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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第一章 ペンカーデル
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第6話 「彼方より来たる者 6/7」

 家事は三日ごとの交代で行っているというジーノとエースは、今日に限っては聖人(仮)のソラがいることもあって、二人がかりでとびきりのディナーを用意してくれた。


 まず目に飛び込んで来たのは白米だった。各所に西洋の雰囲気が溢れていたためてっきりパンが主食の文化かと思っていたが、そういうわけでもないらしい。その横には椎茸と三つ葉、豆腐が浮かぶ透明な汁物が並び、それはスープと言うよりは吸い物のようだった。他には大根と里芋と蓮根の煮物。人参とごぼうのきんぴら。真ん中に葉の添え物が乗った絹豆腐。小松菜の胡麻和え。山菜の揚げ物……など、大皿小皿が所狭しと並んだ。ちなみに食器は西洋風のもので、手元は箸だった。昨今の日本では見慣れた食事風景であるが、ソラは思わず「ハイブリッドだな~」と笑ってしまった。


 何はともあれ、見た目も香りも良く、どれも非常に美味しそうである。それらを眺めながら、ソラには気づいたことがあった。


「あれ? 教会って菜食主義を掲げてるんですか?」


 テーブルの上には牛や豚、鳥どころか魚にいたるまで肉類が一切ないのだ。首を捻るソラに対し、エースが申し訳なさそうに言う。


「確かに教会関係者には教義に従って菜食主義を選択する人間が多くいますが、ここで動物由来の物を食べないのは私だけです」


 料理当番がジーノであれば一品くらいは肉料理が出てくるらしいが(もちろんエースの前には並ばない)、今日はエースも手伝っているので肉類は使われていないのだそうだ。


「そっか。エースさんはお肉とか駄目なんですね。小さいときからずっとですか?」


「子どもの頃は食べていましたが……いえ、それよりも。私のことはエースと呼び捨てにしていただいて構いませんよ。年も同じくらいかと思いますし」


「え? そうなの? 同い年?」


「おそらくは」


「へぇー! 同じ二十七歳同士かぁ!」


「え?」


「え……?」


「あ、の……すみません。私は二十一、です……」


「そうなの?」


 聞き返したソラに、エースは申し訳なさそうに目を伏せた。ソラは慌ててフォローを入れる。


「いやでも、その間違いも悪くないね。つまり若く見えたってことなんだし、へへへ……。それにしても二十一か~、お若いなぁ。ちなみにジーノちゃんはおいくつで?」


「ジーノは十七になったばかりです」


「ぴちぴちの十代!」


 具体的な数字を聞いた途端、ソラの背中に老いが襲いかかってきた。ジーノと干支が一回り近く違うことになる彼女は、どうりでジーノの肌がみずみずしく輝いて見えるはずだと思った。お肌の曲がり角がすぐそこまで迫っているか、もしくは通り過ぎてしまっているソラは、失ってしまった若さを惜しむようにして頬を撫でた。


「そしたらお言葉に甘えて、キミのことはくん付けで呼ばせてもらおうかな。タメ口でお話ししていい?」


「ためくち、ですか?」


「敬語とかなしでも不快じゃない?」


「不快だなんてとんでもない! どうか気安く話しかけてください」


「ありがとう。そしたらエースくんも、普通に俺って言っていいよ。そういうのあんま気にしないから」


「それは……」


「私はまだ聖人じゃないんだし。それなのに畏まるのはおかしいでしょ」


「そう、でしょうか……?」


「そうです」


「……ソラ様がそうおっしゃるのであれば、分かりました」


 ソラは本当なら自分に対する様付けもやめてほしいと感じたが、一度にたくさんの要求を突きつけるのも悪いかと思い、追々頼んでいくことにしようと言葉を引っ込めた。


 食卓の上にはソラのために用意された全てが並べられ、いよいよ食事の時間となる。ソラはジーノに促されて椅子に座った。その際にジーノは「私にも気軽にお話くださいね」。ソラの耳元で囁きウィンクをした。ソラはその好意が嬉しいやら照れくさいやらで、「ふへへ」とやや不気味な声を漏らしてはにかんだ。


