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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第18話 「鳩不知 1/3」

 フラン邸まで続く小道を右手に見ながら、ソラたちは十字に分かれたその道を真っ直ぐに素通りした。なぜかと言えば、その手前ですれ違った憲兵から、この先の右に入る道は封鎖されているという話を聞いていたからだった。


「何があったのでしょうか?」


 封鎖口から十分に距離を取ったところで、ジーノがそう言って首を傾げる。


「分からない。でも、憲兵があんなにいるとなると、あまりいいことではなさそうだね」


 十字路に二人。遠くに見えたフラン邸の門扉の前にもう二人。その向こうに、敷地内を走り回る数人が見えた。


「ここを少し行ったところに村があるから、そこで聞いてみよう」


「分かりました」


 馬を操る兄妹の代わりに、ソラが後ろを振り向いて憲兵の様子を窺う。すると、周辺の見回りから帰ってきたのか、また別の二人が屋敷の方へ走っていくところだった。


 ソラはそのまま視線を上空に移して、ぴろぴろと鳴く鳥を目で追う。空には深い青が広がっていた。空気は暖かく、日中は外套もいらないくらいだ。しかし前日までは雨が降っていたのか、地面は人や馬の足跡がついたまま乾いていた。


 その凸凹の悪路を数分進むと、小さな教会を囲むようにして十軒ほどの民家が集まる集落があった。教会の前まで来て、ソラは先に馬を下りたエースの手を借りて自分も地面に下りた。薬で軽減しても痛みが残る足を補助するため、急拵えではあるが作ってもらった杖を突いて正面の礼拝堂へ向かう。


 堂の中には長椅子が左右に三つずつ、前後の間隔をギリギリまで狭めて置かれていた。ソルテ村のそれに比べれば、狭小と言わざるを得ない作りである。


「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」


「はぁい。今行きま~す」


 エースが呼びかけると、奥からおっとりとした雰囲気の女性が出てきた。


 フワフワと軽い足取りの彼女は、独自にフリルをあしらった祠祭服を着ていた。


「まぁ、あらあら。どうなさいました~?」


 スランが着ていたものとは似ても似つかないその服に、ジーノはぎょっとしたようだった。ともすれば二次元にありがちなゴスロリ修道服のようにも見えるそれには、ソラも苦笑を漏らす。


 唯一、エースだけが平常心を保っている。


「憲兵さんへの苦情でしたらあちら様に直接申し入れてくださいな」


「いえ、あの……俺たちは──」


「あら? 村の方ではありませんわ。ということはお客様ですわね。祠祭様~! って、いけません。それはわたくしでした。てへ」


 彼女は小さく舌を出して自分の頭を小突いた。そんな彼女を前にしたソラの素直な感想は、「わあ。すごい」。


 何がすごいかと言えば、彼女が持つ毛糸のように柔らかい雰囲気であった。年はソラと同じか少し上くらいだろうというのに、テヘペロを許容させるとは恐れ入る。並の女には真似のできない芸当だ。


 ジーノくらいの美少女兼美少年でなければ、ただのイタい人になりかねない……ソラは試しにジーノの姿を思い描いてその仕草を彼女にさせてみた。


「すみませんソラ様。私ったらうっかり砂糖と塩を間違えてしまいました。てへっ」


 彼女に限って砂糖と塩を取り違えるなんてことはないだろうが、それを許して失敗作を完食してしまえるくらいには可愛い。


 とても可愛い。


 そんなソラの妄想をよそに、祠祭は両手を広げて三人に歓迎の意を示した。


「ようこそ辺境のド田舎へ。ド田舎の辺境と言った方がいいでしょうか? いえいえどちらでも構いませんわね。とにかくこんな辺鄙な村にお客様、しかも巡礼者の方々がいらっしゃるなんて、わたくし思ってもみませんでした。こんなこともあるのですね」


「どうもお世話になります。それで、あの──」


「はい。はい。何でしょうか。不肖ながらわたくしがお伺いいたします。この教会にはわたくししかおりませんので。はい」


 エースの言葉を食い気味なのは気のせいではない。祠祭はさらに言葉を続ける。


「何でもお聞きになってくださいな。わたくし何事も嘘偽りなくお答えいたしますことをここに誓いますわ」


「え? えっと、聞きたいこと……」


「ええそうです。何やらわたくしに聞きたいことがおありとお見受けしたもので。そうなんです。わたくしこういった直感に関しては鋭い方だと村の方々にも評判ですの。何でも、言ってることは分からないが言わんとしていることは分かるとかで」


