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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第27話 「貴方がそれを望むなら 2/3」

 エースは朝食の足しになる野草を探して戻ってきたところだった。かまどの火を見ているジーノの後ろから、朝の身支度を終えたソラが歩いてくる。


 ソラはあくびを漏らす大口を手で覆って、兄妹におはようと挨拶をした。ジーノは顔を上げてそれに応じ、エースも挨拶代わりにつまみ上げた赤い木の実を振って応えた。


 その直後。


 エースはソラがいる場所よりも遙か後方。重なる木々の隙間で何かが光ったのを見た。それは獲物を狙う獣の眼光を連想させた。


 エースは考えるよりも先に行動を起こしていた。


 持っていたものを捨て、ソラに向かって走り出す。腰の剣を取って鞘から引き抜き、遠くからこちらを射るその視線を断ち切るように振りかぶる。途中、発破音があったあたりでソラが怯えて尻餅をついたが、構っている暇はなかった。


 エースは振り下ろす刃の軌道に体内の魔力を乗せて、薄く小さな盾を作り出した。


 同時に、彼方から(つぶて)が飛んでくる。


 それはエースの盾をいとも容易く打ち破り──そうなることを初めから想定していた彼は下を向いていた剣先を跳ね上げ、霞む視界の中で礫を弾き飛ばした。


「お兄様!? いったい何が──?」


「ジーノ! 盾を、ソラ様を守っ……て……!」


 もう立っていることさえできないエースは膝から崩れ落ちた。


 そばに座り込んでいたソラが、それをとっさに受け止める。だが、脱力しきった成人男子を支えることなどできるわけもなく、彼女はかろうじてエースの頭を抱え込むと、一緒になって地面に倒れ込んだ。


「ちょ、エースくん!? 大丈夫なの? ジーノちゃん、今のは何!?」


「分かりません! ソラ様はお兄様とそこから動かないでください!」


 エースに言われた通り、ジーノはすぐさま魔法で盾を作り上げていた。


 どこから襲撃を受けても構わないように自分たちを半球の中に囲い込み、兄が見つめていた方向を警戒する。


「ジーノ、それじゃ駄目だ。下も……」


 重たい瞼を押し上げて、エースは地面を指す。


 その意味を理解したジーノは盾を地中にも展開して、完全な円球の中に自分たちを閉じこめた。


「これ、何なの? 何が起こってるの?」


 ソラは完全に意識を失ってしまったエースを抱え、事態を把握しようとせわしなくあちこちを見る。その仕草を煩わしいとでも言うかのように、二度、三度と続けざまに礫が飛んできた。


 礫はジーノの強固な盾にぶつかると、粉々に砕け散った。馬たちがその音に驚いて逃げ出してしまう。


 しばらく沈黙が続いた。


 その間にエースが意識を取り戻した。


「うぅ……」


「エースくん! 大丈夫!?」


「はい……。ちょっと、魔力を使いすぎました……」


「使いすぎた?」


 たったあれだけのことで? と口にする前にソラは気づいた。


「キミ、もしかして……」


「お話は後で。回復が早いのはジーノと同じなので、もう大丈夫です」


 エースはソラの腕から起き上がり、ジーノの隣に立った。


「姿を現せ、不埒者!」


 彼がそう叫ぶと、一呼吸置いて周囲がざわめき始めた。森を住処とする獣たちが一匹、また一匹と木々の間から姿を現し、ソラたちを取り囲む。


「なに、これ……」


 戸惑うソラは自身を睨みつける獣の目に怯える。野犬は牙をむいて唸り、鳥たちは枝の上でひっきりなしに鳴いてこちらを威嚇する。リスも四つん這いになって毛を逆立て、イノシシなど足で土を掻いて今にも突撃してきそうだった。


 何よりも恐ろしいのは、黒い毛皮を着た熊である。人間も軽く吹き飛ばす太い腕、鋭い爪、獰猛な牙。唯一小さなものと言えばその瞳だが、それにしたって剣呑な光を帯びれば、目にした者を縮み上がらせる。


 言葉の通じぬ獣はソラたちとの距離をじりじりと詰めてきていた。


 逃げ場はない。


 ジーノが魔法で作り出した盾は魔力を関知して接触を拒むよう構成されている絶対障壁である。なので獣たちはその盾をすり抜けるようなことはできないが、それは内側にいる人間も同じだった。


