第14話 「度重なる偶然」
ソルテ村の麓街に着いて以降、追跡相手の魔力の痕跡は途絶えていた。そのためセナはロカルシュに頼み、においで魔女を追っていた。
セナたちは訪れた街や村で住民に話を聞いて回っていたが、有力な情報は全くと言っていいほどなかった。ある街では家の前で暇そうに煙草を吹かしている男に話しかけると、
「黒髪と金髪の女ァ? んなモンそこらに腐るほど転がってらぁな。緑とか青の髪でもなきゃ覚えてねぇよ」
表情はそうでもなかったが、内心ではかなり不機嫌だったらしい。その男は野良犬でも追い払うようにしてセナたちを遠ざけた。
気を取り直して、路地をうろついている猫背の中年男に話しかける。
「怪しい二人組の女? あー、いるいる。よくウチの前でドコの嫁が誰と浮気してるとか何とか話してるよ」
「惚れた腫れたの話ですか」
「というか、俺がその浮気相手なんだけども……」
「左様ですか」
「なあ騎士さん、俺のこと保護してくんねぇかな? 相手の旦那の耳に入ったらタコ殴りにされること間違いねぇんだよ」
「バレないうちに別れたらいいんじゃないですかね」
「やっぱり?」
十五の少年に諭される中年男の何と情けないことか。彼は「そうだよなァ」と呟きながら、路地の角に消えていった。
それからまたしばらく、道行く先で話を聞いて回った。
「東ノ国っぽい顔立ちの黒髪女と、大陸人の金髪女? そんな二人組は見たことないな。それよりにーちゃんたちよぉ、騎士だってんなら金あんだろ? ウチの商品見てってくれよ。いいもん仕入れてっからさ……」
怪しげな看板の店に腕を掴まれて引っ張られていくロカルシュをセナが引き戻し、しつこい店主を振り切る。
また、ある街では、
「東ノ国のお客さんなら……そうだねぇ、いつだったかねぇ……一度見たんだがねぇ……はて……いつだったか……今日の昼を食べたのは……」
口から雲を吐くようにして空を眺める老婆は、たどるべき記憶をどこかに置き忘れてきたのか、ついに思い出すことはなかった。
一方で、同じ街の薄暗い小路で店を営む女はセナたちに詰め寄った。
「はぁ? 黒髪と金髪の若い女? 知らないね。そんなのどうでも良いから、そこいらに立ってる商売女をしょっ引いとくれよ。見場が悪いったらないんだよ」
女は連行した中から黒髪と金髪を見繕って突き出せばいい、などと言い出す。取り締まりの状況を引き締めるよう憲兵の方に言っておくということで、彼女には納得してもらった。
そんな中、訪れる街や村で決まって耳にする話題があった。金髪の美形兄弟を護衛に連れている祷り様のことだった。
「巡礼者といえば、規模の大きな教会を回るのがお決まりなんだけどな」
「なになに~? セナは巡礼の人が魔女さんだって疑ってるの?」
「巡礼の旅は、今じゃほとんどその経路が決まってるんだよ。なのに……」
「行く先々でお話を聞く巡礼の人は、そこから外れてる~?」
「ああ。何か特別な思いがあるのかもしれないが、普通なら寄るであろう所をすっ飛ばしてたりするんだ」
「ほーう。それはあやしぃ~」
とはいえ、その一行が魔女の変装であるという確証はなく、やはり収穫のない日が続いた。そうして二人は、つい三日ほど前に地滑りがあったという村にたどり着いた。
セナはその被害の状況を目の当たりにして、辛そうな表情を浮かべる。
「セナ、大丈夫ー?」
「別に。平気だ。ここは俺の村じゃない」
「本当にー? 何かあったら言わなきゃダメだよー?」
「大丈夫だ」
ロカルシュに周辺を探ってもらうと、魔女たちのにおいはすでに村を出た後だということが分かった。
支援の人員は十分に足りているようだし、このまま素通りしてもよかった。しかし、セナは地滑りが起こってからまだ三日だというのに、ずいぶんと片づけが進んでいることが気になった。
援助のためにやって来た騎士や憲兵の人数は数えるほどで、お世辞にも万全とは言えない支援体制だ。押し流された家の件数と村の外れに集められた土砂の量などを鑑みて、疑問に思うのは「これだけの被害をこの短期間で片づけられるだろうか?」ということだった。
訝しむセナは村の宿屋の前で一休みしている婦人に声をかける。
「ちょっとお聞きしたいんですけど、最近になってよそから誰か来ませんでしたか?」
「最近? そうだねぇ……アンタ方と、土砂の後片づけに来てくれた騎士様と、巡礼者ご一行かね。あとは行商の方がちらほらと」
「行商ですか。いつ頃来てました? その中に黒髪と金髪の女の二人組を見ませんでしたか?」
「行商さんは先週の半ばくらいだったと思うね。だけど、ここに来てくれるのは騎士様の言う特徴の人らではないよ」
きっぱりと断言する彼女の記憶は疑うところがないようだった。セナの後ろからひょっこりと現れたロカルシュが続けて問う。
「じゃあじゃあ、巡礼者ってどんな人たちだったー?」
彼女にはロカルシュがニコーッ! と愛想良く笑っているように見えたのか、初対面の相手に不躾に思える態度にもこだわることなく快く答えてくれた。珍しいこともあったものだ。