「あ……そ、そうなんですか──」


「そうそう! それよりも祷り様がおいでなのですから、お祈りの準備などしなければなりませんね。わたくしったらまぁ、いけませんわ。でしたらしばしお待ちを──いえその前に一つお聞きしないと。祷り様はお祈りのために立ち寄られたのですか? それとも今晩の宿をお探しなのでしょうか?」


「一晩宿坊をお貸しいただけないかとは、思っていましたが」


「かしこまりました。しかし今はまだ昼過ぎです。そして朝起きたら久しぶりの晴れ空ではありませんか。わたくし何かこう肩の辺りがムズムズとして全部のお部屋のお布団を洗ってしまったのでした。ですのでお泊まりいただく部屋にお布団がございませんの。そうなのですわ。そうでした。あとどのくらいで乾くか見てきますわね! 今すぐに!」


「あ……の……、はい」


 どこで息継ぎをしているのかも分からない。


 勢いだけでしゃべる彼女に、エースは顔をひきつらせて頷くことしかできなかった。その後ろで、ソラがジーノにこそこそと話しかける。


「何か随分と個性的な祠祭さんだね」


「ええ。私もちょっと驚きです」


 ジーノは祠祭のマシンガントークに中てられて少々疲れたような顔をしていた。後ろで聞いていただけの彼女でもこの様子なのだから、正面切って会話をしていたエースはさらに気力を削がれたに違いない。


 ソラはエースをつついて振り向かせる。


「エースくん、大丈夫?」


「口を挟む暇もありませんでした」


「だねぇ。私が話そうか?」


 そろそろ年上として頼りになるところを見せておくべきではなかろうか。日頃から失態や情けないところしか見せていないだけに、ソラとしてはここで一気に名誉挽回といきたいのだった。


「得手不得手、合う合わないはあるからね。まあ、私も交渉とかそういうのあんま得意じゃないけど」


 そんな一言を加えて最初から逃げ腰になっている辺り、嫌な予感しかしないわけだが、ソラは意気揚々とエースの前に踏み出してみる。


 祠祭はソラの決意のすぐ後に戻ってきた。


「申し訳ありません。まだ乾いていないようでした。けれど夕方までにはどうにかなると思いますわ。はい、確かにそうだと思いますのでご安心を。今夜のお布団はふかふかですよ」


「それはよかったです。ところでお聞きしたいことがあるんですけど──」


「何なりと! わたくし一体どんなことを聞かれるのかと先ほどから心臓がドキドキと鳴って、もう口から飛び出そうでしたの。さあさあ祷り様、お話になってください。ですがその前に、祷り様は足がお悪いようですので、どうぞそこの椅子に腰掛けてくださいな。ご遠慮などなさらず」


「アー、じゃあお言葉に甘えて……」


 ソラは促されて長椅子に座った。祠祭を見上げて話す形になり、何となく既に劣勢の位置である。


「さて何でしたでしょうか。ええそう。お話をお聞きするのでした。そういうわけでして祷り様、早速お話ください。何でしょう?」


「えっと。ここに来るまでに憲兵さんを大勢見たんですけど、あれは──?」


「祷り様も彼らを見たのですね。見られたのですね。もうここ数日というものずぅーっと道を行ったり来たりで、村の方からも苦情が来ているのですよ。困ったものです。わたくしも困っているのです。本当に」


「そうだったんですね。それで──」


「それで憲兵さんたちがあちこち走り回るものですから、そうなると道が荒れますでしょう? 馬車の車輪が引っかかったとか歩きにくいとか、果てにはいつになったら晴れるんだとか、お天気のことまで文句をつけられてしまって。わたくしほとほと困り果てていたところでしたの」


「そ、それは大変ですね。では憲兵さんのことはひとまず置いておいて、フラン博士のことなんですが」


「フラン博士ですか? あの方は少し変わってらして。わたくしも時々お会いすることはあったのですが、お話が通じるような通じないような。いつも険しいお顔をしておいでなのです。何か難しいことを考えてらっしゃるのでしょうね。わたくしには想像もつきませんわ」


「はい、えっと、それ」


「ええそうなんです。それでわたくしは一度、何を研究してらっしゃるのかと聞いてみたことがあるのですけれど、やはりと言うべきか何と言うか、聞くだけ無駄だったということですわね。何をおっしゃっているのかまるで分かりませんの。あまつさえ博士はわたくしの方が何を言っているのか分からないなんてひどいことをおっしゃって。あんまりですわ。ええ。とっても。村の方々も博士には呆れ顔で、風向きによってはお屋敷の方から悪臭が漂ってくることもありまして、そういったことも全部わたくしの方に苦情が来ていたものですから、そんな経緯もあっていったい何の研究をしているのかとお聞きしましたの」


