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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第24話 「少年の見ている風景 1/2」

 セナとロカルシュはロゥの助言に従い、フラン邸近くの教会へ向かった。


 その教会は今まで立ち寄ってきたどの教会よりも貧相──もとい、こぢんまりとした佇まいであった。馬を下りた二人は礼拝堂の扉を開け、管理者たる祠祭に声をかける。


「どなたかいらっしゃいませんか?」


「はぁ~い!」


 間延びした女の声が奥から聞こえてきて、パタパタと走る足音が近づいてくる。奥の扉を開けて出てきたのは、波打つひだの縁飾りをふんだんにあしらった独創的かつ自己主張の激しい祠祭服を着たその人だった。


「あらあらまぁ、これはこれは! 今度は騎士様のご登場ですのね! こんなにお若い騎士様を見たのは、わたくし初めてですわ。ええ、本当に初めてですのよ。それで、遠路はるばる田舎のこのような辺鄙な場所まで、いったいどういったご用件で?」


「えっと、俺たちは──」


「昨日の祷り様御一行もそうですが、こんな田舎で騎士様にお会いする機会があるなんて、わたくし思ってもみませんでした。あっ、いいえ違いますわね。フラン博士のお屋敷を検分している憲兵さんたちも組織自体は騎士様と同じなのでした。わたくしったらもう、いけませんわね。気をつけないと隊長さんに怒られてしまいます」


「あの……」


「ハッ! そうでしたっ! わたくし、騎士様の御用向きをお聞きしていたのでした。改めてお伺いいたしますわね。いったいどのようなご用件でこちらにいらっしゃったのでしょう? 是非ともそこのところをお聞きしたく思っております」


「……」


「どうされました? 小さな騎士様」


 セナは祠祭の早口に二の句を継げず、口を開けたまま突っ立っていた。仕方なしに、横からロカルシュが顔を出して用件を言う。


「祠祭サマ~。私たち、ちょーっとしたお願いがあるんだけどー」


「はい、何でしょ──まあ! 可愛らしいフクロウさんですこと!」


「えへへ。そうでしょー。ふっくんっていうんだー」


 ロカルシュからは距離を置いているものの、一緒に堂の中に入ってきたフクロウは祠祭に挨拶をするように頭を前後させた。


「それでお願いなんだけどぉ」


「はい何なりと。騎士様のお頼みということであれば、わたくし誠心誠意、お応えさせていただきます」


「お風呂かーしてー」


「湯殿ですか? あら、そう言えばお二人とも、憲兵さんたちと同じにおいがいたしますわ。あの方たちほどにひどくはありませんが……ああ、なるほど。博士のお屋敷に立ち寄ってらっしゃったのですね」


「そゆことー。だからお風呂に──」


「そうしましたら少々お待ちを! 今すぐにご用意いたしますぅ~」


 祠祭は声を響かせながら、堂にやって来たときと同じ勢いで奥に戻って行った。


 これにはさすがのロカルシュも呆然である。


「何なんだあの人……」


 セナとロカルシュは言うなれば来客で、本来ならどこぞに通してから風呂の準備に行くものと思ったが、その辺りのことは祠祭の頭からスポーンと抜け落ちてしまっているようだ。


 その落ち着きのなさはロカルシュとよく似ている。


「すごーい! びっくりしたね、セナ。オジサンの言うとおり、祠祭サマ変な人だった~! フフフ!!」


「変人の筆頭みたいなアンタがそれを言うか?」


「言っちゃう~。でも、お風呂貸してくれてよかったよー」


「まあな。悪い人じゃないってのは確かみたいだ」


「ね~!」


 話しながら堂の長椅子に座ってぼんやりと待っていると、奥の方で何かをひっくり返す音と小さな悲鳴が聞こえてきた。心配したセナは様子を見に行こうと席を立つが、それをロカルシュが止める。


「ただ転んだだけみたい。本人ものすごく落ち込んでるから知らないフリした方がいーよ」


「アンタのそれはホント便利だなぁ」


 戸棚の上の小さな生き物の目を借りて祠祭の状況をかいま見たロカルシュは、今もまだ空虚な眼孔にその姿を映しだしているのか、小さく肩を震わせて笑っている。まるで思い出し笑いをしているようなそれは、ロカルシュの能力を知らなければ不審者の様相だった。


「ぷくくく……! あの祠祭サマ、おもしろーい」


「おい、むやみやたらと人のこと覗き見すんな。陛下との約束だろ。忘れたのか?」


「あ、そうだったー。危ない危ない」


 大切な約束事を忘れていたロカルシュは姿勢を正した後、瞼の下からうっすらと竜睛石の瞳を覗かせてセナの方を見た。肩に乗ったままの蜘蛛も同じくセナの方を向いていて、ロカルシュの視界はこちらへ戻ってきているらしかった。