「祷り様はアタシらの話をじっと聞いてくださってね、寛大なお方だったよ。酔っぱらって大口叩いたうちのバカ亭主にも、大変なことがあった後だからって言って許してくれたんだから」
何でも、次の日になってその亭主は水瓶に頭を突っ込んで吐きながら、自分の行いを後悔していたそうだ。
「お供の人たちについても聞いていーい?」
「護衛のお兄さんたちかい? あのお二人は……いやぁ。あれはいい目の保養だったねぇ」
そう言って目と口をとろけさせる彼女は、どこぞの祠祭と同じ表情であった。
「金髪の格好いいお兄さんと綺麗な弟さんでね。怪我の手当と泥の片づけを手伝ってくれたんだよ」
「泥の片づけを?」
それを聞いたセナは周囲を見渡して様々な魔力の痕跡を浮かび上がらせ、一つ一つを丹念に観察し始める。その間も婦人は話し続け、ロカルシュが聞き役になっていた。
「祷り様は朝まで外で祈ってらしたみたいだし、本当にありがたいことさ」
「どこでお祈りしてたのー?」
「宿の庭に水が湧く小さな池があるんだけど、そこで護衛さんたちと一緒にいたみたいだよ」
「ふーん。ちょっと見に行ってみよっと。お姉さんありがとー」
「あれま! お姉さんだなんてイヤだねぇ!」
ロカルシュは婦人に背中を叩かれてセナの方に送り出された。二人は土砂の被害があったところを見に行き、その後で宿の庭に足を向ける。水の湧き出る池を見下ろしながら、セナは目の乾きを潤すように何度も瞬きをして視界を元の通りに戻し、小さく頷いた。
「実際に魔法を使っているところを見て、確かめてみないことには断言できないが、今のところ巡礼者一行は限りなく黒に近い灰色……だな」
「痕跡、一致したんだ?」
「ああ」
「でもさー、一人増えてるよねー?」
「都の外に仲間がいたんだよ」
「護衛は男兄弟なんでしょ? 違くなーい?」
「変装してんだろ」
「なるほどー」
ロカルシュは空を見上げると、灰色の上空を飛んでいた鳥に向けて指を立てた。捜索対象に三人組の巡礼者を加えるよう伝えたのだろうとセナは思った。
その日のうちに山地を越えたかったセナたちは足早に村を後にし、狼の鼻を頼りに道を進んだ。やがてカシュニー地方に入ってくると、巷では魔女の話題が飛び交っていた。
雪も溶けるほどの陽気につられて外を出歩く人間も多く、セナはすれ違う者に片っ端から話を聞いて回っていた。街の中央広場で昼を食べている仕事人を捕まえて、話を聞いてみる。
「お忙しいところ失礼します。お聞きしたいことが──」
「兄ちゃんたち、もしかしてアレかい? 魔女を探してるっていう例の騎士様かい?」
「……それは一体どういうことです?」
セナは一瞬言いよどんで、かろうじてそう返した。
「いやな、俺も又聞きみたいなもんなんだけどよ。ここんとこずっとその噂で持ちきりなんだわ」
「魔女の噂で?」
「そうそう。何でも、聖霊族の生き残りを連れてるって話だ」
「聖霊族? 千年とか前に絶えた種族じゃないですか。誰かの寝物語がまことしやかに囁かれているだけなのでは?」
セナは精一杯の演技で首を傾げてみせた。
「確かに。その可能性も捨てきれないけどな」
「ところで、黒髪と金髪の女を見かけませんでしたか? もしかしたらもう一人連れがいるかもしれません。黒髪の女の方は東ノ国の人間らしい顔立ちなんですが……」
「黒髪と金髪なんて、そこら辺にいくらでもいるからなぁ。けど、クラーナならまだしもこの辺りで東ノ国の人間ってなると珍しいかもな。騎士様が探してるってことは、そいつらが噂の魔女なのかい?」
「そういうわけではありません」
「まぁ何にしてもだ。祷り様の巡礼ってのもアテにならないな。聖人再臨の話なんてこれっぽっちも聞かねぇのに、魔女の噂だけは広まってやがる」
偶然にも出てきた巡礼者の話題に、セナはすかさず飛びつく。
「あの。祷り様ですが、最近見かけたりしましたか?」
「ああ。三、四日くらい前に見たぞ。この街に寄るなんて珍しいもんだから、よく覚えてるよ」
「どのような方でした?」
「アッ! そういや金髪の連れが二人いたぜ。どっちも男だったけどな。あれで女だったら、さぞ見物だったんだが」
「祷り様については……?」
「さてね。連れの顔にばっか目が行って、そちらさんの顔は見てなかったな」
通常の経路を外れ、またしても自分たちの行く先に現れた巡礼者一行に、セナは疑いの思いを強める。
「ありがとうございました。とても参考になりました」
「そうかい? ならよかったよ」
セナは答えてくれた男に満面の笑顔を返して広場を後にし、しばらく歩くと顔を歪めて小さく舌打ちした。
もしも本当にその巡礼者が魔女一行ならば、「祷り様」に化けるなどというふざけたことをした報いを受けてもらわなくてはならない。
「セナってば顔が凶悪~。こわーい」
「っるせーよ。この顔は元からだ、馬鹿」
「怒られたー」
表情を険しくするセナの後ろで、ロカルシュが天を仰ぐ。そこに鳥の姿などはなく、彼は何かをごまかすようにしてにへらと笑った。




