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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第30話 「憎しみの出ず場所 2/2」

「クソ! クソッ!! 何で壊せねぇんだ!? こんな、こんな──!!」


 石棺の壁を何度も殴りつけ、セナは叫んだ。


「魔女が目の前にいたのに、すぐ殺せたのに! あの女、あいつさえいなけりゃ……!!」


 いつもいつも、自分はこうだ。


 肝心なところで手が届かない。


 故郷を失ったときもそうだった。せっかく帰ろうと決めたのに。ようやく皆に胸を張って会えると思っていたのに。


 両親の作ってくれた料理が食べたかった。


 妹の成長した姿が見たかった。


 よくつるんでいた仲間とも話がしたかった。


 支援してくれた大人たちに、区長に、祠祭に……きちんと頭を下げて礼を言いたかった。


 これからは自分がこの地区を助けていくと、そう言って胸を叩き、紆余曲折はあったが皆の投資は成功したのだと知ってほしかった。


 魔女の呪いは濁流に乗って上流から流れ下り、沿岸の街を次々と飲み込んでいった。山間部で降った大雨の影響で急速に川の流量が増えたのが原因だというその大水は、夜半から朝方にかけてあっという間に全てを押し流した。


 避難を呼びかける暇はなく、皆が皆、寝ている間に泥に呑まれた。


 リベット地区の被害は特にひどかった。というのも、立地が最悪だったのだ。川の蛇行箇所の外側に位置していた同地区は、堰を乗り越えた激流の直撃を受けたのだった。


 何も残らなかった。


 誰も助からなかった。


 全てが泥の下に埋まってしまった。


 見つかった遺体の中にセナの家族は居なかった。


「父さん、母さん。イェリー……」


 皆、死んでしまった。


 受けた恩を返すこともできず、事実を打ち明けて許してもらうこともできず。ただただ何もかも失ってしまった彼の絶望はいかばかりか。まさに消沈──消えてなくなりたいという思いだった。


 どうして自分ばかりが生きているのだろう。


 どうして放院になったときに帰っておかなかったのだろう。


 そうすればこんな思いもしなかったのに。


 胸を抉られて、踏みつけられて。生きながら泥沼の中を泳ぐような、情けなくて悔しくて、悲しくて辛くて死にたい気持ちになることなんてなかったのに。


 騎士として街の復興を手伝う間、皆を殺した川に何度身を投げようと思ったか分からない。けれど、いざ土手に立つと怖じ気付いてしまう。茶色く濁る流れの中でもみくちゃにされて、手も足もバラバラになってしまう痛みを想像して、足が震えてしまう。


 そうやって一日じっと突っ立っていたら、いつの間にか隣に並んでいた中年の男が呟いた。


「全て魔女のせいだ。魔女の……」


 男の服は泥で汚れ、手足には所々に傷があった。彼は川を魔女に見立ててその流れを呪い、足下の石を拾って投げつけた。


 何度も、何度も。


 拾っては投げ、拾っては、投げて。


 セナもそれを真似て、憎しみを投げつけた。そうすると、どうだろう……自然と胸がすく感じがあった。


 石を投げている間は自分の愚かさを忘れられた。情けなくて泣き出したくなる思いを、死にたいという気持ちを、死への恐怖を忘れられた。


 ただ憎しみだけがあって、それがあればセナは生きていけると思った。土手の石という石を投げ、もう拾う物がなくなると、セナも男も街の方に引き返した。


 復興作業に戻ってきたセナは見違えるように生気に溢れていた。


 生きる目的ができたのだ。


 魔女を憎み続けること。もしもその再来に立ち会うことがあったのなら、迷わずに殺すこと。


 それだけが生きる意味だった。皆に報いる方法だった。


 なのに、


「あの女も、魔女も。ブッ殺してやる……」


 それができなかったセナは血のにじむ拳でもう一度壁を殴りつけ、後ろを振り返った。


 上方から差し込むわずかな光の下で、相棒がうずくまっていた。


「ロッカ! アンタも何とか出る方法を考えろよ」


「……」


「おい!!」


 セナはずかずかと歩いていって、じっと固まって動かないロカルシュの肩を強く揺すろうとして──その体が震えていることに気づいた。


「ど、どうしたんだよ、アンタ……」


「何も見えない」


「は?」


「ねえ、セナ。ふっくんはどこ? どこに行っちゃったの? さっきからずっと呼んでるのに答えてくれないんだよ。私、生まれたときからずっとふっくんと一緒で、離れたことなくて……どうしよう、誰も何も聞こえないし、私もう何も見えないよ!」


「お、落ち着け──!!」


「セナぁ! どうしよう!! 私なにもできない! ふっくんたちがいないと何もできないんだよぉ!!」


 ロカルシュは手繰るようにしてセナにしがみつき、その小さな体を力一杯に揺さぶる。セナはぐらぐらと揺れる視界の中でふと上を見上げ、空気の取り入れ口として開けられていた穴の縁に羽ばたくものがいるのを見た。


 ロカルシュのフクロウである。


 どうやら、セナが暴れたときに他の動物たちと一緒に追い払ってしまったようだ。


「ロッカ、大丈夫だから落ち着け。フクロウなら上にいるから」


「嘘だ! 嘘! うそつき!! セナの馬鹿!」


「おま……」


 セナは動揺するロカルシュを見て、それまでの怒りを腹の底に沈めた。ため息をつき、まずは自分こそが落ち着きを取り戻す。


「アンタ、何でフクロウがいないって思うんだ?」


「だって声が聞こえないもん。聞いても答えてくれないんだもん!」


「……どういうことだ?」


 セナはロカルシュにしがみつかれたまま天井を再度見上げる。


 ──と、フクロウが宙に浮いているのが見えた。翼を折り畳んだままの姿で穴の真上に居座る彼は、そこにある透明な何かを爪の先でコンコンと叩いて見せた。


「……ロッカ、耳を塞げ」


「何で?」


「銃を撃つから」


「……分かった」


 ロカルシュはしがみついていた手を離し、言われたとおりに耳を塞いだ。セナも上着の衣嚢の中から耳栓を取り出して穴にねじ込む。


「フクロウ! お前もそこからどけ」


 上空に呼びかけ、フクロウが飛び去ったのを確認してセナは銃口を直上に構える。引き金を引くと、ついさっきまでのドタバタで起きたままになっていた撃鉄が落ちた。鎚が魔鉱石によって作られた撃芯を叩き、装填されていた礫の後方で圧縮された空気がはじけ、弾が発射される。


