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異世界神の黒き花嫁  作者: 未鳴 漣
第二章 カシュニー
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第10話 「私の理由 1/3」

 花曇りの空の下を馬に乗って進むソラは、ぼんやりと口を開けて雲が流れていくのを見ていた。それらの白い固まりはソラの気分によって様々な形を描いて見せた。綿菓子だったり、兎形に切ったリンゴだったり。または顔が見えない人間の横顔だったりと、それはもう様々に形を変えて流れていった。


 最後にソラの頭上にやってきたのはずんぐりとした十字の雲だった。そこから連想するのは、スランが首から下げていた十字架だ。


 ソラは目を閉じ、頭の中にある礼拝堂へ入っていく。祭壇の前には難しい顔をしたスランが立っていた。


 そうなると、ソラの心を占領するのは罪悪感だった。


「ごめんなさい」


 子どもを奪っていく嘘つき。


 魔女を睨みつける父親の顔が忘れられない。


 スランの視線は日を追うごとにソラの心に深く切り込んで、胸を赤く染めていた。


「なぜソラ様が謝るんです?」


 ソラの後ろに乗っているエースが首を傾げて尋ねた。


「だって、こんな面倒事に巻き込んじゃったわけだし……」


 視線を地面に落とし、消沈しきった様子でソラは呟く。それを見て、馬を寄せて隣にやって来たジーノは困り顔で言った。


「前にも言いましたが、私たちが勝手について来たのですから、ソラ様がお気に病むことではありませんよ」


「いや、でもさ。ぶっちゃけ私がいなければキミたちはソルテ村を離れなくて済んだんだよ?」


「それは……」


 確かにその通りなのだが、ジーノは素直に肯定することをはばかって言葉を濁した。


「そのこと、ちゃんと謝ってなかったなと思ってさ」


「しかし、こうして魔法院に追われる身となったのは、何もソラ様のせいではないのですから……」


「ジーノの言うとおりです。魔女の資質があったこともソラ様のせいではありませんし」


「うん、その辺は分かってるよ。こんな状況に陥ったのは私のせいではないつもり。魔法院で身の潔白を証明できなかったのは悔しいけど、逃げる選択をしたことは後悔してない」


 だからそのことについて謝るつもりはなかった。


「だけどさ、キミたちが故郷を離れることになった原因だけは、間違いなく私にあるんだよ。自分が魔法院から逃げる道を選ばなかったら……」


 それを考えるのはとても恐ろしいことだったが、そのまま捕まっていれば、ジーノを巻き込むことはなかった。エースだってそうだ。


 二人は魔女を発見して連行してきた若者として、きっと村に帰れたはずだった。


「そうすれば、スランさんにあんな顔をさせることも、なかった」


 二人を無事に帰すなんて責任も負うことはなかった。


 実を言うと、ソラの背に一番重くのしかかっているのは、二人の人生を預かっていると言ってもいいこの状況だった。


 真っ白に染まるため息をついて、ソラは肩を落とす。


 そこに、ジーノが声を掛けた。


「ソラ様は一つ思い違いをしています」


「思い違い?」


「たとえソラ様が魔法院からの逃亡を諦めたとしても、私は貴方をおとなしく魔法院に引き渡すつもりはありませんでしたよ」


「……」


「きっとお兄様にも助けを求め、ソラ様を取り返すべく抵抗したと思います」


「後先のことも考えずに?」


「あんな状況で後先考えられる方がどうかしています。私はソラ様を助けてあの場から逃げたこと、後悔なんてしていませんからね」


 ジーノは少し怒ったような口調でそう言った。


 互いの思いが真っ向から対立し、ソラとジーノは無言になる。


 馬の足は街道から逸れて、近くの泉へ向かっていた。


 ちょうど昼の頃合いでもあるため、対岸が遠くに見える湖の畔まで来て、三人は馬を下りて少し休憩を取ることにした。エースが今朝出発前に教会の祠祭から頂いた握り飯を二人に配り、それぞれ立ったままでかぶりつく。


