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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第19話 「鳩不知 2/3」

 予想外の訃報を聞いたソラたちは間の抜けた顔をして口を開け、しかしながらそこから出てくる言葉はなく、ただ呆然とするしかなかった。


「憲兵の方々はお屋敷の検分のために来てくださっているのです」


「ですが、検分にしてはいくら何でも数が多いですよね? 何か不審な点でもあったんですか?」


 いち早く平静を取り戻したエースが聞く。


「憲兵の方もはっきりとはおっしゃらないのですが、どうにも自然な死の状況ではなかったようです」


 祠祭はどんな顔をしてその事実を告げればいいのか分からないといった様子であった。未だにフランの死を現実のものとして受け入れられないソラは、彼女がどうしてそんなに言葉を濁すのか想像できていなかった。


 次に聞こえてきたエースの発言が、そんなソラの脳天気な頭を横殴りにする。


「殺された、と言うことですか?」


「こ、殺された!? ちょっと何を──、何を言ってるの、キミは」


 ソラは素っ頓狂な声を上げつつ、巡礼者の立場を思い出して口調を改める。


「病気ということも考えられるのでは……」


「いえ、そちらの護衛様の言うとおりでございます。しかも博士だけではなく、お屋敷に勤めていた使用人の方もことごとく手に掛けられていたようです」


「そんなことが……」


「さすがに憲兵の方も気分が悪くなるほどの惨状らしいのです。それもあって、村にある気分を改善するお薬をあるだけお渡ししてしまったので、近いうちに隣の街に仕入れに行くことになりまして──」


 また話が横にそれる気配を察知し、エースが言葉を挟む。


「すみません、祠祭様。お屋敷の現状について祠祭様が分かることだけでも教えていただけませんか?」


「分かりました」


 そんな二人の話を遠くに聞きながら、ソラはぼんやりとしていた。


 人が、殺された。


 にわかには信じがたい現実を前に、ソラは頭が追いついていかなかった。だからだろうか、エースと祠祭の会話はソラにとって、まるでニュースで流れるインタビューを聞いているかのように聞こえていた。


「お屋敷には博士と、住み込みで働く使用人の方がいらっしゃいました。博士たっての希望で、雇われていたのは皆さん碩学の都──カシュニー出身の方々でした」


 フランの研究を手伝う目的もあったようで、使用人は皆それぞれが魔法の専門家であった。だというのに、その使用人たちも無惨に殺されていたとあって、憲兵は戦々恐々といった様子だったらしい。


「具体的にどんな状態だったとかは、分かりませんか?」


「申し訳ありませんが、把握しておりません」


「そうですか……」


「ですが……最初に屋敷の異変に気づいたのは村の方なのですけれど、彼が言うには、人の所業ではなかったと……。遠目に見ても、屋敷のおかしな様子がはっきりと分かったそうです」


「具体的にお伺いしても?」


「真っ白だった壁は赤く染まり、窓ガラスには逃げようともがいてそのまま力尽きてしまった手が見えていたそうです。見つけた方は今もその光景が頭から離れず、寝込んでいますわ」


 見舞いに行った祠祭も、彼が夢でうなされているのを見ていた。


「あの、横から失礼します。助かりそうな方というのは、本当に誰もいなかったのでしょうか?」


 これまで黙って話を聞いていたジーノが静かに尋ねる。その声には一縷の望みにすがる思いが滲んでいた。


 しかし、祠祭は首を振る。


「わたくしたち、とても恐ろしくてお屋敷には入れなかったのですけれど、駆けつけた憲兵さんは、一目で手の施しようがないと分かったと言っていました」


「そうなのですね……」


「村の方が発見した時点であっても、息のあった方はいなかっただろうとのことでした。それを聞いてわたくし……嫌なものですわね。正直なところ、安心してしまいましたの。見殺しにした命がないことに心底ほっとしてしまって。皆さん無念であったでしょうに……」