 閉鎖空間ということもあって、発砲音は耳を覆っていても鼓膜を強く叩いた。


 礫は開口部に当たって砕け散った。


 その破片が雨のように落ちてくる。


 魔女(ソラ)を狙った際、金髪女(ジーノ)の盾によって攻撃が阻まれたのと同じ状況だ。おそらくこの石棺は、その全体を盾で覆ってあるのだろう。


「あのクソ女。どんだけ魔力あんだよ」


 一般に、身を守るための盾は四属全ての魔力を()り、あらゆる属性の魔力(魔法)を反射するよう作り上げる。魔力を格子状に織り、形成するのだ。


 盾の強度については、送り込む魔力の量が多いほどその耐久性が上がる。その他に、魔力格子の密度も重要な要素である。


 その構造は、一枚の布に例えれば分かりやすいかもしれない。


 魔力の量は一本一本の糸の強さ、格子の密度は縦糸と横糸の数に置き換えられる。生地の強度が糸と織り方法で変わるように、盾も込める魔力の量と格子の密度で強度が変わる。


 これを突破するためには、単純に魔力の量──魔法の威力で相手を上回るか、布に針を刺すように格子の間を穿つしかない。しかし、盾は基本的に目に見える形では展開しないので、格子の穴をつくのはそれが余程のざる(・・)でない限り不可能である。


「俺らの盾が布なら、これは鎖帷子あたりか……」


 セナは頭上を見上げて呆れたようにため息を付く。金髪女が作った盾に縒られた魔力の量は並大抵ではなく、格子も隙間なく織られていて全く針が通らない。


「ロッカの能力が使えなくなってるのも、あの女の作った盾だからこそかもな」


「どーゆう、こと?」


「アンタ、盾の内でも外と同じように魔力が遮断されることは知ってるな?」


「……知ってない」


「そうなの。それで、獣使いの陪臣契約ってのは──その仕組みはあまり解明されてねぇけど、何かしらの方法で自分と動物の魔力をつなげて使役してるんだろ?」


「感覚的なものだからよく分からないけど……たぶん、そう」


「そこにこの石棺だ。あの女、ご丁寧に壁を馬鹿みたいな格子密度の盾で覆って行きやがった。どんなにわずかな魔力でも通さないようになってる。だからアンタの能力は使えないんだ」


「うぅ、ふっくん……」


「だぁぁ! 泣くなよ馬鹿! 逆に言えば内側でならどうとでもできんだから」


「どゆこと?」


 セナは開口部を見上げ、そこにフクロウが戻ってきているのを確認した。


「俺の目を使え。そしたらすぐ上にフクロウが居るって分かる」


「いいの?」


「いいも悪いも、そうしないとアンタうるさいからな」


「う、うるさくないもん! セナってばひどいよぉ」


 ロカルシュはぐずりながらもセナと自分の目をつなぎ、少年の見上げる景色を見る。


「あ……! 本当だ!! ふっくんがいる!」


「ちったぁ落ち着いたか?」


「うん。セナもいるし、もう大丈夫……。でもぉ、ここどうやって出るの?」


「……待つ」


「え?」


「あのクソ女が置いてった魔力が弱まって、壁が壊せるようになるまで待つしかねぇの」


 魔力を「痕跡」として感知できることからも分かるように、行使された魔力はある一定の時間その場にとどまる性質があり、それが散逸するまでの時間はその使用量に比例し長くなることが知られている。


「それ、どのくらいかかるのー?」


「完全に消えるまで待つ必要はねぇよ。さっきも言ったが、壊せればそれでいいんだ」


「なるほどー?」


「えーっと、魔力散逸の速度は時間経過と共に徐々に速まってくんだったから……。クソッ! 測定器があれば正確な時間が分かるんだけどな」


 頭をバリバリと掻いてあたりをうろつくセナの一方で、フクロウが近くに居ると分かってしまったロカルシュはいつもの脳天気に戻ってその場に座り込んだ。


「とりあえず今はどうしようもないってことだよねー?」


「まあな」


「じゃ、私寝てよーっと」


 どうせ何も見えないのだしと言ってそのまま地面に転がり、スヤスヤと寝息を立て始める。


 昨日からまとまった睡眠をとっていないロカルシュは眠気の限界だったのだろう。あえて起きていろと言う理由もないので、セナは「好きにしろ」と呟いて自分も壁際に腰を下ろした。


 土壁の湿り気が背中に伝わってきて、土に埋まったらきっとこんな感触なんだろうなと、セナはそう思った。


「次こそは絶対にブッ殺してやる」


「……」


 真っ暗闇の中でセナの声だけを聞きながら、ロカルシュは体を縮めて彼の声が聞こえたのと逆の方向に寝返りを打った。今更になって、セナが暴れたときに殴られた頬がじわじわと痛みだした。


 魔女が絡むとセナは怖くなる。


「できれば、関わらないでほしいんだけどな……」


 頬を地面に押しつけ、ロカルシュは寝息と区別がつかないように小さくため息をついた。

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