 そんなソラの斜め右にスランが、そして彼の向かいに兄妹が並んで座る。ソラは上座に座らせてもらった形だ。


「それではいただこうか」


「いただきます」


 スランの声にあわせ、ソラは合掌をして食材と食事の作り手に感謝をすると、最初に吸い物に箸を向けた。続いて副菜、主菜、主食と順番に手をつけていく。


「ヤダこれ全部美味しいんだけど。二人とも料理上手なんだね~」


 エースの菜食主義がどこまで徹底しているのか分からないが、動物性の食品を使わず野菜中心の食材でよくぞここまでの絶品を作れるものだ。ソラは数々の料理を前に感心しきりだった。一口食べるごとに美味しいと漏らすソラに、ジーノは笑みを溢れさせながら……しかしどこか不安そうに聞いた。


「味付けの方はどうでしょうか? いつも通り私たちの感覚に合わせて作ってしまったので……しょっぱいとか薄いとか、ありませんか?」


「ないない。あるわけない。めっちゃ美味しいです」


 言いつつ、吸い物は少し味が薄い気もしたが、それはきっとソラが普段から市販の弁当やらパンやらで味の濃い物を食べていたせいだ。健康面を考えれば薄い分には困ることはないし、そもそも薄味だろうが何だろうが美味しいと感じているのだから、文句など何一つ出てくるわけがなかった。


 そうして何度か箸で皿と口を行き来していると、ふとスランの胸元で揺れる十字架が目に入った。教会のシンボルと異なるそれは、最初に見た時から気になっていた。


「教会の屋根にある十字架と、そのスランさんが持ってる十字架って微妙に形が違うんですね? というか、教会って言うと私の世界では宗教的な意味合いを持つ施設だったんですけど、ここではどうなんでしょうか?」


「宗教ですか……まあ、今となってはそう言って差し支えないかもしれませんね」


「今となっては?」


「時が経てばただの物語も神話になるのですよ」


 スランはその人柄に似合わず、どこか人を小馬鹿にするような表情を浮かべた。ソラはその意外な一面に胸を貫かれ、クッと目をつぶる。


 ギャップ……たまらん。


 そんなソラの邪念を断ち切るかのように、スランは至って真面目な口調で先を続けた。


「教会というのは、かつて五つの国に分かれていたこの大陸を統一する際に、各地に設置された施設なんです」


 当初は各地方の福利厚生を維持するための公的な機関だったのだそうだ。なので、施設の管理はその土地の人間が担うことになっていた。


「それがいつの頃からか分かりませんが、教義ができて信じる神が生まれ、信仰となったのです」


「その言い方だと、スランさんたちは教会の教義を信じていないように聞こえますけど?」


「この地方では統一前からある土着の信仰が今も大切に守られていますからね。入り込む隙が少なかった……ということです」


 大陸の北と東の地方ではそういった特徴があるらしい。東の方は特に独自の宗教勢力が強く、余所者の教会は地方名を冠した都に一つきりなのだとか。ソラはそれらの話を興味深く聞きながら、頭の中を整理していく。


「土着の信仰ですか。それは先ほど言っていた軸の神様とかその辺の話ですか?」


「ええ」


「じゃあ、スランさんの十字架は昔からあった方の信仰に基づくものということ……?」


「そのとおりです」


「うーん。何だか根っこでは結構こんがらがってる感じなんですね。宗教って何やかんや難しいからなぁ……」


 スランの刺々しい態度は土地の信仰と教会の教義との間に確執があることを物語っていた。二つの異なる宗教が隣り合わせにあれば、自然とそうなるものなのだろうか?