 自分を責める祠祭に、エースが言う。


「それが普通なんです。人の死に直面して恐怖しない人間はいませんよ。ましてや聞いたとおりの惨状となれば、なおのことです。悪いのは……」


 エースはその先の言葉をしばらく口の中で転がしてから発した。


「悪いのは、手に掛けた人間です。祠祭様や村の方々に落ち度なんてありません。あまりご自分を責めないでください」


「ありがとうございます。そう言っていただけると、いささか心が軽くなりますわ……」


「他に何かお聞きしても良いことはありますか? もしも思い出すのも辛いようなら──」


「いえ、それならお構いなく。不思議と……お話していると気が楽になるようなのです」


「そうですか」


 エースは自分でよければ話を聞くと言って先を促した。ほんの些細な情報でも収集しておきたい彼からすれば、祠祭が話したがっているのはありがたい状況だった。だが、それ以外にもエースには彼女の心労を少しでも軽くしてやりたいという気持ちがあった。


 祠祭は村の人間の話を聞くことはあっても、彼らに自分の弱音を吐くことはできない立場にある。誰にも不安を打ち明けられないというのは思いのほか辛いものだ。同じ祠祭である父を持つエースとしては、彼女が気持ちを吐き出す手伝いが出来ればと思ったのだった。


 祠祭はそんなエースの言葉を受け、ぽつりぽつりと話し始める。


「わたくし、一つ気味の悪いことがあって。本当に言葉にするだけでも恐ろしいのですけれど、その……」


 言いよどむ祠祭の顔色は悪くなる一方だった。


 それを見たソラは自分も鏡写しのように顔が青ざめていくのを感じた。


「その下手人が……惨劇の後のお屋敷で、生活をした痕があるらしいのです」


「なに、それ。キモ……」


 ソラは自分の声が会話に入り込んだのを発端に、今までの話が急に現実のものとして理解できた。それはソラの胃を押し上げ、なおかつその中をグルグルとかき混ぜる。


 耳で聞いているだけなのに、目の前で見てきたかのように気分が悪かった。


「犯行の前ではなく? 後に、ですか?」


 ソラは口元を押さえながら聞く。


「ええ。風呂に血を流した跡があったと。着替えて、食事をして、屋敷の主の部屋で眠り……出て行ったようですわ」


 ソラは椅子に腰掛けたまま膝に肘をつき、両手で顔を覆い隠した。気づいたジーノが彼女の隣に座り、小さく丸まる背中をさする。


「そういえば……関係があるのかは分かりませんが、憲兵の方から一つ妙なことを聞かれましたの。お屋敷には広いお庭の隅に小さな小屋があるのですけれど、そこに何が居た(・・)のか、と……」


「どういうことです?」


「飼っているような動物はいなかったはずだと申し上げましたら、そこにいたのは動物などではなさそうだとおっしゃるのです」


「馬や、家畜ではないと?」


「小屋の地面には、人間のものらしき大小の足跡が残っていたそうです」


「大小の? 博士にはお子さんがいたんですか?」


「いいえ。そういった話は聞いておりません。奥様とは随分と前にお別れになったはずですし──、あっ!」


「どうしました?」


「そういえば憲兵さんが気にしてらしたのを思い出しましたわ。そうです、奥様の行方をです。それでわたくし、お二人はもう離縁なさって久しいことをお話ししたのですけれど、別れた後に奥様がどちらに移られたのかと聞かれて。その時はどうしてそんなことを気にする必要があるのかと疑問に思ったのですが……」


「そうおっしゃるということは、何か思い当たることがあるんですね?」


「はい。何でもお屋敷の廊下には小屋のものと同じ──おそらく同じであると思われる二人分の足跡が残っていたそうなんですの」


 それを聞いたソラは思わずジーノの袖にしがみついた。


「ちょ、ちょっと待って、ください。それってつまり、小屋の人がお屋敷の人を殺……して回ったってことですか?」


「分かりません。憲兵さんは調査中だと言ってそれ以上のことは教えてくれませんでしたから。ですから、これはわたくしの推測なのですけれど、罰か何かで小屋に入れられたお子さんが業を煮やしてお屋敷の方々を……ああ、恐ろしい! 何て恐ろしいことでしょう」