 つまり、ソラたちは外に出ることができないのだ。


 また、地中にも展開しているため、盾を保ったまま移動することもできない。


 馬もいなくなって、進退きわまるとはまさにこのことだった。


「あちらには獣使いがいるのでしょうか?」


「たぶんね。これだけの数を動かせるとなると、相手はかなりの大人数みたいだ」


「ご期待に添えず残念だが、ハズレだ」


「誰だ!?」


「アンタが言うところの不埒者だよ」


 何も面白いことなどないのに、声だけが低く笑う。


 浅黒い肌を持つ少年はまるで初めからそこにいたかのように、あるいは瞬時にその場へ移動してきたかのように、木の陰から姿を現した。その様に、エースは場違いにも感心していた。


「これほどまで完璧に気配を消すことができるなんて……」


「ハハッ! そう言うアンタもなかなかのモンじゃねえか。最初の狙撃に気づかれるなんて、思ってもみなかったぜ」


「あの時は殺気を隠しきれていなかった。いや、隠していなかったと言うべきなのかな。ダダ漏れだったからすぐに分かったよ」


「俺も訓練が足りねぇな。魔女を前にすると、つい殺しそうになっちまう……」


 少年はソラを見て、小型銃の口をその額に向けた。彼の後ろからもう一人、色白の青年が姿を現す。


「もー!! 私を置いて行かないでよぅ!」


「アンタが遅いのが悪いんだろ」


「ひっどーい。私は肉体派じゃないんだからね! だからって頭脳派でもないけどー、でもでも! 一人で勝手に行っちゃうことないじゃーん」


 青年の雰囲気は少年と比べると何とも脳天気なものであった。


 その落差に異様なものを感じ、ソラは顔を青くしておびえた。そんな彼女を、ジーノが後ろにかばう。


「王国騎士の方とお見受けしますが、これは私たちを巡礼者と知っての無礼ですか?」


「あーはいはい。世間一般にはそういうことになってんだったな?」


「何を言っているのか、まるで分かりませんが」


「面倒な芝居はやめろ。お前らが魔女一行だってことは、もう知れてる」


「それはまた突拍子もない言いがかりですね」


「俺の『眼』に間違いはない。その魔力、氷都の魔法院で見た痕跡と寸分違わず同じだぜ。金髪女」


「……」


「しらばっくれるのも終わりだ。クソ魔女」


 少年はジーノの後ろに隠れているソラに言葉を吐き捨てる。


「テメェのその顔、手配書とそっくりの凶悪面で助かったぜ」


 あの悪魔めいた人相と同じ顔とは聞き捨てならないが、いま噛みつくべき点はそこではない。


 追っ手に追いつかれた際の行動は前もって決めていた。ソラは深呼吸をして恐怖を押しのけ、冷静さを取り戻す。ジーノの肩を叩いて彼女の前に立ち、なるべく相手を刺激しないよう対話を試みる。


「騎士様が私のことを知っているのなら、話は早いです」


「ほう? 大人しく捕まってくれるってのか? 何か拍子抜けだな」


「いいえ。お話ししたいことがあります」


「は・な・し、だぁ?」


 少年はこれでもかと表情を歪めて、ソラの声を聞くだけでも癪に障るようだった。


 その態度を受けてもなお、ソラは立ち向かわねばならなかった。彼女は今にも逃げ出しそうな足を叱りつけ、小さく一歩を踏み出す。


「単刀直入に言います。私は魔女じゃない」


「魔女じゃない、だって?」


 少年はソラの言葉を鼻で笑い飛ばした。


「何を根拠にそう言うんだ?」


「あ、貴方たちは誤解しているんです。私は、この世界に悪さをしようなんて気はこれっぽっちもない」


「だから、根拠を言えよ。聞いてやるから」


「それ、は……」


 緊張か恐怖か、声が震える。


 ソラは現状、「魔女ではない」という自分の立場を表明することしかできない。フランに会うこともできず、魔女について何も知らないソラは、少年が求めるような根拠も語れない。


