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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第16話 「物騒な兄妹」

 世の中には聞かなければよかったと思うようなことが多々ある。


 灰色の雲から落ちてくる雪が雨に変わり、吐く息の色も分からなくなってくると、ようやくカシュニー地方にやってきたという実感があった。そんなある日、ソラもそういった後悔を味わっていた。


 発端は、ソラの足の痛みを診るために取った休憩だった。三人はこの地方では珍しい低木の下、木の葉の傘で雨宿りをしていた。服の水気を払いながら、ソラが膝を押さえて顔をしかめる。


「イタタ。お祈りの時に膝をついてるせいかな? 痛みが脛の方まで下りてきてるあたりヤバい感じ」


「腫れは引いていますね……」


 エースが患部を見ながら聞く。


「やはり、動かしていると痛い感じですか?」


「いや、最近は安静時にも痛いんだよね。寝れないほどじゃないけど、横になってる時もズキズキしてる」


「……」


 エースは痛みの理由が分からず、首をひねった。祈りの際の体勢が負担になっているのはその通りだろうが、それ以外にも要因が隠れていそうな気がする。


「すみません、ソラ様。今の俺には、この痛みの原因を特定することができません……」


「そう落ち込みなさるな、お兄さん。誰にだって分からないことはあるよ」


 状況をうやむやにされるよりは、不明な部分をはっきりと言ってもらった方が、ソラとしても割り切ることができる。医者が分からないのなら、素人が気を揉んでも仕方がない、といった心境だ。


「今はとにかく、痛みを軽減する湿布薬を貼って様子を見ましょう」


「分かりました──、あっ! そういえばさ、エースくんって大きな街に寄るといつも市場に買い物に行くけど、あれって何を買ってるの?」


「一番はやはり、薬草ですね」 


「でもさ、薬草って言ってもそんな頻繁に消費してはないでしょ? 使うって言ったら教会でのお祈りの後とか、私が転んだときとか……」


 思い当たるのは、ソラが石につまずいたり、ソラが紙で手を切ったり、ソラが猫に引っかかれ(以下略)した時である。


 ソラは軽くショックを受ける。


「使ってるの私ばっかなんだけど」


「……薬草以外だと、最近までは煙玉に使う材料を集めてました」


「煙玉?」


「いざという時に煙の幕を張って逃げるんです」


「煙幕か。ほほう」


 加えてエースは、巷の噂で王国騎士に追われていることを知ってからというもの、足止めの効果を強化したアイテムの開発にも着手しているらしい。


「煙で視界を奪うほかに、目を刺激して涙や痛みを引き起こすように改良したり」


「催涙ガスってやつですね?」


「あと、大きな音と強い光を発する閃光筒もあって、馬の近くで使えないのが難点ですが、場合によってはこれを使って相手が怯んだ隙に応戦するなり逃げるなりできればと考えてます」


「スタングレネード的な何か……」


 ソラはやけに発想が物騒になってきたようなと思いながら、エースが荷物の中から頑丈な箱を取り出すのを見つめる。


 その中から出てきた彼の秘密道具は筒の形状で、握れば手のひらに隠れるくらいの小さなものだった。ソラはてっきり導火線がついた球状の物体を想像していたが、そうではないらしい。


「あれ? これってキミの腰のやつと同じ……?」


 それはエースのベルトからぶら下がっている物と同一に見えた。筒は全体の半分ほどをキャップに覆われ、そのキャップは上部にあいた穴に紐を通してベルトからつり下げられていた。


「ええ。ここから引き抜くと同時に導火線に火がつく仕組みになっていて、線の長さで爆発までの時間を調節します」


「爆発なんて言葉を聞くと、いよいよもって穏やかじゃないね?」


「それだけ危険な旅をしているのだと、ソラ様もご自覚なさってください」


 それまで黙っていたジーノが身を乗り出して、ソラに人差し指を突きつける。


「う……、ジーノちゃんの言うとおりだね。でも、こんな危ない物を使わせたくはないなぁ」


「大丈夫ですよ。お兄様は魔術の扱いに長けていますから!」


「はい。お任せください」


 ふんす! といった様子で得意げな顔のエースに対し、ソラは非常に微妙な表情を浮かべて話を逸らした。


「うーん、そうかそうか。爆発関係の話はよーく分かった。ので、そしたらお薬の話をしましょう」


「薬ですか?」


「そ。どんな薬草を買ってるの?」


「えっと……ソルテ村を出てくるときにバタバタしてて持ち出せなかった分を補充してるんです。傷薬や湿布に必要な薬草は割と手に入りやすいのですが、止血薬や睡眠薬に必要なものとなると、なかなか見つからなくて」


