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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第32話 「その目を開いて 1/2」

 その騎士は学校の養成課程を終えて配属されたばかりの新米だった。


 彼は元来あまり人を疑わない性格で、カシュニーの外壁周りを警邏していた際に、都への入り口が見当たらないと言って困っている青年と出会った。青年はどうにも放っておけない雰囲気で、騎士はこれも自分の務めと思い、都に入れるよう案内してやることにした。


 迷子の青年は困ったような、申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。騎士はそれを、自分の任務を中断させることへの詫びだと受け取り、「気にすることはない」と笑った。


 その時だった。


 彼は青年に足を払われて体勢を崩し、なす術もなく地面に倒れ、後ろから腕を捻りあげられた。痛みに思わず声を上げると、それを待っていたかのように猿ぐつわを噛ませられ、さらには目隠しまでされてしまう。


「それではお兄様、お支度を」


 少女のような、けれど少年のような。騎士にはどちらとも分からない声が聞こえた。


「貴方に危害を加えるつもりはありません。しばらく辛抱してください」


「騎士様、ホントごめんなさい……」


 助けた青年と、また別の三人目の声が謝る。


 騎士はくぐもった声で抗議し、四肢を闇雲に動かして抵抗する。しかし彼はそのまま森の中に引きずり込まれ、あっという間に身ぐるみを剥がされて手足を縛り上げられてしまった。


 着替えた青年は都の方へ向かい、残された二人は捕らわれの騎士を気遣いながら彼の帰りを待つことになった。




「彼、一応は変装して行ったけど……大丈夫かな?」


 見渡す限りの森の中、周囲に人影がないにも関わらず、ソラはベールで顔を隠したまま首を傾げた。


「お兄様は確かにちょっとぼんやりしてますが、他の方にはそれがかえって放っておけないように映るみたいで、何だかんだで人をたらし込むのは得意ですから。私は心配していません」


「たらし込むってキミ。何か人聞きが悪いじゃん」


「では、えーっと。誑かす……?」


「余計ひどくなってますよ? といっても、そう言われてあんまり違和感はないんだけどね」


 ソラは視界の端に映り込んだ見慣れぬ金髪に目をやって、ジーノの言葉もあながち間違っていないと頷く。


「当の本人は自覚なしなんだから、なかなか質が悪いよね」


 手足を縛られ、目隠しをされた上に猿ぐつわまで噛まされて転がっている青年騎士は、少し前までムームーとうなり声を上げて抵抗していた。今は疲れてしまったのか静かになっている。


 そんな彼を見たソラは心の底から申し訳なくなって、ことあるごとに謝罪の言葉を口にしていた。


「あとは彼が戻ってくるのを待つしかないのか」


 適当な石の上に座って暇そうに天を仰ぐソラと違って、ジーノは周囲を常に警戒して歩き回っていた。


 ソラは一人で怠けていた。現状で戦力にも何にもならない彼女ができることと言えば、痛む足を労ることくらいしかないのだ。


「無事に博士の居場所が分かればいいのですけど……」


「そっか、まずはここにいるかどうか、確かめないとなんだったね」


 もしも博士がこの都にいると分かれば、彼女の居場所を訪ねる。そこで首尾良く会えたとしても、魔女について何か知らないかと馬鹿正直に聞いて、答えをもらえはしないだろう。


 だからエースは騎士として潜入して、まずフランのことでノーラに警戒を促すところから話を始めるつもりだと言っていた。


 その時、彼はやはり苦々しげに表情を歪めて都の方を見ていた。エースの魔法院嫌いは筋金入りである。


「ヤバい。考えてたら心配になってきた」


「きっと大丈夫です。お兄様なら必ず何とかしてくれますよ」


「まあね、そうね。私じゃあるまいし……だいたいもう都に入っちゃってるんだから、いくらここで気を揉んだって仕方ないんだよね」


 胸のざわめきは止まらないが、深刻になりすぎて胃を痛めても困る。というか、これ以上どこかが痛み出すのは御免被りたい。ソラはロウソクの火で炙られているような地味な痛みを抱える膝を撫でた。


 そうして今にも雨が降ってきそうな曇り空を見ていると、視界の端から小さな物体がとてつもない早さで飛び込んできた。それは一直線にジーノの手に収まる。


「お兄様からの鳩ですね。博士はどうやら都の教会に出向しているらしく、今からそちらに向かうそうです。それから、今のところ問題なく行動できているので、心配はしなくても大丈夫なようですよ」


「そっか。それはよかった……」


 ジーノが鳩を腰袋に仕舞っていると、それを追いかけてきたような羽音が聞こえた。ソラは再び上空に目をやり、その旋回する黒い飛翔物を視線で追う。それはしばらく上空をうろつき、やがて近くの木に降り立った。


「おお~、フクロウだ。こんなに間近で見たのは初めてかも」


「フクロウ……?」


 ジーノは警戒を怠らず、けれどソラの言葉が気になって彼女の視線が向く先を見た。茶色い斑模様のフクロウはつぶらな黒い目をソラの方に向け、続けてジーノの方を振り向いた。


「……」


 曇っているとはいえ、今は昼だ。夜と間違えようはないのに。


 そう思った瞬間、ジーノはソラの腕を掴んで自分の背後に引き寄せた。拘束中の騎士を外に放り出して盾を球状に展開し、せわしなく辺りを見回す。


「な、なに? どうしたの?」


「フクロウは夜行性です。何事にも例外はありますが、昼に行動することはそうそうありません」


 だというのに、そのフクロウが狙ったかのようにソラの近くに舞い降りて、その姿をじっと見つめていたのはなぜなのか。


 考えるまでもない。


 それを命じた者がいるのだ。


 ジーノは飛び去っていくフクロウを目だけで追って、心の中で舌打ちをした。


「それってつまり、この間の騎士さんたちに追いつかれたってこと? でもそれなら何で私たちにバレるような行動をわざわざ取らせたんだろ?」


 フクロウは闇に紛れて獲物を狩る狩人である。やろうと思えば羽音をたてずに物陰からソラたちの動向を監視することもできたはずだ。


「意図は不明です。いつ、どこからやってくるのかも……私には察知しようがありません」


 エースほどに勘が鋭くないジーノは杖の先をあちこちに向け、どこから襲撃されてもいいように身構える。その様子は傍目に、混乱しているように見えた。


 ひとまずこの盾がある限りは大丈夫なのだ。


 ソラは焦るジーノを落ち着かせるため、その肩をつついて彼女を振り向かせる。


「大丈夫。キミがいてくれるんだから、平気だよ」


 そう声をかけると、ジーノはきつく寄せていた眉を少しだけ離して肩の力を抜いた。


 彼女の緊張は半分ほどソラの方に移って、その緩みきった表情を引き締めさせる。この前は何の心構えもないところに強烈な憎悪を向けられ、逃げ出してしまったソラだが、今回は持ちこたえられる自信があった。


 自分が相手にどう思われていて、何を言われるのかも見当がついているのなら、心の守りようはある。対面するのは怖いし、罵られれば傷つくのは変わらないが、あらかじめ最悪の悪意を想定しておけばダメージは軽くて済むものだ。


 ソラは「どこからでもかかってこい!」と言いたげに、姿勢を低くして身構えた。

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