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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第17話 「少年の疑問」

 魔女一行の後を約二日遅れで追いながら、騎士の二人は狩った鳥を使った煮出しを作っていた。


「今日のごはんは鳥鍋だー」


 ロカルシュは野菜を切りながらルンルンと鼻歌を歌う。カシュニー地方へ入ってからというもの、もう冬の様相はどこにも見あたらず、外で一夜を明かすこともできるようになっていた。


 ロカルシュはジャガイモや人参を切って煮立つ鍋に落とし、固形の調味料を適当に入れ、次に投入予定の豆と茸を準備する。


「ねーねー。セナは魔女さん見つけたらどうするのー?」


 杓子で鍋を丹念にかき混ぜながら、ロカルシュが聞く。セナは鳥を捌く手を取め、しばらく考え込んでから言った。


「まずは……そうだな。足とか撃ち抜いて動きを封じるかな」


「遠くから?」


「遠くから」


「そっかー。そういうの騎士としてどうかと思うけどぉ?」


「騎士道精神で正面切って、また逃げられたら面倒だろ。先手必勝だ」


 切り分けた肉を鍋の前に持って行くと、ロカルシュが「その前に少し焼いてー」と、その手を止めた。


 セナは口を尖らせて話を続ける。


「そもそも俺らの本来の任務は諜報なんだぞ。こそこそ隠れて情報を探るのがお仕事。騎士道なんてモンはあるだけ邪魔なの」


 少年は何も、作業を止められたからむくれているわけではなかった。


 本当だったら今頃は同じ隊の皆と一緒にプラディナムの災害復興に当たっていたはずなのに。そう思うと、どうして自分たちが今こんな──魔女を追えと言われて大陸をかけずり回る羽目になっているのかと、腹が立ってくるのだった。


 セナは荷物の中から小さな炒め鍋を取り出し、油を引いて肉を焼き始める。


「俺としては、魔女なんかさっさと捕まえて隊に合流したいんだよ」


「でもでもー、不意打ちってひどくない?」


「アンタいつから騎士道に目覚めた? つーか魔女にひどいもクソもあるか」


「容赦ないなー」


 本来の任務から外されて不服を抱えているセナとしては、例え恨みがなかったとしても魔女に手加減をしてやる理由はない。


「ま、セナがそう言うなら私は全力で支援するよー。空からバレないように監視しとくねー」


「おう。任せた、ぜ? ンン?」


「ン~?」


「アンタ今、監視しとくって言ったか?」


「……」


「それだとまるで、もう見つけてるような言い方だな?」


「……あう」


「おいロッカ、正直に答えろよ。魔女を見つけたのか?」


「えっとー、うん。あ! ちょっと待って怒らないで!! これにはちゃんとワケがあるのー」


 鍋を揺するセナの目がすわる。危機感を覚えたロカルシュはあわてて弁明した。


「み、見つけたのはぁ、金髪の兄弟を連れた祷り様の方でね。それでね、セナはまだ黒っぽい灰色って言ってたから、私の方でも確証を得ない限りは報告できなかったってゆーか……その、ごめんなさい!」


 怒らないでー、と身振り手振りも交えて必死に言い訳する。


 対するセナは己の内に溜めた感情を吐き出すようにしてため息をつき、胸の前に構えていた木べらを下ろした。


「御一行様にはどれくらいで追いつけそうなんだ?」


「今のところだいたい二日? 正確には一日半? くらいの遅れでついてってるところー。でも、追いついたらどうするの? すぐに出てって直接問いただすとかー?」


「まずはアンタが上から観察、それと位置の報告な。魔力の痕跡が金髪女のと同じか確認、もしくは祷り様の顔が手配書と一致したら……さっき言ったとおりだ。そのまま狙撃する」


「りょーかい! 何かいつもの任務みたいになってきたねー」


 今後の対応が決まったのと、ロカルシュが鍋をかき混ぜる手で肉の投入を合図したのとは、ほぼ同時だった。セナは煮立った湯が跳ねないよう、低い位置から炒めた肉を落とし、反対側からはロカルシュが豆と茸を放り込んだ。


 肉に火が通れば今夜の食事は完成である。


 その合間の沈黙を潰すかのように、セナがロカルシュに一つの疑問をぶつける。


「アンタって獣使いのくせに、平気で肉とか食うよな」


「だって食べないとお腹空くしー?」


「いや、うん。そりゃそうだけど、アンタは動物と仲がいいわけだろ? かわいそう、とかねぇの?」


「ええー? だって……だってさ、お腹空いたら死んじゃうじゃん? 死ぬのは誰だって嫌でしょー?」


「まあな」


 鍋の中で浮き沈みする肉の様子を見ながら、ロカルシュは続ける。


「例えば、セナが鳥さんを食べるとするでしょ。その鳥さんは鼠とか虫とか食べるでしょ。鼠さんはお魚とか木の実を食べて、虫さんは他の虫とか葉っぱを食べたりしてるわけだよねー?」


「そうだな」


「セナだって、油断してたら熊さんに食べられるかもよ?」


「は?」


「その熊さんはもっと大きな動物に食べられちゃうかもー。がおー」


 セナは何となく、彼が言わんとしていることが分かった。つまり、自分たちの食事は食物連鎖の中の一部に過ぎず、それは人間も野生の動物も同じであるとロカルシュは言いたいらしかった。