「あのね、止血とかはもしもの大怪我の時ってことで分かるんですけど、睡眠薬って必要? そりゃ、ストレス──精神に負担がかかって寝られなくなったら確かに必要かもだけどさ」


「それもそうなんですが、まぁ……そのほかにも使い方はいろいろとあるので」


 顎に手をやって言いにくそうにするエースに不穏な気配を察したソラは、それ以上追求しなかった。


「オーケー。それについては聞かないでおこう」


 ソラの中では「ちょっとズレてる雰囲気ふんわりのぽやぽやな青年」といったイメージのエースだったが、その実体は割と強かであった。答える必要がないと分かった途端、エースは表情を元に戻す。


「──と言っても、ジーノがいるのであれば、いざという時なんて来ない気もしますが」


 エースにそう言われて、ソラは自然とジーノに目をやる。


 三日三晩どころか一週間近く魔法を使い続けても一日寝込むだけで済んだ彼女がいれば、エースがそう言うのも分かる気がした。


 視線を受けたジーノは両手を握りしめ、意気揚々と言う。


「ええ。ソラ様もお兄様も、この私がしっかりとお守りいたします。どうぞご心配なさらず!」


 何ぞ警備会社のキャッチフレーズのようだ。ソラどころか兄さえも守るとは何とも勇ましい妹である。当のエースは守られることに対して少々引け目を感じるのか、苦笑いを浮かべていた。


「ジーノは攻守ともに優れた魔法使いですから。ご安心ください」


「フフッ。ほとんど力押しですけど、頑張りますね!」


「ジーノちゃん。キミの力押しはシャレにならんよ」


 ソラの脳裏に、魔法で元老をぶちのめしかけたジーノの姿が蘇る。そうなると、騎士相手にも膨大な魔力量を盾に殲滅する様子が目に浮かんだ。


 ジーノは兄の褒め言葉に頬をほんのりと赤く染め、照れている。


 兄が兄なら妹も妹だ。


「キミたち、護衛としては頼もしいけど、割と力ずくで物事を解決しようとするのは心配だよ」


「そうですか?」


 兄妹はそろって疑問符を浮かべる。


「後先考えずに突っ込んで行って怪我しそう。特にジーノちゃんは言い出したら聞かない性格っぽいし、そういうところが災いしそうで不安」


「それに関しては、俺も少し不安なところがあります」


「お兄様まで!? 私、そんなに自分勝手でしょうか?」


「人が止めるのも聞かずに、髪切って男装したのは誰でしょうかね?」


「……私でした」


「ま、自分勝手とまでは言わないけどね。そういう時にどうやって落ち着かせるか、私の方でも考えておかないとかも」


「お手数をおかけします……」


 しょんぼりとするジーノはそこではたと気づいて、ソラに囁いた。


「ですが、ソラ様はできるだけお兄様のそばにいてくださいね」


「そうなの?」


「万が一にも私は魔力が尽きたら使い物になりません。魔法に頼らず戦えるのはお兄様ですから」


「戦う?」


 言いながら、ソラは眉をひそめる。


 兄妹の中では、いざという時には応戦することが前提になっているようだった。ソラは頭痛がしたわけでもなしに額を押さえた。


「ちょっとお聞きしたいんだけど。お二人さん、追っ手に追いつかれたらどうするつもり?」


「追いつかれたら、ですか?」


「ソラ様に何かあってはいけませんから……」


 エースとジーノはしばらく考え込むと、同じタイミングで手を打って顔を見合わせ、


「やられる前にやります」


 などと言うのだった。


 ソラはうつむき、目も当てられないと言わんばかりにため息をついた。


「まったく潔いまでに物騒だね、キミたちは。そうじゃなく、やられる前に逃げるんだよ。だいたい、何かあったらいけないのはキミたちの方でしょうが。まったくもー。そこんとこ分かってないんだもんなぁ……」


 ソラは呆れた様子で顔を覆い隠した。


 そうこう話しているうちに雨も上がり、三人は休憩を終えて旅路を再開する。


 エースと共に馬に揺られながら、ソラはやや神妙な口調で言った。


「いい機会だし、追いつかれた時の対応を話し合っておこうか?」


「ソラ様はどのようにお考えなんです?」


「まず何を置いても、さっき言ったようにやられる前に逃げる。これは絶対ね」


 下手に事を構えて兄妹に怪我をされても困るし、何よりソラは自分たちに敵対の意思があると思われたくない理由があった。


「一つ質問なんだけど、私を追ってるのは王国騎士って話じゃない。それってどんな組織? 王国って名前が付くからには、王様の軍なんだよね?」


「ええ。本来は王の命を受けて国を守ってくださる方々なんですが……大陸統一以降は国政でも魔法院が台頭し、王を影で操っているという話もあるくらいで。今や指令系統も一部は魔法院が握っている状態と聞きます」