「で、でも。博士に子どもはいないんじゃ?」 


「いいえ祷り様。わたくし、最初に申し上げましたでしょう。フラン博士のことはとにかくよく分からないとしか言いようがない、と」


「そう、でしたね……」


「人間誰しも秘密の一つや二つは持っているものですわ。ええ、それを隠して人々は大衆の中で暮らしているのです。博士に至っては世間から隔離された生活を送られていましたから、秘密も持ち放題、隠し放題でしょう。つまり……」


「隠し子がいたんじゃないか、と?」


「そういうことです。それでその子は父親であるフラン博士を殺めた後、母親を求めて家を出た。そう考えれば憲兵の方が奥様のことを気にしていたのも、わたくし納得がいくと思いますの。ええ、そう思ったのです」


 そこで彼女は何か考え込むようにして腕を組み、ふと頭の中に思い浮かんだ疑問をその口から、呼吸をするように自然とこぼした。


「魔女にも親はいるのでしょうか?」


「……魔女、ですか。どうしてそんなことを?」


 ソラは突然の話題に、青い顔のままそう問うた。


「──え? 魔女ですか?」


 祠祭は自分が口にした言葉を理解していなかったようで、まるでソラが初めてその単語を出したような気になって聞き返した。


 ソラは嫌な予感を覚えながら、話を進める。


「祠祭様が、魔女にも親はいるのかとおっしゃったので。気になりまして」


「それは……えっと、わたくしもなぜそんな話になったのかは分からないのですが、憲兵さんが今回の事件について、魔女の仕業なんじゃないかと噂してましたの。わたくしは、縁起でもないことを言わないでくださいと言ったのですけれど……」


「うわぁ。マジか」


 まさか殺人の濡れ衣まで着せられることになろうとは思ってもみなかった。自分ではそれを認めていないが、世間一般には魔女と認定されているソラからすれば、それはまったくもってとんでもないことだった。


 とんでもない上に、ろくでもない。


 異世界に来て殺されかけ、そうかと思えば今度は訪ねる先の相手が殺され、それが今まさに自分のせいにされようとしている。


「……」


 ふと、耳の後ろで死の足音が聞こえた気がした。


 ソラは身を縮めて耳を塞ぎ、音を自ら失う。そんな彼女を気遣って背に触れるジーノの手の温度もだんだんと失われていく。ただ背中に何かが張り付いている感覚だけが残り、それは徐々に冷えていってソラの心臓を凍り付かせようとしていた。


 これは。


 自分のせいではない。


 誰が何と言おうと、自分は何もしてない。


 悪いことは何も。


 自らに言い聞かせるようにして心の中で呟き、ソラは顔を上げると凍えるように吐息を漏らした。


「本当に、縁起でもありませんね……」


 かろうじてそう言葉を吐き出したソラの感情は起伏の最も低い部分で停滞していた。その様子を見た祠祭は彼女が気落ちしていると勘違いし、我が身に卑しさを感じて態度を改めた。


「いけませんわね。こんな惨いことに怒り覚えるでも悲しむでもなく、興味本位で推理を語ってしまって。祠祭としての品位に欠けています。本当にお恥ずかしい限りですわ」


 お屋敷の話はこのくらいでやめておきましょう。彼女は前髪を両手で梳きながらそう言う。その仕草は祠祭としての慎みを頭の中にたぐり寄せているかのようであった。


「それで、どうなさいますか? フラン博士にお会いするためにいらっしゃったのであれば、それはもう叶いませんが」


 彼女の問いに答えたのはエースだった。


「そうですね……。フラン博士の奥様というと、確か博士同様に優れた学者でいらしたと記憶しています。過去には魔法院で共同研究を行っていたとも。奥様が屋敷を出られた後、どこに移られたかご存じありませんか?」