 ソラが元いた世界でも、ひとたび海の外に目を向ければ異なる思想を持つ者の間で対立が頻発していた。それを考えると、数多くの教えが混在して尚かつ共存共栄していた生まれ故郷──日本のありようは奇跡にも近かったのかもしれない。そんな国で育ってきたソラからすれば、スランの話に「お互いに譲り合えば……」と思わなくもなかった。しかしそれはあくまで思うにとどめる。


 この世界にはこの世界の歴史があるのだ。こういった話題はそれを知らないソラが軽々しく首を突っ込んでいいものではない。


 話が途切れると、ジーノが食事の手を止めてスランの方を見た。


「そう言えばお父様、教会の話で思い出したのですが、魔法院にソラ様のことを報告する必要などはないのでしょうか?」


「魔法院?」


 聞き返したソラであるが、彼女の横ではエースがその美しい顔を丸めた紙のようにしかめていた。彼の表情が大きく動くところを見たのはこれが初めてだった。そんな顔もできるのかと思いつつ、綺麗なものは綺麗なまま記憶しておきたいソラは見なかったことにし、彼からそっと視線を逸らした。


 エースはそれに気づかないままソラの疑問に答えた。


「魔法院とは大陸統一の際に主導的な役割を果たした組織で、教会を私物化して教義を持ち込んだ張本ですよ」


「もしかして、エースくんはその魔法院ってのがお嫌い?」


「……苦手です」


「そうなのかぁ」


 食べ物にせよ、人間にせよ、誰にでも好き嫌いはある。それにしても、温厚な印象しかないエースがここまでの嫌悪を示すのは意外である。よほど嫌なことがあったのだろうと、ソラは深く追求せずに話を元に戻した。


「──で。そんな魔法院に報告というと、いったい何を?」


「それはやはり、ソラ様が聖人である可能性をですね……!」


「あのね、お嬢さん。私は自分が聖人だってことには一つも納得していませんよ?」


 ソラは釘を刺すようにはっきりと言う。年下の女の子相手にその態度もどうかとは思うが、彼女は過去の経験上、自分の考えは正確かつ確実に伝えることが何より大切だと知っていた。相手に同情して曖昧にすると次々といらない物を持たされ、果てにはいつの間にか手に余る代物を押しつけられたりするのだ。ここでは聖人という役目がそれに当たる。


 その毅然とした態度に、ジーノは残念そうに口をとがらせる。それも可愛らしい仕草ではあるが、ソラはエースにそうしたのとは別の意味で見なかったことにした。


 ともすれば再び押し問答が始まりそうな雰囲気の二人に、スランが穏やかな口調で割って入る。


「ジーノ、こういうことはどちらかが勝手に決めるものではないよ」


「……そうですね……すみませんでした、ソラ様」


「……いや、こっちこそごめん。ちょっとキツく言い過ぎました」


 どちらかが勝手に決めるものではない、という言葉はジーノだけではなく、ソラの胸にも刺さるところがあった。打って変わって落ち込んだ二人に挟まれたエースは箸を置き、どちらをフォローしたものかとうろたえていた。


「ま、まぁ……二人とも、あの……」


「エースも落ち着きなさい」


「はい……お父様。えっと……、そうだな。それなら、報告はソラ様に了解をいただいてからということにしてはどうでしょう?」


「アー、うん。そうだね。私としても、そうしてもらえると助かります」


 頭ごなしに違うと言うのも大人げないし、寝食を世話になる身でありながら相手の言うことを突っぱねるのも非常識だ。ソラは片意地を張るのをやめ、視野を広げてみることにした。


「そしたらスランさん、もうしばらく待ってもらえますか。魔法院に報告するのは、私がいったい何者なのか……ちゃんとお互いに納得してからということで」


「分かりました。では、魔法院への報告はソラ様と私たちできちんと共通する答えを出してから、ということにしますね」


「はい。そのようにお願いします」


 そのあたりで話も食事も切り上げることになった。


 準備を手伝っていないソラは当然のように後片づけを買って出ようとしたが、三人にものすごく申し訳なさそうな顔をされたので、今日のところは引き下がっておくことにした。

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