「ええー? そう聞くと何かイメージ悪いな……」


 エースの解説にソラは頭を悩ませる。


「騎士様って、無抵抗な相手にも平気で魔法ぶち込んできたりする人たちなんだろうか?」


 魔法院では元老に問答無用で身動きを封じられ、死を宣告された。そんな輩の命令を受ける組織と聞いたソラの頭の中では、王国騎士とはまるで無法者の集まりのように思い描かれるのであった。


 その想像を打ち消すように、ジーノが答える。


「私の知っている限りでは、嘘偽りなく何事にも正々堂々と立ち向かい、公正公平を重んじる方々のはずです。組織の司令官はどうであれ、騎士様個人は高潔な魂の持ち主である……と私は信じています」


「そっか。まぁ例外があることは頭に置いておくとして、それなら魔法院よりは話が通じそうだね。少しは希望があるかも」


 そこでソラは人差し指を立てて、一つの決意を表明する。


「そしたらですね。逃げる前に、私としてはやっておきたいことがあります」


「何でしょうか?」


「相手に聞く耳があるかは分からないけど、可能なら話し合いたいんだ。私には過去の魔女と同じ蛮行を繰り返すつもりはないんだって、分かってもらいたい」


 スランの前では、ソラは自分を魔女だと言ったが、他に対してもその存在になってやる義理はない。そう言うソラに、兄妹は少し呆れた顔をしていた。


「失礼ですが、ソラ様は魔女が皆にどれだけ……恨まれているか、お分かりですか?」


「分からないわけではないと思うよ?」


 最初に魔女だと疑われたときにエースから向けられた敵意。


 人から恨まれるという感覚が身に染みて分かったのは、兄妹を連れ去るソラに怒りを我慢していたスランの目を見たときだった。


 そんな彼と同じ目をして魔女への憎しみを語った、地滑りのあった村の人々。


 ソラが魔女だと断定されれば、それらの目が語るのと同じ感情を世界中から向けられることになる。それはどうしたって、耐えられることではない。


「私は自分の無実を主張しなきゃならないんだ。いやホント、とんだ濡れ衣だからね。たまったもんじゃないよ」


 ましてやジーノとエースがそばにいる今、二人の立場を守るためにもソラは自分の身の潔白を声高に叫ばなければならないのだった。


「私は魔女じゃない。世界に仇なすつもりもない」


「ならばなぜ逃げた、と言い返されたら?」


「そんなの、魔法院のせいだってはっきり言うよ。誰だって殺すって脅されたら全力で逃げるでしょ。対抗できるだけの力がないなら尚更。よって私に非はない。悪いのはあのクソハゲ──」


 言っていてだんだんと腹が立ってきたソラは、思わず汚い言葉を使ってしまった口を押さえ、咳払いをして言い直した。


「コホン、失礼……悪いのは魔法院の元老なんだから。そこんところなあなあにするつもりはないよ。事実はきっちり主張しておかないとね」


「その話を聞いてもらうためにも、こちらからは一切、敵対行動を起こさない。ということですか?」


 ソラが言いたかった結論を代わりに言ってくれたエースに、彼女は指をパチンと鳴らして頷いた。


「そう。専守防衛というか、まぁ打算的に言えば正当防衛を狙うというか。対立することになっても、あくまで相手の動きがあってから対応するってことで」


「そうなると、ジーノの守りが要ですね」


「うん、そうなの。ジーノちゃんがいなかったらまず考えなかったことだし」


 彼女の膨大な魔力による鉄壁の守りがあれば、万が一に攻撃されたとしても、こちらに被害が出ることはないだろう。その後は説得を続けるでも、それが無理ならエースの煙玉や閃光筒を使って逃げるでもすればいいとソラは考えていた。


「私のわがままになっちゃうんだけど……ジーノちゃん、頼めるかな?」


「決まっています。私は最初にも申し上げました」


 ジーノは嫌な顔一つせず、当然だとでも言うように力強く頷いた。


「お任せください。必ず守り抜いてみせます」


「ありがと。そう言ってくれるとすっごく助かる」


 それは何よりも心強い言葉だった。手綱を握る手を強くするジーノに、ソラはよろしく頼むと言って頷き返した。


 しかしながら、三人は一つだけ見落としていることがあった。それというのも、相手が姿を見せずに不意打ちを仕掛けてくるかもしれないという可能性だ。「騎士」という正々堂々たる言葉の響きに囚われるソラたちは、その想定を全くしていなかったのである。

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