「確かカシュニーの魔法院に戻られたという話を聞きましたわ。と言っても、もう何年も前の話ですし、今もそちらにいらっしゃるかは分かりませんけれど」


 祠祭は申し訳なさそうな顔をするが、それは十分に有益な情報だった。もしそこにいないのなら、魔法院に問い合わせて移った先を聞けばいいだけのことである。


 フランに話を聞けなくなった今、エースは彼の元妻に望みをつないでいた。


 それとは──、


「フラン博士と一緒に研究をされていたなら、元奥様の方から魔女に関する情報が得られるかもしれませんね」


「……」


 ジーノが口を滑らせた通りである。


 エースの頬に汗が伝う。


「弟くーん……」


 これにはソラも呆れ顔だった。


「え? え??」


 ただ一人、自分が何を口走ったのか分かっていないジーノは兄とソラとを交互に見て頭に疑問符を浮かべた。


「魔女に関する情報、ですか? なぜ、わざわざそんなことを?」


 そしてジーノは祠祭の訝しむ顔を見て初めて、自分の失態に気づいたのだった。焦る彼女に代わり、視線と声を上擦らせながらエースが弁明する。


「こうして祷り様と旅をしていると、聖人様については各地に伝承として詳しく残っているのに、魔女についてはほとんど残っていない点が気になりまして。えっと……」


「彼は人類の宿敵たる存在について無知であることが不安なのです」


 エースの言葉が怪しくなってきたところで、すかさずソラがフォローを入れる。


「魔女について知りたいなどと、本来は不届きなのかもしれません。ですが、私たちは彼の考えにも一理ありと考えました」


 そうだ。


 その通りだ。エースの行動は理に適っている。


 ソラはしゃべりながら、今まさにその重要性を実感していた。


 逃げるだけでは魔女の誤解は解けない。世間はもう既にソラを魔女だと断じているのだ。ただ「違う」と叫ぶだけでは、相手は絶対に納得してくれない。


 反証があるならソラの方からきっちり示す必要がある。どんなに理不尽だとしても、困難を盾にそれを怠ってはいけない。魔女についてはよく知らないがとにかく違う、では話しが通らないのだ。


 ソラが望む「話し合い」を成立させるためには、どうしても魔女の情報が必要不可欠だった。


「言われてみれば、わたくしも恐れている相手のことを何も知りませんわ。なるほど、祷り様たちがそういったご用事で博士を訪れたということは……そうであるのなら、あの方は魔女について研究なさっていたのですね?」


 フランのことを「よく分からない」と説明した祠祭は、やはり彼の研究内容について把握していないようだった。


 ソラのフォローを受けて調子を取り戻したエースが彼女の言葉に力強く頷き、肯定する。


「ええ。魔法院を去ってからは存じ上げませんが、少なくとも在籍中はそういった研究をされていたと聞きました。今回はそれを当てにこちらを訪ねたのです」


「そうでしたか。だとすると、やはりお会いできないのは残念でしたわね。本当に残念ですわ」


 まるでソラたちの落胆を代弁して、祠祭は大きなため息をつく。その後、未だ顔色が悪いソラを心配して、彼女は気を取り直したようにして手を叩いた。


「後のことは憲兵さんにお任せしましょう! そうそう、祷り様。お祈りの準備はどういたしましょう? 足の具合が芳しくないようでしたら、椅子をご用意いたしますが」


「あ……はい、できれば。そのようにお願いします」


 ソラがそう言うと、彼女は布団を見に行った時のようにサッといなくなってしまった。


 礼拝堂に残された三人に、わずかな沈黙が流れる。


 エースはジーノを振り返って、その額をつんと人差し指で押した。


「迂闊だったね」


「すみません」


「失敗は誰にでもあるよ。次は気をつけよう」


「はい」


 ジーノに対するエースの態度は優しいというか、甘い。だが、本人が自分の非を認めて落ち込んでいることを考えれば、叱りつけるよりはまともな対応であろう。


 エースは続けてソラに目を向け、言った。


「ソラ様も、先程はありがとうございました」


「私も?」


 ソラとしては礼を言われるほどのことをした覚えはなかったので、思わず目をぱちくりとさせた。


「途切れそうになった話をつなげてもらって、とても助かりました」


「そうだった? お役に立てたなら何よりだよ」


 しかし礼というのは言われれば嬉しいもので、ソラは低浮上だった感情をわずかに上向かせてはにかんだ。

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