 そうであるのなら、「魔女である以外の可能性」を示すことこそが重要である。


「それは、魔女がどう定義されるかによります。貴方は何をもってして、人を魔女と判断するんです?」


「ったく、またそれかよ……。んなもん、世界を滅ぼす災厄かどうかに決まってるだろ」


「ならば私は、魔女ではない。先ほども言ったように、私は悪事を働こうなんて気は──」


「口先でならどうとでも言えるよなァ? だいたい、魔法院に魔女だって言われてる時点で確定だろ」


「それは浅慮が過ぎる!」


 途中でエースが声を荒げて前に出た。少年を苛立たせたくないソラは、彼を片手で制する。その従順ともいえる態度に、少年は忌々しげに顔をゆがめた。


「ずいぶんとよく手懐けたもんだな?」


「話を戻しましょう。貴方が魔法院の言葉を信じるのも仕方ないとは思います。見ず知らずの女の言より社会的立場のある人間を信用するのは当然ですから」


「へぇへぇ。それで?」


 少年はジーノが展開した盾をつま先で蹴りつけ、斜に構えた態度でソラを睥睨した。やることがいちいちチンピラくさい……という感想をソラは顔に出さないよう努める。


「ところで、魔法院が私を魔女だと断じた状況を貴方がたはご存じですか?」


「そういえば、詳しくは知らないね~?」


 答えたのは青年の方だった。ソラは少年から彼の方に視線を移し、閉じられた瞼を見つめる。


「証石と呼ばれる石に示された私の魔力を見て、あのハゲ──じゃない、元老は……」


「ハゲでいいんじゃなーい? 私もあのジジイ嫌いだしー」


「……老人は証石が白と黒とに光るのを確かに認めた上で、私を一方的に魔女と呼んだんです」


 ソラの言葉を受けて青年は天を仰ぎ、何かを考えているような。その実何も考えていないような顔でしばらく黙り込み、思いもよらないタイミングで「え!?」と驚きの声を上げた。


「白く光ったんならぁ、光の加護があるってことー?」


「そういうことです」


「そしたら聖人ってことになるけどぉ。でも魔力の陰りも一緒にあるなんて、そんなことありえるのかなー?」


「実際にあったのだから、私はあったと答えるしかありません」


「うーん、うーん……」


 自分一人では判断しかねるのか、青年は少年の方を向いて意見を求めた。だが、少年はそれを聞いていないようだった。


 彼は先程からソラに視線を固定したままここではないどこかを見つめており、口の中で何かを呟いていた。自身の考えをまとめている最中なのかもしれないが、それにしたって目が怖いとソラは思った。


「光の加護と、魔力の陰り。両方があるってのか。ハハハ……なるほどな」


 少年にとってその事実は都合が良かった。


 彼の頭の中で話の筋がつながる。


 それは明らかに間違った認識であったが、彼の中では無理矢理にでもつながってしまった。


 しかし少年は結論に飛びつく手前で二の足を踏んでいた。自分の望む「結果」が見えているのに、そこへたどり着けないのは、間に深い谷があるからだった。


 対岸にかける梯子が必要だ。


 少年はそれを模索して、ソラをつぶさに観察する。


 そして気づいた。


「魔女。お前、魔封じの腕輪はどうした?」


 ソラの腕にそれらしい装飾品はなかった。足にしても同じだ。


「あれはつけた人間以外に外せないはずだろ。どこへやった?」


「つけた人間に外してもらいましたけど」


 ソラはエースを指さす。


 少年は髪を逆立てて叫んだ。


「あの祠祭! 嘘ついてやがったのか!?」


「魔女さんが怖くて、腕輪だけそこのお兄さんに渡してつけさせたんじゃなーい? 大祠祭サマってば、ハゲのとこにいた時もずぅ~っとプルプル震えてたもんねー。あれは相当な恐がりだよー」


「おそらくは、そちらの騎士さんの言うとおりです」


「だってー。魔女さんもそう言ってるし、私ってば大正解~!」


「アンタなぁ、喜んでんじゃねぇよ」


 青年はその場から飛び退いて、少年が跳ね上げたつま先を回避する。


 少年は彼に舌打ちし、しかしながら谷を渡る目処が立ったことに気をよくして、それ以上は追い打ちをかけなかった。


「それはそれとして、光の加護もお受けとはね。驚いた。これは本当に驚いたぜ……」


 少年は危なげなく谷を越えると、もう後ろを振り返ろうという気はなかった。彼の中で、勘違いが揺るぎない真実になった。


 それを知らないソラは、自分が魔女以外の可能性を持っていることを認めてもらえたと、わずかな希望を見いだしていた。


「お分かりでしょうけど、私には光陰二つの魔力があります」


「ああ、そうだ。お前には二つの顔がある」


「ですから、その一方を無視して魔女と決めつけるのは早計ではないかと──」


 ソラの言葉は轟音にかき消された。


 それと同時に彼女はエースに腕を強く引かれ、後方に引き戻された。


「聖人面した殺人鬼」


 少年の手にある拳銃から、うっすらと煙が立ち上っていた。


「お前、フラン博士を殺したな?」

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