 それからしばらく、セナはロカルシュに髪の毛をいじられたり、頭の上を蜘蛛に走られたりして祠祭が戻ってくるのを待つことになった。


 暇を持て余したフクロウが堂の中を羽ばたいて、祠祭が消えていった扉のすぐ横にある権杖にとまる。台座の上にあると言っても、ただ立てかけられただけのそれは安定が悪く、フクロウの重みを受けて次第に傾いでいった。


 祠祭が扉を開けたのはちょうどその時だった。


 危ない、とセナが腰を上げたときには遅い。


「はぁ、はぁ……お、お待たせいたしまし──イタッ!?」


 権杖はものの見事に祠祭の頭に直撃し、カラカラと乾いた音を立てて堂の床に転がった。


「だ、大丈夫ですか……?」


「ちょっぴり痛いですけれど、大丈夫ですわ。わたくしの頑丈さはこの村の誰もが認めるところですの。ですから、ええ。平気なのです。フクロウさんもお気になさらず」


「ホーゥ……」


 彼女は床に転がる権杖を台座に戻しながら、足下でしょんぼりとしているフクロウを気遣う。


「わたくしの頭のことは置いておきまして、湯殿の用意ができましたのでご案内いたしますね。小さいですけれど、お二人であれば一緒に入れると思いますわ」


「まさか! 一緒になんて入りませ──」


「セナの頭、私が洗ったげるねー!」


「いや、だから一緒になんて入らねぇって」


「ええー? 一度にばぁーっと入った方が時間も短くて済むよー? それにぃ……」


 別々に入ったら自分がいない間はセナが一人で祠祭の話し相手をすることになるが、それでいいのかとロカルシュが囁く。


「……分かった」


「わーい。そしたらふっくんも水浴びしよー!」


 セナとしては祠祭の早口を集中砲火で受けて閉口するよりも、ロカルシュとの騒がしい入浴でげんなりする方がマシなのだった。


「お二人もフクロウさんも、ごゆっくりどうぞ」


「……」


 風呂場は礼拝堂の奥に続く廊下を通って突き当たりにあった。祠祭は袖をヒラヒラとさせて笑顔で送り出す。近くの館であんな事件が起こった割に脳天気な様子の彼女に辟易しながら、セナは脱衣場の戸を閉めた。


 着ているものをさっさと脱いで、ついでにそれらを湯桶で洗ってしまうことにして、二人は風呂場に服を持ち込んだ。現場では別の作業服を着ていたとはいえ、皮膚に染みついたにおいは制服に移ってしまっていた。


 セナはまず体を入念に洗い、何度か腕に鼻を近づけてにおいを確認した。続いて服を桶の中で揉み始める。ロカルシュもセナに倣っているものの、振る舞いは落ち着きなく、泡をあちこちに飛ばした。


「あーもう、ホンット落ち着かねぇ。俺は先に上がるぞ」


「じゃあじゃあセナ、私の服も乾かしてー」


「仕方ねぇなあ」


「頼んだー」


 洗濯が終わると、ロカルシュはフクロウが湯に浸かる桶を湯船に浮かべて遊んでいた。セナは彼から服を受け取り、風呂場の戸を閉める。


 体を拭いて布巾を腰に巻き、かごの中から支給品の魔鉱石を取り出す。


 セナは棚にひっかけた服に向かって手をかざした。手の平の表面で温度が上昇するのを感じながら、その暖気で服を包み水分を飛ばす。


「セナー! 服燃やさないでよ~?」


「アンタじゃねぇんだ。んな失敗するかよ」


 戸の向こうでロカルシュが「そうー?」と笑う。


 体が冷えないうちに服を着てしまい、次はロカルシュの分である。絞った後にきちんと袖の端まで広げたセナと違って、水気を切ってそのまま放っておいた彼の服はしわだらけだった。


 セナは肩の部分を摘んで裾をだらりと下げ、数回上下に振ってしわを伸ばす。それでも残ってしまったしわはそのままにして、先ほどと同じ手順で乾燥させた。


「よし。こっちもにおいはなし、と」


「できたー?」


「ぬわぁ!? おま……アンタなぁ、いきなり後ろから話しかけんなって」


「アハハ~。セナの驚く顔やっぱおもしろーい」


 ロカルシュは滴をしたたらせながら大笑いする。同じようにホゥホゥと鳴いて体を揺らすフクロウの分も合わせて、セナはロカルシュに鉄拳制裁を加えた。側頭部にたんこぶを二つ作ったロカルシュはブツブツと文句を言い、セナに睨まれながら洗ったばかりの服に着替えた。

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