 一口目を飲み込んだところで、エースが言う。


「ソラ様。さっきの話ですが……誰のせいとか、あの時こうしていたらとか、あれこれと考えるのはやめませんか」


「そうしたいのは山々なんだけどね」


「もう起こってしまったことです。決めてしまったことです。今は、それらの決断を受けてどう行動していくか……それだけを考えるべきです。過去の最善を問うのは、全てが終わってからにしましょう?」


「私もお兄様に賛成です」


 あまりにも真剣なまなざしで彼らが言うので、ソラは渋々といった顔でうなずいた。


「んじゃ、まぁ。ありがとう、って言っとこうかな」


 それでも彼女は後ろめたさを捨てられず、


「見捨てないでくれて、ありがとね」


「そんな、見捨てるだなんて……」


「ちょっと卑屈だった? じゃあ、一緒に来てくれてありがとう、とか? これもなんか違うような気がするけど」


 首を捻りながら昼食を進め、その美味しさに思わず頬が緩む。


 もしも一人だったら、こんな味わいを感じる余裕はなかったかもしれない。


「そしたら……いろいろと助けになってくれてありがとう、かな。自分一人だったらどうなってたか分からないし、キミたちがいてくれて私はとても心強いです」


「俺も、ソラ様の力になれて嬉しいです」


「これから先のこと、一緒に考えていきましょう?」


「そうだね。うん、そうしよう」


 米を頬張りながら締まりのない顔で言うソラに、兄妹は安堵した。


 目の前に広がる泉、そこに浮かぶ薄い氷を見ながら三人の食事はもくもくと進む。弱い風に波立つ氷は岸に寄ったり遠ざかったりをして、さらさらと小さな音を立てていた。


 空を飛ぶ鳥がひょろひょろと喉を鳴らす。


 時折日も差す天気だというのに、静けさで空気はいっそう冷え込んでいた。


「こうしてると、魔法院から逃げてるのが嘘みたいだね」


 食事を終えたソラは水際にかがみ、岸に打ち上げられた薄氷を指でつついていた。


「ソラ様、危ないですよ」


 ジーノに注意されても、彼女はンーだのアーだのと言うだけで離れようとしない。


 丸まった背中がいつもより小さく、力なく見える。ジーノはソラの横にしゃがみ込み、しばらく彼女の様子を眺め……何かを思いついたように立ち上がった。


「えい」


 彼女は杖を振って泉の一部を凍らせた。ちょっとやそっとじゃ壊れない厚さの氷だ。


「ソラ様、どうぞ掴まってください」


「え! うわ!? あ、あぶ……ッ!」


 ジーノはソラの手をぐいぐいと引っ張って氷の中央部まで連れ出した。中途半端に立ち上がった状態で氷の上を滑るソラの足は、生まれたての子鹿のように頼りない。


「手! 手は離さないで! お願いだから離さないでね!?」


「そんなに身構えずに、真っ直ぐに立ってみてください」


「お嬢さん無理言わないで。私ホントこういうのダメなんだから」


「何事も経験ですよ?」


「そうは言ったっ、うひぃ──!」


 ジーノに両腕を引き上げられ、低い位置にあったソラの視線は一気に上昇した。曲がっていた膝は伸びたものの、へっぴり腰は変わらないままで、ソラの立ち姿は傍目にかなり不格好だった。


「そんなに心配なさらないでください。フラン博士のところに行けば、きっと何か分かりますから!」


「そ、そうね! 分かった。分かったから──ちょ、回らないで危ないって!!」


「フフフッ。楽しいですね!」


「キミって割と人の話聞かないよねー!?」


 二人は握った手を軸にぐるぐると回転し、笑い声を上げるジーノの一方でソラは目を回していた。


 その上を同じように鳥がくるくると旋回していた。


「二人は仲がいいねぇ」


 ソラの絶叫を聞いてもなお馬にそう話しかけるエースも、大概である。


 この兄妹には何気に振り回されている気がする。


 ジーノに現在進行形で、文字通り振り回されながら、ソラの余計な考えもどこか遠くへと飛んでいった。

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