「……あー、の」


「あら? わたくし確か憲兵さんのお話をしていませんでした? そのはずでしたわね。ええ。フラン博士のことはよく分からない方だと申し上げるほかにございませんわ。とにかく何も分かりませんのよ。あ! 憲兵さんたちですが、さすがにこの教会は寝泊まりするには小さいので、皆さん身の回りのことはご自分で面倒を見るとおっしゃられて。博士のお屋敷とは反対方向に真っ直ぐに行くと小さな広場があるのですけれど、そこで野営をしているようですわ」


「すみません、ちょっと失礼します」


 ソラはしゃべり続ける祠祭から顔を背け、ジーノとエースの方に振り返った。


「この人、口から先に生まれたって言うか口そのものから生まれたんじゃないの……!?」


 彼女は水攻めの拷問でも受けたかのような顔で、息も絶え絶えにそう言った。分不相応に見栄を張ったソラは自分の浅はかさを思い知り、やることなすこと平均以下という自分の能力を改めて自覚した。


「このままじゃ話が進まないよ」


「ど、どうしましょう……」


 暗い顔をする成人組を見かね、ジーノが二人に代わって前に出る。


「祠祭様。私の方からお話をお聞きして構わないでしょうか?」


 ジーノはエースの「弟」として話す時、いつもより心なしか低めの声になる。そのおかげなのか、これまで一度も妹だとバレたことはない。


 ないのだが……。


「まあ! 綺麗なお嬢さんですこと」


 祠祭の彼女は持ち前の直感でもってジーノの正体を見破ったのであった。


「……私は男なのですが」


「あら、ら? そうなのですか? わたくしったら何て失礼なことを。ごめんなさいね。あまりにも綺麗なお顔立ちだったものですから。すっかり誤解していましたわ」


 しかしながら人がよすぎるのか、彼女はジーノの言葉を疑うことなく信じているようだった。


 ジーノは気を取り直して先を続ける。


「祠祭様。最初に一つお願いがあります」


「はい。どうぞおっしゃってくださいな。一体何でしょうか。わたくしとっても気になりますわ。ええ、もうずっと気になっていますのよ」


「大変申し訳ないのですが、私には祠祭様のお話が早口に聞こえてしまって。耳が追いつかないので、もう少しゆっくりとお話をしてくださいますよう、お願いしても構わないでしょうか?」


 ジーノは自分もゆっくりとした口調で、いかにも儚げな雰囲気を醸し出して胸を押さえ、そっと息を吐く。


「それはそれは! わたくしまたしても失敗ですわね。村の方にもよく指摘されますの。なのでどうにか直そうとは思っているのですけれど、長年この口でおしゃべりしてきたものですからね。なかなか思うようにいかなくて……。あ……、いえ、ごめんなさい。ゆっくり、でしたわね。気をつけますわ」


「はい。ありがとうございます」


「それで……何でしたかしら? お話というのは?」


 お願い一つでここまで聞き分けが良くなるとは驚きである。


「すごー。まるで魔法をかけたみたいだね」


「ジーノは魔法使いですよ?」


「そうだった!」


 一歩下がったところでソラとエースがそんなことを囁きながらアハハと笑っていると、ジーノが咳払いを一つして場を仕切り直した。


「フラン博士のお屋敷で何かあったのですか?」


「何か、というか……」


 端的に疑問を口にしたジーノに、祠祭は先程までの勢いをなくして言いよどんだ。その隙に、ジーノは自分たちの目的を付け加える。


「実を言いますと私たち、巡礼者としてはもちろんなのですが、フラン博士にも少しお話をお聞きしたくて、ここまで訪ねて参りました。それで、祠祭様には博士にお話の取り次ぎをお願いできたらと思っていたのです」


「そうでしたか。博士に御用事だったのですね。であれば、お話ししないといけないのかも……いえ、しなければなりませんね。理由もなくお断りすることはできませんもの」


「あの、断るというのは? いったいどういうことでしょう?」


「ええっと……無駄話をして言わなければならないことが迷子になってしまう前に、きちんと言ってしまいますわね」


 祠祭はそこで一呼吸置いて、深刻な表情で口を開いた。


「フラン博士はお亡くなりになりました」

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