、塵を一掃してその二人は姿を現した。黒髪の男と白髪の子ども(体つきからして少女だろう)。


 それはソラが上空から見たあの二人だった。


 男は底の見えない井戸のように落ちくぼんだ目をソラたちに向け、その中にノーラの姿を見つけて、粘性の高い泥のような笑みを浮かべた。


「見ぃつけたー。だから最初に門のところでオカーサンがどこにいるか聞いといて正解だったろ?」


「オカーサン、のーら、はかせ。きょうかい、じゅうじか!」


 教会のシンボルであるそれを指さし、子どもが甲高い声で笑う。


 二人の視線からノーラを庇うようにしてケイが剣を構える。ジーノは前方の盾をより強い魔力で固め、エースはソラを背後に隠して師と同じ構えを取った。


 黒髪の男は片方の手を腰の後ろに回し、もう一方を天高く上げると、それをゆっくりとした動作で胸の前に下ろして恭しくお辞儀をした。


「どうも初めまして、オカーサン。僕の名前はナナシ」


「ぼくは、じょん。こうみえても、おんなのこよ」


「早速だけど、僕たちを捨てたオカーサンにはちょっと死んでもらわないといけません」


「ません」


「ちなみに、どんな死に方がお望みかリクエストは受け付けてねぇから」


「ぼくたちの、すき。にする。ね!」


 ナナシと名乗った男の言葉に、ソラだけが耳を疑う。


 ともすれば聞き流してしまうほどの些細な一言。それはソラにとって大きな意味を持っていた。


 ちょっと待った──ソラがそう言う暇もなく、ジョンという名の少女は自身の周りに烈火を焚いたかと思うと、何の迷いもなくそれらをノーラに向けて放った。


 無論、それは全てジーノの盾によって阻まれる。


「れれ? あれ? けっこう、つよめのだった。のに」


「無駄です。並大抵の魔力で私の盾は破れません」


「むぅ。そうなの。わかった」


 少女は言うや否や、目に見えないほど細い氷の針に目一杯の魔力を込めてジーノの盾に突き立てた。魔力同士のぶつかり合いで激しい火花が散り、ジョンの獰猛な金目をギラギラと輝かせる。


「これもだめ。そうなると──」


 破れないと分かると少女はあっさりと引き下がり、袖に隠した手で頬をつついた。そのすぐ後ろからナナシが彼女の首根っこを掴んで引き寄せる。


 ジョンが退いたのとほぼ同時に、その場に鋭い旋風が吹き抜ける。盾の外に出たケイが、手っ取り早く少女の行動を封じようと魔法を放ったのだった。


 彼女はナナシの前に立ちはだかり、剣を構える。


「おいババア! 危ないだろ! うちの子が怪我したらどうすんだ!」


「最悪でも胃の中身をぶちまけるくらいさ。死にやしない」


「ざっけんなよ、この……」


 中指を立てるナナシに、ケイは刃の峰でその非礼な手を弾いた。


「痛っ! 何すんだよクソババア」


「さて、一つ質問だ。この状況はお前たちが原因か?」


「ああ? そりゃもちろん、僕たちがやったのさ」


「一応、理由を聞きたいものだな」


「理由? 理由なんてそんなの……ムカついたから?」


「はーい! もんのところの、おにいさん。ぼくたちをしらない、いった。はかせに、こどもいないって。ぼくらはいるのに、ずっと。いたのに」


「そう、それそれ。勝手にいないモノにされても困るんだよ、こっちは。アンタだって目の前にいる自分を幽霊扱いされたら腹立つだろ? そういうことだよ」


「ふむ。なるほど分からんな」


 ケイはナナシの腹部めがけて素早く鞘の先を突き出した。それに対してナナシは身動き一つできずにいたが、その当て身は突如として現れた土壁を突き崩すだけで終わった。


「ななし、おかえし」


「っぶね……。ありがとな、ジョン」


「ふへへ。いいってことよ~」


 ナナシは少女の後ろに隠れてケイに向かって舌を出す。その舌を切り落とさんばかりの勢いでケイは二人との距離を詰めた。待ち受けるジョンは迫り来る剣戟を前に慌てず、ナナシを連れて飛び退き、針状の雨を降らせて返した。