「みんな生きてればお腹空くし、そしたら食べるのは当たり前でしょ? 何がかわいそうなの?」


「アンタ、思考まで動物じみてんのかよ」


「人間も動物だよー?」


「あーはいはい。そうだな」


 つい先ほどまで元気に空を飛んでいた鳥を狩り、調理し、今からその肉を噛み切って、胃袋に納める。


 ロカルシュは獣を「友」とする人間だというのに、その行為を良心の呵責もなく平然とやってのける。そんな彼に、いつだったか「どうして菜食主義じゃないんだ?」と聞いたことがあった。


 返ってきた答えは、「何で葉っぱならかわいそうじゃないの?」であった。動物がかわいそうなら野菜も食べるのはかわいそうだろうというのが彼の考えで、野菜がかわいそうでないから動物だって食べるのはかわいそうではないと彼は言うのだった。


 それを知るセナは時折、ロカルシュについて不安に思うことがある。


「……アンタさ、俺が熊に食われたら悲しいか? 俺の不幸を嘆いてくれるか?」


 彼にも感情があることは分かっている。だが、セナには時々、彼が感情を知っているだけの人形のように見えることがあるのだ。人間も使役できる能力を持つ彼は、自分さえもどこかから操っているのではないか。


 つい、そんなことを考えてしまう。


「え? 熊さんに食べられたらセナ死んじゃうじゃん! 悲しい! 嘆くよー」


「それがかわいそうっていう感情なんだけどな」


「それは知ってるよー?」


 とはいえ、それはあくまでセナが受ける印象であって、実際のところロカルシュは本人を含む誰にも操られることなく、彼自身の意思で自由気ままに生きている。


 首を傾げるロカルシュから杓子を借り、セナはできあがった夕食を皿に取り分ける。


「なら、何で俺がさっき言ったのは分からないんだ? そしたら動物だってかわいそうだろ?」


「だってセナは違うもん」


 それは本当に、そのままの意味だった。ロカルシュにとってセナは特別であり、他の人間。動物とは違う存在なのだ。


 故郷では得られなかった、信頼を寄せてくれるたった一人の人間。難しい話を理解できない愚かな自分を相棒と呼んでくれる唯一の「人」。


 セナはキラキラと目を輝かせてそう語るロカルシュから体を半身ほど引き離し、半眼になる。


「意味分かんねぇな、アンタ」


「私もセナが言ってること、よく分かんなーい」


「まぁ……世界の見え方なんて、人それぞれか。とにかく今は飯だな」


 セナは諦めたような顔で胸の前で手を握った。


「今日の糧に感謝いたします」


 珍しく食事の前の祈りを捧げる。


「かんしゃ~」


 ロカルシュはといえば、感謝を言葉にしてすぐに手を着け始めていた。口の周りに汁を飛ばしながら、急いで食べねば誰かに取られるとでも言いたげにかき込んでいる。


「ふぉいはんほあふぉへ──」


「こら。飲み込んでから話せっていつも言ってんだろ」


「んぐ……。鳥さん、あとでちゃんと弔ってあげないとねー」


「……弔う、ね」


「ン~? なぁに? セナは何で難しい顔して怒ってるのー?」


「怒ってない。ただ、よくよくアンタの手綱を握っておかなきゃならないって思っただけだ」


「そう? 怒ってないならいいけどぉ?」


 それからしばらく無言のまま腹を満たす行為に没頭する。


 食べ終わる頃合いになると、セナの肩に矢羽の形に折られた紙が落ちてきた。


 少年は食器を片づける手を止め、折り目を開く。そこにあったのは見慣れた筆跡だった。


「隊長からの鳩だ」


「なんてー?」


「金髪女は事情を聞くため生かして確保、だとよ」


「やっと決まったんだねー。遅すぎー」


「あとな、ここを行った先の屋敷で元魔法院の学者先生が事件に巻き込まれたらしいぜ。魔女の仕業かもしれないから一応確認しとけってよ」


「学者? 誰だろー?」


「フラン博士。ほら、魔女の研究やって魔法院から追ん出された偏屈オヤジだよ」


 セナは指示書に添付されていたフラン邸周辺の地図を頭に入れると、元の通りに折り直して懐に仕舞う。


「現場には憲兵もいるみたいだし、明日は朝イチで直行するか」


「はーい」


「ロッカは引き続き祷り様御一行を見失わないこと。それから、くれぐれも自分が獣使いだってことは隠しておけよ。カシュニーじゃその能力は歓迎されねぇんだから」


 カシュニー地方は昔から魔法至上主義の理論家が多い。その気質ゆえに魔法院がこの地域で発足したのだが、院では動物を使役する能力を持つ者を「獣の血が混ざった野蛮人」と見る嫌いがある。


 その考えは院が絶大な権力を持つこの地方全体の気質となり、根強く蔓延していた。


「分かってるよー。私だって面倒な人たちにグチグチ言われるのヤだもーん」


 ロカルシュはペンカーデルの魔法院での出来事を思い出し、苦々しく忌々しく口元をひきつらせていた。


「でもでも、そしたらふっくんはお馬さんと一緒にお留守番かな?」


「ちょっとの間なら、ソイツがいなくても大丈夫だろ?」


「うん。虫さんとかの目を使わせてもらうから、だいじょーぶ。場合によってはセナのも借りるかもー」


「分かった。そのときは何か合図してくれ。いきなりだと驚いて変な声が出そうだ」


「何それ聞いてみたーい」


「やめろよ?」


「エヘヘー。冗談じょうだーん」


 ロカルシュは朗らかに笑いながら、竜睛石の瞳がはめ込まれた作り物の目を開いてフクロウの方を向く。フクロウの青灰色の瞳に映し出される自分の姿を見ながら、彼は悪戯っぽい仕草で片目を瞑った。

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