 ケイが片腕に構えた盾を、ジョンの攻撃が打ち砕く。その結果にケイも焦らず、一歩飛び退いて剣を振るった。追撃してくる雨を切っ先で弾き飛ばす。


 その攻防を後方で見ていたジーノとノーラはそれぞれにケイを守ろうと盾を展開させたが、ジョンの攻撃をかわしてあちこちに動き回るケイの足に二人の動作は追いつけなかった。


「お前たちは一体、何なんだ?」


 縦横無尽に走ってなお、ケイには口を開く余力がある。彼女はとりあえず、二人が何者かを知っておきたかった。それを知らないうちには、彼らにどう対処したものか分からなかったからだ。


 しかしジョンはそれに答えずに……否、答えられずにいた。


 その余裕がなくなってきたのだ。


 地面に針山をいくつも作り、その一本さえもケイに当たらず、かすり傷を負わせることも叶わない。ジョンはそのことに焦りを感じていた。


 と言っても、それもやむなきことである。時に獣と、あるいは悪しき人間と出くわし、ことごとくそれを退けてきた戦闘経験があるケイだ。彼女はジョンが目で見て状況を判断し、攻撃を仕掛けるまでのタイムラグを有効に使い、一歩二歩と先に避けているのだった。


「今の狙いはノーラ、ということでいいか?」


 ケイの行動を追うことに一生懸命になっていたジョンが彼女の影を見失った次の瞬間、目の前にその姿を捉える。


「うげ!」


 ジョンは反射的に両手を広げ、自分とケイとの間に素早く盾を展開する。ケイはその盾に魔法で強化した刃を振り下ろし、行動を押さえつける。


「答えてくれないか。狙いはノーラなのか?」


 彼女の攻撃を受け止めたジョンの足が一歩、また一歩と下がっていく。


「そう、だよ……」


 ジョンは研いだように鋭い犬歯を見せて苦し紛れに笑う。少女の言葉に、思わずノーラが声を張り上げた。


「それなら私だけを狙えばいいじゃない! こんな、関係ない人間を巻き込む必要なんてどこにもないでしょ!?」


 ノーラはこの惨状が自分のせいかと思うと、その責任に押し潰されそうだった。彼女は自分を母と呼ぶ子どもを他人のように睨みつける。


 そんなノーラの叫びに答えたのは、それまでジョンの後ろに隠れていたナナシだった。


「何言ってんだよ。関係ないから。必要ないからじゃん?」


「わけが分からないわ!」


「だ・か・らァ、必要ないんだって」


「ぼくらは、ぼくらいがい。ひつよう、ない」


「そゆこと。つーかむしろ先に捨てたのはそっちじゃん? オカーサンじゃん? オトーサンも僕たちのこと小屋にクソまみれのままほったらかしにしてたわけだし、それってつまり僕らがいらないってことでしょ? そしたらオカーサンたちに必要ない僕らがどこで何しようが、どーでもいいよね? オカーサンにだって何をしようが、気にすることじゃないよね?」


「オカーサン、きにする。おかしい。ぼくらのやることに、オカーサンはせきにん、ない。だって、ほうきしたの。そっち」


「だから僕らが誰をブッ殺そうが気にすることないって。大丈夫、オカーサンはもうとっくの昔に僕らに対する責任を放棄してるんだ。安心して悲劇のヒロイン面しなよ」


 ナナシの言葉にソラの肩がビクリと震える。それを恐怖の表れと勘違いしたエースが、彼女の視界を自分の背中で覆う。


「ぼくら、つらかったの。を、わかってくれる、ぼくらいがい。いらない。はさみでちょっきん、する」


「ナイスだジョン! それそれ、はさみで切っちまうんだよ。そしたら落ちた方は邪魔なだけだよな。邪魔なものは捨てなくちゃ。腐る前に一刻も早く捨てなきゃならないんだ。一も二もなく皆が皆、例外なく徹底的に僕ら以外を! マジで邪魔だからなッッ!!」


 ナナシが言い終わるや否や、ジョンは掲げていた手を押し返して盾ごとケイを吹き飛ばした。

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